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序 記憶が戻る前のちょっとしたこと
0-3 川は流れる
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(うわぁ)
蛇行する流れのままに川岸は見事に表情を変えた。
木船を漕ぎながらアブドゥラは感嘆に目を見開く。
静かだ。
ずっとこのまま、のんびり川を下っていたいなー
遠い正面に見た時には帰りを待つ子山羊のようだと思った草むらのふくらみは、すぐ斜め横で小学校のスライドで見た都市のビル群のように高さを競っていた。見せられた外国の都会の写真は香港だったろうか、海に面していた。
のんびり景色を楽しみながら川を行くなど次はいつになるだろう?
作戦で川を移動したことはあるが全て夜で船に詰め込まれれば緊張で息を殺すだけだ。
「もう少し背を低めたらどうだ? 目立つぞ」
「それじゃあ漕げないよ」
身を隠し船底で仰向けに横たわる同僚へ返す。
「今のところ追っ手は来てないようだけどね」
取って付けたように左右に目を配る。
川の左右は低い草むらで右向こうは小さな森、左は小高い丘となっている。
敵が隠密に追って来たら身を隠しやすい地形だ、油断してはならない。
「交代するか?」
「いいよ。10分で着くって言ってただろ」
「あれは慣れた地元時間だぜ。おれたちじゃ倍くらいかかるかも」
「じゃあ疲れたら言うよ」
微笑む。今は川下りを堪能したい。
「船頭ごと貸してくれれば良かったのにな」
もっと刻々と変わる景色を楽しめた。
「そこまで信用されてないんだよなあ」
隣からため息が漏れた。
計画通りの逃亡ルートでスクーターを乗り換えて通った村で検問が始まったと教えられた。地元民のみが使う川なら安全だと船を貸してくれたが、同乗は断られた。
あの村は自分たちの組織には好意的だが積極的に支配下に入るほどではない。
「それに金がない」
同僚はボンと船底をはたいた。
「動力付きの方も出さなかった」
万一の襲撃で船が穴だらけになったら困るからだろうと付け加える。
「貧しいならなおさら早く解放しないとな」
頬に触れる風が冷たい。
アブドゥラの村も家業を継ぐ以外仕事はほとんどない。
街の工場に稼ぎに行けば体を壊したり怪我をしたり、畑仕事もできない有り様になることも多い。行方知らずにならなければマシな方だ。
家は父と共に牛や山羊の面倒を見る次兄が後継、長兄と自分は組織の兵士だからそれなりの給料が貰える。
出来がいい弟だけは学校の先生になりたいと頑張っているところだ。
組織も信仰ある者が教員になることを歓迎している。大学に受かったら組織からも奨学金が貰えるそうで我が家の誇りだ!
政府は異教徒の国の援助に頼り、彼ら甘い蜜を吸う連中の軍隊に好き放題させて世の中は一向に良くならない。クソ喰らえ!
唯一の神を信じる自分たちはこの国を解放し、遠くない時期に世界を掌握するー兵士になったばかりの頃は思っていた。
1年、3年。数年が経ち自分は今18歳だ。
もう一端の男だし、
「……そろそろお嫁さんほしいな」
「オレも!」
笑い合う。
兵士の命は軽い。残された女は二度三度と夫を変え、その度に暗い顔になることをアブドゥラは知っている。妻になる人に辛い思いはさせたくない。
(兄ちゃんほどじゃなくてももっといい兵士にならなきゃ!)
長兄は今いる駐屯地で司令官の右腕として活躍している。こちらも自分の誇りだ。数年前に隣村の人と最初の結婚をし、去年解放した地域からもう一人娶った。
一方自分は、
(今みたいにいつ死ぬかわからないんじゃお嫁さんがかわいそうだ)
「話来そう?」
「まだまだ! 上が詰まってる」
死んでもいい兵士という意味では自爆しそびれた少年と自分は変わらない。
テロ現地での監視は難しくはないが捕まりやすい危険な任務だ。
組織が大事にする人間には回ってこない。
警察署で殉教した少年は半年前に解放された町の住人だった。
熱心な信仰者で自分から組織入りを志願、訓練態度も真剣だったが射撃も後方援護もどれも人並み、目立つ顔かたちは使いにくい。父親の国との繋がりも薄く言葉もダメで海外工作も無理。
そして殉教者に選ばれた、と兄から聞いた。
奴は警察署の中へ入れなかった。
その時はできる限り多くの警官を殺して自爆しろと教えたはずだ。
怖気付いたのか、命令に従って署内へ侵入することばかり考えてしまったのか。
(とにかく、神様に命を捧げたんだから今は天国だよなあ)
アブドゥラも下っ端の殉教要員だ。いずれ神の下に我々は世界を解放するが、多分自分は、世界が解放されたところを見られないー
草々がしなる川辺、仰ぐ冬の水色の空。
神が創りたもうたこの世の美しさに胸が締め付けられる。
川は悠然と流れる。
このまま遠い遠い先で海にたどり着くのだろうか。
自分が海をこの目で見る日は来るのだろうか。
声に出さず神の名を呼び、空に問いかける。
(おれの人生はいつあなたに召し上げられるのでしょうか)
と気付いて漕ぐ腕が乱れた。
(天に向かって祈るなんて異教徒みたいじゃないか!)
危ない! 悪霊はここかしこに誘惑の罠を張る。
「ン? 変わるか?」
「いや。そろそろ向こうの船着き場が見えてきたみたいだ」
「やっぱり10分じゃ済まなかったよな」
悪に侵食される恐怖に規定の祈りを繰り返し唱える。
願わくばこの誘惑が隣の同僚に影響しませんように。
あなたが運命と定めたその日まで、おれは悪鬼を殺しまくりますから!
間もなく雪が降れば緑は枯れ大地は白く覆われ、作戦困難な季節がやってくる。
蛇行する流れのままに川岸は見事に表情を変えた。
木船を漕ぎながらアブドゥラは感嘆に目を見開く。
静かだ。
ずっとこのまま、のんびり川を下っていたいなー
遠い正面に見た時には帰りを待つ子山羊のようだと思った草むらのふくらみは、すぐ斜め横で小学校のスライドで見た都市のビル群のように高さを競っていた。見せられた外国の都会の写真は香港だったろうか、海に面していた。
のんびり景色を楽しみながら川を行くなど次はいつになるだろう?
作戦で川を移動したことはあるが全て夜で船に詰め込まれれば緊張で息を殺すだけだ。
「もう少し背を低めたらどうだ? 目立つぞ」
「それじゃあ漕げないよ」
身を隠し船底で仰向けに横たわる同僚へ返す。
「今のところ追っ手は来てないようだけどね」
取って付けたように左右に目を配る。
川の左右は低い草むらで右向こうは小さな森、左は小高い丘となっている。
敵が隠密に追って来たら身を隠しやすい地形だ、油断してはならない。
「交代するか?」
「いいよ。10分で着くって言ってただろ」
「あれは慣れた地元時間だぜ。おれたちじゃ倍くらいかかるかも」
「じゃあ疲れたら言うよ」
微笑む。今は川下りを堪能したい。
「船頭ごと貸してくれれば良かったのにな」
もっと刻々と変わる景色を楽しめた。
「そこまで信用されてないんだよなあ」
隣からため息が漏れた。
計画通りの逃亡ルートでスクーターを乗り換えて通った村で検問が始まったと教えられた。地元民のみが使う川なら安全だと船を貸してくれたが、同乗は断られた。
あの村は自分たちの組織には好意的だが積極的に支配下に入るほどではない。
「それに金がない」
同僚はボンと船底をはたいた。
「動力付きの方も出さなかった」
万一の襲撃で船が穴だらけになったら困るからだろうと付け加える。
「貧しいならなおさら早く解放しないとな」
頬に触れる風が冷たい。
アブドゥラの村も家業を継ぐ以外仕事はほとんどない。
街の工場に稼ぎに行けば体を壊したり怪我をしたり、畑仕事もできない有り様になることも多い。行方知らずにならなければマシな方だ。
家は父と共に牛や山羊の面倒を見る次兄が後継、長兄と自分は組織の兵士だからそれなりの給料が貰える。
出来がいい弟だけは学校の先生になりたいと頑張っているところだ。
組織も信仰ある者が教員になることを歓迎している。大学に受かったら組織からも奨学金が貰えるそうで我が家の誇りだ!
政府は異教徒の国の援助に頼り、彼ら甘い蜜を吸う連中の軍隊に好き放題させて世の中は一向に良くならない。クソ喰らえ!
唯一の神を信じる自分たちはこの国を解放し、遠くない時期に世界を掌握するー兵士になったばかりの頃は思っていた。
1年、3年。数年が経ち自分は今18歳だ。
もう一端の男だし、
「……そろそろお嫁さんほしいな」
「オレも!」
笑い合う。
兵士の命は軽い。残された女は二度三度と夫を変え、その度に暗い顔になることをアブドゥラは知っている。妻になる人に辛い思いはさせたくない。
(兄ちゃんほどじゃなくてももっといい兵士にならなきゃ!)
長兄は今いる駐屯地で司令官の右腕として活躍している。こちらも自分の誇りだ。数年前に隣村の人と最初の結婚をし、去年解放した地域からもう一人娶った。
一方自分は、
(今みたいにいつ死ぬかわからないんじゃお嫁さんがかわいそうだ)
「話来そう?」
「まだまだ! 上が詰まってる」
死んでもいい兵士という意味では自爆しそびれた少年と自分は変わらない。
テロ現地での監視は難しくはないが捕まりやすい危険な任務だ。
組織が大事にする人間には回ってこない。
警察署で殉教した少年は半年前に解放された町の住人だった。
熱心な信仰者で自分から組織入りを志願、訓練態度も真剣だったが射撃も後方援護もどれも人並み、目立つ顔かたちは使いにくい。父親の国との繋がりも薄く言葉もダメで海外工作も無理。
そして殉教者に選ばれた、と兄から聞いた。
奴は警察署の中へ入れなかった。
その時はできる限り多くの警官を殺して自爆しろと教えたはずだ。
怖気付いたのか、命令に従って署内へ侵入することばかり考えてしまったのか。
(とにかく、神様に命を捧げたんだから今は天国だよなあ)
アブドゥラも下っ端の殉教要員だ。いずれ神の下に我々は世界を解放するが、多分自分は、世界が解放されたところを見られないー
草々がしなる川辺、仰ぐ冬の水色の空。
神が創りたもうたこの世の美しさに胸が締め付けられる。
川は悠然と流れる。
このまま遠い遠い先で海にたどり着くのだろうか。
自分が海をこの目で見る日は来るのだろうか。
声に出さず神の名を呼び、空に問いかける。
(おれの人生はいつあなたに召し上げられるのでしょうか)
と気付いて漕ぐ腕が乱れた。
(天に向かって祈るなんて異教徒みたいじゃないか!)
危ない! 悪霊はここかしこに誘惑の罠を張る。
「ン? 変わるか?」
「いや。そろそろ向こうの船着き場が見えてきたみたいだ」
「やっぱり10分じゃ済まなかったよな」
悪に侵食される恐怖に規定の祈りを繰り返し唱える。
願わくばこの誘惑が隣の同僚に影響しませんように。
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