ヒーロー

ヨージー

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 周防の行きつけの中華料理店は、コストパフォーマンスが優秀で、周防の注文したセットメニューでも千円もしない。まして、太田の注文した丼もの一点は五百円。ワンコインメニューなのだ。周防はこの内容で喜んでもらえるなら、月々の出費が、と邪推して、そういう話ではないと一人かぶりを振った。太田は先に店の外に出ていた。
「雨、降ってきたかも」
太田は片手を顔の前で手のひらを上にして、雨のしずくが手に当たるか確かめている。周防は自然な太田の横顔、しぐさに少しだけどきりとした。画になる、といえるような美術的理解のない周防だが、ふとした時太田を描いてみたい、という欲にかられることがあった。
「天気悪かったもんな」
 周防はかろうじて動揺をさとられずに返答をすることができた。空は一段と暗さを増しているようだ。
「んー、でも勘違いかも」
 太田は無邪気な笑顔で周防に視線を向けた。太田の笑顔はこちらも笑顔にしてくれる。周防は気のない振りをして歩き出す。どこに会社内の人間がいるかわからない。周防はあまり社内の視線を気にしていると、太田が自分にあらぬ疑いをかけるかもしれない、とふと思い、太田を振り返る。
「なに、どうしたの?」
「いや、別に」
 周防は自分一人で太田の心象を気にして一人芝居?、妄想?をしていたことに苦笑した。
「早く、試作品見つかるといいな。日常業務できていないんでしょ」
「そう、そこね。頭痛いわ。残業確定。ディナーはお預けかな」
「いや、今日は約束してないでしょ」
「埋め合わせ、期待してるね」
「俺の落ち度なんだ」
 周防は太田との何気ない会話がこの先も続いて欲しい、と一人思う。会社の建物が見えたので、太田との距離感が自然と離れた。会社の入り口に男の人影が見えた。きょろきょろと視線をさまよわせたあと、こちらに視線を合わせたように見えた。周防たちは横断歩道を渡ったところで、先ほどの男がこちらに駆けだしてきた。周防には覚えのない顔だ。
「太田さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
男は周防のことをちらりと見た後、太田に視線を合わせた。
「根岸係長、どうかされたのですか?」
 太田は、周防が根岸を知らないだろうと、会話に紹介を含んでくれた。開発部の係長ということらしい。
「うん。八島くん知らない?」
「八島さんですか?今朝出社されたところを見た気がしますが」
「出社のときか…。お昼前とか見てないよね」
「見てないですね。八島さん何かあったのですか?」
「ああ、うん。実は今社内にいないようなんだけど、どうにもね、例の試作品梱包して集荷させたの彼みたいなんだ」
「え、八島さんが?」
「しかもだ、さっき集荷で荷物を回収してくれた配達員にやっと連絡がついたのだけど、八島くんに集荷が終わった後社外で話しかけられて、間違いだった、とその試作品と思われる包みを回収したらしい。これってさ、どう思う?」
「よくわかりませんけど、社内に試作品があるってことですか?」
 周防は太田の生易しい考えに、思わず自分の考えを述べてしまう。
「策略的に試作品を社外に持ち出して、行方不明ってかなり怪しいと思います」
 根岸は周防を見てうなずきながら話を続けた。
「そう、そうなんだ。うちは社外秘の研究品も多い。だから、容易に手荷物を持って社外に出られないように、入り口で荷物検査まで行っている。メモリの類も正規の申請を通したものでないと持ち込みも持ち出しもできない。それをかいくぐる手段が…」
「集荷の荷物に紛れ込ませること…」
 太田も状況を理解しているようだ。
「これは、企業スパイとか、そういう類の話かもしれない。今人事部に八島のデータ見てもらっているとこ。一応、仲間内で信じたい気持ちから、開発部のみんなに八島を知らないか、聞いていたところなんだ。それも太田くんで最後。ちょっと警察に連絡する必要が出てきそうで、部長とか、その先まで話が進んでいるみたい」
 太田は根岸の話を聞きながら、しきりに周防の方へ視線を送っていた。開発部の八島は、周防の義理の兄であった。

 暗さをました空のことを気にもせずに透は自転車を走らせていた。透の通っていた中学校の周辺は工業地帯で、多くの工場、トラックの格納庫に囲まれていた。日中こそ中学生の通学路ということで、人通りがあるが、そこを除くと埃っぽいその地域は敢えて通りたい道ではなく、人通りが少なかった。そんな理由もあってか、かつてこの町を拠点として活動していた強盗団が夜な夜な、この工業地帯の一角で、集会を開いていたらしい。なんと、逃走車もここにずっと停めてあったそうだ。透は自分が関与した事件の後日談として、親からその話を聞いていた。マイクロバスの一台くらいここなら隠せると思っていた。しかし、そんな透の予想に反して、あたりに警察の影はなかった。自分は全く見当違いなことをしているのかもしれない、という考えが頭の中でどんどん広がっていっている。中学生の通学時間帯のみの交通であるならば、中学生の登校中と帰宅時間までの間はどうだろうか、と考えた透だった。この辺りは買い物できるようなところもコンビニが一件ある程度で、大きな道路からも迂回路程度の意味しかない。日中でもあまり使われていない、ということは自転車を走らせながら透自身も実感していた。透にはこの工業地帯の中でも目的地が存在した。それは、かの強盗団が潜んでいたとされる工場だった。そこは事件発覚後、度重なる警察の訪問、調査、報道の取材で業務が行えない状態へと追い込まれていき、透が高校に入学した年に廃業したという噂を聞いていた。これも親からの話なので信ぴょう性はないが、透の便りとなる話はそれくらいしかなかった。もし、そこが不発であれば、この広い工業地帯を一軒一軒見て回るしかなくなる。透は仮にそうなったとしても清水を思えば造作もなかった。それに一樹のことも、学校の友人たちと同じくらい大切に思える存在だった。
 透は自転車を停める。思った通り、その工場は未だに廃業された状態のままだった。もし、犯人たちが潜伏していたら、入り口に自転車を停めていて見つかるとまずいと思い、工場内の雑木林の合間に自転車を隠した。稼働していない向上に人気はない。土地活用の看板だけが真新しく、他はどこを見てもサビだらけの施設だった。工場の中に入れそうな扉を片っ端から当たって周った。どれも取っ手をひねることすらかなわない。窓ガラスは汚れによるものなのか、かつて内側で行われていたであろう工業作業によるものなのかくもりきっていて、外側から内側を覗くことはかなわなかった。建物をほとんど一周しかけたところでシャッターを見つけた。高さ、幅ともに、幼稚園バスが収まるには十分に見える。取っ手に手をかけると、驚いた。動く感触がある。かなり滑らかなようで、指をかけただけで動くことがわかる。最近利用されているどころか、潤滑材など、整備が行われているように思えた。透は動くシャッターの存在を前に固まる。この大きなシャッターを開けば、確実に内側へ自分の存在を伝えることになってしまう。自分は本物のキミドリと違って、襲い来る悪漢を軽々といなせる実力はない。方法を考えよう。警察を呼ぶには確証が足りない。何か確証だけでもつかめれば、あとは通報して警察に任せる、という考えで意思が定まった。透は建物を完全に一周したが、開いているのはシャッターだけだということが分かった。もしかしたら、犯人が使う経路も施錠されている可能性もあり、どこもが常に開いていないとも限らないが、仮に犯人が出入りのために鍵を開けたとして、そこで入れ替わりに入るには中の状況が分からな過ぎた。しかし、人の出入りだけでも確認できれば、廃業施設が不良のたまり場になっている、ということで通報できるかもしれない。だが、それは透が見つけた施設が確実に誘拐犯ならば、という条件付きでなくてはならない。自分の安易な通報が全く事態に関係のない話だったとするならば、むしろ、事件捜査の妨げになってしまうかもしれない。透は犯人の顔をしっかりと確認できてはいない。仮に実行犯が出入りしたとしても、透にはわからないだろう。確証が欲しかった。透はシャッター脇にある窓ガラスの前にいた。手には工場を一周する間に見つけた岩を持っていた。器物損壊。その考えが頭をよぎる。悪くすれば少年院だろうか。ガラスを割る、それだけで躊躇してしまう自分がいかに“いい子ちゃん”であるかに苦笑してしまう。清水のことを考える。清水の笑顔を。透の目前のガラスは割られていた。

 木乃美は駐車場を移動する人物を追う。追っていることを気づかれないように、駐車されている車の陰に隠れながら進む。平日でありながら、駐車場はある程度車で埋まっており、隠れる分には木乃美に味方をしていた。作業着の人物は小型トラックの前で停まった。明らかにゴミの回収とは用途が異なる車種に思えた。作業着の人物はトラックの荷台部分の扉を開けて、ゴミ袋を放り込んだ。利用したカートも折りたたんで荷台にしまう。このままでは、車が出発して追えなくなってしまう。あたりに警察の影はない。竹林の携帯電話には確かに二回に分けてメッセージが来ており、具体的な指示に関しては、脅迫文とは別に分けられて送られてきている。指示に従う側は時間の猶予がないために、そこまで連絡を共有しないだろうという読みだろうか。そもそも、計画自体がハイテンポすぎて、通報され指示の内容が筒抜けになったとしても、追いきれないだろうという算段があったのかもしれない。作業着人物が車の運転席に乗り込んだ。車が出発する、そう思ったときに一台の車が木乃美の視界に入った。木乃美は駐車場を微速走行中の車両のドアを開いて中に転がり込んだ。
「何をしている?」
運転手は石井だった。
「石井さん、私もついていきます」
「君は。君もあとをつけていたんだね。君の方の指示も終わったのかい」
「はい、あのトラックは犯人と関係があります」
「わかっている。実は僕は社内の友人と協力している」
「協力?」
「実はここに少し遅れて友人も車を乗りいれていたんだ」
「どうりで」
 この車は木乃美が同乗してきた車両とは異なっていた。自分の車が犯人にマークされている可能性を考えて、乗り換える算段をつけていたらしい。
「友人には僕が小包を捨ておいてから見張りをお願いしていた」
 木乃美もまたゴミ箱を確認していたわけだが、同じ監視者がいたことに気づくことはできなかった。あるいは警察も紛れ込んでいたのだろうか。自分があくまでも一般市民であることを思い知らされた。車両はトラックを追って、道の駅を出発した。
「ご友人は警察には?」
「もちろん連絡してもらってる」
「警察も一緒にここに?」
「わからない。でもきっといるはずだ」
 木乃美は安心して、少し緊張の糸がゆるんだ。看板を見るとついに県外にでたらしかった。
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