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石井は動揺して見えた。汗をかいている。携帯を気にしている。木乃美も内心落ち着かなかった。トラックを追う石井と木乃美は、車線を変え、道を何度も曲がった。あたりに車こそ存在するが、自分たちと道の駅から一緒にトラックを追っているような車両は見られない気がした。警察は途中で尾行と気づかれないように車両を、人員を変えながら追っているのだろうか。後部座席からミラー越しに見える石井の表情に余裕はなく、木乃美は声をかけられなかった。そして、木乃美は道の駅でトラックを追ったときに自分が見た情景を反芻して、緊張を感じていた。トラックの荷台が解放された数秒、木乃美は荷台の中の様子を少しだけ確認した。その場ではあまり意識せずに見ていたが、木乃美は今になって、荷台の様子を理解し直していた。
「トラックの荷台で、誰か拘束されているかもしれません」
木乃美の小さな声に、ミラー越しで石井と目が合うのを感じた。
「私、トラックの荷台が開くとき、後ろの車の陰から、覗いていたんです」
木乃美は自分の記憶をたどるように確認しながら話す。
「荷台にはいくつか人影があって、一人が床に座っていて、ぐったりしているようでした」
「トラックの荷台で何をしているっていうんだい」
石井が言葉を挟んできた。
「わかりません」
木乃美はミラーから視線を外して考える。
「でも、誘拐を利用した手口です。誰か拘束されていても不思議じゃないと思います」
「まさか、子どもの誰かがいたのか」
石井は興奮気味に話す。自分の子どもを心配しているのかもしれない。
「いえ、体格は大人だったと思います」
「大人って、子ども以外にも誘拐しているのか」
木乃美は確証を持てずに反応できなかった。
「彼らのたくらみは何なのだろう」
石井は独り言のようにつぶやく。
「それはあの小包の中身に関係しているってことですよね」
木乃美は視線を石井に向ける。
「君は小包の中身を知っているのかい?」
石井の視線が一瞬強まった気がした。
「いえ、袋は閉じられていましたから、誘拐に小包を開けることで悪影響が及んだらと思うと」
「そ、そうか…。それは間違いない」
石井がミラー越しでの木乃美への視線を外した。トラックは畑に囲まれた農道を走っている。あたりに建物は少ない。少なくとも民家は近くには見えなかった。木乃美は自分の街から外の土地勘はほとんどない。親の車で遠出することはあっても、道の一つ一つを記憶することはなかった。自分の街からどれほど遠くなのか見当もつかない。帰れるだろうか。ふと、今日告白するはずだった相手のことを思い出した。木乃美は長く片思いをしていた。それは中学のころまで遡らなくてはならないほどだった。木乃美は意中の彼と別々の中学だった。おそらく相手は中学の頃の木乃美のことを知らない。少なくとも顔は知らないだろう。木乃美が彼と出会ったのは本屋だった。木乃美は読書家ではない。木乃美が最後に自分で本を読んだのは、一年前の読書感想文のための一冊だ。その前の一冊はさらに一年前の読書感想文で、基本的に夏休みのその一回のペースでしか本は読まない。ただ、例外が中学一年生の時のことだ。木乃美が本屋に入店したのは、学校のクラスで流行りの文房具を購入するためだった。仲良しのグループでは使う道具を揃えることが、習わし、とまではいわないが、暗黙のルールだった。例え興味のないものでも、グループの話題に挙がれば皆でその月の内に購入しなくてはならない空気が存在した。木乃美は正直、その風潮にうんざりしていて、それを断れない自分にもうんざりしていた。そんなうんざりした気持ちのまま、訪れた本屋に彼はいた。彼はそんなに長身でもなければ、筋肉質のスポーツマンにも見えなかった。女子に人気が出るような華々しさは全く感じられない。にもかかわらず、木乃美は本屋をザッピングする彼から目が離せなかった。木乃美は気づかれないように彼の後を付けた。彼は小説のコーナーをしばらく見ていて、少し高い棚から一冊の本を抜き出した。その姿に木乃美は少しだけときめいた。少し背伸びをして本をとる、たったそれだけの動作のどこかに木乃美は何かを感じさせられた。彼は本の表紙を眺め、裏の紹介文を読んだ。彼はその後も少しその本を眺めた後、元の位置に戻した。彼が本棚を離れると、木乃美はその本を引き抜いて確認した。その本の裏表紙の解説を目にしたときに、木乃美は少しだけ心拍が上がった。そこにあった文言の一つに自分のなじみのある言葉があった。木乃美は本を片手に彼の姿を本屋で探したが、見つけることはできなかった。近くの学校の制服であることは分かったが、それ以上のことはわからない。もう会えないかもしれない。なんだか切ない気持ちになって読む気もないのにその本を買ってしまった。文房具は買い忘れてしまって、そのあと少しだけ苦労した。木乃美は家でその本の表紙を眺めた。読みたいとはあまり思わないが、ページをペラペラとめくってみたりした。木乃美がその本を少しだけ読み始めることになったのは、それから二月ほど後のことだ。季節は秋。夏休み明けのけだるさを残した時期のことだ。木乃美は彼と再会することとなった。大して運命的な話ではない。後から分かったことだが、彼の通う塾が木乃美の家の傍だったようだ。木乃美がコンビニに買い物に行った夜、塾終わりに帰りがけの彼と出くわした。一目会っただけの彼のことを思い出せたことの方が木乃美には印象的で、自分がどれほど彼に強い印象を抱いていたのかを再認識した。もちろん言葉を交わしたりはしない。彼にとって自分は会ったこともない人間だった。しかし、木乃美は気持ちが家に帰ってからも収まらず、勉強机の奥にしまい込んでいた例の文庫本を取り出した。木乃美は挿絵もないことに苦心しながらも少しだけ読んでみることにした。これは木乃美にとっていかに普段ならあり得ないことか、と思い出すほどの出来事だ。木乃美はマンガすら読まない。本、活字、というものが縁のないものだと今でも思っている。それは父の考えに影響されている部分もあった
「トラックの荷台で、誰か拘束されているかもしれません」
木乃美の小さな声に、ミラー越しで石井と目が合うのを感じた。
「私、トラックの荷台が開くとき、後ろの車の陰から、覗いていたんです」
木乃美は自分の記憶をたどるように確認しながら話す。
「荷台にはいくつか人影があって、一人が床に座っていて、ぐったりしているようでした」
「トラックの荷台で何をしているっていうんだい」
石井が言葉を挟んできた。
「わかりません」
木乃美はミラーから視線を外して考える。
「でも、誘拐を利用した手口です。誰か拘束されていても不思議じゃないと思います」
「まさか、子どもの誰かがいたのか」
石井は興奮気味に話す。自分の子どもを心配しているのかもしれない。
「いえ、体格は大人だったと思います」
「大人って、子ども以外にも誘拐しているのか」
木乃美は確証を持てずに反応できなかった。
「彼らのたくらみは何なのだろう」
石井は独り言のようにつぶやく。
「それはあの小包の中身に関係しているってことですよね」
木乃美は視線を石井に向ける。
「君は小包の中身を知っているのかい?」
石井の視線が一瞬強まった気がした。
「いえ、袋は閉じられていましたから、誘拐に小包を開けることで悪影響が及んだらと思うと」
「そ、そうか…。それは間違いない」
石井がミラー越しでの木乃美への視線を外した。トラックは畑に囲まれた農道を走っている。あたりに建物は少ない。少なくとも民家は近くには見えなかった。木乃美は自分の街から外の土地勘はほとんどない。親の車で遠出することはあっても、道の一つ一つを記憶することはなかった。自分の街からどれほど遠くなのか見当もつかない。帰れるだろうか。ふと、今日告白するはずだった相手のことを思い出した。木乃美は長く片思いをしていた。それは中学のころまで遡らなくてはならないほどだった。木乃美は意中の彼と別々の中学だった。おそらく相手は中学の頃の木乃美のことを知らない。少なくとも顔は知らないだろう。木乃美が彼と出会ったのは本屋だった。木乃美は読書家ではない。木乃美が最後に自分で本を読んだのは、一年前の読書感想文のための一冊だ。その前の一冊はさらに一年前の読書感想文で、基本的に夏休みのその一回のペースでしか本は読まない。ただ、例外が中学一年生の時のことだ。木乃美が本屋に入店したのは、学校のクラスで流行りの文房具を購入するためだった。仲良しのグループでは使う道具を揃えることが、習わし、とまではいわないが、暗黙のルールだった。例え興味のないものでも、グループの話題に挙がれば皆でその月の内に購入しなくてはならない空気が存在した。木乃美は正直、その風潮にうんざりしていて、それを断れない自分にもうんざりしていた。そんなうんざりした気持ちのまま、訪れた本屋に彼はいた。彼はそんなに長身でもなければ、筋肉質のスポーツマンにも見えなかった。女子に人気が出るような華々しさは全く感じられない。にもかかわらず、木乃美は本屋をザッピングする彼から目が離せなかった。木乃美は気づかれないように彼の後を付けた。彼は小説のコーナーをしばらく見ていて、少し高い棚から一冊の本を抜き出した。その姿に木乃美は少しだけときめいた。少し背伸びをして本をとる、たったそれだけの動作のどこかに木乃美は何かを感じさせられた。彼は本の表紙を眺め、裏の紹介文を読んだ。彼はその後も少しその本を眺めた後、元の位置に戻した。彼が本棚を離れると、木乃美はその本を引き抜いて確認した。その本の裏表紙の解説を目にしたときに、木乃美は少しだけ心拍が上がった。そこにあった文言の一つに自分のなじみのある言葉があった。木乃美は本を片手に彼の姿を本屋で探したが、見つけることはできなかった。近くの学校の制服であることは分かったが、それ以上のことはわからない。もう会えないかもしれない。なんだか切ない気持ちになって読む気もないのにその本を買ってしまった。文房具は買い忘れてしまって、そのあと少しだけ苦労した。木乃美は家でその本の表紙を眺めた。読みたいとはあまり思わないが、ページをペラペラとめくってみたりした。木乃美がその本を少しだけ読み始めることになったのは、それから二月ほど後のことだ。季節は秋。夏休み明けのけだるさを残した時期のことだ。木乃美は彼と再会することとなった。大して運命的な話ではない。後から分かったことだが、彼の通う塾が木乃美の家の傍だったようだ。木乃美がコンビニに買い物に行った夜、塾終わりに帰りがけの彼と出くわした。一目会っただけの彼のことを思い出せたことの方が木乃美には印象的で、自分がどれほど彼に強い印象を抱いていたのかを再認識した。もちろん言葉を交わしたりはしない。彼にとって自分は会ったこともない人間だった。しかし、木乃美は気持ちが家に帰ってからも収まらず、勉強机の奥にしまい込んでいた例の文庫本を取り出した。木乃美は挿絵もないことに苦心しながらも少しだけ読んでみることにした。これは木乃美にとっていかに普段ならあり得ないことか、と思い出すほどの出来事だ。木乃美はマンガすら読まない。本、活字、というものが縁のないものだと今でも思っている。それは父の考えに影響されている部分もあった
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