学生旅行紀

ヨージー

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調査2

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 澤村は実家からの荷物をほどいていた。
「重っ」
スーツを送ってくれるだけと思っていたが、何か詰め合わせてくれたのだろう。荷物の一番上にはビニールを何重かに重ねられた形でスーツが入っていた。スーツの下にはレトルト食品やトイレットペーパーなどの生活用品が押し詰められていた。さすがに手紙なんて時代錯誤なものは入っていなかったが、ここまでされると申し訳ない気もする。実家に帰ることは最近ほとんどなくなっている。長期休暇も友人との予定に使うことが多い。荷物の重みとともに、帰ってくるよう圧力をかけられている気がした。
 あれからエイチエムからの連絡はない。あと二週間。澤村は自分の浮わついた気分を落ち着かせようと缶ビールをあけ、一口飲んだ。ここ最近レポートに身が入らず二つほど期限間際のものがある。本当に須田にご飯をおごる羽目になりそうだった。最近須田からの誘いが減っている。吉永もなんだかサークル活動に勤しみだして付き合いが悪くなっている。自分だけが何も出来ずにそわそわとするしかないように感じられてもどかしく思った。そう思うやいなや携帯に吉永からメッセージが届いた。
「こないだの旅行先、事件のあったホテルに行かないか?」
澤村は城里から吉永が最近事件の関係者という立場を利用して事件の情報を集めていることを聞いていた。おそらく、とは思ったがあのホテルの女性関連なのだろうとにらんでいた。しかし、メッセージを読み進めると、なんと須田も一緒に向かうらしい。須田の意図はよく分からなかった。少しそちらに関心をもった。
「あと、二週間か」
澤村はカレンダーに視線を向けた時点で決断していた。

 吉永は街道から見える川の流れを横目に確認した。気温は夏本番といった様子で半袖短パンの吉永は車内のクーラーにあたりながら汗をかいていた。
「今回は以前我々が遭遇した怪事件の調査を行うため、事件の舞台となったホテルへ向かう」
須田は外を向いていて、反応を返さない。澤村は後部座席で寝ていた。
「あの事件では日にちのたった今でもまだ凶器が見つかっていない」
吉永は二人に構わず自分を鼓舞するように続ける。
「凶器はおそらく、あのホテルに面した崖に落とされたにちがいない」
吉永は一時的に道幅の狭まった山道の走行に注意する。
「えー、今回は炎天下のなかの大変苦しい作業となるが、君たちの協力に感謝する。我々の調査協力が速やかな事件解決への手助けとなるよう頑張ろうではないか」
吉永の頭のなかは大葉のことでいっぱいだった。車は山道を抜け。見覚えのある大きな建物が視界に入った。吉永は内心の高ぶりが治まらなくなってきていた。もし、ここで何も見つけることができなければ、と考えると頭が真っ白になってしまう。大場にこのまま会えなくなることは是が非でも避けたかった。

「お久しぶりです」
こちらの声かけに佐藤が以前と変わらぬきびきびとした振る舞いで頭をさげた。
「前回は大変お見苦しい事態となってしまい申し訳ありませんでした。それにも関わらず再びのご来訪、誠にありがとうございます」
須田は佐藤の物言いに、自分の目的が後ろめたくなる。
「いえいえ、そんな頭を下げないでください。前回のことは、そちらの落ち度ではない話ではないですか。それに今回僕らは日帰り入浴だけじゃないですか。そんなにかしこまらないでください」
「私どもはお客様の当ホテルの利用のされ方でお客様を区別などいたしません。どうかごゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
須田は恐縮しつつも笑顔で佐藤から離れホテルの奥へ向かっていった。須田はホテルをふらつきながらスタッフに事件の調査をしてまわることになっている。

「あっつい」
澤村はタンクトップの裾で顔の汗を拭う。頭にバンダナをまいてはいるが、すでに汗が滴るほど汗を吸い込んでいて、触りたくもない状態だった。軍手も中の手が強い不快感を訴えてきている。
「須田との扱いの差はなんだ?」
澤村は吉永をにらんだ。
「あいつは、そもそもその条件ならって引き受けてくれてたんだ」
同じく肉体の限界に挑戦している吉永の語気は荒い。駐車場から藪を抜け、歩けそうな岩場を伝ってホテルに面した崖まで回り込むまでは順調だったが、ここからは当てのない戦いだった。岩かげに不自然なものはないか、と足場の悪いなか探し歩いている。
「おれらの頑張りは社会貢献だ。お前の今日の頑張りは就職に役立つさ。それに、会社の事件を解決に導いたとなれば、この事件の会社の合格は間違いなしだ」
吉永は軽口で澤村を鼓舞しているが、内容に確証は皆無だというのはあきらかだった。
「お前もエイチエム狙ってるのか?」
「え、いや」
澤村はここ最近の疑念が全くのお門違いのような反応で気が抜けた。
「…、じゃあ、なんでパンフレット借りたりしたんだよ。びっちり折り目ついてたし」
「あ、ああ。あれは、ほら、業界研究だよ。ついつい興味深くて読みいっちまったけど、あくまで進路の候補を模索してただけだよ」
吉永は澤村から離れるように、距離のある岩場に駆け寄っていった。
「お前わざわざ何のためにここまできたんだ…」
澤村は吉永のものいいが多少気になったものの、どちらかというと須田に参加の理由の方が気になった。しかし、バイト空けの早朝出発で道中は終始寝入ってしまったため、何も聞くことはできていなかった。それに、自分も大した理由なく参加しているので、もしかしたら二人とも大した理由なんてないのかもしれないと思い直した。

 日の位置が高い。日帰り客の入浴時間は制限がある。観光しているという設定の俺たちを須田がホテル内で待つ形で、それぞれ取り組んでいるが、逆に須田がいることで、入浴時間前にはホテルに居なくてはならない。吉永は内心の焦りを感じているが、もうどうにもならないと諦めている自分も理解していた。ここまでついてきてくれた須田と澤村のことを考える。大場のことを考える。崖の奥地まできてしまっている。駐車場まで戻るのにどれだけかかるだろう。澤村はこちらに視線を向けない。あくまで、終了の判断は吉永委ねているのだろう。この判断は大場を諦めることに同義な気がしてしまう。おそらく当の大場には何も関わりのない話だ。自分だけなら、とも思うが、二人を邪険にしたいわけではない。二人とだから来れたのだ。自分だけではここまで来る行動を起こせなかったかもしれない。
「澤村、そろそろ終わりにしよう」
吉永は右手をあげた。
「ん、あ、そうだな。温泉を楽しむ時間がなくなる」
澤村は疲れているようだが非難する色は見えなかった。吉永は軽いため息のあと笑顔で言う。
「我々の取り組みは大きな結果とはならなかったかもしれないが、温泉を楽しむ糧となったのだ」
吉永は中腰の澤村に飛び掛かった。

「へえ、そしたら上の階に荷物を運ぶエレベーターがあるんですね」
須田はラウンジでコーヒーを飲みながらスタッフの男と話していた。
「でも、僕たち三階の部屋でしたけど荷物はスタッフの方が持って上げてくれましたよ」
「そうですね。貨物用エレベーターって建物の奥まったところにあるので結果的に時間かかっちゃうんですよね」
「使いづらいものなんですね」
「あまり使われているのを見たことありませんね。でも整備は行っているので動くことは間違いないと思います」
「ありがとうございます。なかなか連れが来ないので暇してしまって」
須田は申し訳なさそうに姿勢をただした。
「いえいえ、また何か質問がありましたらお呼びください」
スタッフは快い一礼をして席を離れていった。
「さて」
須田は頭のなかを整理する。最後は建物についての話になってしまったが、収穫がないわけではなかった。澤村の参加で自分だけが楽な役割になってしまっているので、なるべく手ぶらはさけたかった。駐車場は建物から高低差があり、あまり見えない。二人はもう戻ってきているだろうか。

 吉永は鈍行列車のボックス席で窓に頭を預けて寝ていた。澤村は朝方寝たおかげか、バイトに追われる生活の賜物か、疲れこそ感じるものの眠気はなかった。日中の作業を振り替えるとそもそも吉永と自分とで取り組み度合いが違った気もする。そのことを須田に話すと、吉永はあの晩の女性と何かつながりのある話なんじゃないか、と言われた。まさか、とは思ったが吉永のことを考えるとなくはないかもしれないと思った。元々おかしな話だった。吉永が社会貢献とは。むしろ吉永といえば、過去に同学年の意中の相手が留学したため、二月ほど澤村のバイト先に現れ、みっちり働き詰めたうえで、その女の子を追いかけて一人でその国まで飛んだことがあった。須田の話の方がしっくりきた。そして、それを何もいわずに付き合わされたことに腹が立ってきた。須田は何故か上機嫌で話が合わなかった。澤村は吉永にそのうち何か仕掛けてやると心に誓った。
「お前らがいかに大変な作業をしていたかはここまでの道中聞いたけど、俺の収穫についてはいいのか?」
須田は思い出したように澤村をみた。
「え、お前何かしてたっけ」
澤村は首をかしげる。
「そうか、なら別にいいけど」
須田は外の風景に視線をもどした。

 学食には一品ものの他に、小皿で好きなものを選んで合計額を支払うものがある。吉永は小皿のものを好み、自分なりの組み合わせを作っていた。普段通りの経路で小皿を選びとり、会計を済ませ、大体いつもの席で食事を始める。しかし、箸を持つ気がしなかった。天井を見る。寿命を全うしそうな蛍光灯を一本見つけ、不規則に点滅するそれをしばらく眺めた。気を取り直して箸を持ち、食事に向かう。事件の続報はない。むろん、大場から連絡もない。吉永から連絡できるきっかけもない。大場からは事実上振られている状態である。距離を置かれてから、何もアクションを起こせずにいる。ため息がでた。お米を噛む。頑張って噛む。意識しなくては動きが止まりそうだった。白身魚のフライの味は変わらないが、それを感じる吉永の印象は普段と異なっていた。お茶で食べ物を流し込んだ。次の授業は、でなくていいかもしれない。空いた小皿の乗った盆を返却口で、片付け、外に出た。日差しは強い。手で目元を日差しから庇う。学内の川は行事のあるときにしか水を流さない。電力で水を循環させるため、お金がかかるためだろう。吉永は川縁に腰掛けた。携帯の画面を操作して、連絡先の大場の名前を展開した。しかし、出きることはそこまでだった。吉永は立ち上がり早めの帰路についた。

 最近吉永からの誘いが多い。最近サークルの方に顔を出していないことが察せられた。しかし、須田は日雇いバイトを詰め込んでいて、吉永にあまり快い返事をできることがなかった。それでも会うと吉永は、普段以上の元気で出迎える。何があったかは想像できなくもないが、何も話さないので詳しくはわからない。本人が何も言わないのなら、何も出きることはない。須田は割りきって普段通り接していた。二度目のホテル訪問に関して話に上がることはなく、忘れようとしているのかとすら思っていた。須田はもう事件のことは忘れかけていて、周りの人間もそれを話題にすることがなくなっていた。きっとそのうち解決されるだろう、という印象でしかない。
「須田は就職に向けて何かしてるの?」
吉永は透明カップに梅酒を注いでいる。
「まあ、それなりに」
吉永は顔をしかめる。
「ざっくりだなあ。俺まだなにもしてないんだよ。なんか気分がのらないんだよね」
「別に澤村みたいにインターンに躍起になるのが正しいわけじゃないだろう」
須田は透明カップに残っていたワインを飲みほした。
「さすが須田はまわりに流されないねえ」
澤村が、須田の空いたカップにワインを注ぐ。
「いや、することはしてる。あとで慌ててもしらないぞ」
「ああ、わかってる。気持ちの問題。気がのってきたらバッチリ決めるよ」
吉永は遠くをみていた。

「今日はありがとうございました」
澤村は頭を下げる。スーツは暑いが背広は着たままだ。その方が印象がいいだろうという判断だ。インターンは一週間で、最初は澤村と比較的年齢の近い若手社員とマンツーマンで、一日の仕事の流れの説明や、簡単な事務処理に取り組んだ。中盤は他のインターンとグループセッションなどを行い、本当に選考されているのではと心が引き締まった。そして夜は毎日社員とご飯に出かけた。最終日となる今日はなんと代表の相馬を含めての懇親会となった。相馬は一度澤村に話しかけ、他のインターンより距離の近さを示してくれた。これは、もう安泰かもしれない。そう思い、心が軽くなるのを感じた。懇親会のあと、気持ちを押さえられず、須田と吉永、城里にメッセージを送った。最寄り駅についたところで携帯に電話が入った。誰からか確認せずに電話にでる。つい明るい声になってしまう。
「メッセージ見たか?俺もう…、え、警察の方ですか」
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