すべての出会いに

ヨージー

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 駅に近い繁華街。通りには人通りが多い。時刻は帰宅ラッシュを過ぎたころだ。喧騒に満たされたという街並みではなく、少しだけ上品さの求められる街。見上げるような高層ビルが立ち並び、行きかう人は皆、手元かともに行く相手に視線を向けている。私には通いなれた街で、すでにその品を求めるようなお高く留まった品格には飽き飽きしている。日々を仕事中心で考えるために、街の景色はディスプレイに移る文字の羅列と変わらないくらいには色味を失って感じられた。きっと私には、世界が色めき立って見える、そんな昔読んだ物語のようなことが起きることはないのだろう。
「あの、すいません」
男が話しかけてくる。男は膝に手を置き、やっと私に話しかけられ、といった様子だ。
「はい」
「その、私を手伝ってはもらえませんか?」
男は困り切った表情で、私に視線を向ける。
「どういうことですか」
「実は、私こういうものでして」
男は着ているコートの裏に手を差し入れ、がさごそとまさぐる。男は懐から名刺入れを取り出し、やっとの思いで、一枚名刺を取り出し、私にさしたした。
「調査会社…」
私は名刺の一部を読み上げる。
「そうなんです」
男は私に目を合わせ、オーバーにうなずいた。
「私は今詳しくは言えないのですが、ある人物の素行調査、浮気調査をしています」
男は落ち着いた様子で話をつづけた。
「その対象人物が、今私たちの裏手にあるビルの上層階にあるバーへ入っていきました。おそらくはそこで密会をすると思われます」
男は言葉を一度区切り、私の目を見つめてから再度話し始めた。
「その店がですね、なんというか、男一人では入りづらいお店なんです」
「追っている方も一人で入店されたのでは」
「ええ、そこなんです。だからこそ今日あのビルで決定的な場面が発生すると考えています。店は男女一組での来店のほか、ドレスコードもあって、その私ではその点も最悪引っかかってしまいそうなところなのです」
そういう男の身なりは一見して整ったように思われた。コートの下のスーツも上等の品のように思われた。
「あなたのような方がいたほうがその似つかわしいのです。どうか人助けと思って、ご助力いただけないでしょうか?」

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