朱に交われば緋になる=手帳と黒真珠=

誘蛾灯之

文字の大きさ
6 / 14

スサ・ケンジアライト

しおりを挟む
 謁見室に呼び出されたダレクが到着すると、サルトゥーア陛下の他にシンシアもいた。
 シンシアの隣に立って頭を垂れると、面を上げよと指示が掛かる。

「ようやく馬車の足取りが掴め、アントニカ奴隷商団に繋がった」

 ぶわりとダレクからまた怒気が漏れ出すが、陛下の前だということですぐに霧散させた。

「そこからさらにケンジアライト一族が辿ったところ、とある場所に行き着いた」

 一呼吸開け、陛下がいう。

「タニル国だ」

 先日の使者達が脳裏をよぎる。やはり繋がっていたのか。

「もともとタニルは奴隷買いが盛んな国だ。アスコアニは既に奴隷は撤廃されているが、向こうは今も健在。よくこのアントニカ奴隷商団から買付をしているらしい。そこで、エージらしき男が出品されていた。買取り価格は1000万金貨。タニルの上位貴族だろうと目星を付けた」

 ダレクが拳を握りしめる。最悪の事態だ。
 これはれっきとした外交問題になる。

 下手したら戦争になるかもしれないと、ダレクはもちろん、隣のシンシアも思った

「一応まだ手はある。だが…、まだ情報が足りない。故に──」

 陛下がシンシアを指差す。

「そこにいるケンジアライト家の、スサ・ケンジアライトと共に行動を共にし、エージの在処を探ってこい」

 いつの間にかシンシアの隣に髪の色が違うだけの同じ顔をした女性が立っていた。
 ダレクは表情には出さずとも驚いた。何故なら足音はおろか、気配すらもしなかったのだ。
 影か?

「その作戦の間、アレキサンドライト卿からは団長の位を剥奪、そして戸籍も一定期間、条件付きで抹消する」

 ダレクが目を見開いた。
 それはつまり──

「これよりクリハラの奪還作戦が完了まで、お前は戸籍の無い流民だ。お前がその期間で何をしてようが、アスコアニはまったく関与しない。何せ、我が国民にダレク・アレキサンドライトという名の人間は存在していないのだからな」

 団長という立場の責を放棄して、自由に行動しろということ。
 ニィィ、と、ダレクの口許に笑みが浮かぶ。ありがたいと、ダレクは心の底から感謝し頭を下げた。

「サルトゥーア陛下、ありがとうございます」
「ああ、死者だけは出すなよ。後の処理がめんどくさい」
「分かっております」

 陛下がフ、と悪人のような笑みを浮かべる。
 サルトゥーア陛下は見た目は優男だが、中身は結構黒くて計算高い。
 勿論サルトゥーア陛下は善意でこうした訳じゃない。いざというときに切り捨てれるという保険も兼ねているが、それでも肩書きを脱ぎ捨てればやれることは山ほどある。

 ダレクというリスクをうまく使って、作戦が成功すれば良し。
 失敗すればダレクごと切り捨ててしまえば良いと思っている。

 だが、今回は逆にそれがやり易い。

「行け、ダレク。何としてでもうちのモノを取り返してこい」
「は!」

 踵を返して王の間を後にすると、すぐさまダレクは準備を始めたのだった。




 王の間からダレクが出ていくのを、影から見ている者がいたが、その事にダレクは
 は気付かなかった。








 □□□スサ・ケンジアライト□□□









 気絶していたらしい。
 瑛士が痛む体を起こしてみれば、脚や肩に盛大にミミズ腫れが出来ていた。
 昨夜、あの黒い男達に尋問をされた。内容は

 “魔法陣を書き直す人間の名前を言え”

 というものだった。
 いつかはバレると思ってはいたけど、まさか一年も持たなかったとはと頭を抱えた。

 誰だろう。
 城の関係者なら一大事だし、アークラーの残党でも一大事だ。

 ムチ打ちは当然痛かったけれど、正直、此処に来てすぐに味わった激痛に比べたら耐えられるものだ。
 さすがに皮が剥け始めたら耐えられないかもしれないけれど、その前に何とかしないといけないと、扉下から乱暴に滑り入れられた食べ物をモソモソ食べながらそう思った。






 ◆◆◆






「先ほど紹介にあずかりました、スサ・ケンジアライトと申します」

 シンシアにそっくりな女性はスサという。
 ケンジアライト家の中でも特に優秀で、隠密活動に優位な能力を発現させているという。
 ダレクはあまり知らなかったのだが、ケンジアライト家はもともと国の裏て活動する一族で、王の影という特殊部隊にもケンジアライト家が多く所属しているらしい。

「髪の色が赤なんだな」
「ああ!もしかしてケンジアライト家をあまりご存じではない?
 実はケンジアライト家は基本この髪色なのですよ。弟は例外で、魔眼を発現したら色が変わってしまいました。二面性のある血筋で、その点で言えば、アレキサンドライト家と同じですね」

 そこまで言って、スサがハッとしたように慌てて付け加えた。

「あ、いえ、根本が違うからご一緒ではありませんでしたね。失礼いたしました」
「いや、気にしてない。それよりもまず出来ることの確認をしておこう。さっきの姿も気配もなかったのは一族の能力か?」
「はい。それも能力の一つです。でも正確にいうなら」

 スサが上に向けた掌から銀色の液体が滲み出し、空中に玉になって浮いた。

「これです」
「これは…、水銀か」
「ご名答。ケンジアライトはこれを産み出せる唯一の一族です。
 本来なら弟が発現の期待されていたのですが、更に凄い千里眼身に付けちゃったのでって感じです。なので弟はコレができません。
 まぁ、そのお陰で私は役に立てるのですが」

 空中に浮いた水銀をぱくりを飲み込んだスサが、さて、と荷物を背負う。

「行きましょうか。先々で仲間が手助けをしてくれるはずです。あ、呼び名はどうします?私はそのままでも良いですが、アレキサンドライト卿はそのままだと良くないですよね」
「そうだな…」

 しばし思案し、すぐに頷いた。

「アレクだ。前に略語とやらで遊んだ時に作ったこれなら、絶対にあいつは気付く」
「了解です。アレクさん」

 スサがダレクを見て微笑む。

「早く会えるように頑張りましょうか」
「ああ!」







 本来ならば使用が制限されている転移魔法陣を駆使し、タニル国へ向けて移動していく。
 瑛士が拐われてから早6日。気持ちは競るが、どうにもなら無いのがもどかしい。
 馬を全力で駆けさせ、1日で国境付近にまで到達した。

 夕方近く、目的地らしい森の中で、森の中にしては不相応の村人の格好をした男の前で止まった。

「お疲れ様です!スサさん、それとアレクさん!」

 スサと同じ赤髪の男が敬礼する。

「久しぶり、タンシャ。経路はどう?」

 タンシャと呼ばれた青年が袖から折られた紙を出し、広げた。
 タニル国の地図だ。それを水銀で作った机の上に置き、簡単に説明をする。

 国境越えは難しい。
 顔を見られるし、ダレクが国境を越えるとなれば大騒ぎになるに違いない
 よって方法は一つ。不法侵入だ。

 とはいえただ不法侵入して見付かればただじゃすまない。
 なので、あらかじめダレクに似た影武者を見付けておき、身分証を偽装、顔を魔法陣で変えてないから審査に引っ掛からないし、マークは薄くなるだろうという作戦だ。

「こちらがアレクさんの身分証です」
「作るのが早いな」
「専門ですので」

 表ではそんなに名を聞かないのに、裏ではずいぶんと有名な一族なんだなとダレクは認識を改めた。

「影は既に潜入させています。お二人はこちらへ」





 ザクザクと、暗闇のなか月の光を反射して光る水銀のヒモを矢印に進んでいく。
 此処は国境付近だから下手に火は使えない。そんなことすればタニル側の監視が一斉に此方へ向く。

「水銀って便利だな」

 ダレクがそう言えば、スサが苦笑した。

「そういっていただけて何よりです。国内の数ある特殊能力の中で、一番嫌悪されているこの能力を誉めてくださったのは、陛下と貴方くらいです」
「それは、汚染の話か?」
「知ってらしたのですか?」
「正確に言えば、思い出した。昔、水銀を操る力を持った一族の話を聞いたことがあった。
 美しい見た目をしているが、その性質は猛毒で、皮膚からも呼吸でも体内に容易に入り込み死に至らしめるものだと」

 特に、家名に『光る石』の意味を含む一族は身体障害の前に精神汚染される恐れが高いこともあり、忌避されていた。
 何処か悲しい目をするスサ。

「だが、今回ともに行動して思ったことは、大変使い勝手の良いものだなと。現に月明かりを反射してランプ代わりにしたり、机にしたりと、第三の手のような使い方をしている。素晴らしい力だ」

 私のこの振るだけで周りが破壊される力よりは使いどころがある。と、ダレクは本気でそう思っていた。
 一族みんながそうであれば良かったが、ダレクだけこうなってしまった。

 甦る記憶の中に浮かぶのは冷たい目。
 投げ付けられる暴言、母親に言われた言葉が今もダレクの胸の奥に刺さっている。
 仕方の無い事だとは今は理解できる。
 人は誰しも理解しがたいもの、恐ろしいものには牙を向けるのだ。

 ダレクは首を横に振り、感傷を掻き消した。
 今はそんな昔の事を思い出している暇など無い。

「着きました。こちらです」

 タンシャが示した場所、地面にぽっかりと開いた巨大なトンネルだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

処理中です...