朱に交われば緋になる=手帳と黒真珠=

誘蛾灯之

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生死不明

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 何度か探知魔法を掛けられた気配がしたが、ダレクとスサだが、長年の経験によって何とか巻いて目的の森に辿り着いた。
 軽く息が切れているスサが、やれやれといった風に額の汗をぬぐう。

「いやぁー、なんでか途中からやけに探知魔法増えてませんでした?そんなに大事だったんですかね、あの奴隷商…」

 それに対し、あまり息も切らせてないダレクが眉間に皺を寄せながら思案し、答えた。

「……というよりも…、……なんとなくだが、それだけじゃない気がする」
「といいますと?」
「非常に嫌な推測だが、ダレク・アレキサンドライトとバレている。もしくは、決定的な確証を得たいために、増員した」
「うわ、あり得ますねソレ」
「それともう一つ」

 ダレクは間を開け、口を開く。

「誰かが情報を流している?」

 スサが、ダレクの言葉にハッとして顔を青ざめさせた。

「もしそうなら…大変じゃないですか…ッ!」
「まぁ、モステン辺りがすぐに処理しそうではあるが、問題は対策を練られてしまう事だな」

 ダレクの脳内に出てきた全身黒づくめのバカ真面目を体現した男過る。
 何だかんだと優秀な奴だ。今頃既に不振な動きをしている者の正体を暴いて包囲しているかもしれない。
 前回のアークラー事件以降、二度とあんなことがないようにと独自に情報網を広げていっていたようだったから、そこのところはダレクは対して心配していない。

 ダレクが心配しているのはもうひとつの方。間者からではなく、勘の良い者がダレクに気付いていたら厄介だった。
 何せこの国にはあれがある。

「先の戦闘の記録ですね」
「ああ。もしこの考えが当たっていたとすればこの先苦戦するだろう」

 つい五年前まで、アスコアニと、ここ、タニルは戦争していた。
 その戦争にはもちろんダレクも参加していて、前線で大暴れしていた。騎士団団長に任命された切っ掛けの戦争であった。
 聞いた話だと、タニルからはネームド判定されており、ダレクの事を『大災害』と呼称していた。由来は簡単だ。ダレクが腕を振れば敵はなす術もなく吹っ飛ばされていくから。
 もしその時の魔力の波長を記録されていたのなら、その波長を元に特定補足魔法を発動されれば、距離次第では即座に補足されてしまう。
 もちろんソレを阻止するための魔法陣もあるが、長くは持たない。
 それにダレクの行動パターンに見合った魔法陣罠を仕掛けられる可能性だってある。

「これは、かなり急がないといけないですね」

 息を整えたスサが気合いを入れるために両頬を叩く。

「できるなら、今日中にでも城に潜り込むぞ。そうなりゃアイツの所にすぐさま駆け付けてさっさと退散だ」

 必要なら殺さない程度に大暴れするつもりで、とダレクは拳を握る。そこでスサがダレクにごく当たり前な質問をしてきた。

「それにしても、潜り込んだところでクリハラさんが何処にいるのか分かるのですか?」
「わかるさ」

 ダレクが左手の指輪を見せる。

「これが教えてくれる」






 □□□生死不明□□□







 森の中を移動し、事前に突破できそうな地点を目指して行く。
 捕捉魔法阻害の魔法陣を使ってはいるが、数で押されては効果が鈍る。だからこそ、本日中にでもその場所まで辿り着かなければならない。

「指輪はどうです?」
「まただ。予想ではもっと裏の方にいる可能性が高い」

 この指輪もある程度の距離が近づかなければ反応が薄い。

「同感です」

 話しながらでも足は止めない。

 ポツリと頭に水の粒が当たる。
 雨が降ってきた。まずい、足元がぬかるむのは速度が制限される。

「スサ──、!?」

 グオンと頭が揺れる。この感じに身に覚えがあり、ダレクは盛大に舌打ちした。

「捕捉された。逃げるぞ!」
「!! はい!」

 全力で駆け出す二人の遥か後方の空に、赤い煙弾が打ち上げられる。
 すぐにあの煙弾目掛けて増援がやってくるだろう。

 雨が激しくなってくる。
 髪の染料がフードを被っていても濡れてしまい取れていく。これでもう誤魔化しようも無くなった。

 ビリビリとした鋭い気配が背中側に走る。

「後方防御!」
「はい!」

 ダレクの言葉にスサが後方に水銀で膜を張った瞬間、多数の矢が水銀に阻まれて地面に落ちた。矢じりの形状からして何かを塗っている。
 毒か、痺れ薬か。
 前方からも近付いてくる音、すぐさま光るものが飛んでくる。

「挟み撃ちか…」

 障壁を張って前方の矢も弾く。

「こっちだ!」

 僅かな隙を縫って方向転換をし、挟み撃ちを切り抜ける。だが、更に攻撃が激しくなっていき、スサの水銀でも押さえきれなくなってきていた。
 詠唱を唱え、ダレクが地面へと掌を向ける。

「妨害魔法、アウタ」

 魔力結晶が掌から生成し、地面に転がっていく。
 後ろから追い掛けてくる追っ手の目の前で発動。追っ手の目の前で赤い棘が瞬時に生成され、巨大な障壁になった。
 すぐに破壊されるか迂回されるだろうが、時間稼ぎだ。

 雨が激しくて視界が悪くなる。
 後ろとは別方向から追っ手の行動が来るが、雨のせいでギリギリまで気付かずに、ハッと気がついた時には矢が目の前。
 障壁を張る。これで防げると思ったら、矢が障壁に突き刺さった瞬間、添付していたらしい魔法陣が発動。矢じりが破裂し、中から細い棘状の攻撃が無数に発射された。

「ぐっ!」

 顔をガードした腕に裂傷を負った。
 痛みはあるが耐えられない程ではない。突き刺さったものを引き抜いて投げ捨てると、スサが焦りの声を上げた。

「アレクさん!」

 後方から近付いてくる音。突破してくるには早い。事前に二手に分かれて迂回されたか。
 絶対に捕まるわけにはいかない。

「うおおお!!!」

 腕に魔力を纏わせて横凪に振ると、凄まじい衝撃波がダレクの腕から発生し、近付いてきた連中をブッ飛ばした。
 ズキンズキンと痛む腕にかすかに違和感を覚える。激痛の中で感じる不自然な熱。ただの攻撃魔法ではない、何かしらの付属効果をつけていたと見える。
 毒か、魔法か。どちらにしても今は逃げることに専念するしかない。

「大丈夫ですか」
「このくらい大したことはない。今のうちに距離を取るぞ」

 必死に走る。
 腕を縛り、出血を止めながらも足は止めない。
 何の効果だ。分かるのは痛みの増大と出血が止まらないこと。

「しまった!」

 先を走っていたスサが絶望の声を上げた。
 その意味をダレクもすぐに理解した。目の前に広がるのは崖だった。
 対岸は結構距離があり、水銀を伸ばして橋を作るにしても追い付かれてしまう。
 どう対処しようかと頭を巡らせるがいい案が浮かばない。

 血が流れ続けて疲弊してきたダレクが振り向き、反射的に後方に障壁を二重にして張る。すると大量の魔法弾が着弾した。

 森から刺客が現れる。先程のとは違う。もっと攻撃を特化させた奴らだっていうのは、嫌でも分かった。

「ダレク・アレキサンドライトだな」
「……ッ」
「不法侵入の罪で拘束させてもらう。大人しく投降せよ」

 どうやって切り抜けようかと頭を回転させている途中で、景色が上へとずれた。

「は?」

 数瞬おいて理解した。地面が崩れたらしい。
 驚く刺客達の顔があっという間に上へと飛んでいき、ダレクとスサは崖下へと落ちていった。







 崖下を覗き込んでも雨とあまりの深さで何も見えない聞こえない。
 だけど、この下は毒蛇の巣窟になっている。

「これ以上は追えんな」
「とはいえ、ここで落ちれば転落死でなくても、毒蛇の猛襲にあって助からないだろう。生きて捕まえたかったが、指示では殺しても良いと言われている」
「では任務は完了ですか?」
「だな。撤収しよう」




 ◆◆◆




 雨が降っている。かなりの雨量だ、嵐になるかもしれない。そう思いながら瑛士はボンヤリと窓から外を見つつ機会を窺っていた。
 シミュレーションはした。どの経路で進めばここから距離が取れるのかも。
 あとはこの厄介な拘束を何とかするだけ。
 前に手に入れたガラス片で切れないかと試してみたけれど、切れにくい素材なのか上手く行かなかった。だがそんな些細なことで落ち込む暇なんてない。

 ならば次だと、窓の外を睨み付けていると、馴染みのある香りが鼻腔を擽る。
 ハッとして窓に張り付いて遠くへと目を凝らすけれど、雨のせいで何も見えない。だけど、窓も空いてないからそんなわけないのに、ダレクの匂いがした気がした。
 気のせいかもしれない。現実的にはあり得ないと思いながらも、瑛士はなにか見えないかと懸命に目を凝らした。

「そんなところにいては体を冷やすぞ」
「……」

 いつの間にかダグパールが後ろにいた。不法侵入常連だ。いつも通り睨み付けようと振り返ると、さらにその後ろに見慣れない人達もいた。
 いつものムキムキな男ではなく、女性達だ。
 出で立ちはメイドのような使用人。

「こっちへこい。湯浴みをさせてやる」

 ダグパールのその言葉に瑛士は期待した。もしかするとこの忌々しい手錠が外れるかもしれないと。






 結局外してくれなかった。予想はしていたけれど、落胆が大きい。しかしそんな落胆すら吹き飛ぶものが瑛士の目の前にあった。
 露天風呂だ。ホコホコと湯気が立っているそれを見て、久しぶりに瑛士は心踊った。

「さ、こちらへ」
「足元が滑りますのでお気をつけください」
「……」

 お風呂くらい自分でできると突っぱねたのに、ダグパールは構わずに女性達をつけた。
 石鹸もないのに泡立つ不思議なスポンジで体を丁寧に洗われた。タニルにはアスコアニにはない道具が結構ある。これを持ち帰って解析したいなという研究魂を抱きつつ、下半身は全力ガードして自分で洗った。
 そしてご丁寧に人が近くにいると落ち着けないと説得し、逃げないからと約束して女性達に距離を取ってもらった。
 実際、露天風呂であったのだが、逃げられそうにはなかった。
 竹細工の籠のようなものに被われた空間だったからだ。
 上の方はガラスで張られでもしているのか雨は入ってこない。

 溜め息を吐きながら爪先からお湯に浸かると、今までの疲れや緊張がなす術もなくお湯に解けていく。

「……はぁ…」

 思わず吐息が出る。
 久しぶりに日本人に戻った気分だ。お湯に浮かんでいる花の香りが心地よい。
 何の花だろう。見たこともないその花を掬って観察してみたが、アスコアニだも日本でも見たことの無いものだった。

「…この国固有の花かな…」

 タニルは雨が多く植物が豊富だ。
 対してアスコアニはカラッと乾燥した空気で、雨が少ない。植物も量はないが、鉱物が良く取れてアンティークが盛んだ。

「そういえば、タニルは花の国とかって言われてるっけ……」

 できることならば、温泉はダレクと来たかったな。
 二人して肩まで浸かって逆上せるまで景色を眺めていたい。アスコアニは水が少ないから、貴重な経験になるだろう。
 ならば、絶対に逃げ切らねば。

「……よし」

 頑張るぞと意気込んでお湯から出た。
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