朱に交われば緋になる=神子と呪いの魔法陣=

誘蛾灯之

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住所不定無職

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 酷い夢を見た、と栗原瑛士は心のなかでぼやいた。

 白い光に包まれた瞬間、恐ろしいまでの激痛と苦痛を味わった。
 例えるならば、車に跳ねられた挙げ句、服のどっかしらが引っ掛かって数キロ引きずり回されたような激痛だ。声も出せないほどの激痛なのに喉に餅が引っ掛かったみたいに呼吸が出来ないし、助けを求めようとしても上手く意思表示も出来ない。辛うじて目が合った気がする人に救急車を呼んでと目で訴えたけど通じたかどうかも分からなかった。

 と、夢なのか現実なのかよく分からないうちに気が付いたらベッドに寝かされていた。
 途中オレンジ色の物体にマッサージされていたような気がしたけど、夢だろう。とか、思っていました数分前まで。
 意識が覚醒して目を開けて、脳が大混乱を起こした。
 何処だここは。頭を動かして辺りを見回す。自分の部屋ではない。会社でもない。病院でもない。
 一つ二つ選択肢を消していって、最後のネットカフェに×が付いたところで考えるのをやめた。

「…そんなことよりも、なんでこんなに腰が痛いんだ」

 心なしか声も掠れている気もする。
 あれ?そういえば今何時だ?窓から差し込む光の感じからして、恐らく九時過ぎ──
 腰の痛みも忘れて飛び起きた。

「ヤバイ遅刻!!!」
「目が覚めたか」
「!」

 予期していたかった誰かの声に瑛士はびくりと肩を跳ねさせた。
 誰だ。コツコツと足音が近付き、すぐ隣で止まる。
 瑛士はゆっくりと声の主に視線を向けると、まるで太陽のような色が飛び込んできた。
 オレンジ色の髪に、赤い瞳の男だった。それも驚いたのだが、何より驚いたのがその男の顔つきは日本人ではなかった。何処の国の人なのかは分からないが、とにかくもそんな明るい色を何不自然なく身に纏うその男は、日本語で話し掛けてきた。

「体の痛みはどうだ?呼吸しにくいとか、何か違和感とか大丈夫か?」

 ハーフなんだろうか。

「いえ、特には何も…」
「そうか。とにかくも今日はそのまま寝台の中で過ごすのが良いだろう。何せ昨日は死にかけていたうえに行為した後なんだ。立つのも辛いはずだ」
「はぁ…」
「私はこれから仕事に向かうが、そこのサイドテーブルに置いた鈴をならせば使用人がやってきて必要なものを持ってくるだろう。お前の事は既に話してあるから心配はしなくて良い」

 使用人、と頭の中にメイドが過る。いや、時代錯誤過ぎるかと瑛士はすぐにその想像を掻き消した。
 ばたんと扉が閉められ、男は仕事に行ってしまった。

「あの人、凄い服を着てたな…」

 何処ぞの国のコスプレみたいな服だった。あれで仕事とは、俳優とかなのか?いやしかしこんな家から着ているものではないだろう。

「…しまった。名前も聞いてなかった」

 これではお礼をする時に困ってしまう。自分の迂闊さを反省しながら、スマホを探すべく行動を開始した。
 震える足を叱咤して荷物を探し回ったが、何故かズタボロになっている服は見付かったものの、それ以外の荷物は見付からなかった。
 これは困った。会社に連絡しなければ無断欠勤になってしまう。

「仕方がない。電話を貸してもらおう」

 電話番号は怪しいが、最終手段のネットで受付の番号を検索してから繋いでもらうと言う手もある。
 鈴を鳴らせば使用人が来るとか行っていたが、電話を貸してもらう身でさすがに無遠慮過ぎるだろう。瑛士は傍らに用意されていた服を借りると、扉を開いた。
 メイドが目の前にいた。
 正確に言えばこれから扉をノックしようとした体勢だ。
 メイドは瑛士を見るや、「おや」と驚いた風に声をあげ、「もう大丈夫なのですか?」と訊ねてきた。

「えっと、はい。おかげさまで…」
「アレキサンドライト様から貴方貴のお世話を仰せつかっております。何かご用がおありですか?」
「その…」

 使用人がガチなメイドだったの事に驚いたが、瑛士は本来の目的をなんとか思い出した。

「電話を貸してもらえませんか?」

 数秒無言の時間が流れ、メイドの「は?」という言葉が廊下に木霊した。
 結論からいって、電話が存在しなかった。
 どういう事だとベッドで頭を抱え、これはまだ夢なんだと納得して寝ることにした。
 きっと目が覚めたらいつも通りの自分のベッドに戻っている事だろう。



 □□□住所不定無職□□□



 窓の外が赤く染まっていた。

「夢では無かったのか…」

 目が覚めても特に変わらない部屋で瑛士はひどく落胆した。ここは何処なのかも分からず、一日を寝て無駄にしてしまった。
 おかげさまで腰の痛みも引いて体調は凄く良いが、それはそれ、これはこれである。
 スマホ中毒者にスマホ無しは正直キツい。本当に無いのかもう一度探そうとしたところでこの家の主らしいアレキサンドライトが戻ってきた。

「食事を摂ってないと聞いたが、具合でも悪いのか?」
「いえ、その、寝てまして」
「そうか。寝るのは大事だからな。だが、一日飲まず食わずは良くない。これから夕飯だ。そこに置いてある服に着替えてこい」



 指定された服に着替え、メイドに案内されるままアレキサンドライトの待つ部屋に通された。そこにある光景に瑛士は嘘だろうと突っ込みを入れたくなった。

「さぁ、たくさん食べると良い」

 テーブルに並ぶのは見たこともない料理ばかり。おおよその検討は付くが、そのどれもが現代らしくなかった。
 席について、促されるままに料理を自分の皿に盛り付けた。
 このアレキサンドライトは趣味を極めた人なんだろうか。それともこれはドッキリ番組か。今のところどちらか判断できないので、瑛士は大人しく手を合わせてから頂いた。ふむ。肉が固めだ。
 白米が恋しくなっていると、突然アレキサンドライト様から「そういえば」と切り出された。

「名前を聞いてなかった。何というんだ?」

 固い肉を咀嚼し飲み込むと、瑛士は答えた。

「栗原瑛士です」
「ふーん。珍しい名前だな」
「そうですかね」

 わりといる方だと思うんだけどと、瑛士はパンのようなものを口に放り込んだ。固い。

「貴方は?」

 アレキサンドライトというのはメイドからの情報で知ってはいるけれど、一応訊ねてみた。

「私か?私はダレク・アレキサンドライトだ」
「噛みそうな名前ですね」
「…そうか?」
「ええ」

 頑張らないと言えない名前だ。ダレクの方が言いやすいだろうけれど、ここは無難にアレキサンドライト様と呼んでおくべきだろう。

「ところで、なんで召喚の儀式に紛れ込んだんだ?」
「はい?」

 自己完結した瞬間、突然謎の爆弾を投下された。




 □□□




 瑛士はベッドの上で天を仰いだ。

「……異世界召喚?」

 先程落とされた爆弾は、瑛士を大混乱させるのに充分過ぎるものであった。
 意味が分からないと首を傾げていると、アレキサンドライトは丁寧に説明をしてくれた。
 曰く、ここは日本ではなくアスコニアスという国であること。神子を異界から呼び寄せたら瑛士が誤ってくっついてきてしまった事などだ。
 さすがにドッキリが過ぎると思わず本音が出たら、アレキサンドライトが何か証拠になるようなものがあれば良いんだがと言ったので、異世界なら魔法くらいあるだろうと無茶振りを振ったら、そんなものいくらでもあるぞと手から炎を出した。もしかして本当に異世界なのかと疑いつつも信じざるを得ない。

「どうやって帰るんだ…」

 常日頃から異世界に行きてぇとぼやいてはいたが、いざ実際に来てみたら帰れるのかと心配になっている。
 来れたのだから帰れるだろうと言うもう一人の自分と、こういう場合だいたい帰れないパターンが多くないか?と言うもう一人の自分が脳内で喧嘩をしている。
 それよりも何よりも一番の問題なのは。

「俺、現状…住所不定無職ってことじゃん?」

 家は借屋だが一応あるので、住所不定の欄は埋まったものの、無職という事には変わらない。実質ニート。
 助けて貰ったのであれば何かしらでお礼を返さなければならないと、瑛士の常識が叫んでいた。ついでに働けと社畜魂も急かしていた。

「とりあえず、明日から頑張ろう」

 瑛士はそう意気込み、寝ることにした。


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