朱に交われば緋になる=神子と呪いの魔法陣=

誘蛾灯之

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チタタプ地獄

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 何か出来ることを考えた結果、家事をする事にした。というよりもそれしか出来ない。
 それでは早速始めようと、瑛士は廊下に飛び出して掃除道具を探し始めた。

「…思ったよりも広い家だ」

 これは掃除云々の前にこの家の構造を知らないといけないなと、瑛士は家の探索に乗り出した。
 途中見知らぬメイドとすれ違い頭を下げ、手頃な掃除道具を手に入れた。箒一式とバケツと雑巾らしき布だ。さて部屋に戻ろうと思ったところで、水道を確認していないことに気が付いた。
 まさかこの世界には水道が普及してない?もしやと思うけど、井戸から組み上げるんじゃないだろうなと心配していると、窓からあるものが見えた。
 メイドが壁際で何かをすると、水が飛び出してきていた。
 蛇口があるのか!外に出る扉を探すも見付かったので、窓から外に出てそちらに向かうと魔法陣のような模様が壁に描かれていた。

「確か、この出っ張りを動かしてたな」

 ブレーカーの突起のようなものを下げると、魔法陣から水が飛び出して慌ててバケツで受け止めた。突起を上げると水は止まる。どんな仕組みなんだろうと観察すると、この突起を下げると魔法陣の模様が動いて隙間が無くなり完成し、上げると隙間が空くという単純なものだった。
 単純なんだけど、水源は何処なんだろう。
 パイプが全く見当たらなくて不思議だったが、まずは部屋の掃除が優先だと、再び窓から中に入って目につくところから掃除を始めた。




 □□□チタタプ地獄□□□




「こんなものかな」

 一通り綺麗にしてみた。といっても毎日あのメイドさんが綺麗にしているだろうからやることは圧倒的に少ない。
 一仕事終えて額の汗をぬぐうと、小腹が空いてきているのに気が付いた。
 時刻は定かじゃないけれど、とっくにお昼は過ぎている。ご飯も朝食べたきり何も口にしていなかった。
 何か簡単なものを食べたい。
 ここで出されるものは確かに美味しいけど、もっとジャンキー的なものが食べたいと瑛士は思った。なので、交渉するべくキッチンへと向かった。

「……あの、すみません」

 恐る恐るキッチンにいる人達に声を掛けたら一斉に肩を跳ねさせ、凄い勢いでこちらを確認した。なんだその過剰反応はと思うが、すぐに表情を変えて腕を組み始めたのを見て、いやなんだその態度の急変化はと追加で思った。もしかしてここの世界差別意識が強いのか。最悪の世界だな。いや、国か。
 めげずに瑛士は更に話し掛ける。

「少し料理をしたいのですが」
 すると料理人達が顔を見合わせて大笑いを始めた。
「はははは!!料理だってよ!」
「何処の獣の骨かもわからん小僧が何を料理するんだって?」
「やめとけやめとけ、せいぜい自分の指を切断するのがオチだ」

 その言葉に少しカチンと来た。
 こちとら独り暮らし長いんだぞ。料理の一つ二つ出来るに決まってるだろうが。
 とはいえ、そんなことを言ったところで初めから見下したような態度を取るこの人達に言っても無駄である。瑛士は会社で鍛えられた処世術である怒りながらもジャパニーズスマイルを顔に張り付けた。

「では貸していただいても良いと言うことで宜しいですね?それでは失礼いたします」

 ズカズカとキッチンに踏み込むと、まさか笑顔で乗り込んで来るとは思ってなかったのか、勢いよく入ってきた瑛士を避けるように料理人達は退いてくれた。
 さて、まずは何があるのかを確認しよう。
 台所にはおそらく水道と思わしきものと、コンロのようなもの。オーブンのようなもの。調味料らしきものと、野菜にパンにチーズと吊るされた肉。そして知っているものとは少し形が違うがおおよそ調理器具であろうもの達。
 冷蔵庫が確認できない。まぁいいか。
 さっきの魔法陣と同じ仕掛けのようで、つまみを操作すると水も火も出た。火は着火しか出来ないが、横にあるダイアルのようなものを回転させて線で繋がった先にある模様を変えると強さの調整が出来るらしい。
 オーブンは色々複雑なダイアルで今は見ないようにした。
 フライパンと包丁と木製フライ返しを拝借。そこでふと、この世界の包丁はどっちパターンなのかを考えた。欧米式だと叩き切る、日本式は撫で切る感じだけど、日本人である瑛士は切れ味が良い方がいい。
 手に取った包丁の刃に親指を乗せて、砥具合を確認した。

「……砥が甘い」

 これだときっと俺は切りにくいだろう。そしてきっと途中でイライラするに違いないと瑛士は思った。すぐにでも研ぎたいけれど、この人達にとってはこれが切りやすいんだと思えば勝手に変えるのは不味いなと思い至った。
 瑛士は近くの料理人にこれ以外であまり使っていなくて、俺が調整してもいい包丁は無いですかと訊ねたら、怪訝な顔をしつつも使ってない包丁をくれた。
 刃をこちらに向けるなと文句を言い掛けたが、こちらは居候の身、ありがたくお礼を言うと、砥石を借りて砥直した。本当は仕上げまでやりたいけれど、それだとあまりにも時間が掛かるために簡単に済ませ、調理を開始。

「……まな板何処だ」

 まな板が見当たらない。仕方がないので手で持って作業をすることにした。
 砥たての包丁だと何の苦もなくトマトをスライスできる。葉野菜は手で千切り、吊るされた肉を二切れ貰う。チーズも同様。パンも一つ貰ったが、固い。なんでこんなに固いんだ。日本では信じられない固さのパンだけど、なんとかなりはする。
 一通りの材料を用意したところで調味料を確認した。
 塩に、黒い砂糖に、多分ウスターソースに、ケチャップ的なもの、酢など。醤油無いのか…。肩を落としつつ作るのはハンバーガーだから別にいいかと頭を切り替えて再び調理開始。固いパンを霧吹きがないので手で水を軽く振りかけてフライパンで蒸す。そして焼く。
 固くなった食パン復活の良くある技法だけど、これも適応できるのなら少しはマシになるはずだ。
 そうして良い感じに焼けたパンを小さく切り分け、上下を分離させ、間に具材を挟んで味付け、あっという間に簡易ハンバーガーが出来上がった。
 使わせて貰ったので後片付けをしっかり終えてから料理人達に「ありがとうございました」とお礼をしたあと、ハンバーガーを持って部屋に戻るためにキッチンを後にした。
 その背中を唖然とした様子で料理人達が見つめていたなんて瑛士は全く気付いていなかった。







「さて、いただきます」

 瑛士がハンバーガーを一口頬張る。パンは昨日よりもだいぶ柔らかくなっていて食べやすかった。明日も使わせて貰えないかなと思いながら次へと手を伸ばしたとき、ひょいと皿に残っていたハンバーガーが誰かに取られた。

「あ?」

 誰だ犯人はと上を向いたところで瑛士は固まった。

「ほお?なんだか面白いもの食ってるな」

 居ないはずのアレキサンドライトだった。
 あれ?まだ仕事じゃ?と頭の中で疑問がグルグルしていると、アレキサンドライトは手に持っているハンバーガーを一口食べた。
 俺のハンバーガーが…と悲しい気持ちになりながら、驚いたようなアレキサンドライトが今しがた食べたハンバーガーを凝視していた。

「美味いなこれ!なんだこれは!?」
「……ハンバーガーです……。正確に言えばハンバーグじゃないのでサンドイッチですけど…」
「ハンバーグとはなんだ!」
「ひき肉の塊を焼いたやつです…」
「へぇ!」

 そのままハンバーガー、いや、サンドイッチはあっという間にアレキサンドライトの胃の中へと消えていった。俺の昼食…。
 名残惜しそうに指に付いたソースまで舐め取ったアレキサンドライトは、ニヤリと笑うと瑛士に向かってこう言い放った。

「ちょっと夕飯も作ってみろ。そっちの世界の食事に俄然興味が湧いた!」

 居候の瑛士は家主であるアレキサンドライトにこう言われれば従うしかなく、小さく「はい…」と言うしかなかった。




 夕飯はオムレツとハンバーグになった。
 探していた冷蔵庫は無かったが、代わりに冷凍室と隣接した冷蔵室があったらしい。ひき肉を一から作るとは思わなかった。恨むぞ。
 といっても、ちゃんとしたやつじゃなく、凍らせて半解凍してひたすら包丁二つでタタコンばりに叩き切りしたやつだけど、見た目ハンバーグだし味もハンバーグだから別に良いかって感じ。ただ、明日は腕筋肉痛確定。
 ちなみにそんな風に肉を包丁でリズムを取りながら叩いていた瑛士の姿を見て狂人判定をしたらしい料理人達は瑛士の事を怯えた様に見るようになった。お前らの主のせいだ。

「これがハンバーグか。そして、これがオムレツと。ふむ。中にチーズか。発想が面白い」

 バクバクと遠慮なしに食べるアレキサンドライトは、フライパンでふっくら加工を施したパンも無我夢中で食べていた。

「どうした?食べないのか?」
「いえ、食べます食べます」

 手を合わせ、いただきますと言ってからナイフとフォークで食べようとして手が震えてうまく扱えなくて困った。ひき肉のせいだ。と瑛士がイライラしていると、傍らにアレキサンドライトがいつのまにか立っていた。なんだと顔をあげるとアレキサンドライトの掌が額に乗せられた。

「……なんだか顔色が悪いなと思ったら魔力がだいぶ減ってるじゃないか」
「え」

 魔力がなんですと?
 そのまま頬の方へ掌が移動すると、アレキサンドライトの掌からなにやら温かいものが流れ込んできた。

「な、なんですか!?」
「魔力だ。じっとしていろ」

 そのまま言われた通りにじっとしていたら体がまるで風呂上がりのようにホカホカと温まってきた。

「これでよし」

 アレキサンドライトは用は済んだと自分の席に戻っていった。
 魔力…?とキョトンとするしか出来ない瑛士は、まぁいいかと食事をしようと腕を動かして驚いた。変な脱力感は無くなっていたのだ。
 これを期にハンバーグを毎晩作ってくれと言われたが、脳裏に料理人達が解雇されるイメージが浮かび、流石に無理!と強気で拒絶したら残念そうな顔をされてしまい週一で妥協したのであった。




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