朱に交われば緋になる=神子と呪いの魔法陣=

誘蛾灯之

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予定外の訪問者

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 今日は最高の気分だと、栗原瑛士は心の中で小躍りした。なんと本日珍しく一時間程度の残業で済み、終電にはまだまだ余裕がある。

「はぁー、やっと進められる…」

 趣味でやっている連載同人誌の原稿を今日こそはやると意気込み、瑛士は歩く速度を上げた。
 その時、不思議な音が聞こえた。
 まるでワイングラス同士を何度も軽くぶつけているような甲高い音だ。なんだろうと耳を済ませていると、そいつは唐突に正体を現した。

「もおおおお!!しつこおおおおおい!!!」

 女子高生と、それを追い掛ける謎の光だ。塾の帰りだろうか。学校の鞄以外にも手提げを持っており、それを光に向かって振り回しながら走ってきている。
 つまり、彼女は盛大に余所見をしていた。ちなみに瑛士もその場から動けずにいた。
 その光景を見たのがぶつかる二秒前だったってこともあるし、何よりもその異様な光景から目が離せなかったからである。
 結果、二人は見事に衝突し、地面に倒れ込んだ瞬間に光が取り囲んだ。
 何が起こったのか分からない。
 視界が一瞬で光に眩んだと思えば、次の瞬間瑛士は体がバラバラになるような衝撃で意識が飛んだ。
 
 
 
 
 □□□予定外の訪問者□□□
 
 
 
 
 
 アスコアニ帝国の第二騎士団団長であるダレク・アレキサンドライトは欠伸を噛み締めた。寝不足だったわけではなく、今参加しているこの儀式に飽きていたからだった。
 異世界から神子を呼び寄せるという、お伽噺にあるあの儀式を国家を上げて本気で行っていた。

 信じていないわけではない。実際に誰も知らないほど大昔に同じことをして神子を呼び寄せ、その神子と一緒に世界に厄災をばら蒔いていた存在を駆除し、封印したのだから。しかもその封印されたモノはこの国の中にあるのだから信じざるを得ない。

(しかし、退屈すぎる…)

 もう何時間になるのか、大勢の魔法士達が大規模な魔法陣を発動させようと頑張っている。だが、なかなか補足できずにてこずっているらしい。
 また込み上げてきた眠気に欠伸をし掛けた時、突然魔法陣が凄まじい音と電撃のような光のスパークが放出された。成功したのか?

「おお…っ!」

 誰かが期待の声を上げ、それに呼応するかのように魔法陣がまばゆい光を放った。
 もうもうと白い煙が部屋の中に充満した。成功したのかどうかが分からない。すると、魔法陣の方から明らかに場違いな可愛らしい咳き込みが聞こえた。

 徐々に張れていく煙。魔法陣の中心には奇妙な服を着た少女がへたり込んでいた。
 一斉に湧く歓声。
 誰もが召喚成功と喜ぶ中、ダレクだけが「へぇ、まじで成功しちゃったのかよ」と呆れ顔でその少女を見詰めた。

 その少女に儀式の手順通りに王が魔法士を連れて近付き、一言二言目言葉を交わしてから混乱している少女と共に退場していった。
 扉がばたんと閉まるのを確認し、ダレクはようやく大きく伸びをした。

「ああ、ダルかった」
「おい」

 ダレクが思わずそう言うと、隣にいたモステン・ボルツアが眉間にシワを寄せて声を掛けてくる。

「お前、式典中そんなことを思っていたのか、不敬だぞ」
「不敬も何も顔にも声にも出さなかったじゃないか。現に式典はもう終わったし、片付けをしているだろう」

 目の前では役目を終えた魔法具やら飾り付けなどを魔法士や使用人達が片付けを始めていた。ダレクのその言葉にモステンは軽く舌打ちをした。

「これからもその態度を改めないようなら、不敬罪で処罰されるのも時間の問題だな」
「ははっ、言っとけ」

 そうしている間に片付けは済み、部屋に残るのは少数になっていた。さて、そろそろ戻って執務だなと部屋を出ようとしたとき、妙な音を耳が拾い上げた。
 なんだ?と視線を音の発生源である魔法陣に向けると、役目を終えて白い灰のようになっていたはずの魔法陣から光が発せられていく。次の瞬間、凄まじいスパークを撒き散らして“誰か”を召喚した。

「な…っ!?」

 そこに現れたのは男だった。
 喉を抑え、倒れ付した男がまるで芋虫のようにのたうち回っていた。よく見てみるとうまく呼吸が出来ていないらしい。更に言えば男の体からは時折火花のような光を弾かせて存在をぶれさせている。見るからに正常ではない。

「か…っ…、ァ…ッッ」

 その男と目が合った。
 苦しみのあまり涙を流しながら、男はダレクの方へと手を必死に伸ばそうとし、うまくいかずに地面に爪を立てていた。

「…これは、どういう…」

 召喚は完了し、儀式も終わったはずだ。魔法陣も役目を終えて死んだはずなのに、なんでその魔法陣から人間が召喚されたんだ。
 魔法陣を専門にしている魔法士なら対処するだろうと思ったが、すでにこの場にいるのはダレクとモステンしかいない。
 はぁ、と隣のモステンが溜め息を付いた。

「どうやら不純物が混じってたみたいだな」
「不純物…?」
「その出来損ないだ」

 どういう事だと訊ねようとしたが、既にモステンは興味無さげにこの場を立ち去ろうとしていた。

「放っておけ。その内息絶えて存在が崩壊して消える」

 思うところはあったが、まぁ、自分には関係ないしな。と、モステンの後に続いて部屋を出ようとした時、ふと頭の中に先程のモステンの言葉が甦る。

「出来損ないか…」

 モステンの姿が見えなくなると、ダレクは踵を返して死にかけの男の元に戻った。
 スパークは相変わらず酷い。先程は分からなかったが、近付いてみると男の状態が少しわかった。体内魔力が暴走し、それに加えて激しい拒絶反応が出ているのだ。男は既に意識が飛び掛けており、ヒューッヒューッとか細い呼吸をするのに精一杯のようだった。
 何か処置をすることが出来ないかと男の肩に触れると、手が勢いよく弾かれた。

「これは…っ」

 ダレクは驚愕した。
 この男の状態は思ったよりも深刻で、魔力の暴走、拒絶、更には体内で正常な魔力を生成し留めておけない枯渇状態に陥っていた。これは確かにまずい。しかもモステンの言う通り末端から体がひび割れ掛けているようにも見える。
 ダレクは急いでマントで男をくるみ、魔力の暴走を少しでも緩和するために魔力交流させながら、大急ぎで自分の執務室へと駆け込んだ。
 鍵を締めて、防音、防魔力の結界魔法陣を起動させた。これでここには誰も入ることが出来ない。
 仮眠するための部屋に設置されているベッドへと男をそっと横たえる。

「っ!」

 マントを開いてダレクは焦った。四肢の根元近くまでヒビが広がり、指などは崩壊を始めていた。
 呼吸も止まり掛けている。脈も弱い。悠長になんて出来ない。
 ダレクは頭を働かせた。どうすればこの状態から回復させることが出来るのか。こんな状態では魔力補給薬を飲ますことはできない。治癒の魔法陣だって拒絶反応を増幅させるだけだろう。とするならば、出来ることはただ一つ。

「……くそっ!」

 ダレクが濾過の役割をして吸い取った魔力を正常にしてから流し込んで同調させる。それには肉体接触が必要不可欠。しかもこの男の場合、体内もだいぶ壊れている。ならば、内側から元に戻してやるしかない。
 拾ってしまった自分を殴りたい気分になりながら、ダレクは男の口を己の口で塞ぐと、息を吹き込んだ。接触部位から男の受けている痛みが流れ込んでくる。体がバラバラになりそうな痛みだ。それでもダレクは魔力を纏わせた己の息を男の肺に吹き込む。吹き込みながら服をはだけさせると、心臓の位置に掌を添え、魔力を流し込んだ。
 すると、魔力の拒絶反応が幾分か和らぎ、ようやく男の心臓がきちんと動き始めた。
 男が咳き込む。良かった。一応肺も何とか魔力が馴染んだ。
 ダレクがほっと息を吐くと男が僅かに目を開いた。
 ぼんやりとしているが、意識が戻ってきている。ダレクは男に説明をすることにした。命を助けるためとは言え、これからすることは一線を越えた行為だ。

「聞こえているか?」

 男はダレクの声に反応してダレクの目を見た。

「これからお前の命を救うために、体内に直接魔力を入れる。その際に少し苦しいかもしれないが、我慢しろ」

 男はぼんやりとした表情のまま頷いた。そして口を開く。ひどく掠れた声でダレクにこう問い掛けた。

「…まだ…生きれ…る、のか…?」

 ぐっと、ダレクの喉元が絞られたような痛みが走る。この男は生きようとしている。

「ああ、生きられるようにしてやる。だから、身を委ねろ」
「……わか…た…」

 ダレクは男の服を全て脱がし、負担をあまり掛けぬよう男の体を優しく丁寧に愛撫し魔力を注ぎ込んだ。
 
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