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第一章:すみっこ屋敷の魔法使い
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しおりを挟むイリスはランプを消して、自らの身体に布団をかけた。そのままモアに背を向けてしまったので、モアは「え」と声をあげてしまう。これから、いつものように触れられるのではないかと思っていたからだ。エディにされていたように。
「ん……どうしたの?」
「いえ……何も、しないのですか?」
「? 何って……何をするの?」
「……。……その、」
「……」
ふう、とイリスが息を吐いた音が聞こえる。
イリスは振り返って、頬杖をついてモアを見つめた。ギ、とベッドが軋む。
「モア。俺は、何もしないよ」
「……本当に?」
「うん、しない。きみが哀しむことはしない」
「……かな、しい」
――私がされてきたことは、哀しいことなのだろうか。
それすらも、モアにはわからない。
エディに、悪魔に抱かれているとき、モアは怖かった。痛かった。苦しかった。けれども――キモチヨカッタ。だから拒絶しなかった。涙がぼろぼろと流れ出ても拒絶しなかった。
「私は……哀しかったのでしょうか」
「俺にはわからない」
「……イリス、」
ぽろ、と涙がひとしずく。
「気持ちいいんだろう?」「また、イッたのか」「淫らな女だな」。たくさん、この身体をけなされた。この身体はオトコを受け入れているのだと思うしかなかった。実際に感じてしまっていたのだから。
けれども、イリスに「しないよ」と言われて安堵している自分がいる。
――ああ、私は本当は哀しかったんだ。
そう、今更のように理解する。
わかった瞬間に、ぼろぼろと涙があふれてきた。あのころ、我慢していた涙が決壊したように。
「う、……う、う……」
「モア。今日は、ゆっくり休もう。大丈夫だよ」
「はい、……、……はい、」
ぽん、と頭を優しくなでられた。
思わずイリスの胸に縋り付いてしまう。
なぜか――あんなに恐ろしいと思っていた男の人の身体に温かさを感じる。彼の匂いを吸い込むと肺がいっぱいになって、胸がいっぱいになる。……安心する。
「おやすみ。モア」
ぽん、ぽん、とゆっくりと、何度も頭を撫でてくれた。
初めて感じる、心のなかの穏やかさ。
ふ、と身体からこわばりが抜けたような気がして――すう、と眠気が降りてきた。
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