Abnormal -アブノーマル-

うめこ

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第三章 Luminescence -ルミネッセンス-

8

「よし、では出発の前に」

 
鑓水さんが、くるっと椅子ごとこちらに向き直った。
 

「初出勤の御影くんのために、軽くお勉強タイムね。現場のルール」

「る、ルール……」

「そう。魔女が出たとき、裁判官がどう動くか。……って言っても、教科書でやったことの復習だけど」


けだるそうに言いながらも、声だけははっきりしていた。


「まず。通報入って最初に動くのは、普通の警察。ここまではいいよな?」

「はい。110番の通報ですよね」

「そうそう。だが、『魔術っぽい』って話が出た時点で、うちに回ってくる。特別裁定庁に『魔女の可能性あり』って連絡が入って、裁判官が現場に飛ぶ。さっきの笹塚も、それだ」


ちらっと神藤さんの方を見る。
神藤さんは、静かに話を聞いていた。


「で、裁判官が現場についた瞬間から、『魔女案件』の指揮権はこっち。警察は、包囲と避難誘導がメインだ。魔女と正面からやり合うのは、ほぼ裁判官の役目」

「……正面から」

 
自分で言い返して、少し喉が詰まる。
鑓水さんは、指をひらひらさせた。


「攻性魔力行使術式。あれを人に向けて撃っていいのは、裁判官だけ。警察は、基本、防御と補助。攻撃はご法度」

 
ぐいっと親指で神藤さんを指す。


「で、今日はそいつが前に出る番。いつもどおり」


神藤さんは、そこでようやく小さく肩をすくめた。
なにか言い返すでもなく、ただ黙っている。


「基本の方針としては――魔女は『逮捕』」


 鑓水さんが、指を二本立てる。


「生きて連れて帰って、ちゃんと司法で裁く。聞き取りもいるし、記録もいるし、誰がどう巻き込まれたかも整理しなきゃならない。だから、いきなり消し飛ばすのはマズい」

「……じゃあ、さっきの笹塚も……」

「うん、ちゃんと逮捕してくれたよ、神藤が」


そこで一度、言葉を切る。
空になったマグカップを机に置き、指を三本に増やした。


「ただな。どうしても、間に合わないときがある。すぐ隣に一般人がいて、今にも殺されそうとか。周囲全部巻き込んで、爆発寸前とか」


視線が、横に流れる。
鑓水さんが、あからさまに神藤さんを見た。


「そういうときは――裁判官が『その場で裁く』権限を持つ」


「裁く」の言い方だけ、少しだけ重かった。

神藤さんは、その視線から目をそらした。
窓の外を見るふりをしている。
表情はほとんど変わらないのに、ほんの一瞬だけ空気がぴりっとした気がした。


「もちろん、好き勝手やっていいわけじゃない」
 

鑓水さんが、わざと明るい調子に戻す。


「現場で魔女を殺すなら、今どういう状況で、どういう理由でそうしたかを、本部側に逐一投げる。誰かがちゃんと見てて、その判断は間違っていないよねって確認するわけ」

「それが……本部、なんですね」

「そう。で、神藤くんの場合は――」

 
また、横目で見る。
神藤さんは、今度は視線を戻さなかった。


「とりあえず、連絡は入れてくれる。で、俺らが『はいはいオーケー』って印押してる。今のところは、ギリギリセーフ」


半分冗談みたいに言って笑うけれど、
御影家で聞いてきた「正しさ」とは、まったく違う温度だった。


「御影。今日おまえがやるのは、難しいことじゃない」
 

鑓水さんが、ふっと視線を戻す。


「警察とのやり取り、現場の流れ、魔女拘束までの段取り。それと、本部への連絡がどう入るか。ぜんぶ、神藤の影として横で見ときゃいい」

「……影、ですか」

「そう。裁判官の影。最初はそれで充分だ。動きたくなっても、勝手に前に出んな。マジで死ぬから」


最後だけ、声の端が少し笑った。
冗談とも本気ともつかない言い方なのに、背筋が自然と伸びる。


「……はい。わかりました」


そう答えると、神藤さんが僕を見る。

どきんと胸が跳ねた。


「大体、そのとおりだ。……難しく考えなくていいよ、御影。今日は見てるだけで充分」


顔を上げると、神藤さんがこちらを見ていた。
さっき笹塚から戻ったばかりなのに、声は落ち着いている。


「現場の空気は、教室と全然違うから。まずは、それを感じてもらえれば」


穏やかな言い方だった。
それなのに、胸の奥がまた強く鳴る。


「行こうか」


立ち上がった神藤さんの背中を見ながら、「裁判官の影」という言葉を、何度も心の中で繰り返した。
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