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5 懐かしい部屋
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シャヴァリエ邸に到着した私は、重いノッカーで扉を叩いた。
出迎えに来てくれた執事のヴィクトルは、驚いた様な顔で私を凝視する。
「……ミシェル…お嬢…様?」
「ええ、そうよ。久し振りね、ヴィクトル」
そう言えば、色々と考える事が多くて、先触れを出す事をうっかり忘れてしまった。
急な帰還になってしまって本当に申し訳ない。
不意打ちを喰らって固まっていたヴィクトルは、やがて眉根を寄せ、目を潤ませると苦しそうに呟いた。
「ああ、お嬢様。こんなにお痩せになってしまって……お可哀想に……。
急にご帰還なさるなんて、王都で何か起きたのですか?」
ヴィクトルは、私が持っていた小さなトランクを引き取って、心配そうに私の肩を撫でる。
(この家も、ヴィクトルも、昔とちっとも変わっていない)
久し振りに人の優しさに触れた私の心は、ジンワリと温かくなった。
「ちょっとね……。お義父様とお義母様はいらっしゃる?」
「残念ながら、今はお二人共外出なさっていますが、夕刻にはお戻りの予定です。
お帰りになられましたらお知らせしますので、先ずはお部屋でゆっくりとお休み下さい。
かなりお疲れの顔をしていらっしゃいますよ」
「そうかしら? ……じゃあ、お言葉に甘えるわ」
ヘラリと笑った私を案内しながら、ヴィクトルは邸の中へ入った。
通された部屋は、かつて私がこの邸に住んでいた頃に使わせて貰っていた部屋だ。
驚いた事に、そこは私が出て行った時のままに保存されていた。
急な帰還にも関わらず、埃一つ落ちていない。
きっと、毎日掃除をしてくれているのだろう。
この邸にいたのは十代前半くらい迄だったので、部屋の中はとってもメルヘンチックで可愛らしい雰囲気だ。
ベッドの片隅には、大きなクマの縫いぐるみが堂々と鎮座していた。
ベッドカバーはベビーピンクで、金糸を使って星の模様が刺繍されている。
(ああ、懐かしい……)
柔らかな感触のクマの頭をそっと撫でると、思わず笑みが込み上げた。
───コンコンコン。
「どうぞ」
控え目なノックの音に、入室を許可すると、記憶の中よりも少しだけ老けた女性が入って来た。
「ああっ! 本当にお嬢様なのですねっ!?
こんなに大きくなられて……。
ですが、少々窶れていらっしゃるご様子。
ちゃんとご飯を食べていますか?」
「ええ、心配かけてごめんなさい。ロメーヌ」
「本当ですよ。お手紙は下さるものの、一向にこちらに帰って来ては下さらなかったのですから、お嬢様は薄情ですっ!」
プリプリと可愛らしく怒っている侍女のロメーヌは、ふくよかな体を揺らしながら私の元へ歩み寄ると、湯気が立ち昇るティーカップをコトリとサイドテーブルに置いた。
「ワオッ! ロメーヌの特製ココアねっ。
私の大好物、覚えていてくれたんだ」
「当たり前ですよ、お嬢様。
貴女に再びこれを飲んで頂けるなんて、ロメーヌは嬉しいです」
ココアを口に含むと、疲れた体に優しい甘みが染み込んで行く。
「ロメーヌのココアは、本当に美味しい」
自分で淹れてみた事もあるけど、どう頑張っても、こんな風に滑らかな口当たりにはならないのだ。
「ふあぁ……っ」
体が温まったら、急激に眠気が襲って来た。
大きな欠伸をしてしまった私に、ロメーヌが笑みを溢す。
「あらまあ、お嬢様はオネムなのですねぇ」
「子供扱いしないで。私ももう二十歳なのよ」
「はいはい、立派な淑女になられましたね。
さあ、ベッドに入って、旦那様達がお戻りになるまでお休み下さい」
ロメーヌは私を部屋着に着替えさせると、ベッドに寝かせ、毛布をかぶせてポンポンと叩いた。
(やっぱり子供扱いだわ)
擽ったい気持ちを誤魔化す様に固く目を閉じると、旅の疲れが出たのか、私はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
出迎えに来てくれた執事のヴィクトルは、驚いた様な顔で私を凝視する。
「……ミシェル…お嬢…様?」
「ええ、そうよ。久し振りね、ヴィクトル」
そう言えば、色々と考える事が多くて、先触れを出す事をうっかり忘れてしまった。
急な帰還になってしまって本当に申し訳ない。
不意打ちを喰らって固まっていたヴィクトルは、やがて眉根を寄せ、目を潤ませると苦しそうに呟いた。
「ああ、お嬢様。こんなにお痩せになってしまって……お可哀想に……。
急にご帰還なさるなんて、王都で何か起きたのですか?」
ヴィクトルは、私が持っていた小さなトランクを引き取って、心配そうに私の肩を撫でる。
(この家も、ヴィクトルも、昔とちっとも変わっていない)
久し振りに人の優しさに触れた私の心は、ジンワリと温かくなった。
「ちょっとね……。お義父様とお義母様はいらっしゃる?」
「残念ながら、今はお二人共外出なさっていますが、夕刻にはお戻りの予定です。
お帰りになられましたらお知らせしますので、先ずはお部屋でゆっくりとお休み下さい。
かなりお疲れの顔をしていらっしゃいますよ」
「そうかしら? ……じゃあ、お言葉に甘えるわ」
ヘラリと笑った私を案内しながら、ヴィクトルは邸の中へ入った。
通された部屋は、かつて私がこの邸に住んでいた頃に使わせて貰っていた部屋だ。
驚いた事に、そこは私が出て行った時のままに保存されていた。
急な帰還にも関わらず、埃一つ落ちていない。
きっと、毎日掃除をしてくれているのだろう。
この邸にいたのは十代前半くらい迄だったので、部屋の中はとってもメルヘンチックで可愛らしい雰囲気だ。
ベッドの片隅には、大きなクマの縫いぐるみが堂々と鎮座していた。
ベッドカバーはベビーピンクで、金糸を使って星の模様が刺繍されている。
(ああ、懐かしい……)
柔らかな感触のクマの頭をそっと撫でると、思わず笑みが込み上げた。
───コンコンコン。
「どうぞ」
控え目なノックの音に、入室を許可すると、記憶の中よりも少しだけ老けた女性が入って来た。
「ああっ! 本当にお嬢様なのですねっ!?
こんなに大きくなられて……。
ですが、少々窶れていらっしゃるご様子。
ちゃんとご飯を食べていますか?」
「ええ、心配かけてごめんなさい。ロメーヌ」
「本当ですよ。お手紙は下さるものの、一向にこちらに帰って来ては下さらなかったのですから、お嬢様は薄情ですっ!」
プリプリと可愛らしく怒っている侍女のロメーヌは、ふくよかな体を揺らしながら私の元へ歩み寄ると、湯気が立ち昇るティーカップをコトリとサイドテーブルに置いた。
「ワオッ! ロメーヌの特製ココアねっ。
私の大好物、覚えていてくれたんだ」
「当たり前ですよ、お嬢様。
貴女に再びこれを飲んで頂けるなんて、ロメーヌは嬉しいです」
ココアを口に含むと、疲れた体に優しい甘みが染み込んで行く。
「ロメーヌのココアは、本当に美味しい」
自分で淹れてみた事もあるけど、どう頑張っても、こんな風に滑らかな口当たりにはならないのだ。
「ふあぁ……っ」
体が温まったら、急激に眠気が襲って来た。
大きな欠伸をしてしまった私に、ロメーヌが笑みを溢す。
「あらまあ、お嬢様はオネムなのですねぇ」
「子供扱いしないで。私ももう二十歳なのよ」
「はいはい、立派な淑女になられましたね。
さあ、ベッドに入って、旦那様達がお戻りになるまでお休み下さい」
ロメーヌは私を部屋着に着替えさせると、ベッドに寝かせ、毛布をかぶせてポンポンと叩いた。
(やっぱり子供扱いだわ)
擽ったい気持ちを誤魔化す様に固く目を閉じると、旅の疲れが出たのか、私はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
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