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61 崩壊が始まる
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アルフォンスとミシェルの婚約破棄から約二年が過ぎる頃。
ギリギリで持ち堪えていた結界には、限界が近付いていた。
あちこちで小さな綻びが発見され、小型の魔獣の目撃例も多発している。
たった一人の聖女が維持出来ていた結界を、十二人もの聖女が必死に魔力を供給しているのに維持出来ない。
「何故こんな事になっているのか……」
国王はどうしても理解出来なかった。
聖女達はミシェルに仕事を押し付けていた頃から、朝晩の祈りをサボっていた為、本来の力が出し切れない状態にあった。
そして仕事を再開してからも、忙しさにかまけてなかなか祈りの時間が取れずにいる。
国王も教会も聖女達自身でさえも、この事実を軽く考え過ぎていた。
『毎日真面目に祈りを捧げる事で聖女の力が強くなる』だなんて、気休めの迷信だと思って疎かにしているのだった。
しかし、案外これが馬鹿に出来なかったりするのだ。
聖女の力の弱体化の原因に気付かない国王は問題解決の糸口さえ掴めず、今日も渋面を作りながら、山積みになった各地からの魔獣被害に関する報告書に目を通していた。
そこへ、慌ただしく扉をノックする音が響く。
「入れ」
短く答えると、側近の一人がゼエゼエと肩で息をしながら入室して来た。
「陛下、大変、な事が、起こりま、した」
整わぬ息で、途切れ途切れに報告する側近に、うんざりした視線を投げる。
側近から齎される『大変です』の言葉は、もう聞き飽きているのだ。
だが、今日の側近はいつも以上に焦っていると気付き、益々国王の眉間の皺は深くなった。
嫌な予感しかしない。
出来れば、この先の話を聞きたくないが、そんな訳にも行かず、国王は重い口を開いた。
「何が起きた?」
「ラポルト、子爵領で、大規模な結界の、崩落が起こりました。
そこから狼型の魔獣が複数侵入し、村を荒らしています」
少しだけ息が整って来た側近から告げられた言葉に、国王はやっぱり聞かなければ良かったと後悔した。
「被害の規模は?」
「侵入した魔獣はまだ討伐出来ておりません。
場所が場所でしたので、人的な被害は最小限で、住民の避難は完了しておりますが……、農地や建物、家畜の被害はかなり壊滅的です。
早急に対応しなければ……」
ラポルト子爵領は王都から遠く離れた片田舎の街で、人間よりも牛や馬の方が多いみたいな場所である。
そんな場所なので住民は襲われずに済んだのだが、人が少ないという事は騎士も殆どいないという事なのだ。
当然ながら、領地内には魔獣を討伐出来る戦力など無い。
結界を修復するには、今よりも多くの魔力を供給せねばならない。
ただでさえ、聖女達には無理をさせているのに、これから暫くは寝る間も惜しんで魔力を提供して貰わなければ。
そして、騎士の派遣も手配せねばならないのだが……。
なにせ小型魔獣が目撃される度に派遣依頼が来るし、討伐で怪我をする者も多いので、慢性的な騎士不足に陥っているのだ。
今回ラポルト子爵領に派遣する者はなんとか用意出来そうだが、これ以上の派遣依頼に応えてしまえば王宮の警備が手薄になってしまう。
「今後は小型魔獣の討伐は断るか……。
いや、しかし、貴族達の反発が大きくなるのは避けたい」
ただでさえ、昨今の王家に向けられる目は厳しさを増しているのだ。
ブツブツと呟きを漏らしながら、もはや不毛地帯と化した頭を抱えた国王。
───もうこうなったら、最後の手段を使うしか……。
国王は、デュドヴァン侯爵家のミシェルに登城命令を出した。
デュドヴァン侯爵夫妻が入籍した頃にミシェルを返して欲しいと書状を出した時は、侯爵から怒りの手紙が返って来たが、国王はまだ諦めてはいなかった。
あの時は、『結婚しろ』『やっぱり返せ』と立て続けに言われ、国命に振り回された事に反発していた侯爵だが、二年もの歳月が過ぎたのだから、そろそろ溜飲が下がっても良い頃では無いか?
そう考えた国王は、再度命令を出したのだ。
国王は、クリストフとミシェルがおしどり夫婦になっているだなんて、夢にも思っていない。
登城命令を託された使者は、数日後、デュドヴァン侯爵からの手紙を携えて戻って来た。
「どれどれ……」
国王は、いそいそと届いた手紙の封を切る。
「────────っはぁぁぁあ!?」
その内容に目を通した彼は、驚きの余り王宮内全体に響き渡る様な大声を上げた。
『最愛の妻は現在妊娠中の為、王都までの長い道のりを旅する事は不可能だ。
まあ、妊娠中で無くとも登城させるつもりは爪の先ほども無いのだが』
という内容が、またもや回りくどく慇懃無礼な表現で記されていた。
「最愛? しかも妊娠だとっ……!?
そんな……、馬鹿な…」
デュドヴァン侯爵が女嫌いなのは間違いない。
国王は以前、夜会の会場で女性に執拗に迫られていた侯爵が、その後トイレで吐いている姿を目撃しているのだ。
その際に漏れ聞こえた侯爵と護衛との会話からも、彼の女嫌いは明らかだった。
だから結婚したとて、ミシェルとの間に子など生まれるはずが無いと高を括っていた。
「嘘だろ……? 本当に、妊娠しているのか?」
今回デュドヴァン邸に送った使者は、ミシェルとは顔を合わせなかったと言っている。
ならば、妊娠が虚偽の可能性も……。
国王は『誰かデュドヴァン侯爵邸に行きかせ、ミシェルの妊娠をその目で確認してくる様に』と側近に指示を出した。
その話を聞き付けたアルフォンスは、父である国王の執務室を訪れた。
「是非、僕にその役割を与えて下さい。
誠心誠意ミシェルに謝罪し、説得して、必ずや彼女を連れ戻します」
怪文書によって、婚約破棄の真相を知られてしまったアルフォンスは、今、崖っ淵に立っている。
このままでは立場を失ってしまうと焦る彼は、起死回生の一手を狙っていた。
国王とアルフォンスは、シャヴァリエ辺境伯とデュドヴァン侯爵が、ミシェルを慕う者達に次々と接触をしている事を、まだ知らない。
ギリギリで持ち堪えていた結界には、限界が近付いていた。
あちこちで小さな綻びが発見され、小型の魔獣の目撃例も多発している。
たった一人の聖女が維持出来ていた結界を、十二人もの聖女が必死に魔力を供給しているのに維持出来ない。
「何故こんな事になっているのか……」
国王はどうしても理解出来なかった。
聖女達はミシェルに仕事を押し付けていた頃から、朝晩の祈りをサボっていた為、本来の力が出し切れない状態にあった。
そして仕事を再開してからも、忙しさにかまけてなかなか祈りの時間が取れずにいる。
国王も教会も聖女達自身でさえも、この事実を軽く考え過ぎていた。
『毎日真面目に祈りを捧げる事で聖女の力が強くなる』だなんて、気休めの迷信だと思って疎かにしているのだった。
しかし、案外これが馬鹿に出来なかったりするのだ。
聖女の力の弱体化の原因に気付かない国王は問題解決の糸口さえ掴めず、今日も渋面を作りながら、山積みになった各地からの魔獣被害に関する報告書に目を通していた。
そこへ、慌ただしく扉をノックする音が響く。
「入れ」
短く答えると、側近の一人がゼエゼエと肩で息をしながら入室して来た。
「陛下、大変、な事が、起こりま、した」
整わぬ息で、途切れ途切れに報告する側近に、うんざりした視線を投げる。
側近から齎される『大変です』の言葉は、もう聞き飽きているのだ。
だが、今日の側近はいつも以上に焦っていると気付き、益々国王の眉間の皺は深くなった。
嫌な予感しかしない。
出来れば、この先の話を聞きたくないが、そんな訳にも行かず、国王は重い口を開いた。
「何が起きた?」
「ラポルト、子爵領で、大規模な結界の、崩落が起こりました。
そこから狼型の魔獣が複数侵入し、村を荒らしています」
少しだけ息が整って来た側近から告げられた言葉に、国王はやっぱり聞かなければ良かったと後悔した。
「被害の規模は?」
「侵入した魔獣はまだ討伐出来ておりません。
場所が場所でしたので、人的な被害は最小限で、住民の避難は完了しておりますが……、農地や建物、家畜の被害はかなり壊滅的です。
早急に対応しなければ……」
ラポルト子爵領は王都から遠く離れた片田舎の街で、人間よりも牛や馬の方が多いみたいな場所である。
そんな場所なので住民は襲われずに済んだのだが、人が少ないという事は騎士も殆どいないという事なのだ。
当然ながら、領地内には魔獣を討伐出来る戦力など無い。
結界を修復するには、今よりも多くの魔力を供給せねばならない。
ただでさえ、聖女達には無理をさせているのに、これから暫くは寝る間も惜しんで魔力を提供して貰わなければ。
そして、騎士の派遣も手配せねばならないのだが……。
なにせ小型魔獣が目撃される度に派遣依頼が来るし、討伐で怪我をする者も多いので、慢性的な騎士不足に陥っているのだ。
今回ラポルト子爵領に派遣する者はなんとか用意出来そうだが、これ以上の派遣依頼に応えてしまえば王宮の警備が手薄になってしまう。
「今後は小型魔獣の討伐は断るか……。
いや、しかし、貴族達の反発が大きくなるのは避けたい」
ただでさえ、昨今の王家に向けられる目は厳しさを増しているのだ。
ブツブツと呟きを漏らしながら、もはや不毛地帯と化した頭を抱えた国王。
───もうこうなったら、最後の手段を使うしか……。
国王は、デュドヴァン侯爵家のミシェルに登城命令を出した。
デュドヴァン侯爵夫妻が入籍した頃にミシェルを返して欲しいと書状を出した時は、侯爵から怒りの手紙が返って来たが、国王はまだ諦めてはいなかった。
あの時は、『結婚しろ』『やっぱり返せ』と立て続けに言われ、国命に振り回された事に反発していた侯爵だが、二年もの歳月が過ぎたのだから、そろそろ溜飲が下がっても良い頃では無いか?
そう考えた国王は、再度命令を出したのだ。
国王は、クリストフとミシェルがおしどり夫婦になっているだなんて、夢にも思っていない。
登城命令を託された使者は、数日後、デュドヴァン侯爵からの手紙を携えて戻って来た。
「どれどれ……」
国王は、いそいそと届いた手紙の封を切る。
「────────っはぁぁぁあ!?」
その内容に目を通した彼は、驚きの余り王宮内全体に響き渡る様な大声を上げた。
『最愛の妻は現在妊娠中の為、王都までの長い道のりを旅する事は不可能だ。
まあ、妊娠中で無くとも登城させるつもりは爪の先ほども無いのだが』
という内容が、またもや回りくどく慇懃無礼な表現で記されていた。
「最愛? しかも妊娠だとっ……!?
そんな……、馬鹿な…」
デュドヴァン侯爵が女嫌いなのは間違いない。
国王は以前、夜会の会場で女性に執拗に迫られていた侯爵が、その後トイレで吐いている姿を目撃しているのだ。
その際に漏れ聞こえた侯爵と護衛との会話からも、彼の女嫌いは明らかだった。
だから結婚したとて、ミシェルとの間に子など生まれるはずが無いと高を括っていた。
「嘘だろ……? 本当に、妊娠しているのか?」
今回デュドヴァン邸に送った使者は、ミシェルとは顔を合わせなかったと言っている。
ならば、妊娠が虚偽の可能性も……。
国王は『誰かデュドヴァン侯爵邸に行きかせ、ミシェルの妊娠をその目で確認してくる様に』と側近に指示を出した。
その話を聞き付けたアルフォンスは、父である国王の執務室を訪れた。
「是非、僕にその役割を与えて下さい。
誠心誠意ミシェルに謝罪し、説得して、必ずや彼女を連れ戻します」
怪文書によって、婚約破棄の真相を知られてしまったアルフォンスは、今、崖っ淵に立っている。
このままでは立場を失ってしまうと焦る彼は、起死回生の一手を狙っていた。
国王とアルフォンスは、シャヴァリエ辺境伯とデュドヴァン侯爵が、ミシェルを慕う者達に次々と接触をしている事を、まだ知らない。
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