197 / 200
197 大切な人だけ
しおりを挟む
翌朝、私は王宮の中にお借りした一室で、花嫁衣裳を着付けられていた。
本日の私達の結婚式は、王宮の敷地内にある教会で行われるのだ。
それは本来ならば王族の結婚式や洗礼式などにしか使用されない建物で、臣下に貸し出される事は無い。
しかし、私達の挙式を予定していた中央教会は、例の捕縛劇の際に大きく破損してしまい、現在改修工事中なのだ。
私としては王都の片隅の小さな教会でも構わないのだが、筆頭公爵家の挙式ともなれば、警備の事情などもあって、そうも行かないらしい。
『まあ、ヘーゼルダイン公爵家なら王家の血も混じってるし、良いんじゃないの?
それに王宮の敷地内なら私達も参加し易いしね』
そんなサディアス殿下の鶴の一声で、こちらをお借りする事に決まってしまった。
しかも、いつの間にか、王太子夫妻が勝手に参加する事になっている。
非常に恐れ多い。
お父様の胃の状態を、私は密かに心配している。
薄いレースの生地を何層にも重ねたドレスは溜息が出る程に美しい。
アイザックがデザイナーと何度も打ち合わせをし、私に似合う様にと微調整を繰り返してくれたのだと聞いたが、本当に素晴らしい仕上がりだ。
世のご令嬢達の憧れを詰め込んだ様なその衣装を身に纏うと、なんだか自然と背筋が伸びる様な心地がした。
アクセサリーの類いは、『当日のお楽しみ』とアイザックに言われており、まだ見せて貰っていない。
そんな風に言うのだから、きっと最高の品を用意したのだと思う。
楽しみでもあり、少しだけ怖くもある。
「さぁ、ではネックレスとイヤリングを着けましょうね」
リーザが嬉しそうにいそいそとジュエリーボックスを開くのを見て、本気で目玉が飛び出すかと思った。
「これって、もしかしてブルーダイヤモンドじゃない?」
箱の中には、アイザックの瞳とそっくりな色の、ブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
特に大粒の石が幾つも使われたネックレスの豪華さが凄い。
「ええ、どうやらアイザック様はイヴォルグ王国にツテがあるみたいですよ。
時間が足りなくて残念ながらオーダーメイドではないらしいですが、一点物なんですって」
サラッとそう言われて、軽い眩暈を感じた。
ブルーダイヤモンドといえば、イヴォルグ王国の鉱山で良質な物が産出されるって聞いた事あるけど……。
確か、産出量が少なくて、国外には流通していないんじゃなかったかな?
「こんな希少な物、一体いくらするのよ?
怖っっ!!」
「そんなに怯えなくても……。
もしも万が一、紛失したり破損させたとしても、アイザック様はお怒りにならないと思いますよ」
「いや、そーゆー問題じゃなくない?」
リーザと軽い口論をしていた所へ、扉をノックする音が響いた。
「オフィーリア、支度終わった?」
入室してきたアイザックは私の姿を視界に映すと、ヘニャリと笑み崩れた。
「やっぱり、よく似合ってる。
……凄く綺麗だよ、オフィーリア」
吐息と共にそう呟いたアイザックの瞳には、ジワリと涙が滲んでいる。
「もう、私の周りの殿方は、どうして皆さんこんなに泣き虫なのかしら」
苦笑しながらハンカチを手渡すと、アイザックの眼差しが剣呑な光を帯びた。
「『皆さん』?
僕の他に、誰が居るのかな?」
「ジョエルに決まってますでしょう?
それに、貴方の後ろにいらっしゃる方も」
視線で背後を見ろと促すと、振り返った彼は大きな溜息を吐き出した。
「ハァ……。
またお前か、マクシミリアン!」
「だって、ついにあのアイザック様が結婚ですよっ!?
あの『恋愛ポンコツ野郎』の、『超絶ヘタレむっつりスケベ』のアイザック様が……」
「どさくさに紛れて、随分酷い事言ってないか?」
ダバッと滝の様に涙を流しながら失礼過ぎる発言をかます侍従さんと、それに苦言を呈するアイザック。
むっつりも気になるが、今指摘すべきなのはそこじゃ無い。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。
マクシ……? 誰っっ??」
私が質問を投げると、アイザックがキョトンとした顔で言い放った。
「え? 侍従だけど? 僕の。
知ってるよね、いつも一緒に居るコイツ」
親指でクイっと、泣き顔の侍従さんを指し示すアイザック。
「ええ、ソイツは知ってますよ。
ですが、お名前は初めて聞きました」
「オフィーリア様、『ソイツ』って……」
ついさっきまで泣いていた『侍従』ことマクシミリアンさんは、一瞬で泣き止んで苦い表情を浮かべた。
あら、ビックリし過ぎて、つい言葉遣いが悪くなっちゃったわ。
気を付けなきゃ。
「言われてみれば、長くて呼びにくいから、普段は『おい』とか『お前』とか『コイツ』とかって呼ぶ事が多いかも」
亭主関白の熟年夫婦かよ。
「お気持ちは分からなくもないですけど、せめて愛称で呼んで差し上げたら良いのでは?」
「愛称呼びは大切な人にするものだろ?」
乙女思考だな。
愛称呼びに拘り持ち過ぎじゃない?
ってゆーか、侍従さんだって、ある意味『大切な人』の一人でしょうよ。
そこで私は、ふと気が付いた。
「あ、そういえば、私達も愛称で呼び合ってないですよね」
「それは……、昔オフィーリアに一度拒否されているから、僕からは言い出しにくかったんだよ。
君の従兄が当たり前みたいに『フィー』って呼ぶのが、どれだけ羨ましかったか……」
「だって、あの時は友達になったばかりだったじゃないですか。
今日からは……その……、つ、妻、ですから」
「くぅっ……」
ちょっと照れ臭い気持ちを隠してそう言ったら、アイザックは片手で目元を覆いながら天を仰いで、小さな呻き声をあげた。
「じゃあ、フィーって呼んでも良いの?」
「勿論です」
「僕の事は、アイクって呼んでくれる?」
「はい、アイク」
「……もう一回」
「アイク?」
コテンと首を傾げて再度愛称を呼ぶと、ギュッと強く抱き締められた。
「はあぁぁぁ……。ヤバい。僕の奥さん可愛過ぎる」
そんな私達に、リーザ達とマクシミリアンさんは生温かい眼差しを向けていた。
「私達、何を見せられているのでしょうね?」
「いや、本当に」
本日の私達の結婚式は、王宮の敷地内にある教会で行われるのだ。
それは本来ならば王族の結婚式や洗礼式などにしか使用されない建物で、臣下に貸し出される事は無い。
しかし、私達の挙式を予定していた中央教会は、例の捕縛劇の際に大きく破損してしまい、現在改修工事中なのだ。
私としては王都の片隅の小さな教会でも構わないのだが、筆頭公爵家の挙式ともなれば、警備の事情などもあって、そうも行かないらしい。
『まあ、ヘーゼルダイン公爵家なら王家の血も混じってるし、良いんじゃないの?
それに王宮の敷地内なら私達も参加し易いしね』
そんなサディアス殿下の鶴の一声で、こちらをお借りする事に決まってしまった。
しかも、いつの間にか、王太子夫妻が勝手に参加する事になっている。
非常に恐れ多い。
お父様の胃の状態を、私は密かに心配している。
薄いレースの生地を何層にも重ねたドレスは溜息が出る程に美しい。
アイザックがデザイナーと何度も打ち合わせをし、私に似合う様にと微調整を繰り返してくれたのだと聞いたが、本当に素晴らしい仕上がりだ。
世のご令嬢達の憧れを詰め込んだ様なその衣装を身に纏うと、なんだか自然と背筋が伸びる様な心地がした。
アクセサリーの類いは、『当日のお楽しみ』とアイザックに言われており、まだ見せて貰っていない。
そんな風に言うのだから、きっと最高の品を用意したのだと思う。
楽しみでもあり、少しだけ怖くもある。
「さぁ、ではネックレスとイヤリングを着けましょうね」
リーザが嬉しそうにいそいそとジュエリーボックスを開くのを見て、本気で目玉が飛び出すかと思った。
「これって、もしかしてブルーダイヤモンドじゃない?」
箱の中には、アイザックの瞳とそっくりな色の、ブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングのセットが収められていた。
特に大粒の石が幾つも使われたネックレスの豪華さが凄い。
「ええ、どうやらアイザック様はイヴォルグ王国にツテがあるみたいですよ。
時間が足りなくて残念ながらオーダーメイドではないらしいですが、一点物なんですって」
サラッとそう言われて、軽い眩暈を感じた。
ブルーダイヤモンドといえば、イヴォルグ王国の鉱山で良質な物が産出されるって聞いた事あるけど……。
確か、産出量が少なくて、国外には流通していないんじゃなかったかな?
「こんな希少な物、一体いくらするのよ?
怖っっ!!」
「そんなに怯えなくても……。
もしも万が一、紛失したり破損させたとしても、アイザック様はお怒りにならないと思いますよ」
「いや、そーゆー問題じゃなくない?」
リーザと軽い口論をしていた所へ、扉をノックする音が響いた。
「オフィーリア、支度終わった?」
入室してきたアイザックは私の姿を視界に映すと、ヘニャリと笑み崩れた。
「やっぱり、よく似合ってる。
……凄く綺麗だよ、オフィーリア」
吐息と共にそう呟いたアイザックの瞳には、ジワリと涙が滲んでいる。
「もう、私の周りの殿方は、どうして皆さんこんなに泣き虫なのかしら」
苦笑しながらハンカチを手渡すと、アイザックの眼差しが剣呑な光を帯びた。
「『皆さん』?
僕の他に、誰が居るのかな?」
「ジョエルに決まってますでしょう?
それに、貴方の後ろにいらっしゃる方も」
視線で背後を見ろと促すと、振り返った彼は大きな溜息を吐き出した。
「ハァ……。
またお前か、マクシミリアン!」
「だって、ついにあのアイザック様が結婚ですよっ!?
あの『恋愛ポンコツ野郎』の、『超絶ヘタレむっつりスケベ』のアイザック様が……」
「どさくさに紛れて、随分酷い事言ってないか?」
ダバッと滝の様に涙を流しながら失礼過ぎる発言をかます侍従さんと、それに苦言を呈するアイザック。
むっつりも気になるが、今指摘すべきなのはそこじゃ無い。
「いや、ちょっと待ってくださいよ。
マクシ……? 誰っっ??」
私が質問を投げると、アイザックがキョトンとした顔で言い放った。
「え? 侍従だけど? 僕の。
知ってるよね、いつも一緒に居るコイツ」
親指でクイっと、泣き顔の侍従さんを指し示すアイザック。
「ええ、ソイツは知ってますよ。
ですが、お名前は初めて聞きました」
「オフィーリア様、『ソイツ』って……」
ついさっきまで泣いていた『侍従』ことマクシミリアンさんは、一瞬で泣き止んで苦い表情を浮かべた。
あら、ビックリし過ぎて、つい言葉遣いが悪くなっちゃったわ。
気を付けなきゃ。
「言われてみれば、長くて呼びにくいから、普段は『おい』とか『お前』とか『コイツ』とかって呼ぶ事が多いかも」
亭主関白の熟年夫婦かよ。
「お気持ちは分からなくもないですけど、せめて愛称で呼んで差し上げたら良いのでは?」
「愛称呼びは大切な人にするものだろ?」
乙女思考だな。
愛称呼びに拘り持ち過ぎじゃない?
ってゆーか、侍従さんだって、ある意味『大切な人』の一人でしょうよ。
そこで私は、ふと気が付いた。
「あ、そういえば、私達も愛称で呼び合ってないですよね」
「それは……、昔オフィーリアに一度拒否されているから、僕からは言い出しにくかったんだよ。
君の従兄が当たり前みたいに『フィー』って呼ぶのが、どれだけ羨ましかったか……」
「だって、あの時は友達になったばかりだったじゃないですか。
今日からは……その……、つ、妻、ですから」
「くぅっ……」
ちょっと照れ臭い気持ちを隠してそう言ったら、アイザックは片手で目元を覆いながら天を仰いで、小さな呻き声をあげた。
「じゃあ、フィーって呼んでも良いの?」
「勿論です」
「僕の事は、アイクって呼んでくれる?」
「はい、アイク」
「……もう一回」
「アイク?」
コテンと首を傾げて再度愛称を呼ぶと、ギュッと強く抱き締められた。
「はあぁぁぁ……。ヤバい。僕の奥さん可愛過ぎる」
そんな私達に、リーザ達とマクシミリアンさんは生温かい眼差しを向けていた。
「私達、何を見せられているのでしょうね?」
「いや、本当に」
1,946
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる