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7 彼女の事情
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《side:ルルーシア》
貴族の家に生まれたにも関わらず、物心ついた時からずっと働いていた。
私を産んだ母は、無能な父に代わってブルーノ領を管理する為に嫁がされた。
しかし、自分を虐げる夫に耐えられず、家を出て行った。
私が三歳の頃である。
父は直ぐに再婚したが、義母も父と同じく無能で怠惰な人間だった。
当然、領地は廃れるばかり。
だが、父も義母も生活を切り詰めようとはしない。
雪だるま式に借金が増え、邸の使用人も次々と辞めて行き、私はある程度の年齢になると、実母の代わりに領地経営の手伝いをさせられる事になる。
「お前の母親はふしだらな女だった」
「あんな女が産んだ子供を養ってやってるんだから、もっと感謝しろ」
「身勝手に出て行った母親の代わりに、少しはブルーノ子爵家の役に立て」
そんな風に言われて育ったが、衣食住など必要最低限の物は与えられていたので、多少の感謝はあった。
だから、自分に出来る事はなんでもやった。
邸内の管理から、領地に問題が起きた時の視察、王宮に提出する書類の作成まで。
それなのに・・・・・・。
父が私にくれたのは、有り得ないほどに酷い縁談だった。
少しでも娘の事を思う親ならば、絶対に断るであろう縁談。
それをあの男は・・・・・・
「勉強ばかりして可愛げの無いお前には、勿体無い話だ」
と言い放った。
私は、領地の為、家の為、頑張って来たつもりだ。
その対価が、コレなのか?
(もう、逃げちゃおうかな?)
そう思ったりもしたけれど。
生まれながらに刷り込まれた貴族のルールが、捨て切れない。
『当主の決定は絶対』
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。
だけど、それ以外の生き方を知らない。
(恋も知らずに、最低の結婚をしなければいけないのか)
そう思った時、せめて思い出が欲しいと願った。
どうしようもなく辛い時に、自分を慰めてくれる様な、甘やかな恋の思い出が───。
そして私は「小説を書いている」などと嘘をついて、彼に契約を持ち掛けた。
それは運命に抗う勇気が無い私の、ささやかな抵抗だった。
ローレンス様は学園に入学する前から有名だった。
主に悪い意味で。
私も最初は彼に良い印象を持っていなかった。
それが少しだけ変化したのは、入学して直ぐの頃に行われた学園主催の春の茶会の時だった。
新入生の歓迎を兼ねて行われる茶会は、毎年の恒例行事。
この学園の庭園には、桜と呼ばれる珍しい異国の花木が沢山植えられており、その花を愛でるのがもう一つの目的である。
参加者達は、ある程度花を楽しむと、美味しいお茶やお菓子に舌鼓を打っていた。
だが、桜を初めて見る私は、その淡いピンク色の小さな花に魅了されて、いつまでもその木を見上げていた。
ふと、少し離れた木の下にも、私と同じ様に桜を見上げている女生徒の後ろ姿を見付けた。
私は勝手に親近感を持って、彼女の背中を見ていると、桜の枝から糸を垂らした緑色の芋虫が、彼女の美しく結い上げた亜麻色の髪にポトリと落ちたのだ。
「あっ!」
私は思わず小さく声を上げた。
慌てて彼女に声を掛けようと、一歩前に出たのだが・・・。
───なんて声を掛ければ良いの?
もし私が彼女の髪に虫が付いていると言えば、彼女はパニックになるかもしれない。
私が芋虫を取ってあげられれば良いが、生憎私も虫全般が苦手で、触るどころか見るのもちょっと遠慮したい位なのだ。
扇で払ってあげるのはどうだろう?
でも、力加減を間違えて、潰してしまったら?
上手く払えなくて、結い上げた髪の奥へと逃げ込んでしまったら?
綺麗に結った髪が崩れてしまったら?
私は自分一人で対処するのを諦めた。
教員か警備の騎士にでも頼んで、取ってもらおう。
協力してくれそうな人物を探してキョロキョロと周囲を見回したが、私が誰かに声を掛けるよりも早く、一人の男性が彼女に近付いた。
その人物は、彼女に近付く途中で、生垣から一枚の木の葉を千切って左手の掌の中に隠した。
「失礼ですが、髪に木の葉が付いていますよ」
「えっっ?」
突然男性に話しかけられ驚いた女生徒は、自分の頭を触ろうとした。
その手首をそっと掴んで彼は彼女の動きを制する。
「ああ、勝手に触れたりして済みません。
ですが、無闇に触ると折角美しく結った髪が乱れてしまいます。
宜しければ、取って差し上げましょう」
丁寧な物腰と人好きのする笑顔、そして何よりも美しい容姿の彼に彼女は安心したのか、頬を染めて小さく頷き彼に背を向けた。
彼はサッと芋虫を取り去って、後ろの茂みに投げ捨てると、左手に隠していた木の葉を彼女に見せてから捨てた。
「ほら、取れました」
「有難うございます」
「いいえ。お役に立てたのなら良かったです」
彼は彼女に軽く辞去を述べると、人混みの中へと消えて行った。
それが、ローレンス様だった。
(これはモテる訳だ)
そう思うと同時に、とても意外だった。
躊躇う事なく虫を摘んだ。
しかも、それが髪に付いていたと言う不快な事実を、彼女に悟らせない様に注意まで払って。
彼がそんなこまやかな気遣いをするタイプだとは思わなかったのだ。
恋がしたいと思った時、何故か彼の事が最初に頭に浮かんだ。
それが何故なのか、その時点では、自分でもよく分からなかったのだけれど。
貴族の家に生まれたにも関わらず、物心ついた時からずっと働いていた。
私を産んだ母は、無能な父に代わってブルーノ領を管理する為に嫁がされた。
しかし、自分を虐げる夫に耐えられず、家を出て行った。
私が三歳の頃である。
父は直ぐに再婚したが、義母も父と同じく無能で怠惰な人間だった。
当然、領地は廃れるばかり。
だが、父も義母も生活を切り詰めようとはしない。
雪だるま式に借金が増え、邸の使用人も次々と辞めて行き、私はある程度の年齢になると、実母の代わりに領地経営の手伝いをさせられる事になる。
「お前の母親はふしだらな女だった」
「あんな女が産んだ子供を養ってやってるんだから、もっと感謝しろ」
「身勝手に出て行った母親の代わりに、少しはブルーノ子爵家の役に立て」
そんな風に言われて育ったが、衣食住など必要最低限の物は与えられていたので、多少の感謝はあった。
だから、自分に出来る事はなんでもやった。
邸内の管理から、領地に問題が起きた時の視察、王宮に提出する書類の作成まで。
それなのに・・・・・・。
父が私にくれたのは、有り得ないほどに酷い縁談だった。
少しでも娘の事を思う親ならば、絶対に断るであろう縁談。
それをあの男は・・・・・・
「勉強ばかりして可愛げの無いお前には、勿体無い話だ」
と言い放った。
私は、領地の為、家の為、頑張って来たつもりだ。
その対価が、コレなのか?
(もう、逃げちゃおうかな?)
そう思ったりもしたけれど。
生まれながらに刷り込まれた貴族のルールが、捨て切れない。
『当主の決定は絶対』
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。
だけど、それ以外の生き方を知らない。
(恋も知らずに、最低の結婚をしなければいけないのか)
そう思った時、せめて思い出が欲しいと願った。
どうしようもなく辛い時に、自分を慰めてくれる様な、甘やかな恋の思い出が───。
そして私は「小説を書いている」などと嘘をついて、彼に契約を持ち掛けた。
それは運命に抗う勇気が無い私の、ささやかな抵抗だった。
ローレンス様は学園に入学する前から有名だった。
主に悪い意味で。
私も最初は彼に良い印象を持っていなかった。
それが少しだけ変化したのは、入学して直ぐの頃に行われた学園主催の春の茶会の時だった。
新入生の歓迎を兼ねて行われる茶会は、毎年の恒例行事。
この学園の庭園には、桜と呼ばれる珍しい異国の花木が沢山植えられており、その花を愛でるのがもう一つの目的である。
参加者達は、ある程度花を楽しむと、美味しいお茶やお菓子に舌鼓を打っていた。
だが、桜を初めて見る私は、その淡いピンク色の小さな花に魅了されて、いつまでもその木を見上げていた。
ふと、少し離れた木の下にも、私と同じ様に桜を見上げている女生徒の後ろ姿を見付けた。
私は勝手に親近感を持って、彼女の背中を見ていると、桜の枝から糸を垂らした緑色の芋虫が、彼女の美しく結い上げた亜麻色の髪にポトリと落ちたのだ。
「あっ!」
私は思わず小さく声を上げた。
慌てて彼女に声を掛けようと、一歩前に出たのだが・・・。
───なんて声を掛ければ良いの?
もし私が彼女の髪に虫が付いていると言えば、彼女はパニックになるかもしれない。
私が芋虫を取ってあげられれば良いが、生憎私も虫全般が苦手で、触るどころか見るのもちょっと遠慮したい位なのだ。
扇で払ってあげるのはどうだろう?
でも、力加減を間違えて、潰してしまったら?
上手く払えなくて、結い上げた髪の奥へと逃げ込んでしまったら?
綺麗に結った髪が崩れてしまったら?
私は自分一人で対処するのを諦めた。
教員か警備の騎士にでも頼んで、取ってもらおう。
協力してくれそうな人物を探してキョロキョロと周囲を見回したが、私が誰かに声を掛けるよりも早く、一人の男性が彼女に近付いた。
その人物は、彼女に近付く途中で、生垣から一枚の木の葉を千切って左手の掌の中に隠した。
「失礼ですが、髪に木の葉が付いていますよ」
「えっっ?」
突然男性に話しかけられ驚いた女生徒は、自分の頭を触ろうとした。
その手首をそっと掴んで彼は彼女の動きを制する。
「ああ、勝手に触れたりして済みません。
ですが、無闇に触ると折角美しく結った髪が乱れてしまいます。
宜しければ、取って差し上げましょう」
丁寧な物腰と人好きのする笑顔、そして何よりも美しい容姿の彼に彼女は安心したのか、頬を染めて小さく頷き彼に背を向けた。
彼はサッと芋虫を取り去って、後ろの茂みに投げ捨てると、左手に隠していた木の葉を彼女に見せてから捨てた。
「ほら、取れました」
「有難うございます」
「いいえ。お役に立てたのなら良かったです」
彼は彼女に軽く辞去を述べると、人混みの中へと消えて行った。
それが、ローレンス様だった。
(これはモテる訳だ)
そう思うと同時に、とても意外だった。
躊躇う事なく虫を摘んだ。
しかも、それが髪に付いていたと言う不快な事実を、彼女に悟らせない様に注意まで払って。
彼がそんなこまやかな気遣いをするタイプだとは思わなかったのだ。
恋がしたいと思った時、何故か彼の事が最初に頭に浮かんだ。
それが何故なのか、その時点では、自分でもよく分からなかったのだけれど。
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