2 / 18
2 愛だと思っていた物
しおりを挟む
チャールズやブライアンとの初対面は、全く思い出せない。
その位、古くからの付き合いで、物心ついた頃には既に家族の様に過ごしていた。
コールリッジ侯爵家とベニントン伯爵家は、領地が隣接しており、先祖代々治水工事や道路整備などを協力して行って来た友好的な関係にある。
今代は、互いの子供達の年齢が近い事もあって、特に親しく付き合っていた。
家族ぐるみでお互いの邸を行ったり来たりしており、ベニントン兄弟とコールリッジ兄妹は、幼い頃いつも四人で遊んでいた。
そんな中で、歳周りの良いチャールズと私を婚約させてはどうかと最初に言い出したのは誰だったろう。
今ではもう経緯はあやふやだが、そんな感じで適当に決まった婚約だった。
二人は実際に仲が良かった。
一つ年上のチャールズは、私をいつも気に掛けて、大事にしてくれていた。
「アイリス、これからもずっと仲良くして、素敵な夫婦になろうね」
婚約が決まった時、チャールズはそう言って、バラの花を一輪差し出した。
「本当は婚約指輪をプレゼントしたいんだけど、それだけはどうしても自分のお金で買いたいから、稼げる様になるまで少し待って欲しい」
その言葉通り、学園を卒業して少しした頃には、彼の瞳の色を思わせるエメラルドの指輪をプレゼントしてくれた。
その時に見せてくれた、はにかんだ笑顔を、今でもよく覚えている。
婚約している間、チャールズはとても誠実だった。
だから、勘違いした。
チャールズは自分を愛してくれているのだと。
家族愛の延長の様な緩やかな物ではあったが、確かに愛されていると感じていた。
結婚するのだから、派手なロマンスなど必要ないとも思っていた。
でも、それは、私だけの一方的な想いだったのだ。
チャールズからの別れの手紙には、私にとっては、とても残酷な真実が綴られていた。
私達の婚約の話が出る前年、ベニントン伯爵領に竜巻が発生し、甚大な被害をもたらした。
その時、復興の資金をコールリッジ侯爵家が融資した。
それは、両家にとってはずっと昔から続いて来た、助け合いの一環。
過去、コールリッジ侯爵領が農作物の不作で困った時には、ベニントン伯爵家が助けてくれた経緯もあり、お互い様なのである。
だがチャールズは、その出来事を実際よりも重く受け止めていたらしく、恩を返す為に私との婚約を受けたと言うのだ。
まあ、正直に言えば返して貰わねばならぬ程の恩でも無かったのだが・・・。
しかしながら自分が私と婚約をしてあげる事で恩を返せると思い込んでいたとは、なかなか自己評価が高すぎる。
私だって、自分の事を大切にしてくれていたチャールズに対して好意は持っていたが、好かれてもいないのに『どうしても婚約して欲しい!』と我儘を言う程、彼を好きだった訳では無い。
そんな風に思われていたなんて、心外だ。
チャールズが駆け落ちしたお相手は、ブライアンの婚約者だったリネット・アルバーン子爵令嬢。
金髪碧眼で妖精の様に美しいと、社交界でとても評判だった。
比べて私は、お母様に似たストレートの黒髪もお父様に似た赤茶色の瞳も、自分では愛着を持っているが、一般的には地味であると言わざるを得ない。
顔立ちも、リネット様が可愛らしいのに対して、私は切長の目が特徴的で、『可愛い』よりも『カッコいい』と言われる事の方が多いくらいだ。
リネット様が好みのタイプだったのならば、私との婚約は罰ゲームの様に感じていたのかもしれない。
家の為に仕方なく婚約してくれていたのかと思うと、やるせない思いでいっぱいになる。
私が思うよりずっと、チャールズにとっての私の価値は低かったのだ。
それを突き付けられる事は、想像以上に私の胸を抉った。
思えば、私は両親やお兄様にずっと守られていたせいか、この歳になるまで親しい人間から裏切られるという経験を殆どしてこなかった。
関係の薄い人間からは、それなりに嫌われたり悪意に晒される事もあったが、自分が信用して心を預けていた相手に傷付けられる事は無かったのだ。
だから、今回のような事態には免疫が無い。
しかし、今後も貴族社会で生きて行かなければならない私にとっては、必要な経験だったのかもしれない。
これからは、近しい人間でも心の中では何を思っているか分からないのだと警戒しながら付き合うようにしなければ・・・・・・。
(あぁ、嫌だな。人間不信になりそう)
唯一の救いは、私に宛てられたチャールズの手紙を家族に読まれなかった事だ。
チャールズが残した手紙は三通。
私宛と、ベニントン伯爵家宛と、コールリッジ侯爵家宛。
私への手紙はしっかりと封蝋が押されており、未開封の状態だった。
他の二通に何が書いてあったかは、読んでいないので分からないが、私宛の物よりも明らかに短い手紙のようだったので、駆け落ちの詳しい動機などについては触れていないだろうと思う。
あんな内容の手紙を、他の人に読まれる訳にはいかない。
私を愛してくれる家族に、これ以上の心痛を与えたくは無いのだ。
その位、古くからの付き合いで、物心ついた頃には既に家族の様に過ごしていた。
コールリッジ侯爵家とベニントン伯爵家は、領地が隣接しており、先祖代々治水工事や道路整備などを協力して行って来た友好的な関係にある。
今代は、互いの子供達の年齢が近い事もあって、特に親しく付き合っていた。
家族ぐるみでお互いの邸を行ったり来たりしており、ベニントン兄弟とコールリッジ兄妹は、幼い頃いつも四人で遊んでいた。
そんな中で、歳周りの良いチャールズと私を婚約させてはどうかと最初に言い出したのは誰だったろう。
今ではもう経緯はあやふやだが、そんな感じで適当に決まった婚約だった。
二人は実際に仲が良かった。
一つ年上のチャールズは、私をいつも気に掛けて、大事にしてくれていた。
「アイリス、これからもずっと仲良くして、素敵な夫婦になろうね」
婚約が決まった時、チャールズはそう言って、バラの花を一輪差し出した。
「本当は婚約指輪をプレゼントしたいんだけど、それだけはどうしても自分のお金で買いたいから、稼げる様になるまで少し待って欲しい」
その言葉通り、学園を卒業して少しした頃には、彼の瞳の色を思わせるエメラルドの指輪をプレゼントしてくれた。
その時に見せてくれた、はにかんだ笑顔を、今でもよく覚えている。
婚約している間、チャールズはとても誠実だった。
だから、勘違いした。
チャールズは自分を愛してくれているのだと。
家族愛の延長の様な緩やかな物ではあったが、確かに愛されていると感じていた。
結婚するのだから、派手なロマンスなど必要ないとも思っていた。
でも、それは、私だけの一方的な想いだったのだ。
チャールズからの別れの手紙には、私にとっては、とても残酷な真実が綴られていた。
私達の婚約の話が出る前年、ベニントン伯爵領に竜巻が発生し、甚大な被害をもたらした。
その時、復興の資金をコールリッジ侯爵家が融資した。
それは、両家にとってはずっと昔から続いて来た、助け合いの一環。
過去、コールリッジ侯爵領が農作物の不作で困った時には、ベニントン伯爵家が助けてくれた経緯もあり、お互い様なのである。
だがチャールズは、その出来事を実際よりも重く受け止めていたらしく、恩を返す為に私との婚約を受けたと言うのだ。
まあ、正直に言えば返して貰わねばならぬ程の恩でも無かったのだが・・・。
しかしながら自分が私と婚約をしてあげる事で恩を返せると思い込んでいたとは、なかなか自己評価が高すぎる。
私だって、自分の事を大切にしてくれていたチャールズに対して好意は持っていたが、好かれてもいないのに『どうしても婚約して欲しい!』と我儘を言う程、彼を好きだった訳では無い。
そんな風に思われていたなんて、心外だ。
チャールズが駆け落ちしたお相手は、ブライアンの婚約者だったリネット・アルバーン子爵令嬢。
金髪碧眼で妖精の様に美しいと、社交界でとても評判だった。
比べて私は、お母様に似たストレートの黒髪もお父様に似た赤茶色の瞳も、自分では愛着を持っているが、一般的には地味であると言わざるを得ない。
顔立ちも、リネット様が可愛らしいのに対して、私は切長の目が特徴的で、『可愛い』よりも『カッコいい』と言われる事の方が多いくらいだ。
リネット様が好みのタイプだったのならば、私との婚約は罰ゲームの様に感じていたのかもしれない。
家の為に仕方なく婚約してくれていたのかと思うと、やるせない思いでいっぱいになる。
私が思うよりずっと、チャールズにとっての私の価値は低かったのだ。
それを突き付けられる事は、想像以上に私の胸を抉った。
思えば、私は両親やお兄様にずっと守られていたせいか、この歳になるまで親しい人間から裏切られるという経験を殆どしてこなかった。
関係の薄い人間からは、それなりに嫌われたり悪意に晒される事もあったが、自分が信用して心を預けていた相手に傷付けられる事は無かったのだ。
だから、今回のような事態には免疫が無い。
しかし、今後も貴族社会で生きて行かなければならない私にとっては、必要な経験だったのかもしれない。
これからは、近しい人間でも心の中では何を思っているか分からないのだと警戒しながら付き合うようにしなければ・・・・・・。
(あぁ、嫌だな。人間不信になりそう)
唯一の救いは、私に宛てられたチャールズの手紙を家族に読まれなかった事だ。
チャールズが残した手紙は三通。
私宛と、ベニントン伯爵家宛と、コールリッジ侯爵家宛。
私への手紙はしっかりと封蝋が押されており、未開封の状態だった。
他の二通に何が書いてあったかは、読んでいないので分からないが、私宛の物よりも明らかに短い手紙のようだったので、駆け落ちの詳しい動機などについては触れていないだろうと思う。
あんな内容の手紙を、他の人に読まれる訳にはいかない。
私を愛してくれる家族に、これ以上の心痛を与えたくは無いのだ。
904
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
【完結】完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』
恋せよ恋
恋愛
名門で富豪のレーヴェン伯爵家の跡取り
リリアーナ・レーヴェン(17)
容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れる
完璧な令嬢と評される“白薔薇の令嬢”
エルンスト侯爵家三男で騎士課三年生
ユリウス・エルンスト(17)
誰にでも優しいが故に令嬢たちに囲まれる”白薔薇の婚約者“
祖父たちが、親しい学友であった縁から
エルンスト侯爵家への経済支援をきっかけに
5歳の頃、家族に祝福され結ばれた婚約。
果たして、この婚約は”政略“なのか?
幼かった二人は悩み、すれ違っていくーー
今日もリリアーナの胸はざわつく…
🔶登場人物・設定は作者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます✨
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。
王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。
――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。
学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。
「殿下、どういうことでしょう?」
私の声は驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる