1 / 18
1 婚約者が消えた
しおりを挟む
自分の手元からグシャリと音が聞こえて、知らない内に便箋を持つ手に力がこもってしまっていた事に気が付いた。
幼馴染でもあり、婚約者でもある筈の男性からの手紙だったが、その内容は残念ながら私への愛しさを綴った物では無い。
『私の事は死んだものと思ってくれ』
そんな書き出しの数枚の手紙を残して、彼は姿を消したのだ。
よりにもよって、彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
そう、いわゆる『駆け落ち』である。
「アイリス、大丈夫か?」
お兄様が私の背中を優しくさすりながら、気遣わし気に眉を寄せる。
この部屋に集まった全員から、憐れみを滲ませた視線を向けられて、堪らなく惨めな気持ちになった。
何故こんな気持ちにならなければいけないの?
私が何をしたと言うの?
もしかすると、前世でよっぽど悪辣な行いをしてしまったのかもしれない。
でなければ、今迄二十三年間も真面目に生きて来たのが馬鹿らしくなる。
我が家の応接室には、私の両親とお兄様、そして彼の両親と弟が集まっている。
彼の両親、ベニントン伯爵夫妻は、真っ青な顔で私達にペコペコと頭を下げて謝罪し、私の両親、コールリッジ侯爵夫妻は激しい怒りを露わにしていた。
両親がこんなにも感情を表に出すのは珍しい事だが、私達の結婚式はもう一ヵ月後に迫っているのだから、そりゃあ怒り狂うわよね。
何故このタイミングなのか。
せめて、もっと早い段階で、婚約の解消に動けば良かったものを。
まぁ、それが出来なかったから、切羽詰まって逃げたのだろうけど。
ああ、気持ちが悪い。
グラグラと視界が揺れる。
先程から軽い目眩がずっと続いているが、ここで倒れるのは私の矜持が許さなかった。
(こういう所が、可愛くないと思われてたのかな?)
そんな風に考えて、乾いた笑いが漏れそうになる。
今更気付いた所で、どうする事も出来やしない。
「・・・・・・少し、疲れました。
私はお父様とお兄様の決定に従いますので、お先に席を外させて頂いても宜しいかしら?」
「あ・・・、ああ、勿論だとも。
後の事は私達に任せて、部屋に戻って休んでいなさい」
お父様の言葉に甘えて、私は腰を上げた。
「それでは、皆様、ご機嫌よう」
笑顔は上手く作れていなかったかもしれないが、その分丁寧なカテーシーで辞去の挨拶をして、応接室を後にした。
人目がない所に行きたかった。
自室に籠る事も考えたが、余計に惨めで暗い気持ちになりそうだったので、庭園の方へと足を向ける。
庭の中央に位置するガゼボは、バラの生垣が丁度良い目隠しになって、今の私が求めている条件にピッタリの場所だ。
ベンチに腰掛け、深く息を吐く。
自分の手が微かに震えている事に気がついた。
思ったよりも強いショックを受けているらしい。
婚約者のチャールズに対する気持ちは、激しい恋情では無かったけれど、穏やかな愛情を育てて来たつもりだった。
彼もまた、同じ気持ちでいてくれると信じていたのに・・・・・・。
いつの間にか、瞳からポロポロと透明な雫が零れ落ちていた。
俯いたら負けてしまう様な気がして、真っ直ぐ前を向いたまま奥歯を食いしばる。
私の心とは正反対に、どこまでも晴れ渡る青空を滲んだ瞳で見つめた。
パキリと、枯れ枝を踏み付けた様な音がして視線を向けると、彼の弟のブライアンが気まずそうに頭を掻いた。
「覗きみたいな真似をして済みません。
どうしても、アイリスの様子が気になってしまって」
ブライアンがおずおずと差し出したハンカチを素直に受け取って、目元を拭った。
「いやだわ。
なんだか恥ずかしい所を見られちゃったわね」
心配そうな彼に、大丈夫だと伝えたくて、ぎこちなく笑って見せる。
「いいえ・・・。
貴女は泣いていても・・・、とても美しいです」
「っ!?」
驚いた。
ブライアンが、こんな風に女性に社交辞令を言うなんて。
なんだか知らない大人の男性みたい。
元婚約者の弟である彼も、当然私の幼馴染であり良く知った人物である。
しかし、いくら義弟になるとは言え、年頃を過ぎれば、婚約者以外の異性との交流は最小限にするのが常識だ。
幼い頃の方が親しくしていたせいで、いつまでも可愛らしい子供の様なイメージが残っていたらしい。
だけど、ブライアンだってもう十九歳である。
それによく考えたら、見た目は兄のチャールズよりも背が高くてゴツい、少々男臭いタイプなのだ。
今の彼は、どう見ても大人の男性で間違いない。
時が経つのは早い物だ。
・・・・・・そんな風に感慨に耽っていると、思いもよらない言葉を投げかけられた。
「幸せになりませんか?
・・・・・・俺と、一緒に」
「えっ?」
「あんな身勝手な男の為に、貴女に泣いて欲しくない」
「貴方と?一緒に?」
「そう。俺達二人で」
あぁ、そうか。
ブライアンも私と同じ様に、
・・・・・・捨てられたのだ。
幼馴染でもあり、婚約者でもある筈の男性からの手紙だったが、その内容は残念ながら私への愛しさを綴った物では無い。
『私の事は死んだものと思ってくれ』
そんな書き出しの数枚の手紙を残して、彼は姿を消したのだ。
よりにもよって、彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
そう、いわゆる『駆け落ち』である。
「アイリス、大丈夫か?」
お兄様が私の背中を優しくさすりながら、気遣わし気に眉を寄せる。
この部屋に集まった全員から、憐れみを滲ませた視線を向けられて、堪らなく惨めな気持ちになった。
何故こんな気持ちにならなければいけないの?
私が何をしたと言うの?
もしかすると、前世でよっぽど悪辣な行いをしてしまったのかもしれない。
でなければ、今迄二十三年間も真面目に生きて来たのが馬鹿らしくなる。
我が家の応接室には、私の両親とお兄様、そして彼の両親と弟が集まっている。
彼の両親、ベニントン伯爵夫妻は、真っ青な顔で私達にペコペコと頭を下げて謝罪し、私の両親、コールリッジ侯爵夫妻は激しい怒りを露わにしていた。
両親がこんなにも感情を表に出すのは珍しい事だが、私達の結婚式はもう一ヵ月後に迫っているのだから、そりゃあ怒り狂うわよね。
何故このタイミングなのか。
せめて、もっと早い段階で、婚約の解消に動けば良かったものを。
まぁ、それが出来なかったから、切羽詰まって逃げたのだろうけど。
ああ、気持ちが悪い。
グラグラと視界が揺れる。
先程から軽い目眩がずっと続いているが、ここで倒れるのは私の矜持が許さなかった。
(こういう所が、可愛くないと思われてたのかな?)
そんな風に考えて、乾いた笑いが漏れそうになる。
今更気付いた所で、どうする事も出来やしない。
「・・・・・・少し、疲れました。
私はお父様とお兄様の決定に従いますので、お先に席を外させて頂いても宜しいかしら?」
「あ・・・、ああ、勿論だとも。
後の事は私達に任せて、部屋に戻って休んでいなさい」
お父様の言葉に甘えて、私は腰を上げた。
「それでは、皆様、ご機嫌よう」
笑顔は上手く作れていなかったかもしれないが、その分丁寧なカテーシーで辞去の挨拶をして、応接室を後にした。
人目がない所に行きたかった。
自室に籠る事も考えたが、余計に惨めで暗い気持ちになりそうだったので、庭園の方へと足を向ける。
庭の中央に位置するガゼボは、バラの生垣が丁度良い目隠しになって、今の私が求めている条件にピッタリの場所だ。
ベンチに腰掛け、深く息を吐く。
自分の手が微かに震えている事に気がついた。
思ったよりも強いショックを受けているらしい。
婚約者のチャールズに対する気持ちは、激しい恋情では無かったけれど、穏やかな愛情を育てて来たつもりだった。
彼もまた、同じ気持ちでいてくれると信じていたのに・・・・・・。
いつの間にか、瞳からポロポロと透明な雫が零れ落ちていた。
俯いたら負けてしまう様な気がして、真っ直ぐ前を向いたまま奥歯を食いしばる。
私の心とは正反対に、どこまでも晴れ渡る青空を滲んだ瞳で見つめた。
パキリと、枯れ枝を踏み付けた様な音がして視線を向けると、彼の弟のブライアンが気まずそうに頭を掻いた。
「覗きみたいな真似をして済みません。
どうしても、アイリスの様子が気になってしまって」
ブライアンがおずおずと差し出したハンカチを素直に受け取って、目元を拭った。
「いやだわ。
なんだか恥ずかしい所を見られちゃったわね」
心配そうな彼に、大丈夫だと伝えたくて、ぎこちなく笑って見せる。
「いいえ・・・。
貴女は泣いていても・・・、とても美しいです」
「っ!?」
驚いた。
ブライアンが、こんな風に女性に社交辞令を言うなんて。
なんだか知らない大人の男性みたい。
元婚約者の弟である彼も、当然私の幼馴染であり良く知った人物である。
しかし、いくら義弟になるとは言え、年頃を過ぎれば、婚約者以外の異性との交流は最小限にするのが常識だ。
幼い頃の方が親しくしていたせいで、いつまでも可愛らしい子供の様なイメージが残っていたらしい。
だけど、ブライアンだってもう十九歳である。
それによく考えたら、見た目は兄のチャールズよりも背が高くてゴツい、少々男臭いタイプなのだ。
今の彼は、どう見ても大人の男性で間違いない。
時が経つのは早い物だ。
・・・・・・そんな風に感慨に耽っていると、思いもよらない言葉を投げかけられた。
「幸せになりませんか?
・・・・・・俺と、一緒に」
「えっ?」
「あんな身勝手な男の為に、貴女に泣いて欲しくない」
「貴方と?一緒に?」
「そう。俺達二人で」
あぁ、そうか。
ブライアンも私と同じ様に、
・・・・・・捨てられたのだ。
1,031
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
【完結】完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』
恋せよ恋
恋愛
名門で富豪のレーヴェン伯爵家の跡取り
リリアーナ・レーヴェン(17)
容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れる
完璧な令嬢と評される“白薔薇の令嬢”
エルンスト侯爵家三男で騎士課三年生
ユリウス・エルンスト(17)
誰にでも優しいが故に令嬢たちに囲まれる”白薔薇の婚約者“
祖父たちが、親しい学友であった縁から
エルンスト侯爵家への経済支援をきっかけに
5歳の頃、家族に祝福され結ばれた婚約。
果たして、この婚約は”政略“なのか?
幼かった二人は悩み、すれ違っていくーー
今日もリリアーナの胸はざわつく…
🔶登場人物・設定は作者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます✨
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。
王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。
――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。
学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。
「殿下、どういうことでしょう?」
私の声は驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる