【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko

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1 婚約者が消えた

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自分の手元からグシャリと音が聞こえて、知らない内に便箋を持つ手に力がこもってしまっていた事に気が付いた。

幼馴染でもあり、婚約者でもある筈の男性からの手紙だったが、その内容は残念ながら私への愛しさを綴った物では無い。

『私の事は死んだものと思ってくれ』

そんな書き出しの数枚の手紙を残して、彼は姿を消したのだ。
よりにもよって、彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。

そう、いわゆる『駆け落ち』である。



「アイリス、大丈夫か?」

お兄様が私の背中を優しくさすりながら、気遣わし気に眉を寄せる。

この部屋に集まった全員から、憐れみを滲ませた視線を向けられて、堪らなく惨めな気持ちになった。

何故こんな気持ちにならなければいけないの?
私が何をしたと言うの?

もしかすると、前世でよっぽど悪辣な行いをしてしまったのかもしれない。
でなければ、今迄二十三年間も真面目に生きて来たのが馬鹿らしくなる。


我が家の応接室には、私の両親とお兄様、そして彼の両親と弟が集まっている。
彼の両親、ベニントン伯爵夫妻は、真っ青な顔で私達にペコペコと頭を下げて謝罪し、私の両親、コールリッジ侯爵夫妻は激しい怒りを露わにしていた。

両親がこんなにも感情を表に出すのは珍しい事だが、私達の結婚式はもう一ヵ月後に迫っているのだから、そりゃあ怒り狂うわよね。
何故このタイミングなのか。
せめて、もっと早い段階で、婚約の解消に動けば良かったものを。
まぁ、それが出来なかったから、切羽詰まって逃げたのだろうけど。

ああ、気持ちが悪い。
グラグラと視界が揺れる。
先程から軽い目眩がずっと続いているが、ここで倒れるのは私の矜持が許さなかった。

(こういう所が、可愛くないと思われてたのかな?)

そんな風に考えて、乾いた笑いが漏れそうになる。
今更気付いた所で、どうする事も出来やしない。


「・・・・・・少し、疲れました。
私はお父様とお兄様の決定に従いますので、お先に席を外させて頂いても宜しいかしら?」

「あ・・・、ああ、勿論だとも。
後の事は私達に任せて、部屋に戻って休んでいなさい」

お父様の言葉に甘えて、私は腰を上げた。

「それでは、皆様、ご機嫌よう」

笑顔は上手く作れていなかったかもしれないが、その分丁寧なカテーシーで辞去の挨拶をして、応接室を後にした。



人目がない所に行きたかった。
自室に籠る事も考えたが、余計に惨めで暗い気持ちになりそうだったので、庭園の方へと足を向ける。
庭の中央に位置するガゼボは、バラの生垣が丁度良い目隠しになって、今の私が求めている条件にピッタリの場所だ。

ベンチに腰掛け、深く息を吐く。
自分の手が微かに震えている事に気がついた。
思ったよりも強いショックを受けているらしい。
婚約者のチャールズに対する気持ちは、激しい恋情では無かったけれど、穏やかな愛情を育てて来たつもりだった。
彼もまた、同じ気持ちでいてくれると信じていたのに・・・・・・。


いつの間にか、瞳からポロポロと透明な雫が零れ落ちていた。
俯いたら負けてしまう様な気がして、真っ直ぐ前を向いたまま奥歯を食いしばる。


私の心とは正反対に、どこまでも晴れ渡る青空を滲んだ瞳で見つめた。



パキリと、枯れ枝を踏み付けた様な音がして視線を向けると、彼の弟のブライアンが気まずそうに頭を掻いた。

「覗きみたいな真似をして済みません。
どうしても、アイリスの様子が気になってしまって」

ブライアンがおずおずと差し出したハンカチを素直に受け取って、目元を拭った。

「いやだわ。
なんだか恥ずかしい所を見られちゃったわね」

心配そうな彼に、大丈夫だと伝えたくて、ぎこちなく笑って見せる。

「いいえ・・・。
貴女は泣いていても・・・、とても美しいです」

「っ!?」

驚いた。
ブライアンが、こんな風に女性に社交辞令を言うなんて。
なんだか知らない大人の男性みたい。

元婚約者の弟である彼も、当然私の幼馴染であり良く知った人物である。
しかし、いくら義弟になるとは言え、年頃を過ぎれば、婚約者以外の異性との交流は最小限にするのが常識だ。
幼い頃の方が親しくしていたせいで、いつまでも可愛らしい子供の様なイメージが残っていたらしい。

だけど、ブライアンだってもう十九歳である。
それによく考えたら、見た目は兄のチャールズよりも背が高くてゴツい、少々男臭いタイプなのだ。
今の彼は、どう見ても大人の男性で間違いない。
時が経つのは早い物だ。

・・・・・・そんな風に感慨に耽っていると、思いもよらない言葉を投げかけられた。


「幸せになりませんか?
・・・・・・俺と、一緒に」

「えっ?」

「あんな身勝手な男の為に、貴女に泣いて欲しくない」

「貴方と?一緒に?」

「そう。俺達二人で」


あぁ、そうか。
ブライアンも私と同じ様に、

・・・・・・捨てられたのだ。
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