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9 過去の遺物
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《side:ブライアン》
「デート?」
キョトンとした顔で首を傾げるアイリスが可愛い。
「ええ、明後日、久し振りに休みが取れそうなので、一緒に出掛けませんか?」
「でも・・・、貴方ずっとお休みが無かったのだから、疲れているのではないの?
ゆっくり休息を取った方が良いと思うわ」
困った様に眉を下げるアイリスは、純粋に俺の体調を心配してくれているだけなのか・・・。
それとも本当にデートをしたい別の男の事を思い出しているのか・・・。
「俺は邸で休むよりも、アイリスとデートをした方が元気が出ます。
ダメですか?」
「いいえ。嬉しいわ」
「流石に王都までは出られませんが、近場で何処か行きたい所はありますか?」
「それならば、港町はどう?
前から行ってみたいと思っていたの」
社交シーズンが終わって、今、俺達は伯爵領の邸に滞在している。
ベニントン伯爵領もコールリッジ侯爵領も、海に面してはいないのだが、領地を出て少し足を伸ばせば大きな港がある。
その周辺は観光客も多く、とても賑わっていると聞く。
「そうしましょう。楽しみです」
このデートで、俺は、妻との距離をもっと縮めたいと思っていた。
兄上の事を、早く忘れて欲しい。
早くこっちを見て欲しい。
今迄もその一心で、アイリスに対する愛情を態度で示して来たつもりだが、効果の程はまだよく分からない。
本当は、もう一秒たりとも、彼女に兄上の事を思い出して欲しく無いのに・・・・・・。
こんなにも俺が焦っている原因は、先日の出来事にある。
その日、俺は執務室で溜まった手紙を読んでいて、アイリスは俺の隣で教会に寄付をする為のハンカチに刺繍を刺していた。
忙しくて一緒の時間を取る事が難しい為、邸にいる間は、仕事中もなるべく同じ部屋で過ごして貰うようにしているのだ。
アイリスはいつも、俺の側で読書や刺繍をしたり、書類整理を手伝ったりしてくれている。
手紙の返信を書こうとした俺は、封筒を切らしていた事に気付いた。
「アイリス、白いシンプルな封筒を持っていたら、数枚譲ってくれないですか?
切らしていたのに買い忘れてしまって」
「良いわよ」
刺繍道具を置いて、立ち上がろうとする彼女を止めた。
作業を中断させるのも申し訳ない。
「部屋に入っても良ければ、自分で取りに行きますよ」
「そう?じゃあ、机の左側の引き出しの一番上に入ってると思うから、好きなだけ使って」
「有難うございます」
自分で言い出した事にも関わらず、アイリスの部屋のドアを開けるのは、少し躊躇われた。
相手は妻で、しかも本人に許可を得ているとは言え、女性の部屋に男一人で入るのは妙な背徳感がある。
───大丈夫。
何もやましい事は無い。
思い切って部屋に入った俺は、机の引き出しを開けた・・・・・・所で、固まった。
そこにはベニントン伯爵家の封蝋が押された開封済みの一通の手紙と、指輪のケースが一つだけ入っていたから。
その時初めて、間違えて左では無く右側の引き出しを開けてしまった事に気付いて、サッと血の気が引いた。
改めて左の引き出しから、未使用の封筒を取り出しながら考える。
結婚した後に、我が家の封蝋が付いた手紙をアイリスが受け取った可能性は低いだろう。
見えていた封筒の裏面には、差出人の名は無かったが、あれは兄上からの古いラブレターなのかもしれない。
それなら、一緒にしまってあった指輪もきっと───。
胸の奥がザワザワする。
俺達夫婦は、表面上はとても円満だ。
周囲にも相思相愛だと思われている。
だが、実態は違う。
アイリスは、きっとまだ兄上を想っている。
それは、分かっていた筈なのに・・・・・・。
実際に、アイリスが兄上からのプレゼントや手紙を、未だに大事に持っているのだと知ってしまえば、こんなにも胸が苦しい。
いつになったら、振り向いて貰えるのか?
いや、振り向いて貰える日なんて、来るのだろうか?
兄上と俺は、あまりにも似ていない。
髪色と瞳の色は同じだが、顔立ちも体型も、性格だって全く違う。
俺がガタイが良くてゴツいのに対して、兄上は細身の美男子である。
リネットもきっと、兄上の容姿の方が好みだったのだろう。
まあ、あの女の好みは今更どうでも良いが、問題はアイリスだ。
アイリスもリネットと同じ様に、兄上の容姿が好きだったのなら、俺は彼女の好みとは正反対なのだから。
弱気になりながら、執務室に戻ると、アイリスが不思議そうに俺を見た。
「どうしたの?
顔色が悪いわ・・・・・・ーーっっ!?」
気が付くと、無言で彼女を抱き締めていた。
「えっ?何?
本当にどうしたの!?」
「・・・・・・」
腕の中から戸惑った声が聞こえてくるが、俺は何も答えられない。
勝手に違う引き出しを開けてしまった罪悪感や、兄上への嫉妬心、アイリスへの恋慕が渦巻いて、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
やがて、彼女の小さな手が俺の後ろに回って、慰める様にポンポンと優しく背中を叩き始める。
「何があったか知らないけど、大丈夫よ、ブライアン。
私は貴方の味方だから・・・」
耳元で囁かれる声に、泣きたくなる。
この小さな手を、どうしても失いたく無いと、強く願った。
「デート?」
キョトンとした顔で首を傾げるアイリスが可愛い。
「ええ、明後日、久し振りに休みが取れそうなので、一緒に出掛けませんか?」
「でも・・・、貴方ずっとお休みが無かったのだから、疲れているのではないの?
ゆっくり休息を取った方が良いと思うわ」
困った様に眉を下げるアイリスは、純粋に俺の体調を心配してくれているだけなのか・・・。
それとも本当にデートをしたい別の男の事を思い出しているのか・・・。
「俺は邸で休むよりも、アイリスとデートをした方が元気が出ます。
ダメですか?」
「いいえ。嬉しいわ」
「流石に王都までは出られませんが、近場で何処か行きたい所はありますか?」
「それならば、港町はどう?
前から行ってみたいと思っていたの」
社交シーズンが終わって、今、俺達は伯爵領の邸に滞在している。
ベニントン伯爵領もコールリッジ侯爵領も、海に面してはいないのだが、領地を出て少し足を伸ばせば大きな港がある。
その周辺は観光客も多く、とても賑わっていると聞く。
「そうしましょう。楽しみです」
このデートで、俺は、妻との距離をもっと縮めたいと思っていた。
兄上の事を、早く忘れて欲しい。
早くこっちを見て欲しい。
今迄もその一心で、アイリスに対する愛情を態度で示して来たつもりだが、効果の程はまだよく分からない。
本当は、もう一秒たりとも、彼女に兄上の事を思い出して欲しく無いのに・・・・・・。
こんなにも俺が焦っている原因は、先日の出来事にある。
その日、俺は執務室で溜まった手紙を読んでいて、アイリスは俺の隣で教会に寄付をする為のハンカチに刺繍を刺していた。
忙しくて一緒の時間を取る事が難しい為、邸にいる間は、仕事中もなるべく同じ部屋で過ごして貰うようにしているのだ。
アイリスはいつも、俺の側で読書や刺繍をしたり、書類整理を手伝ったりしてくれている。
手紙の返信を書こうとした俺は、封筒を切らしていた事に気付いた。
「アイリス、白いシンプルな封筒を持っていたら、数枚譲ってくれないですか?
切らしていたのに買い忘れてしまって」
「良いわよ」
刺繍道具を置いて、立ち上がろうとする彼女を止めた。
作業を中断させるのも申し訳ない。
「部屋に入っても良ければ、自分で取りに行きますよ」
「そう?じゃあ、机の左側の引き出しの一番上に入ってると思うから、好きなだけ使って」
「有難うございます」
自分で言い出した事にも関わらず、アイリスの部屋のドアを開けるのは、少し躊躇われた。
相手は妻で、しかも本人に許可を得ているとは言え、女性の部屋に男一人で入るのは妙な背徳感がある。
───大丈夫。
何もやましい事は無い。
思い切って部屋に入った俺は、机の引き出しを開けた・・・・・・所で、固まった。
そこにはベニントン伯爵家の封蝋が押された開封済みの一通の手紙と、指輪のケースが一つだけ入っていたから。
その時初めて、間違えて左では無く右側の引き出しを開けてしまった事に気付いて、サッと血の気が引いた。
改めて左の引き出しから、未使用の封筒を取り出しながら考える。
結婚した後に、我が家の封蝋が付いた手紙をアイリスが受け取った可能性は低いだろう。
見えていた封筒の裏面には、差出人の名は無かったが、あれは兄上からの古いラブレターなのかもしれない。
それなら、一緒にしまってあった指輪もきっと───。
胸の奥がザワザワする。
俺達夫婦は、表面上はとても円満だ。
周囲にも相思相愛だと思われている。
だが、実態は違う。
アイリスは、きっとまだ兄上を想っている。
それは、分かっていた筈なのに・・・・・・。
実際に、アイリスが兄上からのプレゼントや手紙を、未だに大事に持っているのだと知ってしまえば、こんなにも胸が苦しい。
いつになったら、振り向いて貰えるのか?
いや、振り向いて貰える日なんて、来るのだろうか?
兄上と俺は、あまりにも似ていない。
髪色と瞳の色は同じだが、顔立ちも体型も、性格だって全く違う。
俺がガタイが良くてゴツいのに対して、兄上は細身の美男子である。
リネットもきっと、兄上の容姿の方が好みだったのだろう。
まあ、あの女の好みは今更どうでも良いが、問題はアイリスだ。
アイリスもリネットと同じ様に、兄上の容姿が好きだったのなら、俺は彼女の好みとは正反対なのだから。
弱気になりながら、執務室に戻ると、アイリスが不思議そうに俺を見た。
「どうしたの?
顔色が悪いわ・・・・・・ーーっっ!?」
気が付くと、無言で彼女を抱き締めていた。
「えっ?何?
本当にどうしたの!?」
「・・・・・・」
腕の中から戸惑った声が聞こえてくるが、俺は何も答えられない。
勝手に違う引き出しを開けてしまった罪悪感や、兄上への嫉妬心、アイリスへの恋慕が渦巻いて、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
やがて、彼女の小さな手が俺の後ろに回って、慰める様にポンポンと優しく背中を叩き始める。
「何があったか知らないけど、大丈夫よ、ブライアン。
私は貴方の味方だから・・・」
耳元で囁かれる声に、泣きたくなる。
この小さな手を、どうしても失いたく無いと、強く願った。
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