3 / 56
3 初恋の思い出
しおりを挟む
私と彼が出会ったのは、七歳の頃。
母に手を引かれて訪れたファーガソン侯爵家の庭園で、私達は『婚約者』として紹介された。
それは政略と呼ぶには余りに利害関係の薄い物で、同じ派閥内での婚姻が望ましいというのに加えて、母親同士が友人であった事が決め手になった縁談だった。
「初めまして、フェリシア嬢。
こんなに美しいご令嬢と婚約出来るなんて、僕は幸せ者ですね」
初対面の彼はサラサラの黒髪に淡い緑色の瞳の美少年だった。
輝く様な笑顔で流暢な世辞を述べると、私の手の甲に微かに触れる口付けを落とす。
だが、それが本心では無い事に、私は気付いていた。
その瞳の奥に、諦念が透けて見えたから。
きっと、微笑み一つ上手く浮かべられない無愛想な私を妻にする事に不安を感じていたのだろう。
それでも彼は高位貴族の令息らしく、この婚約を義務だと割り切って、幼くとも自分の感情を優先させる事無く、とても誠実に振る舞ってくれてはいたけれど。
「私如きに勿体無いお言葉を有難うございます。
末永く宜しくお願い致します」
私は彼に対してなんだか申し訳ない気持ちになりながら、儀礼的な言葉を返した。
満開のクレマチスに囲まれた小さなガゼボに二人きりで残された私達は、美味しい紅茶を頂きながら、お互いの事をポツリポツリと話した。
最初はぎこちなかった会話が滑らかになって来たのは、一体何が切っ掛けだったのだろうか?
今でもよく分からないのだが、私達母娘が辞去の挨拶を述べる頃には、彼の瞳の中の諦念がすっかり消え去り、代わりに私を愛しむ様な優しさが溢れていた。
「名残惜しいけど、またね」
そう言った彼は、本当に寂しそうで───。
胸の奥がキュンとした。
彼の変化の原因は分からなかったけれど、もしかしたら彼との関係が上手く行くかもしれないと期待してしまう。
お父様に似て……、いや、お父様に輪を掛けて無表情で無愛想な私は、人付き合いがとても下手だった。
誤解を受ける事が多く、『嫌われている』『虐められている』などと、殆ど会った事もないご令嬢から吹聴される事も度々あった。
貴族令嬢としては致命的な欠陥だと自分でも理解していたし、それなりに努力もしたけれど、やはり人には向き不向きがある。
無理に愛想良く振る舞おうとしても、逆効果になってしまう事が発覚して挫折した。
その代わり話題に乗り遅れる事が無いようにと、流行には常にアンテナを張って、勉学にも力を入れた。
顔面が高圧的な分、振る舞いだけは高圧的に見えない様にと優雅に見える所作を学んだ。
それでも、どんなに努力しても、殿方には好かれないだろうと分かっていた。
貴族の娘としていつかは政略結婚をするのだろうけど、きっと愛される事はない。
そんな風に、幸せな結婚を諦めていた私にとって、ジェフリーの変化は微かな希望の光だったのだ。
彼はバッセル邸に頻繁に訪れては私とお茶をしたり、観劇やピクニックなど色々な場所へ連れ出したりしてくれた。
どうやって調べたのか、彼は私の好みを熟知していて、素敵な花束やプレゼントなどもよく贈ってくれた。
そして、母が亡くなった時には、塞ぎ込んでいた私を支えて慰めてくれた。
そんな風に、少しづつ交流を深めた彼の事を、異性に優しくされ慣れていない私は、いとも簡単に好きになってしまったのだ。
母に手を引かれて訪れたファーガソン侯爵家の庭園で、私達は『婚約者』として紹介された。
それは政略と呼ぶには余りに利害関係の薄い物で、同じ派閥内での婚姻が望ましいというのに加えて、母親同士が友人であった事が決め手になった縁談だった。
「初めまして、フェリシア嬢。
こんなに美しいご令嬢と婚約出来るなんて、僕は幸せ者ですね」
初対面の彼はサラサラの黒髪に淡い緑色の瞳の美少年だった。
輝く様な笑顔で流暢な世辞を述べると、私の手の甲に微かに触れる口付けを落とす。
だが、それが本心では無い事に、私は気付いていた。
その瞳の奥に、諦念が透けて見えたから。
きっと、微笑み一つ上手く浮かべられない無愛想な私を妻にする事に不安を感じていたのだろう。
それでも彼は高位貴族の令息らしく、この婚約を義務だと割り切って、幼くとも自分の感情を優先させる事無く、とても誠実に振る舞ってくれてはいたけれど。
「私如きに勿体無いお言葉を有難うございます。
末永く宜しくお願い致します」
私は彼に対してなんだか申し訳ない気持ちになりながら、儀礼的な言葉を返した。
満開のクレマチスに囲まれた小さなガゼボに二人きりで残された私達は、美味しい紅茶を頂きながら、お互いの事をポツリポツリと話した。
最初はぎこちなかった会話が滑らかになって来たのは、一体何が切っ掛けだったのだろうか?
今でもよく分からないのだが、私達母娘が辞去の挨拶を述べる頃には、彼の瞳の中の諦念がすっかり消え去り、代わりに私を愛しむ様な優しさが溢れていた。
「名残惜しいけど、またね」
そう言った彼は、本当に寂しそうで───。
胸の奥がキュンとした。
彼の変化の原因は分からなかったけれど、もしかしたら彼との関係が上手く行くかもしれないと期待してしまう。
お父様に似て……、いや、お父様に輪を掛けて無表情で無愛想な私は、人付き合いがとても下手だった。
誤解を受ける事が多く、『嫌われている』『虐められている』などと、殆ど会った事もないご令嬢から吹聴される事も度々あった。
貴族令嬢としては致命的な欠陥だと自分でも理解していたし、それなりに努力もしたけれど、やはり人には向き不向きがある。
無理に愛想良く振る舞おうとしても、逆効果になってしまう事が発覚して挫折した。
その代わり話題に乗り遅れる事が無いようにと、流行には常にアンテナを張って、勉学にも力を入れた。
顔面が高圧的な分、振る舞いだけは高圧的に見えない様にと優雅に見える所作を学んだ。
それでも、どんなに努力しても、殿方には好かれないだろうと分かっていた。
貴族の娘としていつかは政略結婚をするのだろうけど、きっと愛される事はない。
そんな風に、幸せな結婚を諦めていた私にとって、ジェフリーの変化は微かな希望の光だったのだ。
彼はバッセル邸に頻繁に訪れては私とお茶をしたり、観劇やピクニックなど色々な場所へ連れ出したりしてくれた。
どうやって調べたのか、彼は私の好みを熟知していて、素敵な花束やプレゼントなどもよく贈ってくれた。
そして、母が亡くなった時には、塞ぎ込んでいた私を支えて慰めてくれた。
そんな風に、少しづつ交流を深めた彼の事を、異性に優しくされ慣れていない私は、いとも簡単に好きになってしまったのだ。
1,303
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります
恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」
「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」
十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。
再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、
その瞬間に決意した。
「ええ、喜んで差し上げますわ」
将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。
跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、
王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。
「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」
聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる