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12 皇子殿下

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早朝から王宮内では、慌ただしく夜会の準備が進められていた。
視察に来る帝国の第四皇子殿下をお迎えする歓迎の夜会である。


勿論、公爵家のタウンハウスにいるアンジェリーナも、侍女達の手によって朝から磨き上げられていた。

「アンジェリーナ様、顔色が優れない様ですが、お疲れですか?」

髪を結ってくれていた侍女が、鏡越しに話し掛ける。

「ええ・・・。
ちょっと最近夢見が悪くて」

微苦笑で答えるアンジェリーナに、子供の頃から仕えてくれていたその侍女は表情を曇らせた。
彼女はアンジェリーナが幼少期に頻繁に魘されていた事を知っている。
王宮で暮らしていた頃に、一部の者から軽んじられていた記憶が悪夢となって、アンジェリーナの心を攻撃し続けたのだ。
王宮から離れてからアンジェリーナを『お荷物』と呼ぶ者は側にいなくなり、成長するに従って、少しづつ嫌な夢を見る頻度も減っていたのだが・・・・・・。

「もしや、先日の事件が引き金になって、悪夢が再発したのですか?」

「大丈夫よ。そんな顔しないで」

「ですが・・・」

「心配してくれてありがとう。
さぁ、早く支度しないと遅れちゃうわ。
とびきり可愛くしてね」

「・・・かしこまりました」

複雑な心境で頷いた侍女は、再び櫛を手に取った。



地平線の向こうへと陽が沈み、西の空に宵の明星が輝く頃。
エルヴィーノとアンジェリーナを乗せた馬車は、王宮に到着した。
差し伸べられた手を取り馬車を降りると、冷んやりとした夜の空気が頬を撫でる。

「大丈夫か?やはり体調が悪いのでは?」

エルヴーノも今日のアンジェリーナの顔色が悪い事には気付いていた。
しかし、彼女はフルフルと首を横に振る。

「少し夜更かししてしまっただけなの。
心配かけて、ごめんなさいね」

「必要な挨拶を終えたら、早めに帰ろう」

「そうね、ありがとう」

過保護に心配はしてくれるのだが、相変わらずエルヴーノのエスコートは恋人同士の様に親密な物ではない。
律儀に一定の距離を保ち、まさに親戚のお兄ちゃんそのものと言った振る舞いだ。
アンジェリーナも彼の腕に軽く手を添えるだけ。

(この腕に胸を押し付けてしな垂れ掛かってみたら、どうなるかしら?)

一瞬だけそんな思い付きが頭を過ぎるが、直ちにそれを打ち消した。
もしも彼に『ふしだらな娘だ』なんて軽蔑されてしまったら、きっと立ち直れないから。

そんな風に考えてしまう時点でアンジェリーナは全くエルヴィーノへの恋心を諦め切れていない。
だからこそ、早く新しい恋を見つけて、報われない初恋の痛みから解放されたいと願うのだ。



「美しい姫君。
一曲お相手願えませんか?」

夜会も中盤に差し掛かり、多くの参加者がダンスに興じる中で、アンジェリーナを誘ったのはこの夜会の主役であるカルロス皇子だ。
隣のエルヴィーノは苦い表情をしているが、流石に皇子殿下からのお誘いを邪魔したりはしない。

「よろこんで」

他所行きの笑顔で差し伸べられた手を取ったアンジェリーナは、ホールの中央へと優雅な足取りで進んだ。
チラリと横を見上げると、この国では珍しい真紅の瞳と目が合う。
ニコリと甘く微笑むカルロス皇子は、マリエッタが言っていた通りかなりの美丈夫で、アンジェリーナの頬に熱が上がった。


一方、ダンスに向かった二人を見送るエルヴィーノは、複雑な心境を抱えていた。
エキゾチックな魅力を振り撒く帝国皇子にエスコートされて、微かに頬を染めるアンジェリーナ。
自分とは違って、年齢も近い二人。
エルヴィーノの目に映る彼等は、とても似合いのカップルに見えた。

(もしも二人が想いを寄せ合ったなら、今迄のように反対する理由は無いな)

カルロス皇子はアンジェリーナの相手として申し分の無い人物である。
アンジェリーナの三人目の兄を自称するエルヴィーノとしては、きっと二人が恋に落ちるのを期待するべきなのだろう。

だけど───。


「殺気がダダ漏れだぞ」

「・・・ラウルか」

「少しは落ち着けよ。
お前からダンスに誘われたくてソワソワしていたご令嬢達でさえ、怖がって近寄って来ないくらいだ。
姫さんに新しい縁が見つかったら、お前も別の婚約者を探さなきゃならんのに・・・」

「・・・・・・」

やはりラウルから見ても、あの二人はお似合いなのだろう。

その時が近付いているのを感じたエルヴィーノは、鉛を飲み込んだような重苦しい気持ちになった。
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