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14 疑惑の商会
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「姉上、大丈夫ですか?」
レイの呼び掛けで我に帰る。
何の罪もないお腹の子供まで亡くなった事を思うとやりきれないが、自分が知りたがったのだから、気をしっかり持たなければ。
「・・・うん、大丈夫。
少し目眩がしただけよ」
事件後に借金を返済したと言う事は、報酬がその役者に渡ったのだろう。
容疑者の四人ならば、誰でもお金は用意出来そうだ。
そして、殿下だけは、大金を動かしていたのなら、お父様が調べれば多分すぐに分かる。
「お菓子の分析の方は?」
「あのチョコレートブラウニーからは、違法な薬物が検出されました」
ああ、やっぱり・・・・・・
「違法薬物って、どんな?」
「隣国でその昔、従順な奴隷を作る為に使用されていた、洗脳の効果がある薬です。
急激に効果が出る物では無く、継続して摂取させる事で体内に蓄積されて、少しづつ効果が高まって行く物の様です。
多幸感や心地良さを増幅させて、軽い媚薬の様な効果もあるらしく、薬を与えた人間を好ましく思い、忠誠心が高まるのだとか。
我が国では勿論ですが、今では隣国も含めた殆どの国で違法薬物に指定されています」
「王族にそんな薬を盛るなんて、アシュトン嬢は命知らずね」
「アシュトン嬢本人の意思だったかは不明ですね。
父親である男爵の差し金かもしれませんし」
確かに、それも一理ある。
エミリーの父であるアシュトン男爵は、輸入販売業を営んでおり、かなり荒稼ぎしていると聞く。
真偽は定かでは無いが、裏社会の者と通じているのでは無いかとか、色々と黒い噂も絶えない人物なのだ。
まあ、冷静な目を持つ人々は、その噂は勢いのある男爵家に対するやっかみであり、事実無根だろうと思っている様だが。
しかし、こうして見ると、その噂も真実味を帯びて来る。
「そんな薬を何処から入手したのかしら?」
「アシュトン家が、輸入販売業を営んでいるのはご存知ですよね。
その主な商品は、植物なのです。
観賞用の花の鉢植えから、食用の果物や、薬草まで様々な植物を扱っています」
「薬草・・・・・・」
呟く私に、レイは深く頷いた。
「そうです。
薬草の中に違法薬物の原料となる植物を紛れ込ませていれば、カモフラージュしやすいかと。
それに、アシュトン家が税関に申告している輸入した植物の数量と、実際の販売実績とのズレが少し大きいのですよ」
この国では、既に薬品として精製されている物に関しては、輸入の際のチェックがとても厳しい。
だが、植物に関しては数量をチェックされる程度で、その品種まではそれ程細かく調べられていないのが現状なのだ。
男爵はそこを突いて、違法な薬物の原料を輸入しているのかもしれない。
もしも、税関を通る時に、違法な植物を薬草に紛れ込ませて通しているのだとしたら、正規ルートで流通させられない違法な植物は販売数がカウントされない為、輸入数と販売数に大きなズレが生じる。
勿論、栽培が難しい植物の鉢植えなどは枯れてしまったりするし、多少のズレは出る物だ。
実際、疑念を持たれても、その様に言い訳をすれば通る可能性が高い。
しかし、レイがおかしいと思ったのだから、常識的な範囲を超えていると言う事なのだろう。
「めちゃくちゃ怪しいじゃない」
「はい。めちゃくちゃ怪しいです。
しかし、状況証拠としても弱いので、まだ追及は出来ませんね。
税関で違法な物が見つかれば良いのですが、姉上の事件にも関わっているとしたら、今は警戒しているでしょうし」
「悔しいわね」
お花畑全開のエミリー嬢は兎も角、アシュトン男爵はおそらく黒だ。
しかし、爵位は男爵とは言え、王太子殿下の寵愛を受けるご令嬢の父親である。
決定的な証拠でも無い限り、追及するのは難しいだろう。
「まあ、違法薬物の密輸に関しては追々調べてみるとして、先ずは姉上の事件の解決が優先です」
「そうだったわね。
でも、危険な薬物を輸入しているかもしれない人物を、なかなか罪に問えないのは腹立たしいわ」
「姉上の事件を解決すれば、其方も自然に解決するかもしれません。
ですが、今の段階で余計な部分まで深追いするのは禁物ですよ。
危険が増しますし、証拠隠滅を図られる恐れもあります」
「わかった」
少々不満は残るものの、レイの言う事も尤もなので頷いた。
「今後は姉上が知りたい情報や、捜査の進捗はちゃんと報告します。
その代わり、絶対に一人では行動しないと約束して下さいね」
両手で私の手を包み込む様に握ったレイの瞳が不安気に揺れる。
生死を彷徨う私を看病していたのだから、ただ眠っていただけの私よりも彼の方がずっとトラウマになっているのかもしれない。
我儘ばかり言って悪かったなと反省した。
「うん。ありがとう」
事件関係者の父親が様々な違法な品を輸入しているとしたら、私に使われた謎の毒もそこから入手されたと考えるのが自然だ。
では、『アシュトン嬢が私に毒を盛ったのだろうか』と考えるが・・・、なんだかピンと来ない。
アシュトン商会が入手ルートならば、一番怪しいのは彼女なのだが・・・。
そこまでの悪巧みを、あのお花畑が考えるだろうか?
或いは父親の言いなりで行動したのか。
まあ、犯人が誰であれ事件が解決すれば、入手ルートも本格的に捜査される。
男爵が違法薬物を流通させた事も、立証出来る可能性が高いだろう。
「・・・・・・ぅえ・・・。
・・・・・・・・・姉上ってば!いつまで考え込んでいるんです?」
軽く肩を叩かれて、思考の渦から意識が浮上した。
目の前にはレイモンドのちょっと拗ねた顔。
何度か呼ばれていたのに、気付かなかったらしい。
「あぁ、ごめんなさい」
「今日の所は、事件の話はここまでにしませんか?
夢見が悪くなりそうだ」
今夜はもう眠れない予感がするけれど、あまり迷惑と心配を掛けてはいけないので、素直に頷く事にする。
その後も、眠気が復活するまで、レイは私に付き合ってくれた。
明け方近くまで、幼い頃の事や友人の事など、取り留めもなく話しをして過ごした。
他愛も無い話をしながら、少し温くなったホットミルクを口にすると、不安定になっている心を癒す様な優しい甘さが広がった。
レイの呼び掛けで我に帰る。
何の罪もないお腹の子供まで亡くなった事を思うとやりきれないが、自分が知りたがったのだから、気をしっかり持たなければ。
「・・・うん、大丈夫。
少し目眩がしただけよ」
事件後に借金を返済したと言う事は、報酬がその役者に渡ったのだろう。
容疑者の四人ならば、誰でもお金は用意出来そうだ。
そして、殿下だけは、大金を動かしていたのなら、お父様が調べれば多分すぐに分かる。
「お菓子の分析の方は?」
「あのチョコレートブラウニーからは、違法な薬物が検出されました」
ああ、やっぱり・・・・・・
「違法薬物って、どんな?」
「隣国でその昔、従順な奴隷を作る為に使用されていた、洗脳の効果がある薬です。
急激に効果が出る物では無く、継続して摂取させる事で体内に蓄積されて、少しづつ効果が高まって行く物の様です。
多幸感や心地良さを増幅させて、軽い媚薬の様な効果もあるらしく、薬を与えた人間を好ましく思い、忠誠心が高まるのだとか。
我が国では勿論ですが、今では隣国も含めた殆どの国で違法薬物に指定されています」
「王族にそんな薬を盛るなんて、アシュトン嬢は命知らずね」
「アシュトン嬢本人の意思だったかは不明ですね。
父親である男爵の差し金かもしれませんし」
確かに、それも一理ある。
エミリーの父であるアシュトン男爵は、輸入販売業を営んでおり、かなり荒稼ぎしていると聞く。
真偽は定かでは無いが、裏社会の者と通じているのでは無いかとか、色々と黒い噂も絶えない人物なのだ。
まあ、冷静な目を持つ人々は、その噂は勢いのある男爵家に対するやっかみであり、事実無根だろうと思っている様だが。
しかし、こうして見ると、その噂も真実味を帯びて来る。
「そんな薬を何処から入手したのかしら?」
「アシュトン家が、輸入販売業を営んでいるのはご存知ですよね。
その主な商品は、植物なのです。
観賞用の花の鉢植えから、食用の果物や、薬草まで様々な植物を扱っています」
「薬草・・・・・・」
呟く私に、レイは深く頷いた。
「そうです。
薬草の中に違法薬物の原料となる植物を紛れ込ませていれば、カモフラージュしやすいかと。
それに、アシュトン家が税関に申告している輸入した植物の数量と、実際の販売実績とのズレが少し大きいのですよ」
この国では、既に薬品として精製されている物に関しては、輸入の際のチェックがとても厳しい。
だが、植物に関しては数量をチェックされる程度で、その品種まではそれ程細かく調べられていないのが現状なのだ。
男爵はそこを突いて、違法な薬物の原料を輸入しているのかもしれない。
もしも、税関を通る時に、違法な植物を薬草に紛れ込ませて通しているのだとしたら、正規ルートで流通させられない違法な植物は販売数がカウントされない為、輸入数と販売数に大きなズレが生じる。
勿論、栽培が難しい植物の鉢植えなどは枯れてしまったりするし、多少のズレは出る物だ。
実際、疑念を持たれても、その様に言い訳をすれば通る可能性が高い。
しかし、レイがおかしいと思ったのだから、常識的な範囲を超えていると言う事なのだろう。
「めちゃくちゃ怪しいじゃない」
「はい。めちゃくちゃ怪しいです。
しかし、状況証拠としても弱いので、まだ追及は出来ませんね。
税関で違法な物が見つかれば良いのですが、姉上の事件にも関わっているとしたら、今は警戒しているでしょうし」
「悔しいわね」
お花畑全開のエミリー嬢は兎も角、アシュトン男爵はおそらく黒だ。
しかし、爵位は男爵とは言え、王太子殿下の寵愛を受けるご令嬢の父親である。
決定的な証拠でも無い限り、追及するのは難しいだろう。
「まあ、違法薬物の密輸に関しては追々調べてみるとして、先ずは姉上の事件の解決が優先です」
「そうだったわね。
でも、危険な薬物を輸入しているかもしれない人物を、なかなか罪に問えないのは腹立たしいわ」
「姉上の事件を解決すれば、其方も自然に解決するかもしれません。
ですが、今の段階で余計な部分まで深追いするのは禁物ですよ。
危険が増しますし、証拠隠滅を図られる恐れもあります」
「わかった」
少々不満は残るものの、レイの言う事も尤もなので頷いた。
「今後は姉上が知りたい情報や、捜査の進捗はちゃんと報告します。
その代わり、絶対に一人では行動しないと約束して下さいね」
両手で私の手を包み込む様に握ったレイの瞳が不安気に揺れる。
生死を彷徨う私を看病していたのだから、ただ眠っていただけの私よりも彼の方がずっとトラウマになっているのかもしれない。
我儘ばかり言って悪かったなと反省した。
「うん。ありがとう」
事件関係者の父親が様々な違法な品を輸入しているとしたら、私に使われた謎の毒もそこから入手されたと考えるのが自然だ。
では、『アシュトン嬢が私に毒を盛ったのだろうか』と考えるが・・・、なんだかピンと来ない。
アシュトン商会が入手ルートならば、一番怪しいのは彼女なのだが・・・。
そこまでの悪巧みを、あのお花畑が考えるだろうか?
或いは父親の言いなりで行動したのか。
まあ、犯人が誰であれ事件が解決すれば、入手ルートも本格的に捜査される。
男爵が違法薬物を流通させた事も、立証出来る可能性が高いだろう。
「・・・・・・ぅえ・・・。
・・・・・・・・・姉上ってば!いつまで考え込んでいるんです?」
軽く肩を叩かれて、思考の渦から意識が浮上した。
目の前にはレイモンドのちょっと拗ねた顔。
何度か呼ばれていたのに、気付かなかったらしい。
「あぁ、ごめんなさい」
「今日の所は、事件の話はここまでにしませんか?
夢見が悪くなりそうだ」
今夜はもう眠れない予感がするけれど、あまり迷惑と心配を掛けてはいけないので、素直に頷く事にする。
その後も、眠気が復活するまで、レイは私に付き合ってくれた。
明け方近くまで、幼い頃の事や友人の事など、取り留めもなく話しをして過ごした。
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