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9. 姿のない仕立て屋

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 次の日、僕は昼間に堂々と執事長の部屋を訪ねた。
 僕の体の何倍もある大きな扉の前に立ち「トントンッ」とドアをノックする。部屋の中から返答はない。

 何だ留守なのか?

と一人小さな声で呟くと背後から声を掛けられた。

 「坊ちゃん、なんしとん」

 昨夜、聞いたばかりの酷い訛り声。僕の想像通りに後ろを振り返るとオイッスの姿があった。

 「オイッス、執事長にちょっと用事があるんだー」と僕が言うとオイッスは笑いながら答えた。

 「おいはウィッスだべ。オイッスはおいの弟だ、モルミッシュ十人兄弟全員がここの屋敷に勤めてるんだ。執事長ボスはしばらくの間は留守だべ」

 胸を張ながら話すウィッスとオイッスの見た目は殆ど一緒で見分けがつかないが、顔・髪型・声などに僅かな特徴があるらしい。

 「留守なら仕方ないやー」と言い残し、僕は居室マッシュルームへと戻った。

 それからというもの、執事長の部屋に毎日尋ねたが執事長の姿はなく、あっという間に"誕生祭前日"の日付となった。
 


──マッシュ誕生祭前日、居室マッシュルームにて

 「坊ちゃん、いよいよ明日は誕生祭ですね~ッ!」

と目をキラキラと輝かせながらメイドのメイが喜んでいる。その隣には、シス婆や使用人が立ち並び、誕生祭に着る服を作った仕立て屋を今か今かと待ち望んでいた。
 僕の着る服を作った仕立て屋は、王国では有名な仕立て屋らしく、仕立てた洋服一着で城が買えるほどの貴重価値があるという。それは普通の洋服ではなく、珍しい素材を使った奇才なデザインを施した洋服らしく、着用した者に不思議な力を宿すという。そんな洋服を作り出す仕立て屋を人目見ようと非番の使用人までもが、屋敷入口から居室マッシュルームまでの道程を案内するように立っていた。
 性別すら分からぬ謎多き人物に興味を示さぬ訳もなく、実は僕もどんな人物なのか気になっていた。

「坊ちゃん、おはようございます。仕立て屋のアンク・デルタと申します」

 唐突に目の前から声が聞こえた。目の前にはメイ達使用人の姿しか見えない。

「えっ?」と小さな声を出して驚くと続けて声が聞こえた。
「坊ちゃん。皆にはわたくしの姿、声が聞こえていないのです。どうか騒がずに心の中でお話し下さい」
「あぁ、この展開・・・こっちの世界に来てから慣れたよ・・・。えっと、僕はどうすればいいの?」

 こういう展開に慣れてしまっていた僕は謎の落ち着きと順応性を見せ、胸に抱いていたデディグマに顔を押し当てながら心の中で話した。ちなみにデディグマは一日の内の数時間しか活動出来ないため必要のない時は寝て活動停止している。

「流石は賢者の刻印を持つ者、話が早くて助かります。わたくしは人前に姿を現す事を王都以外では禁じられているため、姿くらましのオーブを身に纏っている状況でございます。王子様の御前で働く無礼をお許しください。では、本題に入りますが誕生祭でお召になる衣装は、執事長室の机の上にすでに置いてあります。皆にわたくしの存在が悟られる事の無いように、ご確認の程をお願い致します。」

「りょうかい。けど、デルタさんの姿が見れなかったのは残念だなぁ~・・・」

「ふふ、誕生祭は王都であります。わたくしは王都では姿を現す事が出来るので私の姿を見たいなら探して見て下さい。ただ、わたくしから名乗ることはありません。わたくしと思った人に声を掛けて見て下さい。この事はどうか内密に、ではこれにて失礼します」

 それからは声は聞こえなくなった。デルタさんは王都に帰ったのだろう。

「おしっ! 執事長室に洋服を取りに行こう」と一人意気込み、こっそりと居室から抜け出そうとするが、周りのメイや使用人に「仕立て屋が来るまで我慢して下さい」と邪魔をされてしまい一向に動く事が出来なかった。そんな中、とある一人が口を開いた。
 
 「坊ちゃん、もしかしてウ〇コか? そんならオイラがトイレについて行くど」

 この声の主は警備員のオイッス。デリカシーの欠片も無い最低な発言だったが、今の僕には天から垂らされた蜘蛛の糸のようだ。僕は便乗して声を出す。

「う〇こー! う〇こー!! う〇こー行きたい・・・ッ!!!」

 恥を押しんで名演技をした僕は使用人達から失笑されたが、メイやシス婆は優しく微笑んでくれた。作戦は成功でオイッスは僕を抱き抱えて居室を出るとトイレに連れて行ってくれた。トイレ内で僕はオイッスにこっそりと頼んだ。

 「オイッス、理由は言えないけど僕をこっそりと執事長室に連れて行って」とオイッスに向かって言うと少し間をあけてオイッスは答えた。
「なんだぁ、坊ちゃん。執事長が帰ってきたんに気づいてたんか。まぁ連れて行くのはいいけんど、そこまでして執事長会いたいのがぁ~」

 執事長はどうやら帰って来ているらしい。仕立て屋と何か関わりがあるのか分からないが、執事長と会えるのなら一石二鳥だ。
 オイッスは黒装束の胸元に僕を入れて隠すと皆に見つからないように執事長室まで運んでくれた。

 「ありがとう、オイッス。二人で話してくるから外で待っててくれる?」

 僕がそう言うとオイッスは静かに頷き、ノックをした後に入口のドアを開けてくれた。
 
 いよいよ僕は執事長と対面、仕立て屋の洋服を確認する事となる。

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みんなの感想(1件)

晴翔
2018.02.11 晴翔

続き楽しみにしております!!

めんとうふ
2018.03.05 めんとうふ

感想ありがとうございます!
久しぶりにアプリを開いてビックリしました笑

仕事と私生活が忙しいため、更新は殆どいま出来ない状態ですが、最後までしっかりと上げるつもりです。
稚拙な文で見にくいかもしれませんが、もし良かったら見てくださいね(^O^)

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