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67話 報告と本音
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「着いたぞ。起きろって。」
俺は、眠そうに目を擦る来海に苦笑を浮かべつつ、身支度を促した。
「アツの墓、行くんだろ?」
「…‥ええ。もう着いたの?」
「着いたぞ。だから早くしろって。」
来海は、寝ぼけているのか、目が半開きの状態で周りを見渡していた。
少しバタバタしたものの、何とか準備をして、奏ちゃんと院長先生を残し、アツのお墓を目指した。
奏ちゃんは、やはり俺らに気を使ってくれているようで、『久々、ゆっくり話してねー。』と笑顔で送り出してくれた。
彼女の優しさに俺は、感謝しかなかった。
奏ちゃんは生前、アツと一岡の二人と面識のなかった。
だから、お墓参りには付いて来なかったのだと思う。車の中、一人で取り残される寂しさを味わうのは、意外に応えるものがあるはずだ。
それでも、その選択に至ったのは、奏ちゃんの気遣いの部分が出た結果だろう。
見た目は完璧なギャルの奏ちゃんは、私生活でもやはり誤解されがちで、男子から少し怖がられる傾向にあると、一好から聞いた。
俺には思い当る節があったから、これを機に素直に反省しようと、俺は心に誓った。
降車して十分程度の所に、目的の墓地はあった。
住宅地から少し離れた位置にあって、木々に囲まれ、自然に溢れた風景となっていた。
お墓の数もそこまで沢山あるわけでは無く、アツのお墓を見つけるのに苦労はなかった。
アツのお墓の目の前に立ち、お線香をあげ、枯れた花を変えて、お水を上げた。
三人横並びで立つと、体の前で手を合わせて、各々が自分なりの気持ちや報告を語り始めた。
勿論そこで、声が発せられることは無く、セミの鳴き声や、近隣住民の声だけが聞こえた。
かく言う俺も、三人の真ん中に立ち、アツへの報告を始めた。
アツ。ここに来ると、君との日々を思い出すよ。
笑って、はしゃいで、怒られて。何をしても楽しかったな。
覚えてるか、調理実習で思いっきり卵焼きを焦がした事。
あき、来海、真道、俺、アツの五人班でさ、腹掛かえるほど笑ったよ。
当たり前だけど、苦い味がしてな。それもまた面白かった。
不思議と喧嘩はしなかったよな。
当たり前だけど罵詈雑言の応酬もなかったし、まして暴力沙汰なんて縁遠い存在だったよ。
話変わるけど、真道とあきが、もしかしたらそっちに行くかもしれない。
理由は、俺らにもよく分かって無いんだけどな。
一つ言えるのはお前の友達が一番の容疑者って事。
友達のこと疑いたくねえだろうけど、客観的に判断して、そう結論づいちまったんだよ。
まあ、証拠も無いし、手口だって分かって無いから、確実だなんて口が裂けても言えねえけどな。
お前が死んでから、真道がずっと塞ぎこんでるよ。
決してお前が悪い訳じゃないが、真道だって悪くない。
なのに一人で抱え込んで、真道のやつれていく様を見るのは、俺らにとって耐えがたい苦痛なんだ。
アツにどうにか出来る問題じゃないのは分かってる。
だから、せめてあいつの事を見守っていてほしい。
温かい眼差しで、ずっと真道を見ていてあげて欲しい。
多分あいつは、自分の中で大きな敵と対峙してる。
色々と考えて、試行錯誤して、この暗くて長いトンネルからの脱出方法を今も模索してんだ。
アツには手伝って欲しいなんて思っていない。
ただ、真道の格闘する様を微笑みながら、上から眺めていてくれ。
あと一つ問いかけたい事があったんだよ。
アツ、お前はこの世界が理不尽だと思わねえか?
何をしても敵わない現実が至る所に転がっていると思わねえか?
お前の友達の故郷の話を聞いて、真道と紗南さん、俊也君の境遇を聞いて、俺は心底そう思ったよ。
どれだけ苦労したって、努力したって届かない場所がある。敵わない力がある。
それが生まれつきで変わってしまう事に、不平等さを感じたんだ。
これが現実だから受け入れねえとな、って思うけどよ。
身近で親友が辛い目に遭っていたら、受け入れ拒否をする俺の気持ちも、分かってくれると思うんだ。
ここだけの話、俺ら四人は、正直傷の舐め合いで結成された同盟なんだ。
互いの親友が目の前から消えてしまいそう、そんな不安を共感しあって俺らは共存している。
そんな中でもよ、信頼関係も出来上がってきて、皆といる時間に楽しさも見いだせてきた。
でも俺にはその事実が怖いんだ。
だって親友達のいない時間を楽しんでいるんだぜ?
いくら仲が良いとはいえ、楽しみを感じる俺が許せなくなる瞬間が、時々やってくるんだよ。
「楽しめれば誰でもいいのか?」そんな嫌悪感に似た感情が体中に走るんだ。
ごめんな、途中で脱線しちまったけど。
俺はこの不条理についての返答が、アツの口から聞きたかったよ。
敵わない夢だと分かっているけど、願望だけは言わせてくれ。
長く喋り過ぎたな。
そろそろお別れにしないと、きりなくここに留まっちまう。
じゃあな。また来年も来るから。
その時はまた聞いてくれよ、俺の溜まっていた感情を……。
そして、俺は顔を上げて、車の方へ歩いて戻った。
どうしてだろう、ちっぽけな虚無感を覆いかぶせるような、晴れやかな気持ちが心にあった。
一年間も会えないはずなのに、俺はどうしてこんな解放感に満ちているだろうか。俺は疑問に思っていた。
しかし、これがあの時見た一好の表情の理由なのだと、すぐに理解できた。
口では決して説明できない、何か清々しい気持ちが俺の中を流れている。
展望台で壮大な風景を目にした時とは全く別で、けどその時と同じように、言葉では言い表せなくて。
語彙力が無いのか、表現力が無いのか、ただ鈍感なだけなのか。
よく分からないけど確実に言えるのは、心が軽くなったということ。
言いたいことは山ほどあった。
それでも、言葉に出来たという事実が、心の重りを外してくれたのだろう。
面と向かってではないにしろ、胸の中に貯まっていた物が吐き出されたから、俺はこの感覚を抱いた。
俺は車に乗り込み、来海の隣に腰を下ろした。すぐにエンジンがかかると、おもむろに発進した。
時間を忘れ、俺が自分と向き合っていた間に、一時間ぐらい経過していたそう。
自分の体内時計を疑問視せざるを得なかった。
車内で俺は質問攻めを受けていた。俺にはその原因が容易に想像できた。
「隼人時間かかり過ぎ! 何してたのよ。」
「何って、来海たちと一緒だって。変な事はしてねえよ。」
俺はそう弁明するも、皆から疑いの眼差しが終わる事はなかった。
「心外だな。ずっと心の中でぶつぶつ言ってただけだって。」
「けどよ。考えてみろ、それだけで一時間て、怪しすぎだろ……。」
「確かにそうだけど。でも事実なんだから仕方ねえだろ。」
「まあ、そうね。……で、何を言ってたのよ。」
来海は詮索を諦めた代わりに、俺の報告の内容を、吐かせようとしていた。
「言わなきゃ駄目か?」
「ああ。ここまで待たせたんだから。白状させるぞ。」
一好の言葉を受けて俺は気づいた。『これは吐くまで終わらないぞ。』と。
だから俺は、覚悟を決めて洗いざらい全てを話すことにした。
俺が話し終わった後、車内には重苦しい空気が流れていた。
しばらくの間、誰一人として口を開くことはなく、目線すら合わせようとはしなかった。
二人が俺の言葉に多少なり納得していたのも、また事実だった。
氷のような雰囲気から解放されたのは、奏ちゃんの寝息が聞こえてからだった。
そこから徐々に空気は柔らかくなっていった。
俺らを乗せた白のワゴン車は、自宅方面へと帰っていった。
院長先生の厚意でそれぞれの自宅まで送り届けてくれ、何から何まで全てやってくれた。
感謝してもしきれない程、院長先生にはお世話になりっぱなしだった。
最後に車から降り、お礼を言って視界に入らなくなるまで見送った。
夕暮れの空、雲の割合も減り、オレンジの空が綺麗に見えていた。
しかし翌日からは、雨模様が続く見通しで、次にこの空を拝めるのはいつになるのか、俺には分からなかった。
俺は、眠そうに目を擦る来海に苦笑を浮かべつつ、身支度を促した。
「アツの墓、行くんだろ?」
「…‥ええ。もう着いたの?」
「着いたぞ。だから早くしろって。」
来海は、寝ぼけているのか、目が半開きの状態で周りを見渡していた。
少しバタバタしたものの、何とか準備をして、奏ちゃんと院長先生を残し、アツのお墓を目指した。
奏ちゃんは、やはり俺らに気を使ってくれているようで、『久々、ゆっくり話してねー。』と笑顔で送り出してくれた。
彼女の優しさに俺は、感謝しかなかった。
奏ちゃんは生前、アツと一岡の二人と面識のなかった。
だから、お墓参りには付いて来なかったのだと思う。車の中、一人で取り残される寂しさを味わうのは、意外に応えるものがあるはずだ。
それでも、その選択に至ったのは、奏ちゃんの気遣いの部分が出た結果だろう。
見た目は完璧なギャルの奏ちゃんは、私生活でもやはり誤解されがちで、男子から少し怖がられる傾向にあると、一好から聞いた。
俺には思い当る節があったから、これを機に素直に反省しようと、俺は心に誓った。
降車して十分程度の所に、目的の墓地はあった。
住宅地から少し離れた位置にあって、木々に囲まれ、自然に溢れた風景となっていた。
お墓の数もそこまで沢山あるわけでは無く、アツのお墓を見つけるのに苦労はなかった。
アツのお墓の目の前に立ち、お線香をあげ、枯れた花を変えて、お水を上げた。
三人横並びで立つと、体の前で手を合わせて、各々が自分なりの気持ちや報告を語り始めた。
勿論そこで、声が発せられることは無く、セミの鳴き声や、近隣住民の声だけが聞こえた。
かく言う俺も、三人の真ん中に立ち、アツへの報告を始めた。
アツ。ここに来ると、君との日々を思い出すよ。
笑って、はしゃいで、怒られて。何をしても楽しかったな。
覚えてるか、調理実習で思いっきり卵焼きを焦がした事。
あき、来海、真道、俺、アツの五人班でさ、腹掛かえるほど笑ったよ。
当たり前だけど、苦い味がしてな。それもまた面白かった。
不思議と喧嘩はしなかったよな。
当たり前だけど罵詈雑言の応酬もなかったし、まして暴力沙汰なんて縁遠い存在だったよ。
話変わるけど、真道とあきが、もしかしたらそっちに行くかもしれない。
理由は、俺らにもよく分かって無いんだけどな。
一つ言えるのはお前の友達が一番の容疑者って事。
友達のこと疑いたくねえだろうけど、客観的に判断して、そう結論づいちまったんだよ。
まあ、証拠も無いし、手口だって分かって無いから、確実だなんて口が裂けても言えねえけどな。
お前が死んでから、真道がずっと塞ぎこんでるよ。
決してお前が悪い訳じゃないが、真道だって悪くない。
なのに一人で抱え込んで、真道のやつれていく様を見るのは、俺らにとって耐えがたい苦痛なんだ。
アツにどうにか出来る問題じゃないのは分かってる。
だから、せめてあいつの事を見守っていてほしい。
温かい眼差しで、ずっと真道を見ていてあげて欲しい。
多分あいつは、自分の中で大きな敵と対峙してる。
色々と考えて、試行錯誤して、この暗くて長いトンネルからの脱出方法を今も模索してんだ。
アツには手伝って欲しいなんて思っていない。
ただ、真道の格闘する様を微笑みながら、上から眺めていてくれ。
あと一つ問いかけたい事があったんだよ。
アツ、お前はこの世界が理不尽だと思わねえか?
何をしても敵わない現実が至る所に転がっていると思わねえか?
お前の友達の故郷の話を聞いて、真道と紗南さん、俊也君の境遇を聞いて、俺は心底そう思ったよ。
どれだけ苦労したって、努力したって届かない場所がある。敵わない力がある。
それが生まれつきで変わってしまう事に、不平等さを感じたんだ。
これが現実だから受け入れねえとな、って思うけどよ。
身近で親友が辛い目に遭っていたら、受け入れ拒否をする俺の気持ちも、分かってくれると思うんだ。
ここだけの話、俺ら四人は、正直傷の舐め合いで結成された同盟なんだ。
互いの親友が目の前から消えてしまいそう、そんな不安を共感しあって俺らは共存している。
そんな中でもよ、信頼関係も出来上がってきて、皆といる時間に楽しさも見いだせてきた。
でも俺にはその事実が怖いんだ。
だって親友達のいない時間を楽しんでいるんだぜ?
いくら仲が良いとはいえ、楽しみを感じる俺が許せなくなる瞬間が、時々やってくるんだよ。
「楽しめれば誰でもいいのか?」そんな嫌悪感に似た感情が体中に走るんだ。
ごめんな、途中で脱線しちまったけど。
俺はこの不条理についての返答が、アツの口から聞きたかったよ。
敵わない夢だと分かっているけど、願望だけは言わせてくれ。
長く喋り過ぎたな。
そろそろお別れにしないと、きりなくここに留まっちまう。
じゃあな。また来年も来るから。
その時はまた聞いてくれよ、俺の溜まっていた感情を……。
そして、俺は顔を上げて、車の方へ歩いて戻った。
どうしてだろう、ちっぽけな虚無感を覆いかぶせるような、晴れやかな気持ちが心にあった。
一年間も会えないはずなのに、俺はどうしてこんな解放感に満ちているだろうか。俺は疑問に思っていた。
しかし、これがあの時見た一好の表情の理由なのだと、すぐに理解できた。
口では決して説明できない、何か清々しい気持ちが俺の中を流れている。
展望台で壮大な風景を目にした時とは全く別で、けどその時と同じように、言葉では言い表せなくて。
語彙力が無いのか、表現力が無いのか、ただ鈍感なだけなのか。
よく分からないけど確実に言えるのは、心が軽くなったということ。
言いたいことは山ほどあった。
それでも、言葉に出来たという事実が、心の重りを外してくれたのだろう。
面と向かってではないにしろ、胸の中に貯まっていた物が吐き出されたから、俺はこの感覚を抱いた。
俺は車に乗り込み、来海の隣に腰を下ろした。すぐにエンジンがかかると、おもむろに発進した。
時間を忘れ、俺が自分と向き合っていた間に、一時間ぐらい経過していたそう。
自分の体内時計を疑問視せざるを得なかった。
車内で俺は質問攻めを受けていた。俺にはその原因が容易に想像できた。
「隼人時間かかり過ぎ! 何してたのよ。」
「何って、来海たちと一緒だって。変な事はしてねえよ。」
俺はそう弁明するも、皆から疑いの眼差しが終わる事はなかった。
「心外だな。ずっと心の中でぶつぶつ言ってただけだって。」
「けどよ。考えてみろ、それだけで一時間て、怪しすぎだろ……。」
「確かにそうだけど。でも事実なんだから仕方ねえだろ。」
「まあ、そうね。……で、何を言ってたのよ。」
来海は詮索を諦めた代わりに、俺の報告の内容を、吐かせようとしていた。
「言わなきゃ駄目か?」
「ああ。ここまで待たせたんだから。白状させるぞ。」
一好の言葉を受けて俺は気づいた。『これは吐くまで終わらないぞ。』と。
だから俺は、覚悟を決めて洗いざらい全てを話すことにした。
俺が話し終わった後、車内には重苦しい空気が流れていた。
しばらくの間、誰一人として口を開くことはなく、目線すら合わせようとはしなかった。
二人が俺の言葉に多少なり納得していたのも、また事実だった。
氷のような雰囲気から解放されたのは、奏ちゃんの寝息が聞こえてからだった。
そこから徐々に空気は柔らかくなっていった。
俺らを乗せた白のワゴン車は、自宅方面へと帰っていった。
院長先生の厚意でそれぞれの自宅まで送り届けてくれ、何から何まで全てやってくれた。
感謝してもしきれない程、院長先生にはお世話になりっぱなしだった。
最後に車から降り、お礼を言って視界に入らなくなるまで見送った。
夕暮れの空、雲の割合も減り、オレンジの空が綺麗に見えていた。
しかし翌日からは、雨模様が続く見通しで、次にこの空を拝めるのはいつになるのか、俺には分からなかった。
応援ありがとうございます!
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