雨と晴

やすを。

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56話 気がかりについて

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 「これは……酷いな……」

 「そうよね……」

 僕は川村のバツだらけの模試を見て、額に手を当てていた。

 ここまでとは思ってなかったな……あいつが手を焼く理由が分かったよ。

 「まあでも、最後まで何があるか分からないのが、受験だから。」

 「翔太も受験生でしょ……」

 葵は呆れたようにそう言った。そして僕の持つ答案用紙を覗き見るとこう言った。

 「あと二、三ヶ月でこれは、少しキツイかもね……でも、最後まで諦めないで頑張ろう。」

 葵は河村にそう声をかけた。そう声をかけざるを得なかったといえばそれまでだが、その言葉が慰めだけでないこともまた確かだ。

「まだ時間はあるから、死ぬ気でやろう! 一瞬でも気を抜いたら失敗すると思って、勉強してな。」

「うん、死ぬ気でやる! もう誰も私を止められないよ!」

「そんなこと言ってないで、早よ手動かせ……!」

「アイアイサー!」

まったく、お気楽な人だよ……大半の奴がこの成績なら受験断念するレベルなのに……。

僕らはそれっきり、ペンが文字を書く音だけが部屋に響いて、時々トイレや飲み物など必要最低限以外の行動は慎んでいた。

ふと僕は背後の机で勉強する2人を見た。基本的に静かな環境で勉強しているが、時々葵が河村の質問に答えている姿を見受けられた。僕はその中で、気になる事があった。今すぐにでも確認したかったが、話題提案のリスクを考えると、憚られた。それだけこの時間が大切だった。

「翔太君、終わったよ。」

河村が小テストの紙を持ってきた。僕が休憩がてらに作ったテストで、難易度も今やっていた範囲から基礎的な部分を抜粋して、手書きで作り上げた。

「ん……やっぱり定着してないな……。」

「私さ、理解するの時間かかるタイプみたいなの。」

「ん…………。」

「何か言いたげじゃん。気兼ねなく言ってよ。」

河村は求めてきたが、僕はその要望を叶えられそうになかった。

「夕食中に言うよ。今は勉強に集中しよう。」

「えー! 気になって勉強できないよ!」

「そんなこと気にしてる場合じゃないぞ! ほら早く元の位置に戻って!」

河村の気持ちは分かるが、僕も同じ立場になったら似たような気持ちを抱くだろう。でも時間に余裕がない今、あまり雑談に時間を割きたくなかった。

それは僕だけでは無く、沙耶香や依頼を出した巧でさえ来る気配すらなかった。2人も第1志望を目指すためにやる事が多いのだろう。無駄な時間を極力省くための行動だと容易に想像できた。

まあ、2人が同じ部屋で駄弁ってる可能性も否めないけどな。でもなんだかんだ、2人ともやる時はやるから、各々の部屋で机に向かって黙々と手を動かしてる気はする。

それから英語の長文を解き、数学の問題集を進め、過去問の解き直しを終えると館内放送が鳴った。タイミング良すぎて、体をピクつかせてしまったことが恥ずかしかったけれど、後ろの2人には気づかれていないようだった。

「んー…………。集中してたからあっという間だったー!」

「葵、マジで一言も喋ってなかったもんな。死んだんかと思ってた。」

「翔太、彼女になんてこと言ってんの…………。」

僕は冗談ぽくそう言った。葵もそれが分かって、笑いながら、どこか困ったように返していた。

「やっぱり2人ってさ、仲良いよね。まあ、カノカレだから当たり前なんだけどさ。それにしても友達みたいな仲の良さだよね。」

河村は微笑ましそうな目で僕らを見ていた。

「羨ましいな……。私もそんな人欲しい……。」

「いないのか? 彼氏いそうな感じ凄いけど。」

「なにそれ、口説いてるのかな?」

「違うわ! そんな感じがしたから言っただけ!」

「分かってるよ。羨ましいから、ちょっとおちょくりたくなっただけ。」

まったく、一歩間違えれば関係値が悪くなるんだからさ。

僕は安堵の息をつくと、3人で食堂向かって行った。食事は一階の大広間で、到着すると自由席で元から食事が用意されていた。僕らは巧と沙耶香と合流して、5人固まって席に座った。

「それで、夕食時に言うって言っていたのって、何だったの?」

葵はタイミングを見計らったように言った。僕はそういえばと、そんなこと言ったなと思い出した。

「なんかさ、上の空じゃなかった?」

「え……バレてた?」

葵は少しだけ呆気に取られた顔をしていたのだった。








 
 
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