雨と晴

やすを。

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57話 僕は彼女の背中を押した

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「何で分かったの?」

「何でって……振り返ったら肘ついて天井見上げてるし、勉強し出したなって思ったらさ1分もたたないうちにペン置いてたし…………分かりやすすぎるよ。」

「確かに何かある顔してるね、私。そんなだと思ってなかった……マジで悩む乙女みたいね!」

「そんなボケ言ってる場合か! それが治らなかったら、受験失敗するぞ!」

僕の言葉は厳しかったかもしれない。この場でそれを言うことは、ある意味禁忌とされている。別に誰かが明確に定めたわけじゃないけど、雰囲気的にそんな不謹慎な言葉を発するのは、心のどこかで遠慮していた。

「分かってるよそんなこと。解決できたらとっくにそうしてるもん。でも、その一歩が踏み出せないんだよ。」

「良ければだけど、話聞かせてくれないか?」

「うん。とりあえず、場所変えて良いかな? 流石に人が多いから話しずらい……」

「ああ、了解。じゃあ、僕の部屋に来て。」

僕はそう言って立ち上がろうとすると、隣に座っていた葵に声をかけられた。僕はそこでハッとして、葵を食堂の外に連れ出し、河村と退席する理由について話した。

「なるほど。私は参加しない方が良いかもね。」

「まあ、そうかもな。河村も極力人目を避けたいだろうし。」

「分かった。君を信じるよ。ただし、裏切った場合はどうなるか分かってるよね?」

「も、もちろんだって……それに、こんな可愛い彼女がいて裏切るわけがないだろ。」

「はいはい。分かってるよ。君にそんな度胸ないから、元から心配してない。」

嘘つき。

繋いだ手、全然話してくれないじゃないか。満開の桜のような輝いた顔を見せてくれないじゃないか。

どれだけお前のこと見てきたと思ってんだ。馬鹿にするのも大概にしとけよ…………なんて、僕がそう思わせてるんだけどな。

「……葵も来るか?」

「ううん。大丈夫だから、気にしないで。綾ちゃんの力になってあげてよ。」

「ああ、任せとけ! 自分の彼氏がカッコつける瞬間をその目に焼き付けて!」

「うん。見てるよ。じゃあね。」

「ああ。呼び出して悪かったな。」

「大丈夫。私戻るね。」

「うん。」

葵はそう言って僕に背を向け、食堂に戻っていった。僕は彼女の背中を見ながら、罪悪感に駆られていた。もう一生僕のことを彼氏だと思ってくれないんじゃないかなって、そんな気さえした。

それでも、彼女は背中を押してくれた。それを無駄にするわけにもいかないし、全身全霊を持って彼女のためになると誓った。

エレベーターに乗り、もう河村がいるであろう場所に向かって歩みを進めた。

「遅かったね、どこ行ってたの?」

「トイレだよ。」

「大きい方? 小さい方?」

「そんなこと答えたくないんだけど……ってかどんな質問してんだよ。」

河村は少年のような表情を浮かべていた。ここは僕の部屋。2人だけの空間には、どこか見えない壁があるように感じた。

「私さ……」

河村は深呼吸をした後、話の続きをした。

「好きな人がいるの。」

「好きな人?」

「うん。この学校に入って、長い時間一緒にいてさ。何度も助けられて、優しい言葉をもらって、楽しい時間を一緒に過ごして。」

河村は小さな、そして意志のこもった声で語り始めた。

「私、今までにも彼氏はいたし、男友達もいっぱい居た。でもこんな苦しい気持ちにはならなかったの。もっとウキウキして学校に行ってた。『またあの人と会える』とか『今日はたくさん笑おう』とか、そんなことばかり考えてたよ。」

「今は苦しいのか?」

「うん。ずっと胸が塞がるような、張り裂けてしまうような、そんな苦痛で毎日が辛い。」

なるほどな。それが原因でずっと上の空だったわけか。

「で、それは解決しそうなのか?」

「うん。今日解決するつもり。だから、翔太に手伝って欲しい。私に勇気を頂戴。」

「う、うん。でもどうすれば良い?」

「頭、ポンポンして。」

僕は河村に言われた通り、優しく頭を撫でるようにして触った。

「ありがと。勇気出たよ。」

「そっか。」

「もう少しだけ私の隣にいて。そしたら……行動を起こすから……」

僕は罪悪感を押し切って、河村を抱き寄せた。これでもしかすると僕らの関係も終わってしまうかもしれない。それでも居た堪れなさが勝ってしまった。僕は言い訳せずに葵に全てを伝えるつもりだった。

それから30分程度経った頃、河村が囁くように言った。

「ありがと。私、行ってくるから見守ってて。」

「ああ。もちろん最後まで見てるとも。」

僕は河村の隣を歩いて、そのまま目的の人物を目指した。その人物は意外にもエレベーターホールで出会うのだった。

「珍しいな、2人でいるって。」

その主は巧だった。




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