57 / 59
57話 僕は彼女の背中を押した
しおりを挟む
「何で分かったの?」
「何でって……振り返ったら肘ついて天井見上げてるし、勉強し出したなって思ったらさ1分もたたないうちにペン置いてたし…………分かりやすすぎるよ。」
「確かに何かある顔してるね、私。そんなだと思ってなかった……マジで悩む乙女みたいね!」
「そんなボケ言ってる場合か! それが治らなかったら、受験失敗するぞ!」
僕の言葉は厳しかったかもしれない。この場でそれを言うことは、ある意味禁忌とされている。別に誰かが明確に定めたわけじゃないけど、雰囲気的にそんな不謹慎な言葉を発するのは、心のどこかで遠慮していた。
「分かってるよそんなこと。解決できたらとっくにそうしてるもん。でも、その一歩が踏み出せないんだよ。」
「良ければだけど、話聞かせてくれないか?」
「うん。とりあえず、場所変えて良いかな? 流石に人が多いから話しずらい……」
「ああ、了解。じゃあ、僕の部屋に来て。」
僕はそう言って立ち上がろうとすると、隣に座っていた葵に声をかけられた。僕はそこでハッとして、葵を食堂の外に連れ出し、河村と退席する理由について話した。
「なるほど。私は参加しない方が良いかもね。」
「まあ、そうかもな。河村も極力人目を避けたいだろうし。」
「分かった。君を信じるよ。ただし、裏切った場合はどうなるか分かってるよね?」
「も、もちろんだって……それに、こんな可愛い彼女がいて裏切るわけがないだろ。」
「はいはい。分かってるよ。君にそんな度胸ないから、元から心配してない。」
嘘つき。
繋いだ手、全然話してくれないじゃないか。満開の桜のような輝いた顔を見せてくれないじゃないか。
どれだけお前のこと見てきたと思ってんだ。馬鹿にするのも大概にしとけよ…………なんて、僕がそう思わせてるんだけどな。
「……葵も来るか?」
「ううん。大丈夫だから、気にしないで。綾ちゃんの力になってあげてよ。」
「ああ、任せとけ! 自分の彼氏がカッコつける瞬間をその目に焼き付けて!」
「うん。見てるよ。じゃあね。」
「ああ。呼び出して悪かったな。」
「大丈夫。私戻るね。」
「うん。」
葵はそう言って僕に背を向け、食堂に戻っていった。僕は彼女の背中を見ながら、罪悪感に駆られていた。もう一生僕のことを彼氏だと思ってくれないんじゃないかなって、そんな気さえした。
それでも、彼女は背中を押してくれた。それを無駄にするわけにもいかないし、全身全霊を持って彼女のためになると誓った。
エレベーターに乗り、もう河村がいるであろう場所に向かって歩みを進めた。
「遅かったね、どこ行ってたの?」
「トイレだよ。」
「大きい方? 小さい方?」
「そんなこと答えたくないんだけど……ってかどんな質問してんだよ。」
河村は少年のような表情を浮かべていた。ここは僕の部屋。2人だけの空間には、どこか見えない壁があるように感じた。
「私さ……」
河村は深呼吸をした後、話の続きをした。
「好きな人がいるの。」
「好きな人?」
「うん。この学校に入って、長い時間一緒にいてさ。何度も助けられて、優しい言葉をもらって、楽しい時間を一緒に過ごして。」
河村は小さな、そして意志のこもった声で語り始めた。
「私、今までにも彼氏はいたし、男友達もいっぱい居た。でもこんな苦しい気持ちにはならなかったの。もっとウキウキして学校に行ってた。『またあの人と会える』とか『今日はたくさん笑おう』とか、そんなことばかり考えてたよ。」
「今は苦しいのか?」
「うん。ずっと胸が塞がるような、張り裂けてしまうような、そんな苦痛で毎日が辛い。」
なるほどな。それが原因でずっと上の空だったわけか。
「で、それは解決しそうなのか?」
「うん。今日解決するつもり。だから、翔太に手伝って欲しい。私に勇気を頂戴。」
「う、うん。でもどうすれば良い?」
「頭、ポンポンして。」
僕は河村に言われた通り、優しく頭を撫でるようにして触った。
「ありがと。勇気出たよ。」
「そっか。」
「もう少しだけ私の隣にいて。そしたら……行動を起こすから……」
僕は罪悪感を押し切って、河村を抱き寄せた。これでもしかすると僕らの関係も終わってしまうかもしれない。それでも居た堪れなさが勝ってしまった。僕は言い訳せずに葵に全てを伝えるつもりだった。
それから30分程度経った頃、河村が囁くように言った。
「ありがと。私、行ってくるから見守ってて。」
「ああ。もちろん最後まで見てるとも。」
僕は河村の隣を歩いて、そのまま目的の人物を目指した。その人物は意外にもエレベーターホールで出会うのだった。
「珍しいな、2人でいるって。」
その主は巧だった。
「何でって……振り返ったら肘ついて天井見上げてるし、勉強し出したなって思ったらさ1分もたたないうちにペン置いてたし…………分かりやすすぎるよ。」
「確かに何かある顔してるね、私。そんなだと思ってなかった……マジで悩む乙女みたいね!」
「そんなボケ言ってる場合か! それが治らなかったら、受験失敗するぞ!」
僕の言葉は厳しかったかもしれない。この場でそれを言うことは、ある意味禁忌とされている。別に誰かが明確に定めたわけじゃないけど、雰囲気的にそんな不謹慎な言葉を発するのは、心のどこかで遠慮していた。
「分かってるよそんなこと。解決できたらとっくにそうしてるもん。でも、その一歩が踏み出せないんだよ。」
「良ければだけど、話聞かせてくれないか?」
「うん。とりあえず、場所変えて良いかな? 流石に人が多いから話しずらい……」
「ああ、了解。じゃあ、僕の部屋に来て。」
僕はそう言って立ち上がろうとすると、隣に座っていた葵に声をかけられた。僕はそこでハッとして、葵を食堂の外に連れ出し、河村と退席する理由について話した。
「なるほど。私は参加しない方が良いかもね。」
「まあ、そうかもな。河村も極力人目を避けたいだろうし。」
「分かった。君を信じるよ。ただし、裏切った場合はどうなるか分かってるよね?」
「も、もちろんだって……それに、こんな可愛い彼女がいて裏切るわけがないだろ。」
「はいはい。分かってるよ。君にそんな度胸ないから、元から心配してない。」
嘘つき。
繋いだ手、全然話してくれないじゃないか。満開の桜のような輝いた顔を見せてくれないじゃないか。
どれだけお前のこと見てきたと思ってんだ。馬鹿にするのも大概にしとけよ…………なんて、僕がそう思わせてるんだけどな。
「……葵も来るか?」
「ううん。大丈夫だから、気にしないで。綾ちゃんの力になってあげてよ。」
「ああ、任せとけ! 自分の彼氏がカッコつける瞬間をその目に焼き付けて!」
「うん。見てるよ。じゃあね。」
「ああ。呼び出して悪かったな。」
「大丈夫。私戻るね。」
「うん。」
葵はそう言って僕に背を向け、食堂に戻っていった。僕は彼女の背中を見ながら、罪悪感に駆られていた。もう一生僕のことを彼氏だと思ってくれないんじゃないかなって、そんな気さえした。
それでも、彼女は背中を押してくれた。それを無駄にするわけにもいかないし、全身全霊を持って彼女のためになると誓った。
エレベーターに乗り、もう河村がいるであろう場所に向かって歩みを進めた。
「遅かったね、どこ行ってたの?」
「トイレだよ。」
「大きい方? 小さい方?」
「そんなこと答えたくないんだけど……ってかどんな質問してんだよ。」
河村は少年のような表情を浮かべていた。ここは僕の部屋。2人だけの空間には、どこか見えない壁があるように感じた。
「私さ……」
河村は深呼吸をした後、話の続きをした。
「好きな人がいるの。」
「好きな人?」
「うん。この学校に入って、長い時間一緒にいてさ。何度も助けられて、優しい言葉をもらって、楽しい時間を一緒に過ごして。」
河村は小さな、そして意志のこもった声で語り始めた。
「私、今までにも彼氏はいたし、男友達もいっぱい居た。でもこんな苦しい気持ちにはならなかったの。もっとウキウキして学校に行ってた。『またあの人と会える』とか『今日はたくさん笑おう』とか、そんなことばかり考えてたよ。」
「今は苦しいのか?」
「うん。ずっと胸が塞がるような、張り裂けてしまうような、そんな苦痛で毎日が辛い。」
なるほどな。それが原因でずっと上の空だったわけか。
「で、それは解決しそうなのか?」
「うん。今日解決するつもり。だから、翔太に手伝って欲しい。私に勇気を頂戴。」
「う、うん。でもどうすれば良い?」
「頭、ポンポンして。」
僕は河村に言われた通り、優しく頭を撫でるようにして触った。
「ありがと。勇気出たよ。」
「そっか。」
「もう少しだけ私の隣にいて。そしたら……行動を起こすから……」
僕は罪悪感を押し切って、河村を抱き寄せた。これでもしかすると僕らの関係も終わってしまうかもしれない。それでも居た堪れなさが勝ってしまった。僕は言い訳せずに葵に全てを伝えるつもりだった。
それから30分程度経った頃、河村が囁くように言った。
「ありがと。私、行ってくるから見守ってて。」
「ああ。もちろん最後まで見てるとも。」
僕は河村の隣を歩いて、そのまま目的の人物を目指した。その人物は意外にもエレベーターホールで出会うのだった。
「珍しいな、2人でいるって。」
その主は巧だった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる