悪役令嬢、婚約破棄されたので第二王子を拾いました

冬木あやめ

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王都ルキアーノに咲く薔薇の園。その中心に建つ白亜の舞踏会場は、今日も絢爛たる貴族たちの笑顔と社交辞令で満ちていた。

だがその夜、誰よりも注目を浴びていたのは、漆黒の髪を結い上げた一人の令嬢だった。

「公爵令嬢、ユスティーナ=フォン=アルメルシュタイン。第一王子ジークフリート殿下の婚約者にして、王妃候補筆頭……だったわね」

誰かがそう囁いた時、会場の空気が一瞬、揺れた。

ユスティーナは一切の表情を崩さず、グラスを持つ指先さえも美しく静かに保っていた。すべての視線が彼女と、目の前に立つ金髪の青年へと注がれている。

「ユスティーナ。今宵、皆の前でお前に伝えねばならぬことがある」

その声音は、演説家のように朗々と響き渡った。

第一王子ジークフリート=セラフィオン=フィリアステラ。彼の微笑みは、まるで“これが正義だ”と言わんばかりに完璧だった。

「我が花嫁に相応しいのは、神に選ばれし者――聖女ミレイユだ。ゆえに、今ここでお前との婚約を破棄する」

一瞬、会場に沈黙が落ちた。

けれどそれはすぐに、神殿に属する侍従たちの礼賛の言葉にかき消された。

「神の導きに従いし、正しき判断である!」

「聖女ミレイユこそが、王妃の座に相応しい!」

ユスティーナは一歩も動かず、それらの声を静かに聞き流した。王太子の宣告も、民衆の喝采も、すべてが遠くで起きているかのようだった。

だが、彼女の瞳は確かに笑っていた。

「……そう。では、これ以上あなたに費やす時間は無駄ですね。わかりました。お望み通り、婚約を解消いたしましょう、殿下」

その言葉には、泣きもせず、怒りもなかった。ただ一つの“終わり”を告げる響きがあった。

ジークフリートの顔が一瞬、引き攣る。

まるで、自分が圧倒的勝利者であるはずの場において、何かを奪われたように。

「……ふふ。皆さま、お騒がせいたしました。では私はこれで」

その場を後にする彼女の背に、誰もがただ呆然と視線を送った。

誰もが知らなかった。

――その夜を境に、すべてが変わり始めることを。
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