21 / 50
21
しおりを挟む
王都ルキアーノ、王城内の政務塔。黎明の空を背景に、書状を手にしたジークフリートの眉間には深い皺が刻まれていた。
「……辺境自律区域の設立、だと……?」
その場にいた重臣たちがざわめいた。王子が読み上げた文書には、確かに“第二王子ライオネル”と“元公爵令嬢ユスティーナ”の名が連なっていた。
「これは反逆ではないか。王権を否定する声明だ!」
「神殿の加護を受けず、自らの秩序で自治を行う? 無法を宣言しているようなもの!」
次々に声が上がる中、ただひとり、大神官リヒャルトだけが黙していた。目を伏せたまま、しかし耳はすべてを逃さず拾っている。
「黙ってはおれぬ。すぐに討伐軍を編成せねば!」
ジークフリートが拳を握り、立ち上がろうとした瞬間――
「お待ちください、殿下」
静かな声でそれを制したのは、リヒャルトだった。
「焦ってはなりませぬ。彼らが民を盾にしている以上、強攻策は民意を逆撫でするだけ。ここは、“正義の演出”が必要です」
「……正義の演出、とは?」
「辺境の民は、あくまで迷わされた者。導くべき対象です。まずは“王家の慈悲”として、使節団を送りましょう」
「……そして、拒まれたら?」
「そのときこそ、“民意に応えた王の決断”として討伐を行えば、誰も疑問は抱きません」
ジークフリートは苦々しい顔をしながらも、頷いた。
「……やはり、君は必要だ、リヒャルト」
「恐悦至極にございます、殿下」
その口元に浮かぶ笑みは、氷のように薄く冷たい。
一方、辺境――
「使節団が来る?」
ユスティーナは報告を受け、すぐに地図を広げた。
「時期的に、威圧ではなく“見せかけの和解”ね。王都はまだ、世論を敵に回す段階ではないと見ている」
「応じるつもりか?」
ライオネルの問いに、ユスティーナは首を振った。
「対話の場は設けましょう。ただし、こちらの条件で。辺境に入るなら、武装の解除と使節団名簿の提示、そして滞在期間の制限を明記させる」
「神殿の使いが同行している場合は?」
「その時点で“交渉の意思なし”と見なすわ。神殿の介入を拒む姿勢は、民への信頼に繋がる」
エミリアが頷き、書簡の草案を整え始める。
「……戦いの形が、変わってきたな」
ライオネルの呟きに、ユスティーナは応じる。
「戦場は剣の上だけじゃない。言葉、民意、記録――すべてが武器になる」
「そして君は、そのすべてを使える」
「当然よ。だって私は、“断罪された悪役令嬢”ですもの」
冷ややかに笑ったその顔には、もう迷いなどなかった。
“交渉”という名の第一の攻防が、今始まろうとしていた。
「……辺境自律区域の設立、だと……?」
その場にいた重臣たちがざわめいた。王子が読み上げた文書には、確かに“第二王子ライオネル”と“元公爵令嬢ユスティーナ”の名が連なっていた。
「これは反逆ではないか。王権を否定する声明だ!」
「神殿の加護を受けず、自らの秩序で自治を行う? 無法を宣言しているようなもの!」
次々に声が上がる中、ただひとり、大神官リヒャルトだけが黙していた。目を伏せたまま、しかし耳はすべてを逃さず拾っている。
「黙ってはおれぬ。すぐに討伐軍を編成せねば!」
ジークフリートが拳を握り、立ち上がろうとした瞬間――
「お待ちください、殿下」
静かな声でそれを制したのは、リヒャルトだった。
「焦ってはなりませぬ。彼らが民を盾にしている以上、強攻策は民意を逆撫でするだけ。ここは、“正義の演出”が必要です」
「……正義の演出、とは?」
「辺境の民は、あくまで迷わされた者。導くべき対象です。まずは“王家の慈悲”として、使節団を送りましょう」
「……そして、拒まれたら?」
「そのときこそ、“民意に応えた王の決断”として討伐を行えば、誰も疑問は抱きません」
ジークフリートは苦々しい顔をしながらも、頷いた。
「……やはり、君は必要だ、リヒャルト」
「恐悦至極にございます、殿下」
その口元に浮かぶ笑みは、氷のように薄く冷たい。
一方、辺境――
「使節団が来る?」
ユスティーナは報告を受け、すぐに地図を広げた。
「時期的に、威圧ではなく“見せかけの和解”ね。王都はまだ、世論を敵に回す段階ではないと見ている」
「応じるつもりか?」
ライオネルの問いに、ユスティーナは首を振った。
「対話の場は設けましょう。ただし、こちらの条件で。辺境に入るなら、武装の解除と使節団名簿の提示、そして滞在期間の制限を明記させる」
「神殿の使いが同行している場合は?」
「その時点で“交渉の意思なし”と見なすわ。神殿の介入を拒む姿勢は、民への信頼に繋がる」
エミリアが頷き、書簡の草案を整え始める。
「……戦いの形が、変わってきたな」
ライオネルの呟きに、ユスティーナは応じる。
「戦場は剣の上だけじゃない。言葉、民意、記録――すべてが武器になる」
「そして君は、そのすべてを使える」
「当然よ。だって私は、“断罪された悪役令嬢”ですもの」
冷ややかに笑ったその顔には、もう迷いなどなかった。
“交渉”という名の第一の攻防が、今始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました
チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。
王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。
エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。
だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。
そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。
夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。
一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。
知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。
経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる