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王都ルキアーノ、王妃の私室。
朝の光が差し込む中、アナスタシア王妃は静かに香茶を啜っていた。豪奢な刺繍の入ったローブに、淡く微笑むその顔には気品が満ちている。
だが、その瞳の奥は鋭く研ぎ澄まされていた。
「……辺境の動き、あなたはどう見ているの?」
問われたのは、傍らに控える侍従長。彼はゆっくりと答える。
「討論にて神殿の権威は一時揺らぎ、新たな聖女の擁立で回復の兆しを見せております。しかし、辺境は討論に勝ち、次に“教育”を打ち出しました」
「教育……なるほど。民衆の思想の基礎を揺さぶるつもりね」
アナスタシアは瞼を伏せながら、口元だけで笑う。
「それが成功すれば、いずれは“王”という概念すら危うくなる。……このまま放っておけば、王家もまた民意に飲み込まれるわ」
「王妃様は、どのような策を?」
「聖女が崩れれば、王家は“宗教に操られた存在”になる。ならば、王家は神殿から切り離されなければならない」
「まさか、“王家単独の正義”を打ち出すおつもりで?」
「そう。ジークには、“辺境の真実”を語らせるの。だが、言葉の矛先は神殿へ向ける。民が何を信じるべきか――それを王家が“再定義”するのよ」
侍従長は驚きを隠せなかった。
「聖女制度を捨てる覚悟を、王子殿下に……?」
「覚悟させるのよ。あの子はまだ、何も壊したことがない。王たる者は、時に“信じられていたもの”を自らの手で壊す必要がある」
王妃アナスタシア――その真意は、“王家の生存”だった。
そしてその夜、第一王子ジークフリートは母に呼び出され、静かに告げられる。
「ジーク。“あなたの時代”が来たわ。王家は神ではない。民に選ばれる“現実の主”になりなさい」
一方、辺境セレス峡谷――
「……王家が神殿から距離を置こうとしている? 本気かしら」
ヴィルナからの報告に、ユスティーナは眉をひそめた。
「アナスタシア王妃の進言だそうです。ジークフリート殿下が、近日中に“神殿の影響を排除する王政改革”を宣言するとの噂も」
「……ふふ。面白くなってきたわ」
ライオネルが視線を向ける。
「君はそれでも、ジークを信用する気はないのか?」
「信用ではなく、“評価する”つもりよ。彼が本当に神殿から離れる覚悟があるのか。それとも、王妃の策に踊らされているだけなのか」
「もし後者なら?」
「……こちらが“王のあるべき姿”を、示すだけのことよ」
辺境にはもう、“王”はいない。
だが、民を守り、導き、選択を委ねる者は確かにいた。
その存在が、王都の“虚飾の王政”を照らす鏡となる日は――すぐそこまで来ていた。
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「覚悟させるのよ。あの子はまだ、何も壊したことがない。王たる者は、時に“信じられていたもの”を自らの手で壊す必要がある」
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一方、辺境セレス峡谷――
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「信用ではなく、“評価する”つもりよ。彼が本当に神殿から離れる覚悟があるのか。それとも、王妃の策に踊らされているだけなのか」
「もし後者なら?」
「……こちらが“王のあるべき姿”を、示すだけのことよ」
辺境にはもう、“王”はいない。
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