悪役令嬢、婚約破棄されたので第二王子を拾いました

冬木あやめ

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王都ルキアーノ、聖堂の裏回廊。

かつて聖女として君臨していたミレイユは、ローブの袖を握りしめながら、ひとり彫像の陰に立っていた。

“ユスティーナの母が王族であり、かつ聖女制度の裏にいた”

その報せは、彼女の心に深く突き刺さっていた。

(……私は、何を信じて、何を壊してきたの?)

あの日、神の声を感じたと思い込んだあの瞬間。断罪の場で見下ろしたユスティーナの顔。  
彼女は悪などではなかった。ただ、真実を知りすぎていた。

「ミレイユ様」

声をかけたのはセルマ神官だった。

「……あなたの役目は終わっていません。どうか、“過去の象徴”として、ではなく“未来を語る者”として立ち上がっていただけませんか」

「……私にはもう、何もありません」

ミレイユは首を振る。

「神の声も、光も、民の信頼も……すべて失いました」

「それでもなお、見つめる目があなたに向けられているのです。あなたが沈黙を貫けば、“信仰は欺瞞だった”という結論しか残らない」

セルマの言葉に、ミレイユの胸が痛んだ。

(私は……本当に、“ただの傀儡”だったの?)

その頃、辺境セレス峡谷では――

ユスティーナのもとに、また一通の報せが届いていた。

「王都の信仰層の中に、“自発的な神殿離れ”が起きているわ。聖女制度を疑問視する神官が、辞職を申し出ている」

「神殿の沈黙は、もはや“答え”と同じになってしまっているな」

ライオネルが地図を畳みながら言う。

「一方で、王都の一部では“神を失った国は滅ぶ”という過激派も現れ始めている」

「真実が動くとき、必ず過激な反動が生まれる。それでも、必要な代償よ」

ユスティーナの言葉は揺るがない。

だがその瞬間、エミリアが駆け込んできた。

「報せです! 王都の聖堂裏で――元聖女ミレイユが、初めて“自らの過去”を語ったと!」

二人の目がわずかに見開かれる。

「……ついに、彼女が口を開いたのね」

その言葉の裏には、“かつて対峙した者”への、静かな敬意が込められていた。

王都の一角でミレイユが語ったのは、断罪の裏にあった“圧力”、神殿からの“誘導”、そして自らの無知と未熟さ――

それは、涙ながらの告白だった。

だがそれこそが、“本物の信仰”に必要な最初の行為だったのかもしれない。

神ではなく、人としての弱さを曝け出すこと。

そしてその姿は、王都の信仰に新たな問いを投げかけていた。

“神を語る者が、神に問われるとき――誰が真に、導く者となるのか”

その問いが、国中に静かに、けれど確かに拡がり始めていた。
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