悪役令嬢、婚約破棄されたので第二王子を拾いました

冬木あやめ

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辺境セレス峡谷、視察団の訪問日。

澄んだ秋空の下、王都からの使節団が村の門をくぐった。  
鎧ではなく旅装を纏い、護衛は最低限。  
その姿は、“観察者”としてここに来たことをはっきりと示していた。

「ようこそ、セレス峡谷へ」

ユスティーナは、かつての宮廷式ではなく、辺境の慣習に則って手を胸に当てて出迎えた。

一行の中には、王政記録官、議会代表、そしてかつて神殿に仕えていた者も混じっていた。

「我々は、“命令”ではなく“理解”を持ち帰るために参りました。どうか、ありのままを見せてください」

「もちろんです。ここでは“装う”という概念がもう、あまり残っていませんから」

案内の途中、学び舎の子どもたちがちょうど自習の時間だった。

一人の少女が、視察団の前で堂々と問いかける。

「おとなたちは、“正しさ”を決められるのですか? わたしたちは、“選んでもいい”んですか?」

記録官が息を呑む。その言葉はあまりに鋭く、あまりに純粋だった。

ユスティーナが笑みを浮かべて説明する。

「この子は、いつも“問い”を持っているんです。  
 それが私たちの教育の根幹――“問うことは、変わるための最初の力”です」

畑を歩けば、老農夫が鍬を振るいながら言う。

「神様がいなくなっても、麦は育ちます。それをどう信じるかは、人の自由ってやつですな」

広場では、パン職人が焼きたての胡桃パンを手に笑う。

「これがうちの国章代わりです。噛むたびに“生きてる”って思える味」

使節団は、言葉を失いながらも、ひとつひとつ記録をとり続けた。

やがて、視察の最後に、ユスティーナは一枚の文を手渡す。

『辺境自律区域・最終報告書草案  
 この地は、王政から独立した“国家”を名乗らない。  
 だがここにあるのは、確かに国の“かたち”である。  
 人が問うことを許され、祈らずとも支え合い、  
 王も聖女もなく、“隣人”によって国が織られている――』

読み終えた記録官は、深く頭を下げた。

「……これは、ひとつの理想です」

「いいえ」

ユスティーナは穏やかに首を振った。

「これは“可能だった現実”です。  
 誰かの犠牲ではなく、“選び続けた暮らし”の積み重ねで、生まれた結果です」

視察団は静かに頷き、村を後にした。

その背を見送りながら、ライオネルが呟く。

「……君が始めた問いは、ついに国の記録に刻まれた」

ユスティーナは小さく笑って答えた。

「でも記録だけじゃ、まだ足りないわ。“続けること”が、次の問いに繋がるから」

秋の風が吹き抜ける。

村の子どもたちは走り回り、大人たちは畑を耕し、老いた者は穏やかな午後に椅子を並べて日を浴びていた。

そこには、誰かを裁く声も、神の指示も、王の命令もない。

あるのは、ただ“今日を生きる”という確かな意思。

かつて断罪された悪役令嬢は、最後にただの一人の隣人として、この村に根を下ろした。

それが――この物語の終わりであり、  
“問い続ける人々の国”の、静かな始まりだった。
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