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第七話 婚約と別れ
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「こ、ここ、婚約!?」
笑顔を絶やさないアルベール様とは対照的に、私は酷く取り乱してしまっていた。
だって、いきなり婚約してくれなんて言われたら、誰だって取り乱すでしょう!?
「我々貴族の間では、政略結婚など普通にあることでしょう? 今回も、あなたが一緒に住む口実としての婚約です。もちろん断ってくださっても結構ですし、行き先が見つかったらすぐに破棄をしていただいても結構です」
「……リーゼお嬢様、きっと彼は本心で言ってくださっています。ご厚意に甘えてもよろしいかと」
すぐに冷静さを取り戻していたクラリスに後押しをしてもらえた私は、悩みながらも小さく首を縦に振った。
「ありがとうございます、アルベール様。この恩返しは必ずさせてください」
「ははっ、俺としてはあの時のお返しをしているだけですよ。だから、恩を返してもらったら、また返さないといけませんね。さて、これからお二人が住めるように準備をするので、その間に一度帰って準備をしてきてください」
「……? 少々お待ちくださいませ。今のお言葉をそのまま受け取ると、私もリーゼお嬢様と一緒にということですが?」
「ええ、そのつもりでしたが」
確かに、アルベール様はお二人がと仰った。ということは、ここに住むのはクラリスも含まれているということだ。
「あなたが侍女として、ずっとリーゼ嬢の隣にいたのを見て来ました。なので、一緒に来るものだと思っていたのですが……もしかして、そのつもりは無かったのでしょうか? もしそうなら、早とちりをしてしまった」
「い、いえ。可能なら、リーゼお嬢様のお傍に置いていただける方が……」
「なら問題は無いでしょう。もし納得がいかないのでしたら、サヴァイア家があなたをリーゼ嬢の侍女として雇わせてもらいます」
「アルベール様……ありがとうございます。ぜひ私を雇ってください」
クラリスは戸惑いの表情から、とても嬉しそうな笑顔に変えながら、深く頭を下げた。
クラリスとはこれからも一緒にいたかったから、サヴァイア家でも一緒にいられるのは、とても嬉しく思う。
「では、一度帰宅して準備をしてまいりますので、失礼いたしますわ」
私とクラリスは、アルベール様に最大限の感謝と敬意を込めてお辞儀をしてから、再び馬車に乗りこんで帰路についた。
まさかこんなことになるなんて、想像もしていなかったわ……アルベール様と一緒に、それも婚約者としてだなんて……。
あの空気は断れる雰囲気ではなかったから、提案を飲んでしまったけど……本当にこれで良かったのだろうか?
「良かったですね、リーゼお嬢様」
「本当に良かったのかしら? アルベール様にご迷惑じゃ……」
「あのお方は、普段の振る舞いは少々変わっておられますが、とても聡明なお方です。きっとあの考えも、しっかりと考えた結果のものでしょう」
そう……なのかしら。私にはアルベール様の真意を知る術はないけど、迷惑になっていないのなら、それに越したことは無い。
「もしそうなら、突然の話なのに、迎えてくれたアルベール様には感謝しかないわ。それに、あなたにも」
「私、ですか?」
「もちろんよ。異国の地まで来てくれて、本当にありがとう」
「リーゼお嬢様に仕える侍女として、当然のことをしたまでです。地獄の底まで仕えさせていただきますので、お覚悟を」
「まあ、それは怖いわね」
私は馬車の小窓からクラリスを見ながら、クスクスと笑う。チラッとだけ見えるクラリスの顔も、笑顔になっていた。
「それにしても、クラリスってアルベール様をとても信頼しているわよね?」
「ええ、そうですね」
「どうしてなの?」
「あの目……ですかね? なんというか、リーゼお嬢様に対して嘘を言っているようには見えないのです。少々大げさな発言は控えていただきたいのですが」
あはは……あれは色々と凄いわよね。悪気があって言ってるわけじゃないのはわかるけど、正直恥ずかしい。
「あと、アルベール様と話している時のリーゼお嬢様は、とても楽しそうに見えるのです」
「楽しそう? 振り回されてるだけよ?」
「でも、嫌ではないのでしょう?」
「うーん……どうなのかしら? 自分でもよくわからないわ」
「いつかわかる日が来るかもしれません。これからは一緒に住むのですから」
「そうね」
アルベール様と一緒に住む、か……改めて考えると、一体どんな日々になるのか、見当もつかないわ。だって、実家以外の家に住むのが初めてどころか、外泊をするのすらしたことが無いのよ。
なんにせよ、好意で受け入れてくれたアルベール様に、失礼が無いように生活をしないといけないわ。特に、さっきも出てしまった、悪者を演じるのはむしろ良くないから、気を付けないと。
****
無事に何事もなく家に帰ってきてから向かった先は、お父様の部屋だった。今回の一件を、ちゃんとお父様に話して許可を貰わないと、アルベール様にご迷惑がかかってしまうかもしれないでしょう?
でも、お父様が私の話を聞いてくださるか……不安だけど、言わなければ始まらない。そう思いつつ、私とクラリスは、家を出てサヴァイア家でお世話になる話や、婚約するをしたら――
「そうか。勝手にするといい」
私達には一切視線を合わさず、書類仕事をしていたお父様から、あっさりとお許しが出た。それも、考える素振りなども一切見せなかった。
「あの……旦那様。リーゼお嬢様をお引止めにはならないのですか? もう帰ってこないのかもしれないのですよ?」
「止める必要が無い。もうジュリアも十五歳だ。立派に成長したし、婚約者も出来た。それにリーゼよりも聖女として成熟している……もうお前を家に置いておく理由が無い。他に質問は?」
「いえ……ございません」
「そうか。なら話は以上だ。さっさと荷物をまとめて、好きな所へ行くと良い」
それ以上は何も仰らなくなったお父様にお辞儀をした私は、クラリスを連れて部屋を後にしようとすると、待てと短い言葉が聞こえた。
「最後に伝えておくのを忘れていた」
「はい……?」
「今まではジュリアのために、お前の馬鹿な行動を許可していたが、これからは振る舞いに気を付けるように。お前のせいで家の評判が落ちるのは避けたい。今度こそ以上だ」
「……はい。今までご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
なにか最後に父親としての言葉を伝えてくれるのかと思っていたが、見事にその期待は打ち砕かれた。
……私のしていたことは、やはり間違っていたのだろうか。もっと良い方法でジュリアを守っていたら、こんな結末にはならなかったのだろうか。
そんなことをボーっと考えていたら、いつの間にかクラリスに手を引っ張られて、お父様の部屋を後にしていた。
「お気を確かに、リーゼお嬢様」
「……ええ……ねえクラリス、私のしていたことって――」
「それ以上は口にしてはいけません。誰が何と言おうと、あなたは自分のことを犠牲にして、ジュリアお嬢様を愛し、守ろうとした。それは紛れもない事実です」
「…………」
「さあ、もうこんな家とは、共にさようならをしましょう。私も荷物をまとめてくるので、玄関で落ち合いましょう」
「わかったわ」
「では失礼いたします」
スカートの裾を持ってお辞儀をしてから、クラリスは一度私の元から去っていった。
……思った以上に心に来ているのかしら。クラリスがいなくなった途端に、寂しさと不安、そして悲しみに押しつぶされそうになっている。
「……早く荷物をまとめましょう」
重い体を引きずって自室に戻ると、そこにはジュリアの姿があった。そして、手には私の机の引き出しにしまってあったはずのアクセサリーが、いくつも握られていた。
笑顔を絶やさないアルベール様とは対照的に、私は酷く取り乱してしまっていた。
だって、いきなり婚約してくれなんて言われたら、誰だって取り乱すでしょう!?
「我々貴族の間では、政略結婚など普通にあることでしょう? 今回も、あなたが一緒に住む口実としての婚約です。もちろん断ってくださっても結構ですし、行き先が見つかったらすぐに破棄をしていただいても結構です」
「……リーゼお嬢様、きっと彼は本心で言ってくださっています。ご厚意に甘えてもよろしいかと」
すぐに冷静さを取り戻していたクラリスに後押しをしてもらえた私は、悩みながらも小さく首を縦に振った。
「ありがとうございます、アルベール様。この恩返しは必ずさせてください」
「ははっ、俺としてはあの時のお返しをしているだけですよ。だから、恩を返してもらったら、また返さないといけませんね。さて、これからお二人が住めるように準備をするので、その間に一度帰って準備をしてきてください」
「……? 少々お待ちくださいませ。今のお言葉をそのまま受け取ると、私もリーゼお嬢様と一緒にということですが?」
「ええ、そのつもりでしたが」
確かに、アルベール様はお二人がと仰った。ということは、ここに住むのはクラリスも含まれているということだ。
「あなたが侍女として、ずっとリーゼ嬢の隣にいたのを見て来ました。なので、一緒に来るものだと思っていたのですが……もしかして、そのつもりは無かったのでしょうか? もしそうなら、早とちりをしてしまった」
「い、いえ。可能なら、リーゼお嬢様のお傍に置いていただける方が……」
「なら問題は無いでしょう。もし納得がいかないのでしたら、サヴァイア家があなたをリーゼ嬢の侍女として雇わせてもらいます」
「アルベール様……ありがとうございます。ぜひ私を雇ってください」
クラリスは戸惑いの表情から、とても嬉しそうな笑顔に変えながら、深く頭を下げた。
クラリスとはこれからも一緒にいたかったから、サヴァイア家でも一緒にいられるのは、とても嬉しく思う。
「では、一度帰宅して準備をしてまいりますので、失礼いたしますわ」
私とクラリスは、アルベール様に最大限の感謝と敬意を込めてお辞儀をしてから、再び馬車に乗りこんで帰路についた。
まさかこんなことになるなんて、想像もしていなかったわ……アルベール様と一緒に、それも婚約者としてだなんて……。
あの空気は断れる雰囲気ではなかったから、提案を飲んでしまったけど……本当にこれで良かったのだろうか?
「良かったですね、リーゼお嬢様」
「本当に良かったのかしら? アルベール様にご迷惑じゃ……」
「あのお方は、普段の振る舞いは少々変わっておられますが、とても聡明なお方です。きっとあの考えも、しっかりと考えた結果のものでしょう」
そう……なのかしら。私にはアルベール様の真意を知る術はないけど、迷惑になっていないのなら、それに越したことは無い。
「もしそうなら、突然の話なのに、迎えてくれたアルベール様には感謝しかないわ。それに、あなたにも」
「私、ですか?」
「もちろんよ。異国の地まで来てくれて、本当にありがとう」
「リーゼお嬢様に仕える侍女として、当然のことをしたまでです。地獄の底まで仕えさせていただきますので、お覚悟を」
「まあ、それは怖いわね」
私は馬車の小窓からクラリスを見ながら、クスクスと笑う。チラッとだけ見えるクラリスの顔も、笑顔になっていた。
「それにしても、クラリスってアルベール様をとても信頼しているわよね?」
「ええ、そうですね」
「どうしてなの?」
「あの目……ですかね? なんというか、リーゼお嬢様に対して嘘を言っているようには見えないのです。少々大げさな発言は控えていただきたいのですが」
あはは……あれは色々と凄いわよね。悪気があって言ってるわけじゃないのはわかるけど、正直恥ずかしい。
「あと、アルベール様と話している時のリーゼお嬢様は、とても楽しそうに見えるのです」
「楽しそう? 振り回されてるだけよ?」
「でも、嫌ではないのでしょう?」
「うーん……どうなのかしら? 自分でもよくわからないわ」
「いつかわかる日が来るかもしれません。これからは一緒に住むのですから」
「そうね」
アルベール様と一緒に住む、か……改めて考えると、一体どんな日々になるのか、見当もつかないわ。だって、実家以外の家に住むのが初めてどころか、外泊をするのすらしたことが無いのよ。
なんにせよ、好意で受け入れてくれたアルベール様に、失礼が無いように生活をしないといけないわ。特に、さっきも出てしまった、悪者を演じるのはむしろ良くないから、気を付けないと。
****
無事に何事もなく家に帰ってきてから向かった先は、お父様の部屋だった。今回の一件を、ちゃんとお父様に話して許可を貰わないと、アルベール様にご迷惑がかかってしまうかもしれないでしょう?
でも、お父様が私の話を聞いてくださるか……不安だけど、言わなければ始まらない。そう思いつつ、私とクラリスは、家を出てサヴァイア家でお世話になる話や、婚約するをしたら――
「そうか。勝手にするといい」
私達には一切視線を合わさず、書類仕事をしていたお父様から、あっさりとお許しが出た。それも、考える素振りなども一切見せなかった。
「あの……旦那様。リーゼお嬢様をお引止めにはならないのですか? もう帰ってこないのかもしれないのですよ?」
「止める必要が無い。もうジュリアも十五歳だ。立派に成長したし、婚約者も出来た。それにリーゼよりも聖女として成熟している……もうお前を家に置いておく理由が無い。他に質問は?」
「いえ……ございません」
「そうか。なら話は以上だ。さっさと荷物をまとめて、好きな所へ行くと良い」
それ以上は何も仰らなくなったお父様にお辞儀をした私は、クラリスを連れて部屋を後にしようとすると、待てと短い言葉が聞こえた。
「最後に伝えておくのを忘れていた」
「はい……?」
「今まではジュリアのために、お前の馬鹿な行動を許可していたが、これからは振る舞いに気を付けるように。お前のせいで家の評判が落ちるのは避けたい。今度こそ以上だ」
「……はい。今までご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
なにか最後に父親としての言葉を伝えてくれるのかと思っていたが、見事にその期待は打ち砕かれた。
……私のしていたことは、やはり間違っていたのだろうか。もっと良い方法でジュリアを守っていたら、こんな結末にはならなかったのだろうか。
そんなことをボーっと考えていたら、いつの間にかクラリスに手を引っ張られて、お父様の部屋を後にしていた。
「お気を確かに、リーゼお嬢様」
「……ええ……ねえクラリス、私のしていたことって――」
「それ以上は口にしてはいけません。誰が何と言おうと、あなたは自分のことを犠牲にして、ジュリアお嬢様を愛し、守ろうとした。それは紛れもない事実です」
「…………」
「さあ、もうこんな家とは、共にさようならをしましょう。私も荷物をまとめてくるので、玄関で落ち合いましょう」
「わかったわ」
「では失礼いたします」
スカートの裾を持ってお辞儀をしてから、クラリスは一度私の元から去っていった。
……思った以上に心に来ているのかしら。クラリスがいなくなった途端に、寂しさと不安、そして悲しみに押しつぶされそうになっている。
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