【完結済】婚約者である王子様に騙され、汚妃と馬鹿にされて捨てられた私ですが、侯爵家の当主様に偽物の婚約者として迎え入れられて幸せになります

ゆうき

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第二十七話 幸せの一時

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 草原に来た私たちは、さらに目的地に進むために、草原をかけていく。

「け、結構早くて怖いですぅぅ!」
「僕が支えてるかは怪我はしないよ! ゆっくり慣れてごらん!」

 そういわれても! って……さっき教わった深呼吸をしてみよう! すすううああぶぶぶぶぶ!?!!?

「ちょ、大丈夫かい?」
「ひゃい……思ったより風が強くて……深呼吸に失敗しました……」
「本当にセーラは愛らしいなぁ、一生守ってあげたくなる」

 一生……そんなのは無理なのはわかってる。優しくしてくれるけど、彼は偽物の婚約者……私と結ばれることはない。そう思うと、言いようのない寂しさを感じてしまう。

「どうした、そんな悲しい顔をして。辛かったら速度を落とすからね」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そっか。あんまり無理はダメだよ。それじゃ先に行こうか」

 加速するお馬さんに振り落とされないように、私は必死にしがみつく。ヴォルフ様も私を助ける為に、しっかりと支えてくれた。

 その甲斐があって、怪我なく目的地に辿り着いた。そこは草原の丘でも、一番高い丘なっていて、サファイアのようにキラキラ輝く、大海が目に映った。

「ここに連れてきたかったんだ。海自体に行くのもアリだったけど、疲れてるセーラには、こういうのんびりした方がいいかなって」
「…………」
「あれ、気に入らなかった? エリカ、僕は失敗してしまったのか!?」
「セーラ様をご覧になればわかるかと」

 私はその時、目の前の美しい光景と、ここに二人と来れた事の嬉しさで、涙を流していた。

「泣いてるじゃないか! どう見ても失敗だよ! 本当にすまないセーラ、すぐに屋敷に……」
「ち、違うんです! これは……こんな綺麗な所に連れてきてもらえて、嬉しくて……!」
「な、なんだ……それならよかった。それじゃあ、馬から降りてのんびり堪能しようじゃないか」
「ぐすんっ……は、はい」

 私はヴォルフ様の手を借りてゆっくり降りると、心地よい土の感触が足に伝わってきた。

「本当に気持ちがいいね。ほら、見てごらん。海に負けず劣らず、空もこんなに青く澄んでいて、とても美しい」
「そうですね……って、ヴォルフ様?」

 空を見上げていたヴォルフ様は、突然そのまま後ろに倒れると、仰向けになって寝ころんだ。

 どうしていきなり倒れたの? もしかして調子が悪いとか!? でも、凄く穏やかな顔をしてるし……どう見ても、苦しんでるようには見えない。

「ライル家の当主とあろうお方が、はしたないですわ」
「僕ら以外に誰もいないんだから、構わないだろう? ほら、セーラとエリカも寝転んでごらん」
「えっと、こんな感じですか?」

 ヴォルフ様の隣で静かに寝ころぶと、さっきから感じていた風の心地よさや、草や土の香りが強く感じられた。それだけじゃなく、大地の暖かさも伝わってくる。

「本当だ、気持ちいいです……」
「だろう? エリカも早くするといい」
「私は昼食の準備を致しますので」
「そんなのは、後でみんなでやればいいさ。君にも色々と苦労をかけてしまったし、休んでもらいたいんだよ」
「……わかりました。では失礼して」

 渋々ではあったけど、エリカさんも一緒に寝転ぶ……なんて事はせず、上品に腰を降ろすだけだった。

「やれやれ、真面目な君らしいよ」
「これでも譲歩しているのですよ」

 二人の何気ない会話を聞きながら、私はぼんやりと空や景色を眺め続ける。

 空は雲一つない晴天。海や草原も穏やかで、近くには大切な二人に、ゆったりと草を食べて過ごしているお馬さん達……なにもかもが、私の心を癒してくれる。

 しかし、あまりにも癒されすぎてしまった私の体は、完全に油断しきっていた。なんと……二人がいる前だというのに、盛大にお腹の虫が鳴いてしまった。

「あ、あのあの……ちがっ……」
「すまない、最近忙しすぎてまともに食事をしていなかったから、お腹が鳴ってしまったよ。セーラ、エリカ、食事の準備をしようか」
「かしこまりました」
「え、えっ……?」

 今のお腹の音は、間違いなく私のものに間違いない。あんなタイミングで同時になるとも思えない。

 もしかして、私が恥ずかしい思いをしないように、ヴォルフ様が庇ってくれたとか……? どれだけこの人は優しいの?

「ほら、セーラも手伝ってくれ」
「あ、はい!」

 ヴォルフ様に呼び掛けられるまで、ボーっとヴォルフ様の事を見つめていた私は、ハッとしながら立ち上がると、二人と一緒にシートを広げ、昼食の準備をした。

「ほわぁ……す、凄い美味しそうです!」

 エリカさんが持ってきたお弁当は、色とりどりのサンドイッチにサラダに果物。それに加えて、水筒には暖かいスープまで入っていた。

「あれ、エリカ。ワインは持ってきていないのかい?」
「駄目に決まっているでしょう。帰りも馬に乗っていくのに、酔っぱらっていたら危険です。ただでさえお酒に弱いのですから」
「それは残念だ。それじゃ、いただこうか」

 どれも美味しそうで、どれから食べようか悩んじゃう……とりあえず、このサンドイッチから……あむっ……。

「ん~~~~っ! おいひぃ~!」
「ふふっ、僕が腕によりをかけて作ったからね」
「もぐもぐ……ごくんっ。これ、ヴォルフ様が作ったんですか!? あ、そう言えば前に料理が好きって……!」
「ああ、子供の頃から好きでね。侯爵の息子が料理なんてって、父上がよく笑ってたよ」
「そうなんですか……?」

 ただの貧民の人間の私には、侯爵の当主が料理をしちゃいけない理由がわからない。したければすればいいと思うんだけど……。

「何度も指を切ったり、火傷をしても、旦那様はヴォルフ様を厨房に立たせてさしあげておりましたわね」
「懐かしい話だね。忙しいのによく見にきてくれたものだ。それに、失敗した料理でも美味いって食べてくれていたっけ」
「ヴォルフ様みたいな凄い人でも、失敗をするんですか!?」
「そりゃするさ。僕だって人間だからね。むしろ、今でも失敗してるよ」

 信じられない。あのヴォルフ様が失敗ばかりだったなんて……私なんか、今でも仕事でドジをしたり、失敗をしてばかりだというのに。

「僕の恥ずかしい話よりも、料理を楽しもうじゃないか。ほら、スープも飲むといい」
「はい。ごくごくっ……はぁ……この優しい味、大好きです」
「ふふっ、そうだろう」
「……こほんっ。前々から、セーラ様の食べているところを観察して、好みを学んでおいて正解でしたね」
「そうだね。ところでどうして若干棘がある言い方なんだい?」
「ご自身の胸に手を当てて聞いてみるのがよろしいかと」
「……えへへ」

 この本当に主従関係なのかわからなくなるような、二人の会話が私は大好きだ。なんていうか、互いに信頼しあっているからこそ、こういう会話が出来るんだなって思うの。

「やっと素敵な笑顔を浮かべてくれたね」
「はい。すぐには吹っ切れないとは思いますけど……凄く心が軽くなりました。それに……凄く幸せです」
「ならよかった。僕も、君とこうして一緒に過ごせて、とても幸せだよ」

 私を真っ直ぐ見つめながら微笑むヴォルフ様に、私の心臓は信じられないくらい大きく高鳴った。そして、この笑顔をずっと見ていたい……ううん、これからもずっとこの人と一緒に生きたいと強く思った。

 でも……駄目なの。駄目なんだよ、私。

 所詮は私は、偽物の婚約者なんだから、そうなってはいけないと、わかっているのに、私は……もう自分の気持ちに気づいてしまった。

 ――私は、ヴォルフ様に恋をしてしまったのだと。
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