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第十四話 工芸品を求めて
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ルーク様とゆっくりとお茶を楽しんだ私は、とても穏やかな気持ちを感じながら、ルーク様が研究する姿を傍で眺めていた。
すると、ルーク様は突然顔を上げて、私に声をかけてきた。
「シャーロット殿、そろそろ一度帰った方がいいよ」
「えっ?」
「ここは特別な力で、ずっと明るい土地なんだよ。向こうはもう夜になっている頃合いだ」
「ずっと明るいだなんて……」
もしかしたら、精霊の力が関係しているのかもしれない。ここに来た時に、たくさんの精霊の力を感じたもの。それくらい出来てもおかしくないわ。
「今更ですが、ここはどこなのですか?」
「僕たちがいる国から見たら、遥か遠くにある未開の地だよ。誰にも迷惑をかけずに、じっくりと研究ができる場所を探したら、ここにたどり着いたんだ」
確かに、この辺りは他に人がいなさそうだから、迷惑はかけなさそうだ。気候も穏やかで温かいし、落ち着いて研究するにはもってこいだろう。
「名残惜しいですが、帰るのが遅くなると叱られ……あっ!!」
「どうしたんだい?」
「本来の目的を、すっかり忘れておりましたわ!」
「目的……たしか、何か買いに来たんだったね?」
「はい。山を越えた先にある集落で、工芸品を買いに行く予定でした。もう夜なら、お店は開いておりませんわ……」
忘れて呑気にしていたから、罰があたったのね。はぁ……また酷いお仕置きをされるだろうけど、こればかりは自分が悪いから、甘んじて受けるしかない。
「そういうことなら、僕に任せてくれ。開け、空間の裂け目!」
ルーク様は、空間を切るように腕を振るとそこにはあの裂け目が出来ていた。
「さあ、行こう。僕についてきて」
「は、はい」
手を引っ張られて空間の裂け目に入ると、そこは深い雪に包まれた集落だった。
「ここが、君の言っていた目的地だ。この時間なら、酒場で一杯やってる頃かな」
「ルーク様、ここに来られたことがあるのですか?」
「数回程度だけどね。父上と共に、視察に来たんだ。その後も、私用で何回か来たことがあってね。その際に、裂け目を繋いでおいたんだ」
なるほど、そういうことだったのね。それにしても、本当に日が落ちて暗くなっているわ。雪も止んでいて、星々がとても綺麗に見える。
「酒場はあそこだよ。足元に気をつけて」
エスコートされたまま、私は一つの建物の中に連れていかれた。中では、多くの屈強な男性達が、お酒を飲みながら楽しそうに騒いでいる。
「いらっしゃいませ、二名様――え、ルーク王子様!?」
給仕の女性が驚いたのをきっかけに、お客様として来ていた人達も、驚きの声を上げていた。中には、酔い過ぎて幻覚を見ているのかと疑問に思う人までいたくらいだ。
しかし、委縮するような気配は無い。むしろ、一緒に飲んで楽しもうというお誘いが来るくらいだ。
これも、ルーク様の人間性がなせる業なのだろう。それか、ここの方々がとても明るくて親しみやすい人が多い可能性もある。
「みなさん、驚かせてしまって申し訳ない。邪魔はしないから、ぜひ楽しんでください」
「王子、こっちで一緒に飲みましょうよ!」
「お誘いありがとうございます。ですが、今日は用事が済んだらすぐにお暇する予定でして。別の機会にお誘いくださると嬉しいです」
私の時とは違い、とても丁寧に対応するルーク様の振る舞いは、まさしく王族といった感じで、とても様になっている。これこそ、私が社交界でお見かけした、ルーク様の姿だ。
「どうかしたのかい?」
「いえ、親しみやすいあなたも素敵ですけど、丁寧なあなたも素敵だと思いまして」
「あはは、ありがとう。ここは王家と繋がりがある場所だから、君が相手の時のような振る舞いは、控えておこうと思ってね。嫌な気分にさせてしまってたら申し訳ない」
もしかして、私だけ振舞い方が違うせいで、不快に思っていると誤解されてしまったのだろうか? 私は、どちらのルーク様も本当に素敵だと思っただけなのに。
「不快だなんて、そんなことはありませんわ。色々なあなたを知れて、嬉しく思います」
「やっぱり君は優しいね。あっ、いたいた。ザルド殿!」
「おや、ルーク王子、久しぶりですな! また背が伸びたのでは?」
「あはは、一応僕は今年で二十ですよ? さすがにもう背が伸びる見込みは薄いでしょう」
「それくらいなら、まだまだ成長盛りでさぁ!」
ルーク様は、小柄で毛むくじゃらの男性に声をかけると、彼は楽しそうに笑いながら挨拶をしていた。
この人……えっと、ザルド様? が工芸品を作っている職人なのかしら?
「そちらのお嬢さんは? ワシの知らない間に、結婚でもしたんですかい?」
「申し訳ないが、その期待には応えられそうにありませんね。こちらはシャーロット殿。本日は、あなたが作っている工芸品を買いたくて、はるばる山越えをしようとしていました。シャーロット殿、こちらはザルド殿。この集落でたくさんの工芸品を作る、腕利きの職人だよ」
「山越えだって? 今日は吹雪いていたのに、そりゃあご苦労なこった! どこか調子が悪くなったりしてねぇかい?」
「え、ええ……彼のおかげで滞りなく。お気遣いいただき、ありがとうございます」
本当は、ルーク様の魔法でここに来たから、吹雪が吹き荒れる山を越えてきたわけじゃない。だから、褒められると、なんだか申し訳ない気持ちに苛まれる。
「今日は店じまいをしちゃったんだが、王家には普段から贔屓にしてもらってるし、わざわざ山越えまでしてワシの作品を買いに来てくれたのに、追い返したらご先祖様に申し訳がたたねぇ! 今日は特別だ、ワシの店に来い!」
「いいのですか? 本当にありがとうございます。とても嬉しいですわ」
「がっはっは! なぁに、こちらこそわざわざ買いに来てくれて、感謝ってもんよ!」
豪快で、とても気持ちのいい笑い声を響かせる。これだけ人が良いと、王家の方々が贔屓にしたい気持ちもわかる。
「それにしても、貴族にしては良い子なこった! いつも店に来る貴族なんて、無駄に偉そうだし、もっと良いの寄こせとか言い出して、本当にイラつくぜ!」
同時に、マナーの悪い貴族への怒りも、とてもよくわかる。あれで自分たちがしているのが当たり前と思っているのが、余計にたちが悪い。
「んじゃ、さっそくうちの店に行くとすっか! おーい、お勘定!」
「ああ、でしたら僕が払いましょう。せっかく楽しんでいるところを無理を言ってしまったのですから、せめてものお詫びとして受け取ってください」
「いいっていいって! 王子様からそんなことをされたって国王様に知られたら、ギロチン行きになっちまうんで!」
「そうですか……では、僕も何か作品を購入させてください」
「おぉ、それはいつでも大歓迎だぜ! がっはっは!」
ルーク様とザルド様のやり取りを眺めながら、その後についていくと、周りの家よりも少し大きい建物に連れて来てくれた。
中には、ザルド様が作ったであろう工芸品が、所狭しと並んでいる。一つ一つがとても精巧な技術で作られているのか、とても美しい。時間が許してくれるなら、端からじっくりと見たいくらいだ。
「それで、何が入用だい?」
「……そういえば、工芸品が欲しいと言われただけで、なにが欲しいかまでは聞いておりませんわ」
「ありゃ、そりゃあ困ったな。その欲しがってるお客さんの好きなものとか知らねえか?」
マーガレットの好きなもの? それなら、不本意だけど色々と知っているわ。
「妹は、キラキラしているものを好んでおりますわ」
「なら、この収納箱はどうだい? 最近手に入れた珍しい鉱石を使っていてな。光を当てると、とても輝くんだ」
「まあ、とっても素敵ですわね。では、それをお一つ包んでくださいませ」
「おう、まいどあり!」
綺麗に包んでもらった物を受け取った私が、これで怒られずに済むと安心していると、ルーク様がとある提案をしてきた。
「シャーロット殿。こうして仲良くなれた記念に、プレゼンをさせてくれないかな?」
「そんな、無理しないでください」
「大丈夫だよ。ほら、杖を貸してもらったお返しもしてないし」
それを言うなら、私だって色々と恩があるのに……一歩も引いてくれる気配がない。ここは、素直に受け取った方が良さそうだ。
「……でしたら……このガラス細工が欲しいですわ」
私が選んだのは、羽が生えた小さな人間のような姿をした、綺麗なガラス細工だった。
「そいつは、伝承で伝わっている、とある精霊の姿をモチーフにして作ったんだ。ガラス細工はかなり得意でな、自慢の一品だぜ!」
「そうでしたのね。この子は数回しか見たことがありませんが、とても忠実に再現されておりますわ」
「見たことって……精霊を見たことがあるんかい!?」
「ええ、幼い頃は精霊が見えましたし、話すことも出来ましたわ。今ではもう出来ませんが……」
「どっひゃー! こいつは驚いた! いやはや、まさか精霊が見える人のお墨付きをもらえるたぁ、まだまだワシの腕も衰えてとらんな! これなら、あと十年はいけそうだな!」
「ご謙遜を。ザルド殿なら、あと三十年は大丈夫だと、僕は確信していますよ」
「がははっ、三十年とかいったら、ワシは百歳超えのよぼよぼですぜ!」
「……えっと……し、失礼ですが……ザルド様は、今おいくつなのですか?」
「んあ? 確か、七十四だったな!」
七十四!? そんなご高齢で、こんなにお元気で現役までしているだなんて! 何かの魔法を使って衰えなくしていると言われても、簡単に信じてしまいそうだわ!
「それくらい元気なこった! んじゃ、今度こそ店じまいをすりからよ。また何かあったら何時でもいいもの作ってやるから!」
「お世話になりましたわ」
「また近いうちに伺いますね」
それぞれの挨拶を交わしてから、空間の裂け目に入って小屋に戻ってきた。本当に便利な魔法だわ。
「やっぱりここと比べると、向こうの寒さが良くわかる。シャーロット殿、大丈夫か?」
「ええ。さて、それじゃあ先程買っていただいたものを……」
買ってもらった精霊のガラス細工を、棚の上に乗せてあげた。ただ置いただけなのに、なんだかとても嬉しいわ。
「実家には……持ち帰らないよね」
「はい。妹に盗られておしまいですので。ここに置かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろん。さてと、それじゃあシャーロット殿を送っていくとしようか。さあ、君の家を思い浮かべて」
「は、はい」
「よし、開け! 空間の裂け目!」
いつもの様に出てきた裂け目を、ルーク様のエスコートを受けながら入ると、そこは汚らしい小屋の中だった。
「家の中に作ってくださったのですね」
「はぁ、はぁ……この方が、なにかあったら……た、対応……できる……ごほっ……」
「えっ……る、ルーク様!? しっかりしてくださいませ!」
「あはは……新しい裂け目を作ると……反動がとんでもなくてね……少し休めば、大丈夫……」
ど、どうしよう……このまま放ってはおけないし……ボロボロで申し訳ないけど、私のベッドに寝かせよう。よいしょっと……!
「これでよし。ルーク様、大丈夫ですか?」
「なんとか……少し休ませてもらっていいかな?」
「もちろんですわ。では、私はさっさと渡してまいります」
時刻は二十二時。まだ起きてると思うけど、やれ遅かったとか、やれ無事に帰って来ちゃったのかとか、いろいろ言われるだろうと思うと、気分が重い。
「シャーロット殿……なにかあったら、必ず助けるから……その時は、僕を呼んで」
「わかりました。こんな汚いところで申し訳ございませんが、ごゆっくりおくつろぎください。では、またあとで」
ルーク様に励まされたら、心が少し軽くなった。これなら、何を言われても、うまく受け流せるような気がする。
すると、ルーク様は突然顔を上げて、私に声をかけてきた。
「シャーロット殿、そろそろ一度帰った方がいいよ」
「えっ?」
「ここは特別な力で、ずっと明るい土地なんだよ。向こうはもう夜になっている頃合いだ」
「ずっと明るいだなんて……」
もしかしたら、精霊の力が関係しているのかもしれない。ここに来た時に、たくさんの精霊の力を感じたもの。それくらい出来てもおかしくないわ。
「今更ですが、ここはどこなのですか?」
「僕たちがいる国から見たら、遥か遠くにある未開の地だよ。誰にも迷惑をかけずに、じっくりと研究ができる場所を探したら、ここにたどり着いたんだ」
確かに、この辺りは他に人がいなさそうだから、迷惑はかけなさそうだ。気候も穏やかで温かいし、落ち着いて研究するにはもってこいだろう。
「名残惜しいですが、帰るのが遅くなると叱られ……あっ!!」
「どうしたんだい?」
「本来の目的を、すっかり忘れておりましたわ!」
「目的……たしか、何か買いに来たんだったね?」
「はい。山を越えた先にある集落で、工芸品を買いに行く予定でした。もう夜なら、お店は開いておりませんわ……」
忘れて呑気にしていたから、罰があたったのね。はぁ……また酷いお仕置きをされるだろうけど、こればかりは自分が悪いから、甘んじて受けるしかない。
「そういうことなら、僕に任せてくれ。開け、空間の裂け目!」
ルーク様は、空間を切るように腕を振るとそこにはあの裂け目が出来ていた。
「さあ、行こう。僕についてきて」
「は、はい」
手を引っ張られて空間の裂け目に入ると、そこは深い雪に包まれた集落だった。
「ここが、君の言っていた目的地だ。この時間なら、酒場で一杯やってる頃かな」
「ルーク様、ここに来られたことがあるのですか?」
「数回程度だけどね。父上と共に、視察に来たんだ。その後も、私用で何回か来たことがあってね。その際に、裂け目を繋いでおいたんだ」
なるほど、そういうことだったのね。それにしても、本当に日が落ちて暗くなっているわ。雪も止んでいて、星々がとても綺麗に見える。
「酒場はあそこだよ。足元に気をつけて」
エスコートされたまま、私は一つの建物の中に連れていかれた。中では、多くの屈強な男性達が、お酒を飲みながら楽しそうに騒いでいる。
「いらっしゃいませ、二名様――え、ルーク王子様!?」
給仕の女性が驚いたのをきっかけに、お客様として来ていた人達も、驚きの声を上げていた。中には、酔い過ぎて幻覚を見ているのかと疑問に思う人までいたくらいだ。
しかし、委縮するような気配は無い。むしろ、一緒に飲んで楽しもうというお誘いが来るくらいだ。
これも、ルーク様の人間性がなせる業なのだろう。それか、ここの方々がとても明るくて親しみやすい人が多い可能性もある。
「みなさん、驚かせてしまって申し訳ない。邪魔はしないから、ぜひ楽しんでください」
「王子、こっちで一緒に飲みましょうよ!」
「お誘いありがとうございます。ですが、今日は用事が済んだらすぐにお暇する予定でして。別の機会にお誘いくださると嬉しいです」
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「どうかしたのかい?」
「いえ、親しみやすいあなたも素敵ですけど、丁寧なあなたも素敵だと思いまして」
「あはは、ありがとう。ここは王家と繋がりがある場所だから、君が相手の時のような振る舞いは、控えておこうと思ってね。嫌な気分にさせてしまってたら申し訳ない」
もしかして、私だけ振舞い方が違うせいで、不快に思っていると誤解されてしまったのだろうか? 私は、どちらのルーク様も本当に素敵だと思っただけなのに。
「不快だなんて、そんなことはありませんわ。色々なあなたを知れて、嬉しく思います」
「やっぱり君は優しいね。あっ、いたいた。ザルド殿!」
「おや、ルーク王子、久しぶりですな! また背が伸びたのでは?」
「あはは、一応僕は今年で二十ですよ? さすがにもう背が伸びる見込みは薄いでしょう」
「それくらいなら、まだまだ成長盛りでさぁ!」
ルーク様は、小柄で毛むくじゃらの男性に声をかけると、彼は楽しそうに笑いながら挨拶をしていた。
この人……えっと、ザルド様? が工芸品を作っている職人なのかしら?
「そちらのお嬢さんは? ワシの知らない間に、結婚でもしたんですかい?」
「申し訳ないが、その期待には応えられそうにありませんね。こちらはシャーロット殿。本日は、あなたが作っている工芸品を買いたくて、はるばる山越えをしようとしていました。シャーロット殿、こちらはザルド殿。この集落でたくさんの工芸品を作る、腕利きの職人だよ」
「山越えだって? 今日は吹雪いていたのに、そりゃあご苦労なこった! どこか調子が悪くなったりしてねぇかい?」
「え、ええ……彼のおかげで滞りなく。お気遣いいただき、ありがとうございます」
本当は、ルーク様の魔法でここに来たから、吹雪が吹き荒れる山を越えてきたわけじゃない。だから、褒められると、なんだか申し訳ない気持ちに苛まれる。
「今日は店じまいをしちゃったんだが、王家には普段から贔屓にしてもらってるし、わざわざ山越えまでしてワシの作品を買いに来てくれたのに、追い返したらご先祖様に申し訳がたたねぇ! 今日は特別だ、ワシの店に来い!」
「いいのですか? 本当にありがとうございます。とても嬉しいですわ」
「がっはっは! なぁに、こちらこそわざわざ買いに来てくれて、感謝ってもんよ!」
豪快で、とても気持ちのいい笑い声を響かせる。これだけ人が良いと、王家の方々が贔屓にしたい気持ちもわかる。
「それにしても、貴族にしては良い子なこった! いつも店に来る貴族なんて、無駄に偉そうだし、もっと良いの寄こせとか言い出して、本当にイラつくぜ!」
同時に、マナーの悪い貴族への怒りも、とてもよくわかる。あれで自分たちがしているのが当たり前と思っているのが、余計にたちが悪い。
「んじゃ、さっそくうちの店に行くとすっか! おーい、お勘定!」
「ああ、でしたら僕が払いましょう。せっかく楽しんでいるところを無理を言ってしまったのですから、せめてものお詫びとして受け取ってください」
「いいっていいって! 王子様からそんなことをされたって国王様に知られたら、ギロチン行きになっちまうんで!」
「そうですか……では、僕も何か作品を購入させてください」
「おぉ、それはいつでも大歓迎だぜ! がっはっは!」
ルーク様とザルド様のやり取りを眺めながら、その後についていくと、周りの家よりも少し大きい建物に連れて来てくれた。
中には、ザルド様が作ったであろう工芸品が、所狭しと並んでいる。一つ一つがとても精巧な技術で作られているのか、とても美しい。時間が許してくれるなら、端からじっくりと見たいくらいだ。
「それで、何が入用だい?」
「……そういえば、工芸品が欲しいと言われただけで、なにが欲しいかまでは聞いておりませんわ」
「ありゃ、そりゃあ困ったな。その欲しがってるお客さんの好きなものとか知らねえか?」
マーガレットの好きなもの? それなら、不本意だけど色々と知っているわ。
「妹は、キラキラしているものを好んでおりますわ」
「なら、この収納箱はどうだい? 最近手に入れた珍しい鉱石を使っていてな。光を当てると、とても輝くんだ」
「まあ、とっても素敵ですわね。では、それをお一つ包んでくださいませ」
「おう、まいどあり!」
綺麗に包んでもらった物を受け取った私が、これで怒られずに済むと安心していると、ルーク様がとある提案をしてきた。
「シャーロット殿。こうして仲良くなれた記念に、プレゼンをさせてくれないかな?」
「そんな、無理しないでください」
「大丈夫だよ。ほら、杖を貸してもらったお返しもしてないし」
それを言うなら、私だって色々と恩があるのに……一歩も引いてくれる気配がない。ここは、素直に受け取った方が良さそうだ。
「……でしたら……このガラス細工が欲しいですわ」
私が選んだのは、羽が生えた小さな人間のような姿をした、綺麗なガラス細工だった。
「そいつは、伝承で伝わっている、とある精霊の姿をモチーフにして作ったんだ。ガラス細工はかなり得意でな、自慢の一品だぜ!」
「そうでしたのね。この子は数回しか見たことがありませんが、とても忠実に再現されておりますわ」
「見たことって……精霊を見たことがあるんかい!?」
「ええ、幼い頃は精霊が見えましたし、話すことも出来ましたわ。今ではもう出来ませんが……」
「どっひゃー! こいつは驚いた! いやはや、まさか精霊が見える人のお墨付きをもらえるたぁ、まだまだワシの腕も衰えてとらんな! これなら、あと十年はいけそうだな!」
「ご謙遜を。ザルド殿なら、あと三十年は大丈夫だと、僕は確信していますよ」
「がははっ、三十年とかいったら、ワシは百歳超えのよぼよぼですぜ!」
「……えっと……し、失礼ですが……ザルド様は、今おいくつなのですか?」
「んあ? 確か、七十四だったな!」
七十四!? そんなご高齢で、こんなにお元気で現役までしているだなんて! 何かの魔法を使って衰えなくしていると言われても、簡単に信じてしまいそうだわ!
「それくらい元気なこった! んじゃ、今度こそ店じまいをすりからよ。また何かあったら何時でもいいもの作ってやるから!」
「お世話になりましたわ」
「また近いうちに伺いますね」
それぞれの挨拶を交わしてから、空間の裂け目に入って小屋に戻ってきた。本当に便利な魔法だわ。
「やっぱりここと比べると、向こうの寒さが良くわかる。シャーロット殿、大丈夫か?」
「ええ。さて、それじゃあ先程買っていただいたものを……」
買ってもらった精霊のガラス細工を、棚の上に乗せてあげた。ただ置いただけなのに、なんだかとても嬉しいわ。
「実家には……持ち帰らないよね」
「はい。妹に盗られておしまいですので。ここに置かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろん。さてと、それじゃあシャーロット殿を送っていくとしようか。さあ、君の家を思い浮かべて」
「は、はい」
「よし、開け! 空間の裂け目!」
いつもの様に出てきた裂け目を、ルーク様のエスコートを受けながら入ると、そこは汚らしい小屋の中だった。
「家の中に作ってくださったのですね」
「はぁ、はぁ……この方が、なにかあったら……た、対応……できる……ごほっ……」
「えっ……る、ルーク様!? しっかりしてくださいませ!」
「あはは……新しい裂け目を作ると……反動がとんでもなくてね……少し休めば、大丈夫……」
ど、どうしよう……このまま放ってはおけないし……ボロボロで申し訳ないけど、私のベッドに寝かせよう。よいしょっと……!
「これでよし。ルーク様、大丈夫ですか?」
「なんとか……少し休ませてもらっていいかな?」
「もちろんですわ。では、私はさっさと渡してまいります」
時刻は二十二時。まだ起きてると思うけど、やれ遅かったとか、やれ無事に帰って来ちゃったのかとか、いろいろ言われるだろうと思うと、気分が重い。
「シャーロット殿……なにかあったら、必ず助けるから……その時は、僕を呼んで」
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