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第三十一話
「…………」
「…………」
パーティーから二週間後、私とリオン様は、今朝届けられた一通の書筒を見つめながら、頭を抱えていた。
「マルセムから面会のお願いって、絶対に何か企んでいますよね……」
「十中八九、そうだろうな」
そう、この書筒の送り主は、ティタブタン国の王家。それも、マルセムからのものだった。
元々あの国は、大不作で大変になっているうえに、最近は国王様と王妃様が、病で倒れて意識が戻らないという大事件も起こっている。
そんな苦境に立たされている国の王子であるマルセムからの連絡なんて、良い予感は全くしない。
「だが、個人ではなく王家としてのお願いである以上、断るというのも難しい」
「嫌なら嫌って、はっきり言えばいいんじゃないですか?」
「ミヌレーボ国は、過去にティタブタン国に多くの支援を受けたという恩がある以上、あまり強気に出られないというのもある」
そっか、あの時に助けてやったのに、お前らは助けないのかって言われるってことか。これが、この前ヴァレア様が言っていた、恩を売っておくということだね。
「ここでウダウダしていても仕方がない。そろそろ出発しようか」
「はい」
嫌々ながらも、私達は馬車に乗りこんで、マルセムの待つティタブタン国のお城へと向かう。
いつもなら、移動中はよくおしゃべりをしているのだけど、今日に限っては、揃ってほとんど沈黙を保っていた。
****
「到着いたしました」
はあ、ついに着いてしまった。出来ることなら、このまま帰りたいところだけど……そうはいかないよね。
「マルセム様がお待ちですので、お急ぎください」
「ああ」
私達を出迎えた使用人が、ややぶっきらぼうな感じで、私達をマルセムの待つ部屋へと案内する。
この人、私がいる時から使用人をしているんだけど、なんかよそには刺々しい態度を取るんだよね。私のことはいいけど、リオン様は一国の王子だよ? 思いっきり不敬だと思うんだけど。
「マルセム様。リオン様とエメフィーユ様がお見えです」
「通してくれたまえ」
お城の奥にある応接室に入ると、そこには相変わらずやつれたマルセムと、その腕に抱きつくベアトリスの姿があった。
「ようこそ、遠路はるばるお越しくださった。どうぞおかけください」
「ええ」
短く答えるリオン様に続いて、私もソファに腰を下ろすと、暖かい紅茶を出してもらった。
……とてもおいしそうだけど、相手がマルセムである以上、何が入っているかわからない。飲むのは控えておこう。
「おや、揃って喉は乾いていませんか? この日のために、最高級の茶葉を用意したのですが」
「お気持ちだけで結構。本日呼び出した件について、端的かつ速やかにお話しください」
うわぁ……リオン様、平静を装っているようにしてるけど、明らかに機嫌が悪いというか、敵意がむき出しだ。ちょっぴり怖いくらい。
「我々ティタブタン国は、長い歴史の中で、ミヌレーボ国と手を取り合って生きてきました。時には、そちらの深刻な食糧不足を支えたり、良質な鉱石を優先的に輸入していました」
「……それで?」
「察しが悪いお方だ。今度は、そちらから我々に支援をしてもらいたい。具体的にお伝えすると、ティタブタン国への食糧の支給。長期的かつ優先的に格安の作物の売買の権利。あなた方の持っている農業のノウハウの提供。そして……両国の更なる発展と友好の懸け橋の象徴として、エメフィーユを返してもらいたい」
は……? じょ、冗談じゃないよ! ただでさえ面の皮が厚すぎるような内容なのに、私まで帰ってこいって!? せっかくリオン様と婚約を結んだというのに、またあの地獄に帰れとか、絶対やだ!!
「今後、正式に我々を含めた、両国の権力者に集まっていただき、会談を開いて同じ話をするつもりですが、まずはあなたとお話したく、こうして来ていただきました」
それだったら、女王であるルシアナ様を呼ぶのが筋だと思うんだけど? どうして私達を呼んで、そんな話をしたいんだろう?
「なるほど。確かに、ミヌレーボ国は、古くからティタブタン国とは懇意にしてもらい、支援もしてもらいました。我々は、その恩を忘れたりしませんし、貧困で苦しんでいる、そちらの民を見捨てることも出来ません。なので、作物の輸出の優先度を一番に引き上げ、売値も相場より安くさせてもらう方針を取らせてもらいましょう」
「……ふむ、僕の聞き間違いか? 優先権をもらえるのはありがたいが、我々が支援した時は、まずは無償で食料の提供をしたと記録されているが?」
なんなの、その態度! いくら昔に助けてあげたからって、頼む側がその態度は無いんじゃないの!?
それに、タダで上げたら、せっかく豊かになったミヌレーボ国が、昔に逆戻りだよ!
「今年は豊作とはいえ、他国に無償で提供できるほど、豊かになったとは言い難いのです。我々ミヌレーボ国にも、守るべき家族がおりますので、ご了承を」
「僕達にだって、家族はいる。それを見捨てろと?」
「では、あなた方は自分達や民の生活を最底辺に落としてでも、我々をお助けになったのでしょうか? 過去の事例では、ティタブタン国がそこまでの支援をしたという記録はありません」
「ちっ……」
社交界に出ている時の、見た目だけの聖人君子の化けの皮が剥がれ、一瞬だけ醜いマルセムの顔が浮かび上がった。
「自分達では解決できないからって、リオン様に頼っているのに、偉そうな態度に舌打ちって、どういうことですか!」
さすがにマルセムの態度にイライラして、声を荒げて立ち上がってしまったが、リオン様にやんわりと収められた。
「俺の婚約者が、失礼をしました。我々としても、可能な限りの支援はさせてもらうつもりです」
「……ふん、まあいい。それで、エメフィーユの件は?」
「断固お断りします」
支援の件については、少しは考える素振りを見せていたのに、私のことになったとたん、リオン様は即座に断った。
「彼女は、俺の最愛の人です。そんな彼女を、両国の友好のための生贄になど、絶対にさせません」
「生贄とは人聞きの悪い。僕は――」
「ふう……では、はっきり言おう。俺はあなたがエメフィーユにしてきたことを、全て聞いている。そんな人間の元に送り返すなんて、俺には出来ない」
リオン様……どんな時でも、私の味方でいてくれるんだ。本当に頼りになるし、カッコいい……!
「それがどうしたというのです? それは、あくまで我々の話。部外者であるあなたに口出しをされる筋合いは、無いと思いますが?」
「まったく、よく回る口だ。これ以上の問答は、互いの時間の無駄でしかない。なので、彼女に決めてもらいましょう」
「…………」
パーティーから二週間後、私とリオン様は、今朝届けられた一通の書筒を見つめながら、頭を抱えていた。
「マルセムから面会のお願いって、絶対に何か企んでいますよね……」
「十中八九、そうだろうな」
そう、この書筒の送り主は、ティタブタン国の王家。それも、マルセムからのものだった。
元々あの国は、大不作で大変になっているうえに、最近は国王様と王妃様が、病で倒れて意識が戻らないという大事件も起こっている。
そんな苦境に立たされている国の王子であるマルセムからの連絡なんて、良い予感は全くしない。
「だが、個人ではなく王家としてのお願いである以上、断るというのも難しい」
「嫌なら嫌って、はっきり言えばいいんじゃないですか?」
「ミヌレーボ国は、過去にティタブタン国に多くの支援を受けたという恩がある以上、あまり強気に出られないというのもある」
そっか、あの時に助けてやったのに、お前らは助けないのかって言われるってことか。これが、この前ヴァレア様が言っていた、恩を売っておくということだね。
「ここでウダウダしていても仕方がない。そろそろ出発しようか」
「はい」
嫌々ながらも、私達は馬車に乗りこんで、マルセムの待つティタブタン国のお城へと向かう。
いつもなら、移動中はよくおしゃべりをしているのだけど、今日に限っては、揃ってほとんど沈黙を保っていた。
****
「到着いたしました」
はあ、ついに着いてしまった。出来ることなら、このまま帰りたいところだけど……そうはいかないよね。
「マルセム様がお待ちですので、お急ぎください」
「ああ」
私達を出迎えた使用人が、ややぶっきらぼうな感じで、私達をマルセムの待つ部屋へと案内する。
この人、私がいる時から使用人をしているんだけど、なんかよそには刺々しい態度を取るんだよね。私のことはいいけど、リオン様は一国の王子だよ? 思いっきり不敬だと思うんだけど。
「マルセム様。リオン様とエメフィーユ様がお見えです」
「通してくれたまえ」
お城の奥にある応接室に入ると、そこには相変わらずやつれたマルセムと、その腕に抱きつくベアトリスの姿があった。
「ようこそ、遠路はるばるお越しくださった。どうぞおかけください」
「ええ」
短く答えるリオン様に続いて、私もソファに腰を下ろすと、暖かい紅茶を出してもらった。
……とてもおいしそうだけど、相手がマルセムである以上、何が入っているかわからない。飲むのは控えておこう。
「おや、揃って喉は乾いていませんか? この日のために、最高級の茶葉を用意したのですが」
「お気持ちだけで結構。本日呼び出した件について、端的かつ速やかにお話しください」
うわぁ……リオン様、平静を装っているようにしてるけど、明らかに機嫌が悪いというか、敵意がむき出しだ。ちょっぴり怖いくらい。
「我々ティタブタン国は、長い歴史の中で、ミヌレーボ国と手を取り合って生きてきました。時には、そちらの深刻な食糧不足を支えたり、良質な鉱石を優先的に輸入していました」
「……それで?」
「察しが悪いお方だ。今度は、そちらから我々に支援をしてもらいたい。具体的にお伝えすると、ティタブタン国への食糧の支給。長期的かつ優先的に格安の作物の売買の権利。あなた方の持っている農業のノウハウの提供。そして……両国の更なる発展と友好の懸け橋の象徴として、エメフィーユを返してもらいたい」
は……? じょ、冗談じゃないよ! ただでさえ面の皮が厚すぎるような内容なのに、私まで帰ってこいって!? せっかくリオン様と婚約を結んだというのに、またあの地獄に帰れとか、絶対やだ!!
「今後、正式に我々を含めた、両国の権力者に集まっていただき、会談を開いて同じ話をするつもりですが、まずはあなたとお話したく、こうして来ていただきました」
それだったら、女王であるルシアナ様を呼ぶのが筋だと思うんだけど? どうして私達を呼んで、そんな話をしたいんだろう?
「なるほど。確かに、ミヌレーボ国は、古くからティタブタン国とは懇意にしてもらい、支援もしてもらいました。我々は、その恩を忘れたりしませんし、貧困で苦しんでいる、そちらの民を見捨てることも出来ません。なので、作物の輸出の優先度を一番に引き上げ、売値も相場より安くさせてもらう方針を取らせてもらいましょう」
「……ふむ、僕の聞き間違いか? 優先権をもらえるのはありがたいが、我々が支援した時は、まずは無償で食料の提供をしたと記録されているが?」
なんなの、その態度! いくら昔に助けてあげたからって、頼む側がその態度は無いんじゃないの!?
それに、タダで上げたら、せっかく豊かになったミヌレーボ国が、昔に逆戻りだよ!
「今年は豊作とはいえ、他国に無償で提供できるほど、豊かになったとは言い難いのです。我々ミヌレーボ国にも、守るべき家族がおりますので、ご了承を」
「僕達にだって、家族はいる。それを見捨てろと?」
「では、あなた方は自分達や民の生活を最底辺に落としてでも、我々をお助けになったのでしょうか? 過去の事例では、ティタブタン国がそこまでの支援をしたという記録はありません」
「ちっ……」
社交界に出ている時の、見た目だけの聖人君子の化けの皮が剥がれ、一瞬だけ醜いマルセムの顔が浮かび上がった。
「自分達では解決できないからって、リオン様に頼っているのに、偉そうな態度に舌打ちって、どういうことですか!」
さすがにマルセムの態度にイライラして、声を荒げて立ち上がってしまったが、リオン様にやんわりと収められた。
「俺の婚約者が、失礼をしました。我々としても、可能な限りの支援はさせてもらうつもりです」
「……ふん、まあいい。それで、エメフィーユの件は?」
「断固お断りします」
支援の件については、少しは考える素振りを見せていたのに、私のことになったとたん、リオン様は即座に断った。
「彼女は、俺の最愛の人です。そんな彼女を、両国の友好のための生贄になど、絶対にさせません」
「生贄とは人聞きの悪い。僕は――」
「ふう……では、はっきり言おう。俺はあなたがエメフィーユにしてきたことを、全て聞いている。そんな人間の元に送り返すなんて、俺には出来ない」
リオン様……どんな時でも、私の味方でいてくれるんだ。本当に頼りになるし、カッコいい……!
「それがどうしたというのです? それは、あくまで我々の話。部外者であるあなたに口出しをされる筋合いは、無いと思いますが?」
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