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第四話 醜悪な本性
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突然現れた元婚約者と元友人は、私が二人に気づいたとわかるや否や、見せつけるように更に強くくっついていた。
「ごきげんよう、我が未来の妻よ。おっと、元未来の妻と言った方が良かったかな?」
「何をしに来たんですか! 私はもうあなた達と話すことなんてありません!」
「エリンにはなくても、僕にはある。なに、大した話じゃない。エリンに礼を言いたくてね」
私にお礼? そんなことを言われる覚えなんて、これっぽっちもない。
「随分と昔から、僕はバネッサとの真実の愛に目覚めていてね。貴様とは、いつか婚約を破棄をしたいと思っていた。だが、正当な理由を考えるのが面倒でね。そこに反逆という、婚約破棄の理由を提供してくれた貴様に、礼を言いに来たというわけさ」
「反逆ですって……? 私をずっと騙して、多くの人を犠牲にして……本当の悪者は、あなた達――」
「貴様の意見など求めていない。その生意気な口を閉じろ」
乱暴な話し方をするカーティス様は、机の上に置かれていた、薬草をすりつぶすのに使う乳鉢を手に取ると、私に向かって投げつけた。
幸いにも、私のほっぺたをかすめただけに終わったけど、私の口を閉じさせることは成功した。
「貴様、随分と偉そうだが、誰にものを言っているのか、少しはそのバカな頭で考えた方が良いぞ?」
「きゃあ!?」
誰に対してでも優しく接するカーティス様とはまるで正反対の、冷たくも恐怖を感じさせる声でそう言うと、私のほっぺたを叩いた。
「今までは婚約者だったから、多少のことは目を瞑っていたが……貴様が前にしているのは、この国の王子だ! 王子とは、将来国のトップとなる人間! すなわち、この国の神となる存在だ!」
叩かれて倒れる私の髪を引っ張って、無理やり起こすカーティス様の表情は、あまりにも不気味だった。
これが、カーティス様の本性だったのね……!
「っ……何が神よ……あなたみたいな人は、悪魔っていうのよ!」
「はははっ! 面白いことを言うな、エリン! 僕は何も悪いことをしていない。貴様は民を犠牲にしたと思っているようだが、神となる僕に貢献できたのだから、むしろ民は僕に感謝するのが筋だろう?」
神ですって? 感謝ですって? 何をわけのわからないことを言っているの? あまりにも身勝手すぎて、開いた口が塞がらない。
「ねえカーティス様。これ以上は私達の時間が減ってしまいますわ」
「それもそうだね。すまない、結果的に利用できたこととはいえ、僕にたてついたことが、どうしても許せなくて」
「許せないのは……私の方です!」
「あら、まだ口は動くのね。ペラペラとうるさい口ですこと」
バネッサは口角を嫌らしく上げながら、いつも私が飲んでいる水が入った器を手に持つと、中の水を私の頭にかけてきた。
「くすくす……いいザマですこと、エリン様……いえ、エリン」
「バネッサ……!」
「あなたとのお友達ごっこ、本当に面倒で退屈で、苦痛だったわ。ただのメイドだった私が、カーティス様にお近づきになるための手段だったとはいえ、本当に嫌だったんですの」
「っ……!!」
私にしか聞こえないように、耳元で小さな声で告白をするバネッサ。顔を見なくても、私のことを馬鹿にするように笑っているのが、容易に想像できた。
「あなたも知っているでしょう? 私の家は庶民の家……いや、貧民と言ってもいい。そんな貧しい生活なんてしたくありませんの。だからカーティス様の専属メイドになれるように自分を磨き、媚びを売り続けましたわ。そして、カーティス様にお近づきになるため、婚約者だったあなたのような人間と、お友達ごっこをしたんですの。その苦労が、ようやく報われそうですわ」
……バネッサが私と仲良くしていたのは、そういうことだったのね。婚約者である私と仲良くしていれば、私からバネッサの良いところがカーティス様の耳に入るだろうし、カーティス様と接触できる機会も増えるだろう。
最低なことには変わらないけど、ある意味効率的とも言えるかもしれない。だからといって、到底受け入れられるものではない。
「あなたがそんな人だったなんて、思ってもなかったわ。最低な人同士、気が合うのかしら?」
慣れていない嫌味を言ってみたけど、カーティス様の腕に再び抱きつくバネッサには、全く効果が無かったようで、少しも表情を変えられなかった。
「あら、彼はとても良い人ですわよ? 次世代の神になる人で、私をたくさん愛して、貢いでくれる。こんなに素敵な人は他にいないわ」
「彼女も貴様と違い、最高の女性だ。整った容姿に、抱き心地の良い体、僕を崇拝するその心……これ以上に良い女がいると思うか?」
「…………」
揃いも揃って、なんて理由を述べているのだろう。私は恋なんてカーティス様にしかしたことがないけど、そんな私でも、もう少しまともなことを言えると思う。
たとえば、私のことを気にかけてくれる優しさとか、誰に対しても丁寧な話し方とか、頑張ると褒めてくれるところとか……全部、私を騙すための演技だったのだろうけど……。
「カーティス様、これからは鎖にでも繋いで、余計なことをしないようにしたらどうかしら?」
「それは名案だね、バネッサ。本当は罰として、死ぬ一歩手前までいたぶって、二度と逆らえないようにしてやりたいが、おかげで父上が勝手に結んだ婚約を破棄することができた。その功績に免じて、今日はこの辺にしておいてやろう」
「ふふっ、さすがカーティス様は寛大なお方ですわ。私、惚れ直してしまいます」
バネッサは、カーティス様をおだてながら強く腕に抱きついて、放漫な胸元を腕に押し付ける。すると、カーティス様はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
……きっと、私の知らないところで、ああやってカーティス様に媚びを売っていたのだろう。自分の武器を活かした方法だとは思うけど、見習えることではないと思う。
「じゃあな、愛しの元婚約者よ。貴様との時間、最高に滑稽で楽しかったよ。はっはっはっ!」
最後に嫌味を残したカーティス様は、バネッサを連れて部屋を後にした。
いくら騙されていたからといっても、あんな醜い人を愛し、慕っていたと思うと、悔しくて仕方がない。もし過去に戻れるなら、あんな人達を慕う必要なんて無いと、自分に言い聞かせたい。
「そんなことを望んでも、意味は無いわね……今日はもう寝ましょう」
一秒でも早く、ここから逃げ出したいけど、今日はいろいろあって、疲れてしまった。だというのは、私の頭は無駄に冴えてしまい、全く眠りにつけなかった。
人間って、疲れていれば眠れると思っていたんだけど、極度のストレスを与えられた後だと、頭が冴えて眠れなくなるのね。初めて知ったわ。
「……エリン様、起きていらっしゃいますか?」
「えっ……?」
眠れなくてモゾモゾしている間に、いつの間にか日が少しずつ上り始めた頃、部屋の外から男性の控えめな声が聞こえてきた。
それに反応して扉を開けると、そこにはいつもこの部屋の見張りをしているハウレウが立っていた。
「ごきげんよう、我が未来の妻よ。おっと、元未来の妻と言った方が良かったかな?」
「何をしに来たんですか! 私はもうあなた達と話すことなんてありません!」
「エリンにはなくても、僕にはある。なに、大した話じゃない。エリンに礼を言いたくてね」
私にお礼? そんなことを言われる覚えなんて、これっぽっちもない。
「随分と昔から、僕はバネッサとの真実の愛に目覚めていてね。貴様とは、いつか婚約を破棄をしたいと思っていた。だが、正当な理由を考えるのが面倒でね。そこに反逆という、婚約破棄の理由を提供してくれた貴様に、礼を言いに来たというわけさ」
「反逆ですって……? 私をずっと騙して、多くの人を犠牲にして……本当の悪者は、あなた達――」
「貴様の意見など求めていない。その生意気な口を閉じろ」
乱暴な話し方をするカーティス様は、机の上に置かれていた、薬草をすりつぶすのに使う乳鉢を手に取ると、私に向かって投げつけた。
幸いにも、私のほっぺたをかすめただけに終わったけど、私の口を閉じさせることは成功した。
「貴様、随分と偉そうだが、誰にものを言っているのか、少しはそのバカな頭で考えた方が良いぞ?」
「きゃあ!?」
誰に対してでも優しく接するカーティス様とはまるで正反対の、冷たくも恐怖を感じさせる声でそう言うと、私のほっぺたを叩いた。
「今までは婚約者だったから、多少のことは目を瞑っていたが……貴様が前にしているのは、この国の王子だ! 王子とは、将来国のトップとなる人間! すなわち、この国の神となる存在だ!」
叩かれて倒れる私の髪を引っ張って、無理やり起こすカーティス様の表情は、あまりにも不気味だった。
これが、カーティス様の本性だったのね……!
「っ……何が神よ……あなたみたいな人は、悪魔っていうのよ!」
「はははっ! 面白いことを言うな、エリン! 僕は何も悪いことをしていない。貴様は民を犠牲にしたと思っているようだが、神となる僕に貢献できたのだから、むしろ民は僕に感謝するのが筋だろう?」
神ですって? 感謝ですって? 何をわけのわからないことを言っているの? あまりにも身勝手すぎて、開いた口が塞がらない。
「ねえカーティス様。これ以上は私達の時間が減ってしまいますわ」
「それもそうだね。すまない、結果的に利用できたこととはいえ、僕にたてついたことが、どうしても許せなくて」
「許せないのは……私の方です!」
「あら、まだ口は動くのね。ペラペラとうるさい口ですこと」
バネッサは口角を嫌らしく上げながら、いつも私が飲んでいる水が入った器を手に持つと、中の水を私の頭にかけてきた。
「くすくす……いいザマですこと、エリン様……いえ、エリン」
「バネッサ……!」
「あなたとのお友達ごっこ、本当に面倒で退屈で、苦痛だったわ。ただのメイドだった私が、カーティス様にお近づきになるための手段だったとはいえ、本当に嫌だったんですの」
「っ……!!」
私にしか聞こえないように、耳元で小さな声で告白をするバネッサ。顔を見なくても、私のことを馬鹿にするように笑っているのが、容易に想像できた。
「あなたも知っているでしょう? 私の家は庶民の家……いや、貧民と言ってもいい。そんな貧しい生活なんてしたくありませんの。だからカーティス様の専属メイドになれるように自分を磨き、媚びを売り続けましたわ。そして、カーティス様にお近づきになるため、婚約者だったあなたのような人間と、お友達ごっこをしたんですの。その苦労が、ようやく報われそうですわ」
……バネッサが私と仲良くしていたのは、そういうことだったのね。婚約者である私と仲良くしていれば、私からバネッサの良いところがカーティス様の耳に入るだろうし、カーティス様と接触できる機会も増えるだろう。
最低なことには変わらないけど、ある意味効率的とも言えるかもしれない。だからといって、到底受け入れられるものではない。
「あなたがそんな人だったなんて、思ってもなかったわ。最低な人同士、気が合うのかしら?」
慣れていない嫌味を言ってみたけど、カーティス様の腕に再び抱きつくバネッサには、全く効果が無かったようで、少しも表情を変えられなかった。
「あら、彼はとても良い人ですわよ? 次世代の神になる人で、私をたくさん愛して、貢いでくれる。こんなに素敵な人は他にいないわ」
「彼女も貴様と違い、最高の女性だ。整った容姿に、抱き心地の良い体、僕を崇拝するその心……これ以上に良い女がいると思うか?」
「…………」
揃いも揃って、なんて理由を述べているのだろう。私は恋なんてカーティス様にしかしたことがないけど、そんな私でも、もう少しまともなことを言えると思う。
たとえば、私のことを気にかけてくれる優しさとか、誰に対しても丁寧な話し方とか、頑張ると褒めてくれるところとか……全部、私を騙すための演技だったのだろうけど……。
「カーティス様、これからは鎖にでも繋いで、余計なことをしないようにしたらどうかしら?」
「それは名案だね、バネッサ。本当は罰として、死ぬ一歩手前までいたぶって、二度と逆らえないようにしてやりたいが、おかげで父上が勝手に結んだ婚約を破棄することができた。その功績に免じて、今日はこの辺にしておいてやろう」
「ふふっ、さすがカーティス様は寛大なお方ですわ。私、惚れ直してしまいます」
バネッサは、カーティス様をおだてながら強く腕に抱きついて、放漫な胸元を腕に押し付ける。すると、カーティス様はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
……きっと、私の知らないところで、ああやってカーティス様に媚びを売っていたのだろう。自分の武器を活かした方法だとは思うけど、見習えることではないと思う。
「じゃあな、愛しの元婚約者よ。貴様との時間、最高に滑稽で楽しかったよ。はっはっはっ!」
最後に嫌味を残したカーティス様は、バネッサを連れて部屋を後にした。
いくら騙されていたからといっても、あんな醜い人を愛し、慕っていたと思うと、悔しくて仕方がない。もし過去に戻れるなら、あんな人達を慕う必要なんて無いと、自分に言い聞かせたい。
「そんなことを望んでも、意味は無いわね……今日はもう寝ましょう」
一秒でも早く、ここから逃げ出したいけど、今日はいろいろあって、疲れてしまった。だというのは、私の頭は無駄に冴えてしまい、全く眠りにつけなかった。
人間って、疲れていれば眠れると思っていたんだけど、極度のストレスを与えられた後だと、頭が冴えて眠れなくなるのね。初めて知ったわ。
「……エリン様、起きていらっしゃいますか?」
「えっ……?」
眠れなくてモゾモゾしている間に、いつの間にか日が少しずつ上り始めた頃、部屋の外から男性の控えめな声が聞こえてきた。
それに反応して扉を開けると、そこにはいつもこの部屋の見張りをしているハウレウが立っていた。
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