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第七十三話 まっすぐな妹
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■オーウェン視点■
「ココ、ちゃんと歩くからそんなに引っ張らないでくれ」
結局ココに押し切られて家を出発させられた俺は、今も引っ張るココに優しく静止を促す。すると、思った以上に素直に引っ張るのを止めてくれた。
「わかってくれればいいんだよ! さあ、ロドルフおじいちゃんの所にしゅっぱ~つ!」
「わかったわかった」
無邪気に小さな握り拳を天に突き上げてから、ロドルフの家に元気に走りだすその姿は、俺にとってかけがえのない宝だ。
まだココが幼い時は、俺に本当にココを育てられるのか、本当に幸せにできるのかと不安だったせいか、ココの今の姿を見ていると、いつも胸の奥が熱くなってしまう。
「ねえお兄ちゃん、一個聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「本当に、お仕事は無いの?」
つい先程までニコニコしていたというのに、途端に真剣な表情をするココ。一方の俺は、その核心をついた質問から逃げるように、ほんの僅かに視線を逸らした。
「どういうことだ?」
「お兄ちゃんのことだから、エリンお姉ちゃんのために、わざと仕事を受けないようにして、時間を作ったんじゃないかな~って」
「さあ、なんのことかさっぱりだな」
「もう、隠しちゃって。お兄ちゃんって、隠しごとをする時は必ず右手だけ腰にやるよね~」
ココはニシシと笑いながら、俺の腰を指差す。確かに俺の腰には、右手だけ当てられている。
付き合いが長いと、こういう些細なことから嘘がバレてしまうからタチが悪い。
「俺ってそんな癖があったのか?」
「いや全然? 今のお兄ちゃんを見て、適当に言っただけだよ」
「…………」
「あはは、お兄ちゃんって隠しごとがへたっぴだね~!」
くっ……だ、騙された! いつのまにそんな話術を手に入れていたんだ……子供の成長というのは恐ろしい。
「はぁ……ココの言う通りだ。俺もココと同じように、まだ家族や故郷があるうちに行っていた方が良いと思ってな」
「それって、お兄ちゃんが独断でお仕事を受けないようにした~って、エリンお姉ちゃんに怒られてもいいの?」
「ああ。もしバレて怒られたら、その時は土下座でもして謝るつもりだったからな」
「え、エリンお姉ちゃんなら、そんなことは言ってこないと思うけどなぁ……」
俺もそう思うが、いくら天使のように優しいエリンとはいえ、怒る可能性は否定できない。
「隠しごとで思ったが、ココも隠しごとをしているだろう」
「え? わ、わたしはそんなことしてないヨ? ひゅ~ひゅ~」
「カタコトの時点でバレバレだぞ。本当はエリンの故郷や家族の元に行ってみたいのに、俺達のことを気にして遠慮してるだろう?」
全くと言って良いほど音が出ていない口笛を吹き、露骨に視線を逸らすその姿は、我が妹ながら可愛いと思う反面、あまりにも素直すぎて、大きくなってから変な人間に騙されないか心配になる。
いつになるかはわからないが、ココが変な人間に騙されないように、色々と教えてあげないとな。
「だって、二人とも全然デートに行けてないでしょ?」
「それは……まあそうだが」
ヨハン達の所から帰ってきてから、アトレは軌道に乗ってきた。それはありがたいことだが、同時に俺達が恋人として過ごせる時間が、格段に減ってしまったことは否めない。
「だから、良い機会かなって。ほら、わたしがいたらおじゃま虫になっちゃうじゃん!」
「俺もエリンも、ココを邪魔だって思ったことは一度もないが……」
「わたしがおじゃま虫だって思ったら、おじゃま虫なの!」
「そ、そういうものなのか……?」
ココが俺達を気にしてくれていることはとてもありがたいが、ココに変に気を使わせてしまっているというのは、正直申し訳ないと思ってしまう。
「とにかく、わたしのことは気にしないで。ほら、挨拶ついでに新婚旅行をするつもりでさ!」
「俺達はまだ結婚していないがな」
「でも、いずれはするんでしょう?」
「…………」
俺の本心を言って良いのなら、エリンと結婚はしたいと考えている。
今までそれなりの人生を過ごしてきた中で、貴族の人間として、そして騎士として色々な女性と知り合ってきたが、あれほど優しく、目標や他人のために頑張れる芯の強さを持った女性は、見たことがない。そこに俺は惹かれたんだ。
「そうだな。いつになるかは定かではないけどな」
「なら、なおさら行ってきてよ! きっとこれからもアトレは忙しくなるだろうから、本当に行けなくなっちゃうよ!」
「ああ、わかった。色々とありがとう、ココ」
「えへへ、一人でわたしのことを育ててくれたお兄ちゃんへの恩は、これっぽっちじゃ返しきれないし!」
屈託のない笑顔のココの口から出た言葉は、俺の感情を大きく揺さぶった。
この気持ちを、なんて言えばいいんだろうな……ココが心配になるくらい、まっすぐ育ってくれたことへの喜びと言えばいいのか? 自分の感情なのに、自分がわからないというのもおかしな話だが……。
「…………」
父上、母上。あなた達が俺に遺してくれた、かけがえのない宝物は、とても立派に育ちましたよ――
「ココ、ちゃんと歩くからそんなに引っ張らないでくれ」
結局ココに押し切られて家を出発させられた俺は、今も引っ張るココに優しく静止を促す。すると、思った以上に素直に引っ張るのを止めてくれた。
「わかってくれればいいんだよ! さあ、ロドルフおじいちゃんの所にしゅっぱ~つ!」
「わかったわかった」
無邪気に小さな握り拳を天に突き上げてから、ロドルフの家に元気に走りだすその姿は、俺にとってかけがえのない宝だ。
まだココが幼い時は、俺に本当にココを育てられるのか、本当に幸せにできるのかと不安だったせいか、ココの今の姿を見ていると、いつも胸の奥が熱くなってしまう。
「ねえお兄ちゃん、一個聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「本当に、お仕事は無いの?」
つい先程までニコニコしていたというのに、途端に真剣な表情をするココ。一方の俺は、その核心をついた質問から逃げるように、ほんの僅かに視線を逸らした。
「どういうことだ?」
「お兄ちゃんのことだから、エリンお姉ちゃんのために、わざと仕事を受けないようにして、時間を作ったんじゃないかな~って」
「さあ、なんのことかさっぱりだな」
「もう、隠しちゃって。お兄ちゃんって、隠しごとをする時は必ず右手だけ腰にやるよね~」
ココはニシシと笑いながら、俺の腰を指差す。確かに俺の腰には、右手だけ当てられている。
付き合いが長いと、こういう些細なことから嘘がバレてしまうからタチが悪い。
「俺ってそんな癖があったのか?」
「いや全然? 今のお兄ちゃんを見て、適当に言っただけだよ」
「…………」
「あはは、お兄ちゃんって隠しごとがへたっぴだね~!」
くっ……だ、騙された! いつのまにそんな話術を手に入れていたんだ……子供の成長というのは恐ろしい。
「はぁ……ココの言う通りだ。俺もココと同じように、まだ家族や故郷があるうちに行っていた方が良いと思ってな」
「それって、お兄ちゃんが独断でお仕事を受けないようにした~って、エリンお姉ちゃんに怒られてもいいの?」
「ああ。もしバレて怒られたら、その時は土下座でもして謝るつもりだったからな」
「え、エリンお姉ちゃんなら、そんなことは言ってこないと思うけどなぁ……」
俺もそう思うが、いくら天使のように優しいエリンとはいえ、怒る可能性は否定できない。
「隠しごとで思ったが、ココも隠しごとをしているだろう」
「え? わ、わたしはそんなことしてないヨ? ひゅ~ひゅ~」
「カタコトの時点でバレバレだぞ。本当はエリンの故郷や家族の元に行ってみたいのに、俺達のことを気にして遠慮してるだろう?」
全くと言って良いほど音が出ていない口笛を吹き、露骨に視線を逸らすその姿は、我が妹ながら可愛いと思う反面、あまりにも素直すぎて、大きくなってから変な人間に騙されないか心配になる。
いつになるかはわからないが、ココが変な人間に騙されないように、色々と教えてあげないとな。
「だって、二人とも全然デートに行けてないでしょ?」
「それは……まあそうだが」
ヨハン達の所から帰ってきてから、アトレは軌道に乗ってきた。それはありがたいことだが、同時に俺達が恋人として過ごせる時間が、格段に減ってしまったことは否めない。
「だから、良い機会かなって。ほら、わたしがいたらおじゃま虫になっちゃうじゃん!」
「俺もエリンも、ココを邪魔だって思ったことは一度もないが……」
「わたしがおじゃま虫だって思ったら、おじゃま虫なの!」
「そ、そういうものなのか……?」
ココが俺達を気にしてくれていることはとてもありがたいが、ココに変に気を使わせてしまっているというのは、正直申し訳ないと思ってしまう。
「とにかく、わたしのことは気にしないで。ほら、挨拶ついでに新婚旅行をするつもりでさ!」
「俺達はまだ結婚していないがな」
「でも、いずれはするんでしょう?」
「…………」
俺の本心を言って良いのなら、エリンと結婚はしたいと考えている。
今までそれなりの人生を過ごしてきた中で、貴族の人間として、そして騎士として色々な女性と知り合ってきたが、あれほど優しく、目標や他人のために頑張れる芯の強さを持った女性は、見たことがない。そこに俺は惹かれたんだ。
「そうだな。いつになるかは定かではないけどな」
「なら、なおさら行ってきてよ! きっとこれからもアトレは忙しくなるだろうから、本当に行けなくなっちゃうよ!」
「ああ、わかった。色々とありがとう、ココ」
「えへへ、一人でわたしのことを育ててくれたお兄ちゃんへの恩は、これっぽっちじゃ返しきれないし!」
屈託のない笑顔のココの口から出た言葉は、俺の感情を大きく揺さぶった。
この気持ちを、なんて言えばいいんだろうな……ココが心配になるくらい、まっすぐ育ってくれたことへの喜びと言えばいいのか? 自分の感情なのに、自分がわからないというのもおかしな話だが……。
「…………」
父上、母上。あなた達が俺に遺してくれた、かけがえのない宝物は、とても立派に育ちましたよ――
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