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第二十五話 母さんの手紙

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 ラピア様は咥えていた葉巻から得た煙を吐きながら、淡々と私に結果を突き付けてきた。

「絶望的って、どういうことですか!」
「言葉の通りじゃよ。小僧の怪我はそれほどまでに深刻ということじゃ。儂でも治すのは不可能じゃろうな」
「そ、そんな……」

 ラピア様みたいな魔法使いでも、治せないだなんて……私なんかじゃ、絶対に出来ると思えない。

「とにかく、治りもしないのに教えても時間の無駄じゃ。さあ、とっとと帰れ……と言いたいが、そろそろ日も暮れる。夜の森は真っ暗で危険じゃからな。そんな所に放り出して、鬼より酷いと思われるのも心外じゃからな……今日は特別に泊めてやる」
「それはありがたい。明日の朝には出て行きますので」
「なにを当然のことを言っておる」

 ウィルフレッド様とラピア様が、何か話をしているようだけど、私はショックが大きすぎて、全然耳に入ってこない。

 どうすれば、ウィルフレッド様を治す道に繋がるの? 他に聖女を見つけて、その人に教えを乞う? それとも、私がもっともっと勉強をして成長をする?

 それだと、本当にいつになったら治せるかわかったものじゃない。私は、一体どうすれば……?


 ****


「……眠れないわ」

 ラピア様の家に泊めてもらった私は、地下の狭い部屋に置かれたベッドに寝転がる。

 さっきから、今日のことを思い出してしまって、全く寝付ける気配がない。

 ……そうだ、少し風に当たってこよう。そうすれば眠くなるかもしれないし、気持ちが落ち着くかもしれない。

 そう思った私は、他の部屋で寝ている人たちを起こさないように、こっそり外に出た。

「夜は冷えるわね……はぁ」
「何をそんな所で腑抜けておる」
「あっ……ラピア様」

 聞き覚えのある声のする方を見ると、ラピア様が切り株に座りながら、葉巻を楽しんでいた。

「ちょっと眠れなくて」
「なんじゃ、魔法で作った即席の地下部屋ではあるが、寝心地は悪くなかったじゃろ?」
「はい、それは大丈夫です」
「うむ。偉大で寛大な儂に感謝すると良い」
「ありがとうございます。あの、どうしてこんな時間に外に?」
「今日は誰かさん達のせいで騒がしかったからの。少し静かな環境でこいつを楽しみたかったんじゃ」

 ラピア様は大きく煙を吐きながら、葉巻を指に挟んで小さく振って見せる。

 私は葉巻を嗜んだことが無いからわからないけど、自ら進んで煙を吸うのって、どういう感じなのだろう? むせたりしないのかしら?

「小娘こそ寝ておらんではないか。大方、小僧が治らなくてどうしよう~とか思っておったのだろう?」
「……そんなところです」
「まあ仕方ないの。儂らは神ではない。治せないものは治せない」

 それは確かにその通りだ。だけど……私はウィルフレッド様を治すのを諦めたくない。幸せになってもらいたい。

 もらいたい、けど……現状ではどうしようもないのは事実だ。

「じゃが、どうしようと思っていても、諦めはしていない……」
「す、凄いですね。どうしてわかるんですか?」
「エレノアがそうじゃったからな。小娘とエレノアは、無駄によく似ているから、手に取るようにわかる」
「私と母さんが……」
「うむ。ちなみに眠れない~ってなるのも予想通りじゃ」

 大好きで尊敬している母さんと似ていると言われると、喜んでいる自分がいる。そのせいで、なんだかソワソワしてしまうわ。

「一つ聞きたいんですけど……母さんと手紙で連絡を取っていたとホウキから聞いたんですけど、本当ですか?」
「うむ。頻繁にではないがな。なんじゃ、知らなかったのか?」
「はい、知りませんでした」

 短く答えると、ラピア様は少し呆れたように肩をすくめた。

「最初はどうでもいいことばかり書いてあった。人を治して喜んでもらったとか、最近これがおいしかったとか……それがいつの間にか、娘が生まれたという内容になった。娘が笑ったとか、初めて立ったとか、初めて喋ったとか、自分と同じ魔法が使えたとか、なんともまあ……見事なまでの親バカになっておったな」

 ラピア様は、懐かしそうに目を細めながら、星達に向かって煙を吐いた。

 母さんは、私をとても大切に育ててくれた。それは、日々の私への優しい態度でわかっていたけど、手紙の中でも同じ感じだったのね。

「そういえば……おかしいと思わんかったか?」
「え、なにがですか?」
「全ての人間を追い返していた儂が、いくらエレノアの娘だからといって、小僧を診てやったり、泊めてやるまで親切にするなんて」
「あ、あまり思いませんでした。母さんと長い付き合いがある人が、悪い人とは思えないですし、色々してくれて、本当は良い人なのかと……」
「……くくっ……はっはっはっ! そういうお人好しなところも、エレノアそっくりじゃな! いずれ悪い大人に騙される未来しか見えんわい!」

 ラピア様は葉巻を持っていない手で膝を叩きながら、大笑いをする。

 もう、笑うのは構わないし、母さんと一緒っていうのも嬉しいからいいけど、大声を出したら、ウィルフレッド様達を起こしちゃうじゃない!

「ふー……久しぶりに大笑いしたわい。その礼に教えてやろう。実はな、エレノアから頼まれておったのじゃよ」
「なにをですか?」
「エレノアから来た最後の手紙に書かれておった。もし娘が儂を尋ねてきたら、面倒をみてやってほしいとな。エレノアの頼みとあっては、聞かないわけにもいかんからの」
「…………」

 そうだったんだ……母さんは、最後の最後まで私の心配をしてくれていたんだ。

 ありがとう……ありがとう、母さん……!

「それで、小娘はこれからどうするつもりじゃ? もう治らないと諦めるか? それとも、ありもしない希望にしがみつき、無駄に足掻き続けるか?」

 まるで私を試すかのように、ラピア様はきつい目を向けてくる。

 どうすれば治るのか。そんなのは未だに答えは出ていない。それでも、諦めたくはない!

「おや、お二人共こんな所にいたんですか」
「え、ウィルフレッド様? 出歩いて大丈夫なんですか?」
「ええ。私も眠れなくて」
「そうじゃ。小僧に言う事があったのを忘れておったわい。ちょっとこっちに来んかい」
「どうしました?」

 ちょいちょいと手招きをするラピア様。それに従ってウィルフレッド様が近づくと――ラピア様は、ウィルフレッド様の胸を手刀で貫いた。
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