罪深きシュトーレン

小春佳代

文字の大きさ
7 / 17

7

しおりを挟む
「あの、好きです、付き合ってください」

それは高校生になって初めての終業式の日、蝉が鳴く木々の下で、俺は。

「……はい」

知らない女の子に告白された。

白い半袖ポロシャツに水色を基調としたチェックのプリーツスカートという他校の制服に身を包んだ彼女は、聞くところによるとふたつ上の先輩だった。

肩まである髪は片側で丁寧に束ねられ、自然と上がっている口角はとても印象が良い。

彼女は、通学路で地元の知人と話す姿を見かけることが多かった俺に、次第に好意を寄せてくれるようになったらしい。

どうして、俺なんかを。

「え……付き合ってくれるの?」

「……はい」

正直、ある程度可愛い子なら誰でも良かった。

誰かと付き合ってみたい、そんな好奇心が湧くのは。

「わぁ……嬉しい」

罪だろうか?

それからというもの、そのふたつ上の先輩とは、とても高校生らしい恋人の時間を過ごしたと思う。

初デートは映画、浴衣で花火大会、大型スライダーのあるプール。

彼女の部屋で夏休みの宿題をするという口実をつけてのキス。

秋も、冬も、流れに身をまかせて過ごした。

気づけば卒業シーズンで、他県の専門学校に通うことが決まっていた先輩は俺に何か言って欲しそうだった。

ああ、今まで楽しかったな。

それが、俺が当時ぼんやり思っていたことだ。

そして、それ以上もそれ以下の言葉も、浮かんでこなかった。





「さようなら~」

クーラーボックスの紐を肩に背負ったおじいちゃんが、釣竿を片手ににこやかに海を後にする。

堤防に座り、海に向けて足を投げ出している理沙は、手を振って別れの挨拶をした。

夕暮れの中、おじいちゃんの姿がどんどん小さくなってゆく。

「夏樹くん」

橙だいだい色の空、光と共に揺らめく海、俺と彼女。

「虫、気持ち悪かったね」
「そ、そこ?」

海に着いてやっと二人っきりになった第一声、釣り餌の感想かよっ。

「だって、ほれほれ~って嬉しそうに虫を見せてくるおじいちゃんに気持ち悪いなんて言えないでしょ?」
「う、うーん、まぁ」
「でも、一度思ってしまったことは吐き出さなきゃ、もやもやするし。だから今言った」

理沙はすっきりした顔でにこっと笑った。

「人間は、秘密は抱え込めないようにできているんだよ」

そして、なんだか難しい言葉を付け足した。

秘密か……、俺がまだ秘密にしていることは。

「夏樹くん」

いろいろあるけど、でも一番は。

「何?」

俺は君じゃなきゃだめだ、ってことだ……。

「海が光ってる」

他の女の子に抱こうとしても抱けなかった感情が。

「うん」

君に対しては、溢れそうなんだ。

潮風になでられる、さらさらとした長い焦げ茶色の髪。
気持ちを覆い隠すかのように咲く、胸元の赤いリボン。

夕暮れに馴染む頬の染まり具合。
憂いを線に描いたような睫毛まつげ。

ゆっくりと俺の方に向けられる、海のように潤んだ青い目。

「ずっと……ここにいられたらいいのに」

時に心を疼うずかせるような言葉を零こぼす、薄桃色の唇。

理沙……、俺は君だけは離さない。

抑えられない想いが手を通して、君の頬に触れる。

顔を傾けて、近づく、今までのどんな時よりも。

ずっと、ずっと、君を探していたんだ。

「夏樹くん」

俺の名前を発する君の吐息が、数ミリ先の俺の唇にかかった。

「私ね」

揺らめく海は、徐々に光を失くしてゆき。

「親友の恋人と」

闇が姿を。

「キスをしたの」

現し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

処理中です...