罪深きシュトーレン

小春佳代

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目の前に運ばれてきたのは皿いっぱいに広がる薄っぺらい肉の塊、シュニッツェルというドイツ風豚のカツレツだ。

石畳の道沿いにある白い壁面のカフェの庭には、まるで赤いパラソルが席ごとに花を開いているかのよう。

ひとつ赤い花の下、私はナイフとフォークを片手づつに、この予想を遥かに超えた量のシュニッツェルを前にして固まっていた。

視線を、今日の連れ合いであるはずの祖母に向ける。

ドイツ人である祖母は友人を見つけたからと言って、また別のパラソルの下、話に色とりどりの花を咲かせている。

祖母は母と違って、誰かさんの顔色なんか窺うかがわない。

一ヶ月前に突然娘夫婦に押し付けられた十二歳の私に向かって、明るく「まぁ、自由にやってよ」とだけ言い、今まさに祖母自身も先程偶然出会った友人の席から一向に戻って来ない形でそれを体現していた。

自由にって言ったって……。

今日は日曜日。
先週はアニカと買い物、先々週はアニカの家でお喋り。

今週のアニカは……って、あぁ、重い重い重い重い。

アニカから与えられる温かい情じょうのシャワーに瞼まぶたを閉じたまま、『人との輪』というものを広げる努力を怠っていたな。

普段一緒にいてくれるアニカの不在で、一度ひとたびキュッとシャワーの蛇口が閉められれば、前髪から滴したたり落ちる情じょうのしずく越しに瞼を開けるの。

誰もいない。

その時に過ごしたいと思っている人めがけて一直線の祖母。
始終伏せ目がちな私に構っていられないクラスメイト。

カフェで思い思いに談笑する生粋のドイツ人たち。

私を必要としている人は、誰もいない。

ねぇ、誰もいないよ、夏樹く……

「何、固まってるの?」

弾かれたように目線を上げると、そこには。

「えっと……ルカ?」

突然ドイツ語で私に話しかけてきたのは、先日アニカが私に幼なじみとして紹介してくれた、背の高い二つ年上の男の子だった。

「リサ、そんな大きいの一人で食べに来たの?」

真ん中で綺麗に分かれている前髪を揺らしながら、彼はおかしそうに笑い出す。

「あ……これ?えと、一人じゃないよ、向こうにおばあちゃんが……」

言葉を発しながらも、なんだか大きなシュニッツェルを前にナイフとフォークの先を空に向けて持ち固まっている自分が滑稽に思えてきた。

「ふはっ、おばあちゃん、戦力になるかなぁ」
「……そうね、ならないかも、ふふふ」
「華奢なリサとアンバランスすぎて笑っちゃったよ」

あれ?この人、この前はすっごく無愛想だったのに。

「今日は笑ってくれるのね」
「ん?どういう意味?」
「だってこの前初めて会った時は、すごく無愛想だったわ」

アニカがドイツ人のマナーをせっかく教えてくれたから、その日ルカに一生懸命目線を合わせてにこにこしながら話しかけたのだけれど、態度は素っ気なくて。

「親しくもない相手に意味もなく笑わないよ。不気味だろ?」

そうか、そういうものなのかな?
これもドイツ流ってやつなの?

「じゃあ今、私とルカは親しくなったの?」

考える前に口にした自分の言葉に、あ、となった。

「そうだな、そういうことにしとこう」

そう言って穏やかに咲いた笑みが、さざ波となって私の心に触れる。

「……じゃあ、これ、少し食べる?」

祖母はいつまで経っても、戻って来そうにない。

「え、もちろん!どれだけでも食べれるよ」

彼は一緒に来ていた家族に手を挙げて何らかの合図を送ってから、ガタガタと音を立てて祖母が座っていた席についた。

「良かった、一緒に食べてくれる人がいて」

また心から言葉が漏れる。
そして結局、伏せ目がち。
なんだか今日は、ダメみたい。

先程までのようなテンポで返してこないルカの様子から、量が多いから、という意味だけではないということは伝わってしまったようだ。

「リサ」

答えるように視線を合わせる。

「また大きなシュニッツェルが出てきたら、呼んでよ」

私の青い目は、まばたきを、二度。

「いつでも呼んでよ、いつでも行くから」

―――バタバタバタバタ。

風を受けた赤いパラソルが音をさせ、私の思考を停止させた。
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