悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな

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婚約者宣言されてしまいました

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(ど、どういう事ですの!? )

 イアンによっていきなり告げられた婚約者発表に会場内はざわついた。わたくしは唖然として隣に立つイアンを凝視する。

 なんでわたくしがあの茂みに居たのを知っていたのかも気になるが、面識のない筈のわたくしを自ら婚約者に選ぶ理由が分からない。そしてもっと気になるのが――。

(もしかして、もしかして、イアン王子って……)

 わたくしの視線に気付いたのかイアンがそっと顔を寄せて来て耳打ちする。

「ちゃんと直せたみたいだね、良かった」
「なっ……」

 その言葉に先ほどからの違和感の正体が判明した。よくよく見たら何故気付かなかったのか。服装だって同じだし、声はまんまあの瓶底眼鏡じゃないか。

(つ、詰んだ――。王太子本人に婚約者になりたくないとか言ってしまった……)

 知らなかったとはいえとんでもない事をした。だがおかしい、普通ならそんな事言われた相手を婚約者に選ぶだろうか。訳が分からず頭の中をグルグルさせているとわたくしとイアンの目線の高さに合わせるかの様に、王妃が少し身をかがめてこちらへと訊ねて来た。

「あらあらイアン、こちらのお嬢さんはどちらのご令嬢かしら?」
「はい、レナード公爵家のエミリア嬢です」

 ニコリと笑顔で答えるイアン。面識のない筈のわたくしの存在をイアンは知っていたらしい。

(もしかしたらエドワードお兄様経由でご存知だったのかしら……だとしてもどうして婚約者になんて)

「エミリア、王妃様へご挨拶なさい」

 いつの間に傍に来ていたのかお母様がわたくしにそう促す。

「も、申し遅れました王妃様。わたくしレナード公爵家のエミリアです。宜しくお願い致します」

 五歳なりには頑張って淑女らしく見える様にカーテシーをする。それを優しい眼差しで王妃は見守ってくれたが、当の本人は内心緊張でガチガチだ。王族となんて初対面なのだから仕方ない。

「エレノアも久し振りね。ふふっ、まさかイアンがエレノアの娘を連れてくるだなんてね」
「はい、王妃様。不思議なご縁ですわね」

 王妃はわたくしのお母様と暫く会話を交わした後、好奇心の眼差しを向けている周りの夫人たちへと宣言するかの様に口を開いた。

「皆様、どうやらイアンが婚約者を見つけて来た様ですわ。正式な発表は後日陛下よりされますので、それまではあまり騒がれませんようお願い致しますわね」

 と、やんわりと口止めをした。とはいっても、噂好きの貴族たちが黙っていられる訳がないのは承知の上だ。そうなると、この婚約者発表は王家自ら認めたとの認識で間違いないだろう。

「ちょっ……待ってよ、ええっ……」

 自分の思惑とは違って最悪な結果になってしまったお茶会に小さく絶望の声を上げるが、それは誰にも届かずに周りの声でかき消された。

(嘘でしょ、なんでですの!? このままじゃ悪役令嬢になってしまいますわ。それを止める為に今日は頑張ってたのに……)

 事の発端のイアンは「あ、喉乾いてない? 何か取ってくるよ」と飲み物を取りに行ってしまった。すぐに戻ってくるだろうから勝手にこの場を離れる訳にはいかない。なんせ相手は王子だ。

「リア? 大丈夫か?」
「エドワードお兄様……わたくし、完全に詰みましたわ……」

 お兄様が心配そうに声を掛けて来たがもはや渇いた笑いしか返せなかった。

「悪い……まさか本気でイアンがお前を気に入るとは思わなくて……」
「ん? ん? ん? ……お兄様の仕業ですの?」
「いや違うんだ。毎日お前の可愛さをイアンに色々と話してて最初は姿絵を見せていただけだったんだ。その内に邸へ内密に訪問して来ては、庭で遊ぶお前を俺の部屋から眺めたりするのが日課になって」
「はい?」

 王太子がお兄様の部屋から毎日わたくしを見て過ごすのが日課って、なんだそれ。どこのストーカーですの、おい。

「お、王太子なら王太子教育とか忙しいんじゃないんですの!?」
「うん、だから家庭教師連れて来て俺の部屋で一緒に……」
「はああ!?」

 思わずお兄様の胸倉をつかみそうになったが、すんでの所で堪える。

「だってイアンもリアの事“可愛い可愛い”言うから嬉しくて……」
「だ、だからって……」
「エミリアが可愛すぎるから仕方ないだろう。はい、これ桃ジュース」

 席を外していたイアンが戻って来たらしく、わたくしの目の前にピンク色の液体の入ったグラスを差し出して来た。桃の甘い香りにつられて素直に受け取る。見るとイアンも同じ桃ジュースの入ったグラスを持っている。

「何にしようか迷ったんだけどね、エミリアみたいに可愛いだろう? だからこれにしたよ」

 そう言いながらクイッと一口、グラスを傾けて喉に流し込む。その仕草だけでも洗練されていて、イアンの姿に見惚れてしまった。

(さすが王太子。ジュース飲むだけで絵になりますわね)

「甘くて美味しいよ?」

 イアンに促されてわたくしもグラスへと口を付ける。桃の甘い香りが広がり、トロトロとしたジューシーな喉越しと優しい甘みが口の中を満たしていく。

(なんて新鮮な桃、美味しいっ!)

「ほうっ……」

 桃ジュースの美味しさに思わず感嘆の声を漏らした。それを見ていた二人が破顔しながら「可愛い……」と呟いたので、わたくしは顔を引きつらせる。

(お兄様がわたくしを溺愛しているのは知ってましたけど、イアンも同じ人種ですの!? えっ、ロリコン!?)

 一瞬そんな思考に走りかけたが、よく考えてみたらイアンもお兄様もわたくしより一つ年上だ。互いにまだ幼いのだからロリコンも何もあったものではない。

「明日、公爵家を訪ねるよ。婚約の書類にもサインが必要だし」

 何事も問題なかったかの様にイアンが公爵家訪問を告げて来た。慌ててわたくしはイアンに確認を取るべく質問をする。

「あ、あのっ。もう婚約は決定なのですか? 出来れば他の方を選んで頂く訳には……」
「この茶会に参加している時点で皆、婚約者候補の令嬢なんだよ。側近もしかりね」
「そ……そんな」
「君が選ばれたくない理由はまたゆっくり聞かせて貰うけど、私は茶会の前から君にするって決めていたからね」
「うぅ……」

 イアンから有無を言わせぬ圧を感じてわたくしは恨めしい表情でお兄様を睨みつけた。お兄様は視線を逸らしてどこ吹く風だ。そんなわたくしの手を取ってイアンは更に怖い事を宣言する。

「言っておくけど、私は狙った獲物は逃がさないから」
「ひえっ」
「私の事を嫌いではない様だし、グズグズに甘やかして私の虜にしてみせるから期待しているがいい」
「あうっ……」

 わたくしを見つめる綺麗な黄金色の瞳にキラリと炎が灯った気がして、恐怖で倒れそうになるのを感じた。

(ヤバイですわ、この人マジで本気ですわ、王子の本気こわいですわ~!!)

 その日の帰りの馬車の中のわたくしは、まるで魂が抜けたかの様な脱力っぷりだった。転生二日目にして既に詰んだのだった。
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