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エミリア、恐怖する
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「ようこそ、お越し下さいました。エミリア様」
そう言って教会の少し奥にある修道院の扉を開けて出迎えに出て来たのは、少し腰の曲った高齢のシスターだった。
「まずは子供達に会ってやって下さい。エミリア様がお見えになるのを皆でお待ちしてたんですよ」
「あら、そうですの? では案内して下さいませ」
シスターに連れられてエミリアとビバリーは教会の建物の方へと足を進めた。古い大きな扉を抜けるとまずは玄関フロアの様な前室があり正面には二枚扉の立派な入口と、左右の壁には扉が一枚ずつあった。
シスターは迷う事なく正面の扉を開いてエミリア達を中へと招き入れた。
教会の内部は何処も似た様なものだろう。真ん中には正面へと続く絨毯が敷かれた広めの通路がありその左右には参列者達が座る為の長椅子がズラリと並べられ、真正面奥には数段上がった所に祭壇があり十字架が掲げられている。
そして祭壇前の少し開けたスペースには古めいたオルガンが設置されている。子供達の声はその辺りから聞こえて来ている。
天井に嵌め込まれたステンドグラス越しに届く淡い光を眺めながら、シスターを先頭にして子供達の居る方へと歩いていった。
「皆さん、エミリア様がお見えになりましたよ」
シスターの言葉にオルガン周りに集まっていた子供達が一斉にこちらを振く。エミリアより幼い子が多いが、数人はエミリアよりも年上も居る。
児童保護施設には赤ん坊から成人する18歳を迎えるまでの子供達が生活をしている。
「「ようこそ、お越し下さいました、エミリア様」」
「さまっ!」「ま!」
一生懸命練習したのか声を合わせて挨拶をしてくれた。か、何人かは声が揃わずワンテンポ遅れたりしていた。
「ご丁寧にありがとう御座います。エミリアです、宜しくお願い致しますわ」
エミリアも子供達に挨拶を返した。その対応に幾分か緊張の色を見せていた子供達の表情が少し和らいだ様だ。
「あの、エミリア様」
おずおずと子供達の後ろから一人の少女が前に出て来た。他の子供達とは違い、簡素なワンピースではあるがその身なりから見るに貴族の令嬢なのだと分かる。
特別美人というわけではないがどこか憎めない素朴な笑顔が魅力的で人目を惹く。少し奥二重な深い緑色の瞳に似合う淡い若葉色の髪は両耳の後ろから可愛いらしいリボンを編み込みながらおさげに結われており、胸の辺りまで垂らしていた。
「私こちらの施設のお手伝いをさせて頂いています、サルビア・ファフナーと申します」
軽く膝を折りながらサルビアは自己紹介をした。エミリアは家名であるファフナーという名前に何となく覚えがあった。
「あぁ、確か最近伯爵になった……」
確か最近まで男爵家だった筈だ。何が理由かはまだ公表されてはいなかったが、陞爵されるという事はそれなりに何かの功績を上げたという事なのだろう。イアンから近い内に発表があるらしいとは耳にしていた。
「まぁ! エミリア様に認知して頂いていたなんて光栄です」
「そ、そう……」
元気一杯に返されたサルビアの返答に、エミリアは少し圧倒される。
「私、縁あってこちらによくお邪魔しておりますので仲良くして下さいませね!」
「は、はぁ……」
(貴族というより、まるで市井の方の様なお振舞いですわ。あまり仲良くなりたいとは思えませんけど……)
正直言えばシスターや子供達が名前呼びをしてくるのは立場や場所柄構わないが、サルビアも貴族の令嬢なのにこちらが許した訳でもなく馴れ馴れしく名前呼びをしてくるのも気に入らなかった。
貴族には貴族同士、暗黙のルールというものがあるのである。相手が許していないのに勝手に名前呼びをするのは、大変失礼な行為にあたるのだ。
今回の場合流れ上仕方ない部分もあるが、なんだかモヤッとした気持ちにエミリアはなってしまった。
それでも笑顔を顔に貼り付けながら一通り視察を終えたエミリアは、やっと馬車へと乗り込んだのだった。その数日後、エミリアは人生最大のピンチに局面する事となった。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
その日――。国王からの大切な発表があるとの事で、王宮には貴族達が集められていた。王太子の婚約者であるエミリアは勿論、両親や兄のエドワードも一緒だ。
国王陛下は壇上より一人の少女を皆へ紹介した。
「我が国に新たな聖女が現れた」
その言葉と共にイアンのエスコートを受けながら壇上へと姿を見せたのは、先日エミリアが教会で出会ったあの淡い若葉色の髪の少女だった。
「ファフナー伯爵家のサルビア嬢だ。先日正式に聖女認定されたばかりだが、その実力は神官からの折紙付きだ」
「この国の為、精一杯頑張ります」
イアンの隣で意気込みを述べるサルビアの姿を見て、エミリアは倒れそうになった。恐れていた事がやはり起こった、と血の引く思いがした。
「す、少し外の空気を吸って参ります」
「俺が付き添うよ」
顔色を悪くしているエミリアを心配する両親に、エドワードが付き添いを申し出てくれたお陰ですんなりとバルコニーの方へと出る事が出来た。
「ほら、聖女ですわ……そしてわたくしはきっと悪役令嬢……」
「おかしいな、聖女が出てくるなんて」
涙目で狼狽えるエミリアの横でエドワードは首を傾げた。
そう言って教会の少し奥にある修道院の扉を開けて出迎えに出て来たのは、少し腰の曲った高齢のシスターだった。
「まずは子供達に会ってやって下さい。エミリア様がお見えになるのを皆でお待ちしてたんですよ」
「あら、そうですの? では案内して下さいませ」
シスターに連れられてエミリアとビバリーは教会の建物の方へと足を進めた。古い大きな扉を抜けるとまずは玄関フロアの様な前室があり正面には二枚扉の立派な入口と、左右の壁には扉が一枚ずつあった。
シスターは迷う事なく正面の扉を開いてエミリア達を中へと招き入れた。
教会の内部は何処も似た様なものだろう。真ん中には正面へと続く絨毯が敷かれた広めの通路がありその左右には参列者達が座る為の長椅子がズラリと並べられ、真正面奥には数段上がった所に祭壇があり十字架が掲げられている。
そして祭壇前の少し開けたスペースには古めいたオルガンが設置されている。子供達の声はその辺りから聞こえて来ている。
天井に嵌め込まれたステンドグラス越しに届く淡い光を眺めながら、シスターを先頭にして子供達の居る方へと歩いていった。
「皆さん、エミリア様がお見えになりましたよ」
シスターの言葉にオルガン周りに集まっていた子供達が一斉にこちらを振く。エミリアより幼い子が多いが、数人はエミリアよりも年上も居る。
児童保護施設には赤ん坊から成人する18歳を迎えるまでの子供達が生活をしている。
「「ようこそ、お越し下さいました、エミリア様」」
「さまっ!」「ま!」
一生懸命練習したのか声を合わせて挨拶をしてくれた。か、何人かは声が揃わずワンテンポ遅れたりしていた。
「ご丁寧にありがとう御座います。エミリアです、宜しくお願い致しますわ」
エミリアも子供達に挨拶を返した。その対応に幾分か緊張の色を見せていた子供達の表情が少し和らいだ様だ。
「あの、エミリア様」
おずおずと子供達の後ろから一人の少女が前に出て来た。他の子供達とは違い、簡素なワンピースではあるがその身なりから見るに貴族の令嬢なのだと分かる。
特別美人というわけではないがどこか憎めない素朴な笑顔が魅力的で人目を惹く。少し奥二重な深い緑色の瞳に似合う淡い若葉色の髪は両耳の後ろから可愛いらしいリボンを編み込みながらおさげに結われており、胸の辺りまで垂らしていた。
「私こちらの施設のお手伝いをさせて頂いています、サルビア・ファフナーと申します」
軽く膝を折りながらサルビアは自己紹介をした。エミリアは家名であるファフナーという名前に何となく覚えがあった。
「あぁ、確か最近伯爵になった……」
確か最近まで男爵家だった筈だ。何が理由かはまだ公表されてはいなかったが、陞爵されるという事はそれなりに何かの功績を上げたという事なのだろう。イアンから近い内に発表があるらしいとは耳にしていた。
「まぁ! エミリア様に認知して頂いていたなんて光栄です」
「そ、そう……」
元気一杯に返されたサルビアの返答に、エミリアは少し圧倒される。
「私、縁あってこちらによくお邪魔しておりますので仲良くして下さいませね!」
「は、はぁ……」
(貴族というより、まるで市井の方の様なお振舞いですわ。あまり仲良くなりたいとは思えませんけど……)
正直言えばシスターや子供達が名前呼びをしてくるのは立場や場所柄構わないが、サルビアも貴族の令嬢なのにこちらが許した訳でもなく馴れ馴れしく名前呼びをしてくるのも気に入らなかった。
貴族には貴族同士、暗黙のルールというものがあるのである。相手が許していないのに勝手に名前呼びをするのは、大変失礼な行為にあたるのだ。
今回の場合流れ上仕方ない部分もあるが、なんだかモヤッとした気持ちにエミリアはなってしまった。
それでも笑顔を顔に貼り付けながら一通り視察を終えたエミリアは、やっと馬車へと乗り込んだのだった。その数日後、エミリアは人生最大のピンチに局面する事となった。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
その日――。国王からの大切な発表があるとの事で、王宮には貴族達が集められていた。王太子の婚約者であるエミリアは勿論、両親や兄のエドワードも一緒だ。
国王陛下は壇上より一人の少女を皆へ紹介した。
「我が国に新たな聖女が現れた」
その言葉と共にイアンのエスコートを受けながら壇上へと姿を見せたのは、先日エミリアが教会で出会ったあの淡い若葉色の髪の少女だった。
「ファフナー伯爵家のサルビア嬢だ。先日正式に聖女認定されたばかりだが、その実力は神官からの折紙付きだ」
「この国の為、精一杯頑張ります」
イアンの隣で意気込みを述べるサルビアの姿を見て、エミリアは倒れそうになった。恐れていた事がやはり起こった、と血の引く思いがした。
「す、少し外の空気を吸って参ります」
「俺が付き添うよ」
顔色を悪くしているエミリアを心配する両親に、エドワードが付き添いを申し出てくれたお陰ですんなりとバルコニーの方へと出る事が出来た。
「ほら、聖女ですわ……そしてわたくしはきっと悪役令嬢……」
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涙目で狼狽えるエミリアの横でエドワードは首を傾げた。
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