悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな

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入学式を迎えて

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 あれからまた季節は巡り、エミリアもとうとう王都にある王立ストーン学園への入学を迎えた。

 馬車の中から不安げに窓の外を覗いては小さく溜息をつく。

 ゲームのシナリオが始まるかもしれない。サルビアも前世の記憶を取り戻したかもしれない……そんな不安が胸の中を掻き乱す一方で、これからは沢山イアンの姿を見る事が出来るという嬉しさもあって、どうにも馬車の中でも落ち着かないのだ。

「大丈夫だよリア、悪役令嬢になんてならないって」

 一緒に馬車に乗っているエドワードお兄様が、いつもの様に励ましてくれる。本来なら二年生は明日からの登校だが、イアンと共に生徒会役員となったお兄様は入学式に出席されるらしい。

「そんなの、まだ分かりませんわ。これからが本番ですもの」
「どうやったらリアは安心するのかな……」
「……ヒロインが居ないと確信する迄は無理ですわ」
「うーん」

 あの茶会からの約一年ちょっと。自分なりに色々考えて、それこそ色々準備をした。万が一の為に持ち出せる金貨や宝石類もすぐに持って逃げれる様に用意してある。

 メイクの練習もして詐欺まがいの変装メイク技術も取得した。前世で沢山コスプレしてたから一応服も縫えるし、料理も洗濯も前世の経験があるからバッチリだ。一人暮らししてて良かった、ありがとう前世のお父さん、お母さん!

 パトリックやフランシスとの関係も良好なままだし、イアンとも仲が悪くなった訳じゃない。ただ、イアンが多忙過ぎてなかなか会えなくなっただけ。

(あまりにも寂し過ぎて一度だけお城の前まで行ってしまった事は誰にも秘密ですわ)

「さぁ、そろそろ着くよ。多分イアンが出迎えに来てる筈」
「えっ」

 まさか学園に到着早々イアンに会えるだなんて思っていなかったので単純に驚いたと同時に胸が高鳴った。

 チラッと窓の隅から外を覗いてみると馬車止めに煌びやかな人影が見えた。あのキラキラさはイアンだ。馬車が止まると外側から扉が開かれ、イアンが手を差し伸べる姿が見えた。

「リア、降りておいで」

 落ち着いた優しいイアンの声にエミリアはポッと頬を赤らめた。自分の為にわざわざ出迎えに来てくれるなんて、なんて幸せなのだろう。

「はい」

 そっと手を伸ばそうとした時、少し離れた所から「きゃっ!?」と小さな悲鳴が上がった。何事かと視線をそちらに向かせると同時に一人の女子生徒がイアンの腕の中へと飛び込んで来た。

 慌ててイアンが抱き止めた相手はなんとサルビアだった。どうやら躓いて転ぶ所だったらしい。抱き止められたサルビアとイアンが一瞬見つめ合う形となり、エミリアは息を呑んでその光景を見るしか出来なかった。

 ――それはまるでゲームのヒロインが攻略対象者である王太子との出会いイベントみたいなシーンだった。

「ご、ごめんなさい。誰かに背中を押されてしまって……」
「いや、怪我がないのなら良い」

 馬車の入口で固まるエミリアの背後からするりと抜け出たエドワードがあっという間にサルビアをイアンから離し、二人の間に割って入った。

「警備の者は何をしているんだ、聖女殿をあちらへ」
「ハッ! 失礼致しました!」

 少し離れた所には次々と馬車から降りた生徒達の姿があり、そこへ連れて行かれたサルビアは友人らしき女子生徒と合流した。しきりに首をかしげながらその友人へ何か弁明している。

「殿下、お怪我などはありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。少々驚いただけだ」

 あまりの出来事に動揺しかけていたエミリアだったが、ハッと我に帰り何も気にしてない振りをしながら一人で馬車から降りた。

(平気平気、これくらい想定内じゃない。今は平常心を保たなきゃ)

 本当は全然平気などではなかったが、ここで取り乱しては公爵令嬢の名が廃る。ましてやサルビアに注意でもしたら、それこそ悪役令嬢みたいだ。

「あ、リア」

 エミリアを放置していた事を思い出したのか、イアンが声を掛ける。それに応えるかの様にエミリアはゆっくりとカーテシーをして見せた。

「お出迎え頂きありがとう御座います、イアン殿下」
「あ、うん」
「早速ですが案内して頂けます? イアンもあまり時間がありませんでしょう?」
「……分かった、そうしよう」

 改めてイアンはエミリアの手を取り、ざわつく生徒たちの間をすり抜けて入学式の行われるホールへと歩き出した。エドワードが先導してはいたが自然と道は開かれ、難無く三人はホールに到着する事が出来た。

「改めて入学おめでとう、リア。これからは学園で会えると思うと嬉しいよ」
「ありがとう御座います。わたくしも楽しみにしております」

 そう答えはするものの心は曇ったままだ。エミリアが強がって平気な振りをしている事なんて、イアンやお兄様にはバレているだろう。

「……では、私達はそろそろ行くが大丈夫か?」
「もう子供じゃありませんわ、一人でも大丈夫に決まっているじゃありませんか」
「ん……そうだな」

 去り際に頭を軽くポンポンとされて思わず泣きそうになった。慌てて笑顔を作り二人を見送る。

(胸が苦しいですわ……初日からこれでは負けてしまいますわ)

 さっきのでサルビアがヒロインではないかとの考えは強くなった。

(イアンの腕の中にわたくし以外の女性が居るだなんて、もう二度と見たくありませんわ。けどイアンがそれを選んだ場合は……)

 考えたくは無い未来の図に溜息をもらす。出来るならこのまま、イアンの傍に居させて欲しいと願うエミリアだった。
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