35 / 69
第二章
バーベンス公爵 アーサーSide
しおりを挟む
アルスト殿下とアーサー殿下が不仲かもしれない……そんな噂が貴族の中であっという間に広まった。それはここ、王立学園でもそうだった。普段は仲の良い二人が、廊下などですれ違ってもアーサー殿下は知らんぷり。アルスト殿下の方はそんなアーサー殿下を見ては溜息をついておられる。その様子を生徒たちも何度も見てはひそひそと囁き合うのだった。
そのうち、学園の庭園ではアーサー王子とロメリアンヌが仲良くベンチに腰掛けて談笑したり、放課後の図書室でも二人が仲良さげに本を探し歩いたりする様子が日常的に見られるようになっていった。最初の内はロメリアンヌの婚約者であるザッカリーが口出しして来たりしていたが、ある日を境にそれもプツリと無くなった。
「アーサー殿下」
城の王子宮から出て幾分か歩いた所で、そう声を掛けて来た男が居た。ぶっくりと肥った腹を大きな宝石の付いた指輪だらけの手で撫でながらニヤニヤとした笑みを浮かべたその中年の男は、この国で王族・ローゼン公爵家に次ぐ権力を持っているバーベンス公爵だった。
「……バーベンス公爵」
ようやく来たか――僕はそう思った。兄上と僕が不仲だとの噂はバーベンス公爵家当主であるクロッカー・バーベンスにはすぐには届いてはいただろうが、この男がそうそう鵜呑みにする訳はない。あの夜会から八ヶ月経過した今、ようやく動き始めたとは……なかなか侮れない相手だ。
「何処かへお急ぎですかな? 出来れば少しお時間を頂けますでしょうか」
「これから外へ視察に行くところだ。それに貴殿と話すような事は私には何もないと思うが」
元々バーベンス公爵とは特に接点は無い。それも踏まえてわざと突き放すように答えた。するとクロッカーはニヤニヤとした笑いを絶やさないまま、声を潜めながら距離を縮めて来た。
「エマーソン公爵令嬢の事で少々、ご相談がありましてな」
「…………」
「殿下にとって悪い話じゃないと思いますよ」
無言のまま訝しげにクロッカーを見据える。口角を上げたまま、こちらを見返す瞳はギラリとした光を放っているように見える。
「……後日、少し時間を取ろう。都合の良い日時を知らせてくれ」
「ふはは、畏まりました」
表情を崩さずその場を立ち去る。――兄上の読み通りだ、とうとう動き出した。用意させていた馬車に側近と乗り込み、暫く走らせてから独り言のように僕は声を発する。
「テッド、そこに居るか」
「はい」
何処からともなく返事が聞こえる。答えたのは、今回の作戦の為にローゼン公爵家から派遣された暗部の人間だ。魔法を使って姿を消し、こうして常に僕の傍に控えている。
「バーベンス公爵が動き出した。兄上とタクト様、スクト様へ伝えてくれ」
「御意」
僕は王族だからテッド以外にも王家の暗部の者が護衛として付いてはいる。彼らもとても優秀なのだが、テッドにはとても及ばないらしい。そもそも王家の暗部に所属するローゼン公爵領出身の者たちは、常軌を逸した能力を兼ね備えていて度肝を抜かれる。テッドも近々王家の暗部へと移動となる予定らしく、今回はそれに先駆けて僕に付いてくれていた。タクト様曰く今一番実力のある若者なんだそうな。
兄上も怖いが、ローゼン公爵家も絶対に敵には回してはいけない相手だと思う。バーベンス公爵家もいくら権力はあるとしても、ティアナ嬢と仲の良いロメリアンヌ嬢をあんな風に蔑ろな扱いをしていては、ローゼン公爵家から反感を買う事だって予想出来そうだが……まぁ、あのザッカリーには無理な話かもしれないな。ザッカリー自身がまともにタクト様に刃向っているからな。
「ようやく、ですか」
向かい側の席に座る側近のジョエル・ネリネが眼鏡のズレを直しながら溜息を漏らした。漆黒色の癖のない髪がサラリと揺れる。
「あぁ、待たせたな」
「待ちくたびれましたよ。これでようやくアイツを消せると思うと腕が鳴りますけどね」
ジョエルが不敵な笑みを浮かべた。細められた茶色の瞳が眼鏡の奥で怪しげに光る。いや、その笑みはかなり怖いから!
「待て待て、まだこれからだからな。焦るなよ」
「分かってますよ」
僕の側近であるジョエルはネリネ公爵家の三男だ。ザッカリーとは同い年で幼い頃から仲が悪く、同じ公爵家でも序列的に二番目のバーベンス公爵家からしたら、ネリネ公爵家は最下位なのでいつも馬鹿にされていたらしい。
ジョエルと僕は幼少期から遊び相手として引き合わされ、自然に側近としてこうして傍に居てくれるようになった。何故かジョエルはまだ頼りないであろう僕を気に入ってくれている。王位を継がない僕はいずれ何処かの家へ婿入りする事になるのだけど、それでもずっと僕の傍に居たいと言ってくれている。
今回の計画もジョエルが居てくれるから僕も余計な不安もなく行動が出来る。とても心強い存在だ。
「それにしても兄上は凄いな。こうも予想通りに事が運ぶとは……」
「アルスト殿下でなければ、あのバーベンス家を葬る事は難しいでしょうね」
バーベンス公爵家は六大公爵家の中でも一番歴史が古い。そして怪しい噂が絶えない。化かし合い騙し合いが常な貴族社会の中でも古狸として歴代当主たちは君臨してきている。武闘派のローゼン公爵家が台頭して来てからはトップの座を奪われてしまったが、それでもバーベンス公爵家を支持する派閥は多く残っている。王家に従順な振りをしてはいるが、それが本心で無い事は誰しも知るところだ。
「…………これから起こる出来事は歴史に残る事件になるのだろうな」
僕はそう呟きながら馬車の窓から流れゆく景色を見つめた。
そのうち、学園の庭園ではアーサー王子とロメリアンヌが仲良くベンチに腰掛けて談笑したり、放課後の図書室でも二人が仲良さげに本を探し歩いたりする様子が日常的に見られるようになっていった。最初の内はロメリアンヌの婚約者であるザッカリーが口出しして来たりしていたが、ある日を境にそれもプツリと無くなった。
「アーサー殿下」
城の王子宮から出て幾分か歩いた所で、そう声を掛けて来た男が居た。ぶっくりと肥った腹を大きな宝石の付いた指輪だらけの手で撫でながらニヤニヤとした笑みを浮かべたその中年の男は、この国で王族・ローゼン公爵家に次ぐ権力を持っているバーベンス公爵だった。
「……バーベンス公爵」
ようやく来たか――僕はそう思った。兄上と僕が不仲だとの噂はバーベンス公爵家当主であるクロッカー・バーベンスにはすぐには届いてはいただろうが、この男がそうそう鵜呑みにする訳はない。あの夜会から八ヶ月経過した今、ようやく動き始めたとは……なかなか侮れない相手だ。
「何処かへお急ぎですかな? 出来れば少しお時間を頂けますでしょうか」
「これから外へ視察に行くところだ。それに貴殿と話すような事は私には何もないと思うが」
元々バーベンス公爵とは特に接点は無い。それも踏まえてわざと突き放すように答えた。するとクロッカーはニヤニヤとした笑いを絶やさないまま、声を潜めながら距離を縮めて来た。
「エマーソン公爵令嬢の事で少々、ご相談がありましてな」
「…………」
「殿下にとって悪い話じゃないと思いますよ」
無言のまま訝しげにクロッカーを見据える。口角を上げたまま、こちらを見返す瞳はギラリとした光を放っているように見える。
「……後日、少し時間を取ろう。都合の良い日時を知らせてくれ」
「ふはは、畏まりました」
表情を崩さずその場を立ち去る。――兄上の読み通りだ、とうとう動き出した。用意させていた馬車に側近と乗り込み、暫く走らせてから独り言のように僕は声を発する。
「テッド、そこに居るか」
「はい」
何処からともなく返事が聞こえる。答えたのは、今回の作戦の為にローゼン公爵家から派遣された暗部の人間だ。魔法を使って姿を消し、こうして常に僕の傍に控えている。
「バーベンス公爵が動き出した。兄上とタクト様、スクト様へ伝えてくれ」
「御意」
僕は王族だからテッド以外にも王家の暗部の者が護衛として付いてはいる。彼らもとても優秀なのだが、テッドにはとても及ばないらしい。そもそも王家の暗部に所属するローゼン公爵領出身の者たちは、常軌を逸した能力を兼ね備えていて度肝を抜かれる。テッドも近々王家の暗部へと移動となる予定らしく、今回はそれに先駆けて僕に付いてくれていた。タクト様曰く今一番実力のある若者なんだそうな。
兄上も怖いが、ローゼン公爵家も絶対に敵には回してはいけない相手だと思う。バーベンス公爵家もいくら権力はあるとしても、ティアナ嬢と仲の良いロメリアンヌ嬢をあんな風に蔑ろな扱いをしていては、ローゼン公爵家から反感を買う事だって予想出来そうだが……まぁ、あのザッカリーには無理な話かもしれないな。ザッカリー自身がまともにタクト様に刃向っているからな。
「ようやく、ですか」
向かい側の席に座る側近のジョエル・ネリネが眼鏡のズレを直しながら溜息を漏らした。漆黒色の癖のない髪がサラリと揺れる。
「あぁ、待たせたな」
「待ちくたびれましたよ。これでようやくアイツを消せると思うと腕が鳴りますけどね」
ジョエルが不敵な笑みを浮かべた。細められた茶色の瞳が眼鏡の奥で怪しげに光る。いや、その笑みはかなり怖いから!
「待て待て、まだこれからだからな。焦るなよ」
「分かってますよ」
僕の側近であるジョエルはネリネ公爵家の三男だ。ザッカリーとは同い年で幼い頃から仲が悪く、同じ公爵家でも序列的に二番目のバーベンス公爵家からしたら、ネリネ公爵家は最下位なのでいつも馬鹿にされていたらしい。
ジョエルと僕は幼少期から遊び相手として引き合わされ、自然に側近としてこうして傍に居てくれるようになった。何故かジョエルはまだ頼りないであろう僕を気に入ってくれている。王位を継がない僕はいずれ何処かの家へ婿入りする事になるのだけど、それでもずっと僕の傍に居たいと言ってくれている。
今回の計画もジョエルが居てくれるから僕も余計な不安もなく行動が出来る。とても心強い存在だ。
「それにしても兄上は凄いな。こうも予想通りに事が運ぶとは……」
「アルスト殿下でなければ、あのバーベンス家を葬る事は難しいでしょうね」
バーベンス公爵家は六大公爵家の中でも一番歴史が古い。そして怪しい噂が絶えない。化かし合い騙し合いが常な貴族社会の中でも古狸として歴代当主たちは君臨してきている。武闘派のローゼン公爵家が台頭して来てからはトップの座を奪われてしまったが、それでもバーベンス公爵家を支持する派閥は多く残っている。王家に従順な振りをしてはいるが、それが本心で無い事は誰しも知るところだ。
「…………これから起こる出来事は歴史に残る事件になるのだろうな」
僕はそう呟きながら馬車の窓から流れゆく景色を見つめた。
21
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。
困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。
さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず……
────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの?
────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……?
などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。
そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……?
ついには、主人公を溺愛するように!
────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる