入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第一章 入れ替わった花嫁

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「信じてもらえ無いかもしれませんが、私は……カナリアさんではありません」

 メイドの少女の表情が歪み、一瞬固まったイケメンが「あぁ、カナリア……」と哀れみの表情を浮かべながら額に触れてくる。
 それはそうだろう。そうしたい気持ちも分かるし、そうなってしまうのも理解出来る。理解出来るがその手をやんわりと押し退けた。

「熱はありません。私自身も混乱してますが頭も正常です。見た目はカナリアさんですが、中身が別人なんです」

 自分でも何て突拍子の無いことを口走っているのかと可笑しく思う。これが夢でなくて何なのか。何度もそう思ったが、目覚める度に目の前にある世界はかなが知らないものだった。状況が全く変わらないのだ。頬をつねれば痛いし、手も足も細いままで身体の倦怠感は一向に無くならない。
 イケメンの哀れみの眼差しと、メイドの懐疑的な眼差しが非常に痛いが、つぐんでしまいたくなるのを堪えて口を開いた。

「信じられないのは重々承知です。私がそうだから。でも、私の名前は皐月かなと言います。かなが名前です。水無月建設で事務員をやっていて、勤続六年目です。趣味は手芸とお菓子作りで、今はミニチュアハウスを作ることにハマっています。家事全般は得意だし、一番好きなのは料理で、得意料理は豚の角煮です。現在二十九歳アラサー女子です!!」

 口を挟む余地を与えないまま喋り切って依然固まったままの二人を交互に見た。
 普通なら頭がイカれたと思われるか、混乱していて記憶があやふやになっていると思われるだろう。でも真実だ。

「私は今朝、仕事に行こうとして階段から落ちました。全身を強く打って意識を失ってしまったんです。そして目が覚めたらここにいました。信じられないと思うけど本当なんです!」

 さっきまで笑みを浮かべていた彼の表情が引き攣っている。眼差しも真意を探ろうとしているのか疑念が含まれているように感じられる。

「…………」
「…………」
「…………」

 沈黙が痛い。向けられた強い眼差しが肌に突き刺さるようで、耐えられなくなったカナはまつ毛を伏せた。

「……リア……私が分かるか……?」

 恐る恐る伸ばされた手が触れる前に小さくふるふると首を振った。

「君の名前は……? 歳は……? 彼女の事は? 君の親友だろう?」

 彼がメイドを指し示すが反応は同じだ。この体の持ち主の名前は分かるがそれ以外は何一つ知らない。
 何を聞かれても答えようが無いのだ。

「……そんな……どうして……」

 信じられる筈も無い内容だったが、アズベルトには今彼女が言った事の半分も理解出来なかった。
 そもそもカナリアがそんな嘘を付くとは思えない。何のメリットも無いからだ。
 確かに様子がおかしいとは薄々思っていた。長い間意識を失っていた事による一時的な記憶の混乱だと思っていたのに、まさかこんな信じ難い現実を突きつけられるなんて想像もしていなかった。
 項垂れるように肩を落とした彼が、徐に顔を上げた。ガシッと両肩を掴まれて、びくりと肩が揺れる。驚いた拍子に見上げると、すぐ目の前に彼の焦慮した顔があった。

「今のが仮に! 仮に本当だとして、リアは? リアはどうなった!? 彼女はどこだ!?」

「旦那様!」

 ナタリーの声にハッとした。眼前で震える彼女の顔が怯えを含んで力無く首を振っている。
 その姿に、を脅かすような態度を取ってしまった事に直様後悔し手を離す。

「すまない……乱暴なマネを……」

「いえ……私にも、何が何だか……すいません……」

 カナは夢に見た事を話すべきかどうかを迷っていた。ただでさえ有り得ない状況なのに、夢で見ただけの現実ではない出来事を話せば、ますます混乱させてしまうのではと考えたのだ。
 最悪カナリアに危害を加えたなどと言われかねない。そんな恐怖から、俯いたまま口をつぐんでしまった。

 ふらりと力なく元いた場所に座り、アズベルトは一向に視線の合わないカナリアを見つめた。
 いつもなら愛しい笑顔を満開に咲かせて微笑んでくれている筈なのだ。
 伸ばした手が受け入れられなかった事など無かったし、将来の不安こそあったものの、怯えた眼差しを向けられた事など無かった。
 それがどうだろうか。
 常とは全く違うこの状況がもうすでに答えなのでは無いかと、信じたくも無いのに思えてしまった。言いようのない不安の正体はこれだったのだ。

 彼がふらりと力なくその場を立ち、ベッドに背を向けた。その後ろ姿を不安を隠しきれないまま見上げる。

「すまないが、今日はもう休ませて貰う。……明日また話そう」

 そう言うと扉に向かって歩き出す。メイドは何か言いたげだったが、何も言えないままオロオロと二人を交互に見つめている。

「待ってください!! ……えっと、その……」

「……アズベルト。アズベルト・フォーミリオだ」

 こちらを振り向いてくれない彼の背中に願うように問いかけた。

「アズベルトさん! 私には帰りを待っている人がいます! きっと心配していると思うんです。帰る方法をご存知有りませんか?」

「……いや、分からない」

「……そんな……」

 アズベルトが固く拳を握り締める。
『アズベルトさん』
 そんな風に呼ばれた事など一度でもあっただろうか。この虚しさをどこに向ければいいのか分からない。振り返れば彼女にぶつけてしまいそうで、扉を見つめたまま口を開く。

「……今は混乱している。落ち着いて考えを整理する時間が欲しい。人は配置しておくから、何かあれば呼びなさい」

 それだけ言うと振り返る事の無いまま出て行ってしまった。メイドが部屋の明かりを落としていく。
 そうして広い部屋に一人取り残されたカナは、二人が消えた扉をしばらく見つめていた。
 急にひとりぼっちになってしまったように思えて、薄暗い室内が余計に広く寂しく感じられる。
 カナはベッドに背中を預け天井を見上げた。これからどうなってしまうのか、言いようの無い不安と心細さに涙が溢れた。

「……たける……会いたいよ……」

 声にした途端に気持ちが溢れてしまう。掛布を頭まで被り枕に顔を押し付けると、カナは声を押し殺して泣いていた。



 執務室に戻ったアズベルトは真っ直ぐに机に向かうと、側の椅子へどっかりと腰を落とした。
 着替える気も眠る気もおきず、かといって仕事などとても出来る状況じゃない。
 背もたれに身体を預けると自分の身体がやけに重たく感じられた。
 目を閉じ大きく息を吐き出すと、先ほどのカナリアの話は本当だろうかと思案する。
 現実には有り得ない、そんな筈がない、そうは思っているのに、それを否定する事の方が困難に思えた。
 何も確証が無い以上、とても一人で答えが出せるものではない。

 コンコン

 控えめなノックが響き、入室を許可すると、トレイにティーポットとカップを乗せたナタリーが入ってくる。近くの台へそれを置くと、カップにお茶を注ぎ始めた。正面へ立つとそれを目の前へと置いてくれる。

「ありがとう。今日はもう休みなさい」

 彼女も混乱しているだろうからと退出の許可を出したが、ナタリーはその場に留まったまま少し俯き加減で、「旦那様」と静かに口を開いた。

「私はリアが……彼女が言っていた事は……真実だと思います」

 自分と同様あの話には懐疑的だろうと予想していたアズベルトは、ナタリーのまさかの肯定に驚いた。

「何故そう思う?」

 ナタリーがゆっくりと顔を上げる。そのアメジスト色は確かに動揺し、半信半疑であると切に伝えてくる。

「私が部屋に行った時、彼女は自力で起き上がり、鏡台の前にいました。この二週間、食事もまともに取れず、昨日は本当に生きられるかどうかの瀬戸際にいたリアが、私たちが心配すると分かりきっている行動を取るとは思えません」

「……」

「それに、絨毯に零した水が染みになることも知っていました。掃除の経験など無いに等しいリアに分かることとは思いません」

「……」

「何より旦那様を拒絶しました。……彼女が本当にカナリアなら、絶対に有り得ない事です……っ……」

 必死で堪えていたものが溢れ出そうになって、ナタリーは唇を噛んだ。そんな事は有り得ないと頭では思っているのに、彼女の言動が全て真実だと告げてくるのだ。

「……そうだな。私もカナリアがあんな嘘を吐くとは思えない。私の方でも調べてみるが、念のためこの事は誰にも話さないように」

「……はい」

「今日はもう下がりなさい」

「はい。失礼いたします」

 ナタリーは扉の前で一礼すると静かに部屋を後にした。

「……アズベルトさん、か……」

 再び背もたれに身体を預けると、大きく息を吐き出した。瞼を閉じようものなら、カナリアの眩しいくらいの笑顔が鮮明に思い出される。
 このまま眠れそうもないと思ったアズベルトは、姿勢を正して執務机に向かうと、ペンとインクを用意し一枚の便箋を取り出した。
 今現在も城に勤務しており、カナリアの治療でも世話になっていた旧友へ連絡を取ってみようと考えたのだ。彼ならもしかしたら解決の糸口を導き出せるかもしれない。
 しかしどう説明すればいいのか分からず、書き損じの便箋ばかりが増えていく。
 しかも忙しい人物のため、すぐに手紙を見てもらえるかも定かではない。それでも一縷の望みに賭けて何度も訂正して書き上げた。
 明日の一番で早馬を出そう。
 なるべく早く連絡が欲しい旨も書き加え、どうかすぐに目を通してもらえるようにと祈りを込めて侯爵の紋章の入った封蝋印を押した。
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