20 / 78
第二章 戸惑う心 触れ合う身体
章閑話—3 エルゼクトの闇—2
しおりを挟む
「魔力……浸潤……?」
「人が生まれながらに持つ魔力の制御が出来ず、魔力に生命エネルギーを喰われていく病気だ」
人は生まれながら『魔力』を持っている。それは、この世界を作った四人の神から人族に平等に与えられた力の一部であり、四つの力は四元素と呼ばれそのいずれかの力を有している、と言われている。
魔力を己の力として発現させられる人は少数ではあるが、使える使えないは別として四元素のうちいずれかの魔力を持っている者が大多数だった。
『魔力浸潤症』とは、その名の通り魔力が身体を蝕む病である。
発症の原因などは未だ解明されていないが、治療法として有効だと言われているのは、魔力を制御する訓練や定期的な回復魔法による体外からの魔力干渉である。事例自体は少ない為一般的な病ではないが、それでも完治の例が全く無い訳ではなかった。
「待ってくれ! 魔力浸潤症とは魔力に喰われる病気だろう? カナリアには魔力はなかった。鑑定も受けてる。元より喰われる魔力などなかった筈だ!」
カナリアも例外なく鑑定による四元素の特定が行われている。貴族の場合は生まれた時に行われる場合が多い。
後は学院に入学する際に行われるテストの時だ。
生まれ持つ四元素が変化することは、例外を除いて基本的には無い為、鑑定される機会は生涯に一度という者も多い。
カナリアは生まれた時に鑑定されている。珍しい事例である『魔力無し』という結果だったのはアズベルトも知っているし、ゲネシスも知っていた筈だった。
「それがそもそもの間違いだったのだ」
「なっ……そんなバカな!!」
「カナリアは魔力持ちだった。……しかし、四元素のどれにも当てはまらなかったのだ」
愕然とするアズベルトから視線を外すと、ゲネシスはジルが持って来た箱を開けた。中から取り出したのは手のひら大の水晶だ。
アズベルトには四元素を鑑定する為の魔道具に見えたが、どうやら違うようだった。
「これは王家にのみ伝わる魔力鑑定具だ」
箱からクッションも一緒に取り出すと、テーブルの真ん中へ置きその上に水晶を置いた。
今度は懐から一つの封筒を取り出し、封を開く。取り出したのは髪の毛だ。
ゲネシスと手紙のやり取りをしていた中で、調べ物をする上でカナリアの髪の毛を送って欲しいと頼まれた事があったが、恐らくそれだろう。それを使って新たに鑑定しようという事のようだ。
「髪の毛に宿る魔力は微々たるものだ。一瞬だからよく見ていて欲しい」
ゲネシスが髪の毛を水晶へと近付けた。
四元素の鑑定の時は手に乗せて鑑定するのが一般的だ。火の魔力なら赤く、水の魔力なら青く光るのだ。
しかし、カナリアの髪の毛を近付けた水晶は一瞬だけ黒く姿を変えた。水晶の中で煙が立ったかのようにモヤっと黒く発色したのだ。
「今、のは……」
「驚いたな……ゲネシスの仮説は正しかったという事か……」
ゲネシスがアズベルトを見据える。その表情は硬く、眉間には皺がよっている。
「この鑑定具は唯一闇の魔力を測定出来る物だ。カナリアの属性は闇だった。……四元素のどれにも当てはまらないから、鑑定そのものが出来ていなかったのだ」
生まれ持つ魔力がないと判断されたカナリアの病は、なり得る筈のないと思われた『魔力浸潤症』だった。
数少ない事例にカナリアに当てはまる症状も無く、それも見過ごされた一因だった。が、一番の要因はカナリアの魔力にあったのだ。
「そしてもっと厄介なのは、闇の魔力が四元素と相性が悪いという事だ」
「……では治癒魔法の効果が出なかったのは」
「そうだ。この闇の魔力のせいだろう」
「……なんという事だ……」
アズベルトは頭を抱えるように両手で顔を覆うと、そのまま両肘をテーブルについた。すっかり冷めてしまった飲みかけのティーカップが視界に映る。
頭が混乱していて、うまく思考がまとまらない。
気持ちをどうにか落ち着けたくて、冷めたお茶を一気に煽った。
「『闇』とは何だ? ……カナリアの事と、どう関係している……?」
ゲネシスは一度席を立つとポットに再びお湯を沸かし始めた。「もったいぶらずに早く教えろ」と言ってしまいたかったが、アズベルトには彼のそんな行動が彼自身戸惑っていて考えを整理しているかのように感じられてならなかった。ジルも何も言わずにゲネシスの行動を目で追っている。
「闇とは、四元素のどれにも当てはまらず、四元素のどれとも相容れない別次元の属性だ。私も知らなかったし、それ以上の事は分かっていない」
新しい茶葉の入った茶器へ沸かし終えた湯を注ぐのを見ながら、アズベルトは彼の言った矛盾を口にする。
「……知らなかった? 現に今、それを証明して見せただろう?」
「記録があったからだ。私はカナリアに起こった事に心当たりがあった。だが、実際それは有り得ない筈の事象だった。だから殿下のお力を借りて調べた。結果は今見せた通りだ」
ゲネシスが三人分のお茶を注ぎ終えると、近くの作業台へ近付いた。そこに積まれた禁書のうちの一冊を手に取るとアズベルトの前で開いて見せる。
「エルゼクト王国が建国して現在まで、闇の魔術を使えた者はたった一人だけだ」
あるページを開き、その人物が載った箇所を彼の細くて綺麗な指が差し示した。
「……スコルピウス……っ……オラシオン……?」
「そう。二百年前、オラシオン家に誕生した稀代の天才魔術師。……カナリアの先祖にあたる……」
幼少の頃から魔術師としての才を発揮したスコルピウスは、その類まれなる能力と探究心で四元素の全てをマスターし、遂には四元素以外の魔力を発現させた。
それが『闇』の力だった。
その原理も発現方法も何もかも他の一切には理解出来ず、闇の力はスコルピウス唯一人のものとなった。
「この魔術書にはスコルピウスが研究していた闇の魔術がいくつか記されている。その中に今回カナリアの身に起きた事例と酷似した記述があった」
「……召喚、術……?」
「そうだ。……召喚術。人の肉体に別人の魂を憑依させる魔術だ」
当時、この国は様々な天災や戦争によって荒廃していた。時の国王は方々手を尽くしたが、成す術無く滅びを待つばかりだった。そこへ一人の賢者が現れ、この国の人間では知り得ない方法で救いへと導いたとされている。その人物は自らを異界からの迷い人だと言った。
「その賢者と共に現れたのがスコルピウスだった。彼はこの奇跡を自らが行なった召喚術の成果だと言ったそうだ」
「ではカナリアの身に起きたのは……」
「カナリアがスコルピウスの子孫である事、闇の魔力の発現、そしてこの記録から恐らくこの召喚術なのではないかと考える」
「何かの間違いという事は……?」
ゲネシスは視線を落としゆるゆると首を振った。
彼がこの召喚術に心当たりがあったのは、筆頭魔術師としての引き継ぎを受けた際に御伽話の一つとして語られた話の中に出てきたからだった。
召喚術や転移魔法というのは、いつの時代でも魔術師ならば必ず通る永遠のテーマなのだ。
「スコルピウスの事をカナリアの両親が知らないのは何故だ? そんな話……聞いた事がない」
「「……」」
ゲネシスとジルが顔を見合わせて沈黙した。躊躇う仕草を見せるゲネシスの代わりにジルが重い口を開く。
「この魔術書は王家の名の下『禁書』として城の地下の書庫に厳重に保管されていたものだ。魔術書だけでなく、闇の魔術に関する記述のあるもの、それらが載った歴史書も全てだ」
「……王家が、闇の魔術を秘匿したのか……?」
「そうだ」
「……理由を、聞いても……?」
ジルは大きく息を吐き出すとアズベルトを真っ直ぐに見つめた。
「スコルピウスは禁忌を犯した。……この召喚術の研究の為に人を殺したのだ」
「!!」
最初は墓を暴いていた。しかし、土葬された遺体は実験には向かなかった。
自らの探究心と欲望を満たす為、いや、最初は荒廃した国をなんとかしたいという気持ちもあったかもしれない。
それでも、彼は罪のない多くの人の命を奪った。国は救われたが、それは多大な犠牲の上に成り立ったものだったのだ。
「王家はその事実を知り、彼を拘束した。オラシオン家からの除名処分、闇の魔術の全てを秘匿し一部の王族しか知り得ないよう、機密は地下での厳重保管となった。……彼は誰にも知られないまま処刑されたそうだ」
ガタンと椅子を鳴らしてアズベルトが立ち上がった。いつも平静を保っていた彼からは想像出来ない程狼狽している。
その姿にジルもゲネシスも、胸を痛めるばかりで言葉にならない。
「待ってくれ……ちょっと、待って……カナリア、は……?」
「……アズ……カナリアは……既に、天へ召されている」
「いや……そんな筈はっ……」
「人の身体に別人の魂を憑依させるには、その身体が空でなくてはならない……残念だが……カナリアを取り戻す事は出来ない……」
「そ……ん、な……」
アズベルトの身体が力を失い、足から崩れるように椅子へと倒れ込んだ。背もたれがかろうじて身体を支えている状態だ。
ふらりと倒れそうになった上半身をゲネシスが支えた。アズベルトの顔色は真っ青だ。
「……カナ、は……?」
両手をテーブルへつかせ体制を維持した。元軍人の彼を支えきれる程、ゲネシスの体格は恵まれてはいなかった。
「魂が肉体から離れるという事はすなわち死を意味する。……稀に戻る事もあるが、カナの場合は日数が経ち過ぎている。仮に身体が残っていたとしても、元に戻る事はないだろう」
カナリアが昏睡状態となったあの日、別世界にいたかなが命を脅かす程の事故にあった。
そしてカナリアは召喚術を使える稀代の天才魔術師の末裔だった。
召喚術の条件は身体が残っており、尚且つその持ち主が亡くなっている事。
名前が似ている事や顔が瓜二つだったのは偶然かもしれないが、もしかしたら術の成功率を上げるための条件には当てはまっていたかもしれない。
本当に、ただ不運が重なった……
「……本当に……残念だよ……」
「このことはここにいる三人しか知らない。……私はエルゼクトの名にかけて、生涯秘匿すると誓う」
アズベルトは両腕でなんとか支えるようにしてテーブルに身体を預けている。声こそ上げなかったが、歯を食いしばり、肩は小刻みに震えている。
彼のそんな姿を一度でも見たことのなかった二人は驚きを隠せず、同時に掛ける言葉が見つからずにいた。幼い頃からカナリアを知っているだけに、ゲネシスも悲しみに胸を痛めるばかりだった。
ハンカチを差し出すも、それを握り締め手を震わせるアズベルトの背中を、ただたださすってやることしか出来なかった。
「人が生まれながらに持つ魔力の制御が出来ず、魔力に生命エネルギーを喰われていく病気だ」
人は生まれながら『魔力』を持っている。それは、この世界を作った四人の神から人族に平等に与えられた力の一部であり、四つの力は四元素と呼ばれそのいずれかの力を有している、と言われている。
魔力を己の力として発現させられる人は少数ではあるが、使える使えないは別として四元素のうちいずれかの魔力を持っている者が大多数だった。
『魔力浸潤症』とは、その名の通り魔力が身体を蝕む病である。
発症の原因などは未だ解明されていないが、治療法として有効だと言われているのは、魔力を制御する訓練や定期的な回復魔法による体外からの魔力干渉である。事例自体は少ない為一般的な病ではないが、それでも完治の例が全く無い訳ではなかった。
「待ってくれ! 魔力浸潤症とは魔力に喰われる病気だろう? カナリアには魔力はなかった。鑑定も受けてる。元より喰われる魔力などなかった筈だ!」
カナリアも例外なく鑑定による四元素の特定が行われている。貴族の場合は生まれた時に行われる場合が多い。
後は学院に入学する際に行われるテストの時だ。
生まれ持つ四元素が変化することは、例外を除いて基本的には無い為、鑑定される機会は生涯に一度という者も多い。
カナリアは生まれた時に鑑定されている。珍しい事例である『魔力無し』という結果だったのはアズベルトも知っているし、ゲネシスも知っていた筈だった。
「それがそもそもの間違いだったのだ」
「なっ……そんなバカな!!」
「カナリアは魔力持ちだった。……しかし、四元素のどれにも当てはまらなかったのだ」
愕然とするアズベルトから視線を外すと、ゲネシスはジルが持って来た箱を開けた。中から取り出したのは手のひら大の水晶だ。
アズベルトには四元素を鑑定する為の魔道具に見えたが、どうやら違うようだった。
「これは王家にのみ伝わる魔力鑑定具だ」
箱からクッションも一緒に取り出すと、テーブルの真ん中へ置きその上に水晶を置いた。
今度は懐から一つの封筒を取り出し、封を開く。取り出したのは髪の毛だ。
ゲネシスと手紙のやり取りをしていた中で、調べ物をする上でカナリアの髪の毛を送って欲しいと頼まれた事があったが、恐らくそれだろう。それを使って新たに鑑定しようという事のようだ。
「髪の毛に宿る魔力は微々たるものだ。一瞬だからよく見ていて欲しい」
ゲネシスが髪の毛を水晶へと近付けた。
四元素の鑑定の時は手に乗せて鑑定するのが一般的だ。火の魔力なら赤く、水の魔力なら青く光るのだ。
しかし、カナリアの髪の毛を近付けた水晶は一瞬だけ黒く姿を変えた。水晶の中で煙が立ったかのようにモヤっと黒く発色したのだ。
「今、のは……」
「驚いたな……ゲネシスの仮説は正しかったという事か……」
ゲネシスがアズベルトを見据える。その表情は硬く、眉間には皺がよっている。
「この鑑定具は唯一闇の魔力を測定出来る物だ。カナリアの属性は闇だった。……四元素のどれにも当てはまらないから、鑑定そのものが出来ていなかったのだ」
生まれ持つ魔力がないと判断されたカナリアの病は、なり得る筈のないと思われた『魔力浸潤症』だった。
数少ない事例にカナリアに当てはまる症状も無く、それも見過ごされた一因だった。が、一番の要因はカナリアの魔力にあったのだ。
「そしてもっと厄介なのは、闇の魔力が四元素と相性が悪いという事だ」
「……では治癒魔法の効果が出なかったのは」
「そうだ。この闇の魔力のせいだろう」
「……なんという事だ……」
アズベルトは頭を抱えるように両手で顔を覆うと、そのまま両肘をテーブルについた。すっかり冷めてしまった飲みかけのティーカップが視界に映る。
頭が混乱していて、うまく思考がまとまらない。
気持ちをどうにか落ち着けたくて、冷めたお茶を一気に煽った。
「『闇』とは何だ? ……カナリアの事と、どう関係している……?」
ゲネシスは一度席を立つとポットに再びお湯を沸かし始めた。「もったいぶらずに早く教えろ」と言ってしまいたかったが、アズベルトには彼のそんな行動が彼自身戸惑っていて考えを整理しているかのように感じられてならなかった。ジルも何も言わずにゲネシスの行動を目で追っている。
「闇とは、四元素のどれにも当てはまらず、四元素のどれとも相容れない別次元の属性だ。私も知らなかったし、それ以上の事は分かっていない」
新しい茶葉の入った茶器へ沸かし終えた湯を注ぐのを見ながら、アズベルトは彼の言った矛盾を口にする。
「……知らなかった? 現に今、それを証明して見せただろう?」
「記録があったからだ。私はカナリアに起こった事に心当たりがあった。だが、実際それは有り得ない筈の事象だった。だから殿下のお力を借りて調べた。結果は今見せた通りだ」
ゲネシスが三人分のお茶を注ぎ終えると、近くの作業台へ近付いた。そこに積まれた禁書のうちの一冊を手に取るとアズベルトの前で開いて見せる。
「エルゼクト王国が建国して現在まで、闇の魔術を使えた者はたった一人だけだ」
あるページを開き、その人物が載った箇所を彼の細くて綺麗な指が差し示した。
「……スコルピウス……っ……オラシオン……?」
「そう。二百年前、オラシオン家に誕生した稀代の天才魔術師。……カナリアの先祖にあたる……」
幼少の頃から魔術師としての才を発揮したスコルピウスは、その類まれなる能力と探究心で四元素の全てをマスターし、遂には四元素以外の魔力を発現させた。
それが『闇』の力だった。
その原理も発現方法も何もかも他の一切には理解出来ず、闇の力はスコルピウス唯一人のものとなった。
「この魔術書にはスコルピウスが研究していた闇の魔術がいくつか記されている。その中に今回カナリアの身に起きた事例と酷似した記述があった」
「……召喚、術……?」
「そうだ。……召喚術。人の肉体に別人の魂を憑依させる魔術だ」
当時、この国は様々な天災や戦争によって荒廃していた。時の国王は方々手を尽くしたが、成す術無く滅びを待つばかりだった。そこへ一人の賢者が現れ、この国の人間では知り得ない方法で救いへと導いたとされている。その人物は自らを異界からの迷い人だと言った。
「その賢者と共に現れたのがスコルピウスだった。彼はこの奇跡を自らが行なった召喚術の成果だと言ったそうだ」
「ではカナリアの身に起きたのは……」
「カナリアがスコルピウスの子孫である事、闇の魔力の発現、そしてこの記録から恐らくこの召喚術なのではないかと考える」
「何かの間違いという事は……?」
ゲネシスは視線を落としゆるゆると首を振った。
彼がこの召喚術に心当たりがあったのは、筆頭魔術師としての引き継ぎを受けた際に御伽話の一つとして語られた話の中に出てきたからだった。
召喚術や転移魔法というのは、いつの時代でも魔術師ならば必ず通る永遠のテーマなのだ。
「スコルピウスの事をカナリアの両親が知らないのは何故だ? そんな話……聞いた事がない」
「「……」」
ゲネシスとジルが顔を見合わせて沈黙した。躊躇う仕草を見せるゲネシスの代わりにジルが重い口を開く。
「この魔術書は王家の名の下『禁書』として城の地下の書庫に厳重に保管されていたものだ。魔術書だけでなく、闇の魔術に関する記述のあるもの、それらが載った歴史書も全てだ」
「……王家が、闇の魔術を秘匿したのか……?」
「そうだ」
「……理由を、聞いても……?」
ジルは大きく息を吐き出すとアズベルトを真っ直ぐに見つめた。
「スコルピウスは禁忌を犯した。……この召喚術の研究の為に人を殺したのだ」
「!!」
最初は墓を暴いていた。しかし、土葬された遺体は実験には向かなかった。
自らの探究心と欲望を満たす為、いや、最初は荒廃した国をなんとかしたいという気持ちもあったかもしれない。
それでも、彼は罪のない多くの人の命を奪った。国は救われたが、それは多大な犠牲の上に成り立ったものだったのだ。
「王家はその事実を知り、彼を拘束した。オラシオン家からの除名処分、闇の魔術の全てを秘匿し一部の王族しか知り得ないよう、機密は地下での厳重保管となった。……彼は誰にも知られないまま処刑されたそうだ」
ガタンと椅子を鳴らしてアズベルトが立ち上がった。いつも平静を保っていた彼からは想像出来ない程狼狽している。
その姿にジルもゲネシスも、胸を痛めるばかりで言葉にならない。
「待ってくれ……ちょっと、待って……カナリア、は……?」
「……アズ……カナリアは……既に、天へ召されている」
「いや……そんな筈はっ……」
「人の身体に別人の魂を憑依させるには、その身体が空でなくてはならない……残念だが……カナリアを取り戻す事は出来ない……」
「そ……ん、な……」
アズベルトの身体が力を失い、足から崩れるように椅子へと倒れ込んだ。背もたれがかろうじて身体を支えている状態だ。
ふらりと倒れそうになった上半身をゲネシスが支えた。アズベルトの顔色は真っ青だ。
「……カナ、は……?」
両手をテーブルへつかせ体制を維持した。元軍人の彼を支えきれる程、ゲネシスの体格は恵まれてはいなかった。
「魂が肉体から離れるという事はすなわち死を意味する。……稀に戻る事もあるが、カナの場合は日数が経ち過ぎている。仮に身体が残っていたとしても、元に戻る事はないだろう」
カナリアが昏睡状態となったあの日、別世界にいたかなが命を脅かす程の事故にあった。
そしてカナリアは召喚術を使える稀代の天才魔術師の末裔だった。
召喚術の条件は身体が残っており、尚且つその持ち主が亡くなっている事。
名前が似ている事や顔が瓜二つだったのは偶然かもしれないが、もしかしたら術の成功率を上げるための条件には当てはまっていたかもしれない。
本当に、ただ不運が重なった……
「……本当に……残念だよ……」
「このことはここにいる三人しか知らない。……私はエルゼクトの名にかけて、生涯秘匿すると誓う」
アズベルトは両腕でなんとか支えるようにしてテーブルに身体を預けている。声こそ上げなかったが、歯を食いしばり、肩は小刻みに震えている。
彼のそんな姿を一度でも見たことのなかった二人は驚きを隠せず、同時に掛ける言葉が見つからずにいた。幼い頃からカナリアを知っているだけに、ゲネシスも悲しみに胸を痛めるばかりだった。
ハンカチを差し出すも、それを握り締め手を震わせるアズベルトの背中を、ただたださすってやることしか出来なかった。
32
あなたにおすすめの小説
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!
As-me.com
恋愛
完結しました。
説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。
気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。
原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。
えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!
腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!
私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!
眼鏡は顔の一部です!
※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。
基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。
途中まで恋愛タグは迷子です。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる