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第三章 近づく心
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その日、カナは隣で眠るアズベルトが、朝の早い時間にむくりと起き上がった気配を感じて目を覚ました。
「アズ……?」
「すまない。起こしてしまったな」
困ったように眉尻を下げる彼の瞳に甘さが見える。それに気恥ずかしさを感じながらカナは身体を起こした。
どうかしたの? と、問い掛けようとしたカナに、人差し指を立てて静かにするよう促すと、アズベルトは窓の外へ視線を向けた。
不意にコツコツと僅かに音が聞こえた。
寝室の扉がノックされた音では無い。
もっと遠くの、硬いものに硬いものを打ち付けるような、そんな音だった。
「何の音かしら?」
小声でアズベルトを伺うと、再び同じ様な音がする。
「ノッカーだな。来客のようだ」
ノッカーとは、カナの世界でいうところのチャイムだ。玄関の扉に取り付ける金物で、リング状のそれを座にある鋲に打ちつけ、屋敷内の人間に来訪を伝える仕組みだ。
屋敷によって意匠が凝らされ、ここフォーミリオ家は家紋にも描かれている翼を広げた鷲がリングを咥えているデザインになっている。
「こんなに朝早く……クーラ達かしら」
彼らは毎日決まった時間にやってくる。
余程の事がない限り、このような早朝にしかもわざわざ主人を起こすような真似をするはずがない。
それに執事ならば屋敷の人間である。当然鍵もあるだろうし、ノッカーを使用する事はまず無いはずだった。
「見てくるよ。カナはここに居て」
アズベルトはベッドから降りるとガウンを羽織った。カナも再び横になる気は起きず、ベッドの淵に座り心配そうに彼の姿を目で追っている。
アズベルトは部屋を出る前にカナの方を振り返ると、不安そうな顔をしている彼女にフッと微笑んだ。
「大丈夫だから、案ずるな」
カナの頭を優しくひと撫ですると、おでこにキスをして部屋を出て行った。
少しの間その場で呆然としていたカナだったが、やがてそわそわしながら部屋の中をうろつき始めた。
アズベルトの事だからたとえ荒事になったとしても、涼しい顔をして制圧してしまいそうだ。
それでもやっぱり心配だった。
出て行ったところで何も出来ない事は十分分かっていたが、寝室の扉を少しだけ開けると階下を伺うように聞き耳を立てた。
ドアを開け閉めするような音が聞こえ、会話までは聞こえなかったが話し声がする。
荒事では無かったようで安堵し、本当にお客様ならおもてなししなければと、カナは急いで自室に向かい身支度を整えた。
応接間に向かうと、アズベルトと話しをしている人物の後ろ姿が見えた。アズベルトが気さくに話していることから知り合いのようだ。
カナの姿を目に留めたアズベルトがこちらへ声を掛けてくる。
「カナ! 今呼びに行こうと思っていたんだ」
その声に客人がこちらを振り返る。
身体をすっぽりと黒のローブで包み、黒く長さのある髪を後ろでひとつに纏めた、一見女性と見紛う程に美しい人だった。
男性だと分かったのは、アズベルトと話すその声が特徴的だったからだ。アズベルトの声は男性らしく低めでよく通りそうだが、この男性の声も低くずっと聞いていると引き込まれてしまいそうな、独特の声色だった。
アズベルトに呼ばれて隣へ並び立つ。
「カナ、紹介するよ。王室付魔導師のゲネシスだ。私の古くからの友人でもある」
「カナリア・オラシオンです。ようこそいらっしゃいました」
ゲネシスの翡翠色の瞳が細められ、カナをじっと見つめながら右手を差し出された。
握手かしらと戸惑っていると、アズベルトが「右手の指先で触れるんだ」と囁いてくれた。言われた通りにすると、ゲネシスはカナの指先を掬い取るように握り、軽くキスを落とした。
「驚いた……随分と美人になって……感慨深いものだな。あ、カナさんとお呼びした方がよろしいか?」
「!?」
柔和な掴み所のない笑みを向けられて、咄嗟にアズベルトを見上げてしまった。
「大丈夫。彼は全部知っている。カナリアの事を相談していた城の友人とは、彼の事なんだ」
「まぁ、そうだったのですね。色々とお世話になってしまったようで、ありがとうございます」
深々と頭を下げたカナをゲネシスは興味深く見つめている。カナリアを良く知るゲネシスだからこそ複雑な思いはあるものの、あんなに病弱で痩せ細っていた彼女がこんな風に自由に過ごせている事が、本当に奇跡のように思われてならなったのだ。
カナが頭を上げた時、ゲネシスに熱い視線を送られている事に戸惑ってしまった。
「あの……何か……?」
「これはとんだ失礼を。あまりにも自然すぎて……ときにカナさん。体調に変化はありませんか?」
唐突に聞かれ、カナは今までを思い返した。初めこそ身体がいう事を聞かなかったものの、食事を取れるようになり、体力が回復してから特に変わった事は無い。
「いえ。特には」
「頭痛がしたり吐き気がすることは?」
「今のところありませんが」
「そうですか」
アズベルトが促し、彼と共にゲネシスはソファーへ腰掛けた。正面に座ったアズベルトが神妙な表情でゲネシスを窺っている。
「何か気になる事でもあるのか?」
アズベルトが不安気に訊ねると、ゲネシスが「ああ」と頷いた。
「カナリアが使った召喚術は『上位魔術』に分類されていてね。それらの中には下手に使うと術者に拒否反応が出る事があるんだ。それが体調の変化だったりするから、確認しておきたかっただけだ。問題ないなら大丈夫だ」
ゲネシスの話しに、二人は顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろした。
まだ朝の早い時間でメイドもいない為、カナがお茶の支度をする事にした。キッチンへ向かうカナを見送り、アズベルトがゲネシスへ向き直った。
「それにしても、こんな朝早くに何の知らせもないから驚いたぞ」
それに対しては思うところがあったのだろう。ゲネシスは申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「すまなかった。これからしばらく遠くの地へ赴く事になってね。急に決まったものだから、今しか時間が取れなかったんだ。会えなければ別の方法をと思ったが、会えて良かったよ。……顔色は良くなったな」
口角を上げて不敵に笑うゲネシスに、アズベルトもフッと表情を崩した。
はたから見れば何か含みのあるような、意地の悪い笑みにも見えるが、アズベルトにはそうで無いことは分かっている。
捻くれた友人の分かりにくい愛情表現なのだ。
「心配させたがもう大丈夫だ」
「心は決まったのだな」
「ああ。君には感謝している」
穏やかに細められた琥珀色を見つめ、ゲネシスは瞼を閉じた。今日訪れたのは大事な用があったことももちろんだが、あの日憔悴し切った彼が頭から離れず、どう過ごしているかが気になっていたからだった。
杞憂だったようだな。
「そうか。それならば何も言うまい」
ティーポットと茶菓子を用意したワゴンを押して、カナが応接室へ戻って来た。
茶菓子はカナが焼いたクッキーだ。だいぶ石窯を使いこなせるようになって来ており、クッキーのような油分の多く焦げやすいお菓子も上手く焼けるようになって来たのだ。
二人にティーカップを差し出しお茶菓子を用意すると、その場を離れようとしたカナをゲネシスが呼び止めた。
「実は今日訪ねたのは、二人にこれを渡したかったからなんだ」
そう言って差し出された黒く金の縁取りが施されたお洒落な箱には、対の腕輪が入っていた。
太めの繊細な彫刻のなされたシルバーの腕輪に黒光りした美しい石が埋め込まれている。
「別名『想い玉』と呼ばれる魔石が嵌め込んである魔道具だ。想い玉なんて、これから式を控えた二人にはぴったりだろうと思ってね」
「キレイ……こんな素敵な物を頂いてしまっていいのかしら」
箱を覗き込み目をキラキラと輝かせるカナに、ゲネシスはクスリと喉を鳴らした。
「私からの祝いだ。是非受け取って欲しい」
「ゲネシス様。ありがとうございます」
「ありがとう」
アズベルトが一回り小さい方の腕輪を手に取ると、カナの左手首へ嵌めた。
不思議な事に、カナが腕を通すとゆるゆるだった輪が手首にぴったり合うようにサイズが変化した。それはアズベルトにも同様だった。
初めて魔法の力を目の当たりにしたカナは、興奮気味に暫く腕輪を眺めたり触ったりしていた。
その様子から不思議に思ったゲネシスに、アズベルトがカナの世界には魔術が無く、代わりに科学技術が発達した文明の進んだ場所だった事が説明された。
それに興味を持ったゲネシスに、カナはアズベルトにもしたように電気エネルギーや家電についての話しをしたのだった。
「もうこんな時間だ。すまない、そろそろ失礼しないと」
つい話しこんでしまい、彼の付き人が呼びに来た事でゲネシスが席を立った。
急な訪問を詫びるゲネシスに、お礼にもなるかわからなかったが、カナは手作りしたクッキーを包んで手渡した。
彼は非常に喜び、家電についてもっと詳しく聞きたいから必ず時間を作ると約束して、見送ると言ったアズベルトと二人屋敷を出た。
馬車まで歩く中、アズベルトの表情は先程までと打って変わって険しくなっている。
「ゲネシス。あの魔道具は……やはり……?」
カナの前で見せていた柔和な笑みが消え、ゲネシスの表情も厳しいものに変わっている。
「はっきり見た訳ではないが、念には念を……くれぐれも気を付けてやって欲しい」
魔導師や魔術師というものは、人や事柄についてしばしば『視る』事があるという。俗にいう『予知夢』や『御告げ』である。魔力の強い者程、その力は顕著に現れる。
ゲネシスが二人に魔道具を渡すという事は、彼が二人に関する何らかの予兆を見たという事を意味した。
暗い部屋、カナの涙、沢山の人間。キーワードはその三つだが、これだけでは何の事かさっぱりだ。
しかもゲネシスは『気を付けてやって欲しい』と言った。恐らくカナに関する良く無い事の可能性が高い。
馬車へと乗り込むゲネシスを見送る。
忙しい合間を縫ってわざわざ来たと言う事は、近い将来と言う事だ。
アズベルトは左の手首に嵌められた腕輪を見つめた。
ゲネシスの予言は外れた事が無い。彼が『王室付』と言う称号を維持する所以である。
アズベルトは遠くなっていく馬車を見つめながら、今回ばかりはどうか外れて欲しいと願わずにはいられなかった。
「アズ……?」
「すまない。起こしてしまったな」
困ったように眉尻を下げる彼の瞳に甘さが見える。それに気恥ずかしさを感じながらカナは身体を起こした。
どうかしたの? と、問い掛けようとしたカナに、人差し指を立てて静かにするよう促すと、アズベルトは窓の外へ視線を向けた。
不意にコツコツと僅かに音が聞こえた。
寝室の扉がノックされた音では無い。
もっと遠くの、硬いものに硬いものを打ち付けるような、そんな音だった。
「何の音かしら?」
小声でアズベルトを伺うと、再び同じ様な音がする。
「ノッカーだな。来客のようだ」
ノッカーとは、カナの世界でいうところのチャイムだ。玄関の扉に取り付ける金物で、リング状のそれを座にある鋲に打ちつけ、屋敷内の人間に来訪を伝える仕組みだ。
屋敷によって意匠が凝らされ、ここフォーミリオ家は家紋にも描かれている翼を広げた鷲がリングを咥えているデザインになっている。
「こんなに朝早く……クーラ達かしら」
彼らは毎日決まった時間にやってくる。
余程の事がない限り、このような早朝にしかもわざわざ主人を起こすような真似をするはずがない。
それに執事ならば屋敷の人間である。当然鍵もあるだろうし、ノッカーを使用する事はまず無いはずだった。
「見てくるよ。カナはここに居て」
アズベルトはベッドから降りるとガウンを羽織った。カナも再び横になる気は起きず、ベッドの淵に座り心配そうに彼の姿を目で追っている。
アズベルトは部屋を出る前にカナの方を振り返ると、不安そうな顔をしている彼女にフッと微笑んだ。
「大丈夫だから、案ずるな」
カナの頭を優しくひと撫ですると、おでこにキスをして部屋を出て行った。
少しの間その場で呆然としていたカナだったが、やがてそわそわしながら部屋の中をうろつき始めた。
アズベルトの事だからたとえ荒事になったとしても、涼しい顔をして制圧してしまいそうだ。
それでもやっぱり心配だった。
出て行ったところで何も出来ない事は十分分かっていたが、寝室の扉を少しだけ開けると階下を伺うように聞き耳を立てた。
ドアを開け閉めするような音が聞こえ、会話までは聞こえなかったが話し声がする。
荒事では無かったようで安堵し、本当にお客様ならおもてなししなければと、カナは急いで自室に向かい身支度を整えた。
応接間に向かうと、アズベルトと話しをしている人物の後ろ姿が見えた。アズベルトが気さくに話していることから知り合いのようだ。
カナの姿を目に留めたアズベルトがこちらへ声を掛けてくる。
「カナ! 今呼びに行こうと思っていたんだ」
その声に客人がこちらを振り返る。
身体をすっぽりと黒のローブで包み、黒く長さのある髪を後ろでひとつに纏めた、一見女性と見紛う程に美しい人だった。
男性だと分かったのは、アズベルトと話すその声が特徴的だったからだ。アズベルトの声は男性らしく低めでよく通りそうだが、この男性の声も低くずっと聞いていると引き込まれてしまいそうな、独特の声色だった。
アズベルトに呼ばれて隣へ並び立つ。
「カナ、紹介するよ。王室付魔導師のゲネシスだ。私の古くからの友人でもある」
「カナリア・オラシオンです。ようこそいらっしゃいました」
ゲネシスの翡翠色の瞳が細められ、カナをじっと見つめながら右手を差し出された。
握手かしらと戸惑っていると、アズベルトが「右手の指先で触れるんだ」と囁いてくれた。言われた通りにすると、ゲネシスはカナの指先を掬い取るように握り、軽くキスを落とした。
「驚いた……随分と美人になって……感慨深いものだな。あ、カナさんとお呼びした方がよろしいか?」
「!?」
柔和な掴み所のない笑みを向けられて、咄嗟にアズベルトを見上げてしまった。
「大丈夫。彼は全部知っている。カナリアの事を相談していた城の友人とは、彼の事なんだ」
「まぁ、そうだったのですね。色々とお世話になってしまったようで、ありがとうございます」
深々と頭を下げたカナをゲネシスは興味深く見つめている。カナリアを良く知るゲネシスだからこそ複雑な思いはあるものの、あんなに病弱で痩せ細っていた彼女がこんな風に自由に過ごせている事が、本当に奇跡のように思われてならなったのだ。
カナが頭を上げた時、ゲネシスに熱い視線を送られている事に戸惑ってしまった。
「あの……何か……?」
「これはとんだ失礼を。あまりにも自然すぎて……ときにカナさん。体調に変化はありませんか?」
唐突に聞かれ、カナは今までを思い返した。初めこそ身体がいう事を聞かなかったものの、食事を取れるようになり、体力が回復してから特に変わった事は無い。
「いえ。特には」
「頭痛がしたり吐き気がすることは?」
「今のところありませんが」
「そうですか」
アズベルトが促し、彼と共にゲネシスはソファーへ腰掛けた。正面に座ったアズベルトが神妙な表情でゲネシスを窺っている。
「何か気になる事でもあるのか?」
アズベルトが不安気に訊ねると、ゲネシスが「ああ」と頷いた。
「カナリアが使った召喚術は『上位魔術』に分類されていてね。それらの中には下手に使うと術者に拒否反応が出る事があるんだ。それが体調の変化だったりするから、確認しておきたかっただけだ。問題ないなら大丈夫だ」
ゲネシスの話しに、二人は顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろした。
まだ朝の早い時間でメイドもいない為、カナがお茶の支度をする事にした。キッチンへ向かうカナを見送り、アズベルトがゲネシスへ向き直った。
「それにしても、こんな朝早くに何の知らせもないから驚いたぞ」
それに対しては思うところがあったのだろう。ゲネシスは申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「すまなかった。これからしばらく遠くの地へ赴く事になってね。急に決まったものだから、今しか時間が取れなかったんだ。会えなければ別の方法をと思ったが、会えて良かったよ。……顔色は良くなったな」
口角を上げて不敵に笑うゲネシスに、アズベルトもフッと表情を崩した。
はたから見れば何か含みのあるような、意地の悪い笑みにも見えるが、アズベルトにはそうで無いことは分かっている。
捻くれた友人の分かりにくい愛情表現なのだ。
「心配させたがもう大丈夫だ」
「心は決まったのだな」
「ああ。君には感謝している」
穏やかに細められた琥珀色を見つめ、ゲネシスは瞼を閉じた。今日訪れたのは大事な用があったことももちろんだが、あの日憔悴し切った彼が頭から離れず、どう過ごしているかが気になっていたからだった。
杞憂だったようだな。
「そうか。それならば何も言うまい」
ティーポットと茶菓子を用意したワゴンを押して、カナが応接室へ戻って来た。
茶菓子はカナが焼いたクッキーだ。だいぶ石窯を使いこなせるようになって来ており、クッキーのような油分の多く焦げやすいお菓子も上手く焼けるようになって来たのだ。
二人にティーカップを差し出しお茶菓子を用意すると、その場を離れようとしたカナをゲネシスが呼び止めた。
「実は今日訪ねたのは、二人にこれを渡したかったからなんだ」
そう言って差し出された黒く金の縁取りが施されたお洒落な箱には、対の腕輪が入っていた。
太めの繊細な彫刻のなされたシルバーの腕輪に黒光りした美しい石が埋め込まれている。
「別名『想い玉』と呼ばれる魔石が嵌め込んである魔道具だ。想い玉なんて、これから式を控えた二人にはぴったりだろうと思ってね」
「キレイ……こんな素敵な物を頂いてしまっていいのかしら」
箱を覗き込み目をキラキラと輝かせるカナに、ゲネシスはクスリと喉を鳴らした。
「私からの祝いだ。是非受け取って欲しい」
「ゲネシス様。ありがとうございます」
「ありがとう」
アズベルトが一回り小さい方の腕輪を手に取ると、カナの左手首へ嵌めた。
不思議な事に、カナが腕を通すとゆるゆるだった輪が手首にぴったり合うようにサイズが変化した。それはアズベルトにも同様だった。
初めて魔法の力を目の当たりにしたカナは、興奮気味に暫く腕輪を眺めたり触ったりしていた。
その様子から不思議に思ったゲネシスに、アズベルトがカナの世界には魔術が無く、代わりに科学技術が発達した文明の進んだ場所だった事が説明された。
それに興味を持ったゲネシスに、カナはアズベルトにもしたように電気エネルギーや家電についての話しをしたのだった。
「もうこんな時間だ。すまない、そろそろ失礼しないと」
つい話しこんでしまい、彼の付き人が呼びに来た事でゲネシスが席を立った。
急な訪問を詫びるゲネシスに、お礼にもなるかわからなかったが、カナは手作りしたクッキーを包んで手渡した。
彼は非常に喜び、家電についてもっと詳しく聞きたいから必ず時間を作ると約束して、見送ると言ったアズベルトと二人屋敷を出た。
馬車まで歩く中、アズベルトの表情は先程までと打って変わって険しくなっている。
「ゲネシス。あの魔道具は……やはり……?」
カナの前で見せていた柔和な笑みが消え、ゲネシスの表情も厳しいものに変わっている。
「はっきり見た訳ではないが、念には念を……くれぐれも気を付けてやって欲しい」
魔導師や魔術師というものは、人や事柄についてしばしば『視る』事があるという。俗にいう『予知夢』や『御告げ』である。魔力の強い者程、その力は顕著に現れる。
ゲネシスが二人に魔道具を渡すという事は、彼が二人に関する何らかの予兆を見たという事を意味した。
暗い部屋、カナの涙、沢山の人間。キーワードはその三つだが、これだけでは何の事かさっぱりだ。
しかもゲネシスは『気を付けてやって欲しい』と言った。恐らくカナに関する良く無い事の可能性が高い。
馬車へと乗り込むゲネシスを見送る。
忙しい合間を縫ってわざわざ来たと言う事は、近い将来と言う事だ。
アズベルトは左の手首に嵌められた腕輪を見つめた。
ゲネシスの予言は外れた事が無い。彼が『王室付』と言う称号を維持する所以である。
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