入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第五章 真実と譲れない想い

章閑話—14 アズベルトの欣幸

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 嗚咽を漏らし身体を震わせるカナを腕に抱いたまま、屋敷の階段をゆっくり降りて行く。
 完全に自分の失態だった。
 ああしておけば、こうしていたら良かったと、今更考えても仕方の無い後悔ばかりが後から後から湧き起こる。
 謝意を述べた私の言葉に、カナは嗚咽を堪えるように小さく首を振って応えてくれた。
 そんな姿にも心が痛む。
 カナを巻き込んでしまった事への罪悪感と、友人を失った喪失感に、思わず吐き出してしまいそうになった吐息をグッと飲み込み、オレは階下を見据えていた。


 正面の入り口から外に出ると、追い付いた自警団員によって数人の男が捕縛され、用意されていたらしき馬車を取り囲んでいた。
 見慣れない様相の馬車は、恐らくレオが逃走用に手配していたものだろう。
 あと少し到着が遅れていたらと思うとゾッとした。

 こちらに気付き、真っ先に駆け寄って来たのは、自警団を取りまとめるハイドだった。カナの無事な姿に安堵の表情を見せている。
 必要な指示だけ伝え後を彼に任せると、カナを連れて自警団の用意した馬車に乗り込んだ。
 ハイドは信頼出来る部下の一人だ。自分の代わりにしっかりとこの場を仕切ってくれるだろう。


 しばらく馬車に揺られていると、落ち着きを取り戻したのか、ナタリーの様子を聞かれた。襲撃された時に一緒にいた彼女の事がずっと気掛かりだったのだろう。
 程度は分からなかったが、負傷した旨と無事である事を伝えた。怪我を負ったという事実に表情を曇らせ顔色を悪くするカナは、きっと君のせいでは無いと言っても心を痛めてしまうのだろう。
 とにかくカナが無事でいてくれた事、今この胸の中にいる事をもっと実感したくて、確かめるように口付けた。



 屋敷に着く頃には、カナの意識は朦朧としていた。
 もう既に空が白み始めている事、緊張が解けた事もあるだろうが、薬の影響も大きいだろうと思われる。ただ、乗った時には強張っていた表情が穏やかなものに変わっていて、その事にほっと胸を撫で下ろす。

 寝室に行きすがら調査の進捗状況の報告を受ける。
 レオドルドは終に見つからなかったようだ。身柄を確保出来れば良かったという思いと、捕まらなくて良かったという相反する思いが交錯する。後にカナも案じていたが、最後に見た表情が気掛かりだったのだ。

 変な気を起こさなければいいが……

 レオドルドの捜索は打ち切らせ、後はジルに任せる事にした。恐らくだが、彼が捕まる事は無いだろう。
 それは同時にもう会う事も叶わないという事だ。
 捉えた複数名の御者と一階に転がして来た男達は、この国でレオが雇ったチンピラだった。金を掴ませ言う事を聞かせていたようだ。
 出自も生い立ちもバラバラで、自分を雇った人物が誰なのかも知らない様子だった。彼らを調べたところでレオの行方は分からないだろう。
 そいつらの身柄も騎士団に引き渡す事になった。

 ジルの方からも知らせの騎士を送ってくれた。
 服毒自殺を謀ったという館の主人は、何とか一命を取り止め、今は大人しくしているという。毒を用意したのもレオだった。
 彼が取引をしようとしていた貴族が軒並み招待を受けていたようで、悪事を計画していた人間達はほぼ確保出来たとの事だった。
 自身の目的を果たす為に躊躇なくそれらを囮として切り捨てて見せたのだ。それほどまでにカナリアに執着していた。
 どこからどこまでを想定していたのかと、震える思いがした。レオの非情さもまた垣間見えた事案だった。
 もしもあの時、あの場所でレオドルドが剣を抜いていたら……

 止めよう。もう終わった事だ。
 そんな事……考えたくもない。

 
 事件の報告の合間を縫って、クーラが部屋を訪れた。
 カナリアの無事を喜び、薬の影響で眠り続けるナタリーが目を覚ましたら一番最初に伝えると、安堵の表情を見せている。
 ナタリーを診た医者の話では、左腕の大事な腱を傷付けてしまっていたようで、前のように動かせない可能性があるとの事だった。
 眠り続けている二人は、まだこの事を知らない。
 話したらどんな顔をするだろうか。考えただけで心が重くなった。
 クーラには引き続きナタリーについていてやって欲しいと頼んだ。
「お任せください」と美しく腰を折るこの青年がとても頼もしく見える。
 

「旦那様。いくつか確認して頂きたい事が……」

 そう言って遠慮がちに入室してきたのは、執事長のレイリーだ。こちらもハイド同様苦楽を共にしてきた、信頼出来る人物の一人だ。
 両親の頃からフォーミリオを支えてくれており、自分に対しても時に遠慮も容赦もない言葉をくれる貴重な人材でもある。

「分かった、今行く」

 そう言ってベッドから立ちあがろうとした時だ。握っていた手を離そうとしたところ、カナの手がぎゅっと掴んで離さなかったのだ。

「やだ——」

 眠ったまま瞼に涙を溜めている。

「行かないで……」

 夢と現の間で、離れていく気配を感じたようだ。
 閉じられたままの目元をそっと拭う。

「レイリー、すまないが」
「心得ました。取り急ぎのもののみ書類にして、後ほど届けさせましょう」

 すまないと告げると、彼は一礼して出て行った。
 みなまで言わずともわきまえてくれる、素晴らしい人だ。彼に任せておけば問題ないだろう。

「大丈夫、ここにいる」

 手を握り直し、カナの隣に横になる。身体を抱き寄せ額にキスをした。
 腕に抱けばすっぽりと収まってしまう程小さな身体を全身で感じた。

「もう二度と離れはしない」
 
 自分に対する戒めとカナへの誓いであった。
 


 カナが目覚めるのを待つ間、ベッドで出来る仕事を片付けた。
 陽が高く昇った頃、カナがようやく目を覚ましてくれた。若干眠そうにしていたが、体調は良さそうだ。
 オレが着替えもせずにここにいた事に困惑し驚いた様子だった。

 レイリーからの書類には結婚式についての記述がある。
 今回の事件を鑑み、カナの心と身体の負担を考えて、式を延期する必要性があるのではとの内容だった。
 確かにその通りだ。このままいくと一週間後には式を挙げる事になる。準備はほぼ終わっていたが、やはり彼女を思うならば延期すべきだろうな。
 そう思っていたら

「愛してるわ」

 真っ直ぐで曇りの無い眼差しを向けられ、一瞬息が止まった。
「貴方を愛してる」と告げる唇も、自分を見つめるその瞳も、カナリアそのものだ。それなのに向けられた眼差しや想いは、確かにカナのものだった。彼女が……カナ自身がオレに心を許してくれたのだ。
 確かにカナの言った通り、きちんと口に出して伝えた事はなかったように思う。それはどこか、まだ触れてはいけない部分だと、無意識ながら頭の片隅にあったからかもしれない。
 歓喜と欲情と愛しさに、一刻も早くどうにかしてしまいたい想いが溢れる。
 自分の中に留めておく事が難しくて、カナにぶつけてしまったが、彼女は微笑んで受け入れてくれた。
 日に日に自我の抑制が効かなくなっている気がする。
 これ以上煽るのは止めてくれ……本当に止められなくなってしまう……。
 一刻も早く自他共に認められて夫婦になりたいと強く願う。

 どうやら君を手放すことは出来ないみたいだ
 絶対に誰にも奪わせない
 ようやくここまで来たんだ
 もう少し……あと少しだけ、辛抱すればいい……

 もつれあうように転がった先で、頬に触れる彼女の手を捕まえる。
 願いを込めてその手のひらにキスをした。

「愛してるよカナ……もう逃してあげない」

 その手を自分のうなじへと誘う。
 ギリッギリの理性を何とか総動員して、彼女の唇をゆっくりゆっくり味わった。
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