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第六章 幸せな花嫁
章間話―18 アズベルトの至福
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オラシオンでのパレードは、やはりと言うべきか、カナリアのドレス姿を一目見ようと楽しみにしていた領民達で溢れていた。
両親は彼女のウェディングドレス姿を見られるとは思ってもみなかったと、涙ながらに喜んでいる。そしてそれは沿道を埋め尽くす民も同じだったようだ。
オラシオンという領地は彼女の両親の人柄なのか土地柄なのか、領主と領民の距離感が近しく、一人娘で美しく愛らしいカナリアは両親だけでなく領民にとっても天使だ。沿道を埋め尽くす民を見れば、彼女がどれだけ愛されていたかが良くわかる。
そんな彼女を貰い受けたオレの責任は殊更重大だ。肝に銘じておかなければ、そう心に固く誓った時、彼女がオレに何か囁いた。
歓声が大きくその声が聞こえなかったオレは、もう一度言って欲しいと顔を寄せた。
するとカナがオレの頬へキスをしたのだ。
人前では恥じらう姿を見せる事が多かっただけに、このサプライズには驚いた。一瞬呆けてしまったが、交わった灰銀の瞳はオレしか映していない。そしてその先を望むと、明確な意思表示をされたのだ。
ならば応えなければならない。
必ず幸せにする。
誰よりも大切にする。
生涯愛し抜く。
カナにも、オレ達を見守っている民にも、そしてオレ達を心から祝福してくれる両親にも。
一際大きくなった歓声を遠くに聞きながら、誓いを込めて彼女に口付けた。
夜に行われたパーティーでも、やはりカナは注目の的だった。
アットホームな雰囲気の中で進行していく披露パーティーでは、大分リラックスしているようにも見えたカナが、それこそ天使の微笑みを振り撒いている。
オレの妻だと言うのに、周りには隙あらばとチラチラと彼女を見ている猛獣共がうようよしている。
病弱で深窓の令嬢だった彼女の注目度はここでも高いようだ。
だから嫌だったんだ。大勢の目に触れさせるのは。
今夜はカナリアの両親へ結婚の報告をする為ナタリーとクーラが席を外している事だし、ますます彼女の側を離れる訳にはいかないようだ。
そうやって気をつけていた筈だったのだが、どこで間違えたのかカナが酒を口にしてしまっていたらしい。
少し離れて戻った時には、扇情的に頬を染め瞳を潤ませるカナの姿があった。
「これはマズい」即座に悟ったオレは、すぐに両親に断りを入れ、カナを寝室へと連れて行った。
こんな危険物を他の男の目に晒してしまったら……。考えただけでも恐ろしい。
いつもよりずっと大胆で艶めく彼女に、案の定熱を呼び覚まされてしまったオレは、ある種の欲望と必死に戦う羽目になるのだが、それはカナには秘密だ。
領地の統合にあたって進めている計画の一つで、カナにも協力してもらっている市場の元となる建物の整備が終了した。その知らせが届いたのはつい数日前だ。良い機会だからカナと一緒に視察に出た。
天気も良いし距離もそんなに離れていない事からも、乗馬で行こうと提案したのだが、彼女は瞳を輝かせて喜んでくれた。元々好奇心の旺盛な性格だ。何でもまず楽しもうとするカナにとっては、初めての乗馬は興味深いものだったようだ。
市場が完成するまで半年程の予定だが、それまでにやるべき事は沢山ある。
その一つで、カナが提案してくれたレシピで試食会を開こうと思うのだが、オレには一つの考えがあった。
カナはきっと賛成してくれるだろうと思ったが、案の定ナタリーとクーラの婚約祝いも一緒に内緒でやろうと言ったら大喜びだった。
どんな風にしようか、二人の両親も絶対招待しなければ、ドレスもうんと華やかに。まだ先の話しだと言うのに、待ちきれない様子だ。
そしてもう一つ。オレには是非カナにやって欲しい事がある。
「この市場の名前、カナが付けてくれないか?」
元々カナのアイデアで形になった計画だ。その集大成を是非とも彼女に担って欲しかった。
荷が重いだろうかと思ったが、杞憂だったようだ。信じられないと言いたげな相好の中にも驚喜が伺えた。
カナがどんな名を付けてくれるか楽しみだ。
一緒にやり遂げよう。これはオレ達夫婦の共同作業だ。
領地の為にも、この国の未来の為にも、必ず成功させてみせる。
試食会と銘打ったその日、ナタリーとクーラに秘密にしていた祝いの会を、二人の両親も招いて開催した。
参加者に配る為に用意したお菓子の詰め合わせには、ゲネシス考案の保冷石が使われている。冷蔵保存の必要な商品を、水に浸けたり冷暗所に置かずとも冷やしたままにしておけるという優れ物だ。魔石の欠片に水魔法を施したもので、永続的ではないが一時的でも保冷しておけるという事自体が画期的な発明だと言えた。発電器の製作過程で偶然出来た代物らしく、今までは廃棄していたクズ魔石をも有効活用出来るとあって、一気に実用化に漕ぎ着けたのだ。
優先権をオラシオンが保有することを条件に、今では王国各地に広がりつつある。
因みに蓄電器の実証実験の計画も順調に進んでいる。これが成功すれば、オラシオンの生産力は飛躍的に伸びるはずだ。
新たに夫婦となる若い二人を、カナと寄り添って見守る。ナタリーもまた幼い頃から知っているだけに、幸せそうに笑い合う二人を感慨深く思う。目の奥に熱く込み上げるものが……オレもなかなかに歳を重ねたと言う事だろうか。
そう思っていたら、すぐ側でカナとナタリーの母君が号泣していた。
……気持ちはとてもよくわかる。オレも出来得る限りサポートをしていってあげよう。
それこそカナリアも望んでいるだろうから。
それからしばらく忙しい日々が続き、いよいよ市場が完成した。
カナが付けてくれた『エスポワール』と言う名前は、瞬く間に浸透する事となる。
二つの領地の未来が希望に満ちたものであるようにという願いが込められているのだそうだ。
二部制にして行ったセレモニーは、大勢の領民で賑わった。やはり地元の食材を地元で消費したいという願いは、多くの領民の総意だったのだ。
国家事業である魔道具の試運転、市場のオープン、ナタリーの結婚、そしてカナとの新婚生活。
忙しくも充実した日々を送れていた。それだけで本当に幸せだった。
なのに——
「アズ……赤ちゃんが……出来たみたい……」
体調を崩したというカナの元に駆けつけると、彼女の口からそう聞かされたのだ。
カナの身体に、新しい命が、宿ったと言うのだ。
オレの子供だ。
最初何を言われたのか分からなくて、その場に固まってしまった。
正直なところ、子供は諦めていた。
元気になったとは言え、いつまたどうなるか分からない以上、カナの身体には負担が大きいのではないかと。そう思っていたのだ。
それなのに、彼女は自身の小さな身体に、オレとの命を宿し、育んでくれていた。
感謝の気持ちと、喜びと感動と、信じられない思いと……沢山の感情が一気に溢れ、入り乱れてしまった。
言葉を上手く紡ぐ事が出来なかった。
ただただ子供のように嗚咽を堪えて涙を流す事しか出来なかったのだ。
オレを抱くカナの身体が温かくて、涙はいつまでも止まらなかった。
必ず守る。
カナの事も、新たな命も。
オレの子を宿してくれてありがとう。
オレを愛してくれてありがとう。
カナの願いは必ずオレが叶えてみせる。
カナがオレの願いを叶えてくれたように。
この幸せは必ず守り抜くから。
改めてそう心に誓い、彼女をそっと抱き締めた。
両親は彼女のウェディングドレス姿を見られるとは思ってもみなかったと、涙ながらに喜んでいる。そしてそれは沿道を埋め尽くす民も同じだったようだ。
オラシオンという領地は彼女の両親の人柄なのか土地柄なのか、領主と領民の距離感が近しく、一人娘で美しく愛らしいカナリアは両親だけでなく領民にとっても天使だ。沿道を埋め尽くす民を見れば、彼女がどれだけ愛されていたかが良くわかる。
そんな彼女を貰い受けたオレの責任は殊更重大だ。肝に銘じておかなければ、そう心に固く誓った時、彼女がオレに何か囁いた。
歓声が大きくその声が聞こえなかったオレは、もう一度言って欲しいと顔を寄せた。
するとカナがオレの頬へキスをしたのだ。
人前では恥じらう姿を見せる事が多かっただけに、このサプライズには驚いた。一瞬呆けてしまったが、交わった灰銀の瞳はオレしか映していない。そしてその先を望むと、明確な意思表示をされたのだ。
ならば応えなければならない。
必ず幸せにする。
誰よりも大切にする。
生涯愛し抜く。
カナにも、オレ達を見守っている民にも、そしてオレ達を心から祝福してくれる両親にも。
一際大きくなった歓声を遠くに聞きながら、誓いを込めて彼女に口付けた。
夜に行われたパーティーでも、やはりカナは注目の的だった。
アットホームな雰囲気の中で進行していく披露パーティーでは、大分リラックスしているようにも見えたカナが、それこそ天使の微笑みを振り撒いている。
オレの妻だと言うのに、周りには隙あらばとチラチラと彼女を見ている猛獣共がうようよしている。
病弱で深窓の令嬢だった彼女の注目度はここでも高いようだ。
だから嫌だったんだ。大勢の目に触れさせるのは。
今夜はカナリアの両親へ結婚の報告をする為ナタリーとクーラが席を外している事だし、ますます彼女の側を離れる訳にはいかないようだ。
そうやって気をつけていた筈だったのだが、どこで間違えたのかカナが酒を口にしてしまっていたらしい。
少し離れて戻った時には、扇情的に頬を染め瞳を潤ませるカナの姿があった。
「これはマズい」即座に悟ったオレは、すぐに両親に断りを入れ、カナを寝室へと連れて行った。
こんな危険物を他の男の目に晒してしまったら……。考えただけでも恐ろしい。
いつもよりずっと大胆で艶めく彼女に、案の定熱を呼び覚まされてしまったオレは、ある種の欲望と必死に戦う羽目になるのだが、それはカナには秘密だ。
領地の統合にあたって進めている計画の一つで、カナにも協力してもらっている市場の元となる建物の整備が終了した。その知らせが届いたのはつい数日前だ。良い機会だからカナと一緒に視察に出た。
天気も良いし距離もそんなに離れていない事からも、乗馬で行こうと提案したのだが、彼女は瞳を輝かせて喜んでくれた。元々好奇心の旺盛な性格だ。何でもまず楽しもうとするカナにとっては、初めての乗馬は興味深いものだったようだ。
市場が完成するまで半年程の予定だが、それまでにやるべき事は沢山ある。
その一つで、カナが提案してくれたレシピで試食会を開こうと思うのだが、オレには一つの考えがあった。
カナはきっと賛成してくれるだろうと思ったが、案の定ナタリーとクーラの婚約祝いも一緒に内緒でやろうと言ったら大喜びだった。
どんな風にしようか、二人の両親も絶対招待しなければ、ドレスもうんと華やかに。まだ先の話しだと言うのに、待ちきれない様子だ。
そしてもう一つ。オレには是非カナにやって欲しい事がある。
「この市場の名前、カナが付けてくれないか?」
元々カナのアイデアで形になった計画だ。その集大成を是非とも彼女に担って欲しかった。
荷が重いだろうかと思ったが、杞憂だったようだ。信じられないと言いたげな相好の中にも驚喜が伺えた。
カナがどんな名を付けてくれるか楽しみだ。
一緒にやり遂げよう。これはオレ達夫婦の共同作業だ。
領地の為にも、この国の未来の為にも、必ず成功させてみせる。
試食会と銘打ったその日、ナタリーとクーラに秘密にしていた祝いの会を、二人の両親も招いて開催した。
参加者に配る為に用意したお菓子の詰め合わせには、ゲネシス考案の保冷石が使われている。冷蔵保存の必要な商品を、水に浸けたり冷暗所に置かずとも冷やしたままにしておけるという優れ物だ。魔石の欠片に水魔法を施したもので、永続的ではないが一時的でも保冷しておけるという事自体が画期的な発明だと言えた。発電器の製作過程で偶然出来た代物らしく、今までは廃棄していたクズ魔石をも有効活用出来るとあって、一気に実用化に漕ぎ着けたのだ。
優先権をオラシオンが保有することを条件に、今では王国各地に広がりつつある。
因みに蓄電器の実証実験の計画も順調に進んでいる。これが成功すれば、オラシオンの生産力は飛躍的に伸びるはずだ。
新たに夫婦となる若い二人を、カナと寄り添って見守る。ナタリーもまた幼い頃から知っているだけに、幸せそうに笑い合う二人を感慨深く思う。目の奥に熱く込み上げるものが……オレもなかなかに歳を重ねたと言う事だろうか。
そう思っていたら、すぐ側でカナとナタリーの母君が号泣していた。
……気持ちはとてもよくわかる。オレも出来得る限りサポートをしていってあげよう。
それこそカナリアも望んでいるだろうから。
それからしばらく忙しい日々が続き、いよいよ市場が完成した。
カナが付けてくれた『エスポワール』と言う名前は、瞬く間に浸透する事となる。
二つの領地の未来が希望に満ちたものであるようにという願いが込められているのだそうだ。
二部制にして行ったセレモニーは、大勢の領民で賑わった。やはり地元の食材を地元で消費したいという願いは、多くの領民の総意だったのだ。
国家事業である魔道具の試運転、市場のオープン、ナタリーの結婚、そしてカナとの新婚生活。
忙しくも充実した日々を送れていた。それだけで本当に幸せだった。
なのに——
「アズ……赤ちゃんが……出来たみたい……」
体調を崩したというカナの元に駆けつけると、彼女の口からそう聞かされたのだ。
カナの身体に、新しい命が、宿ったと言うのだ。
オレの子供だ。
最初何を言われたのか分からなくて、その場に固まってしまった。
正直なところ、子供は諦めていた。
元気になったとは言え、いつまたどうなるか分からない以上、カナの身体には負担が大きいのではないかと。そう思っていたのだ。
それなのに、彼女は自身の小さな身体に、オレとの命を宿し、育んでくれていた。
感謝の気持ちと、喜びと感動と、信じられない思いと……沢山の感情が一気に溢れ、入り乱れてしまった。
言葉を上手く紡ぐ事が出来なかった。
ただただ子供のように嗚咽を堪えて涙を流す事しか出来なかったのだ。
オレを抱くカナの身体が温かくて、涙はいつまでも止まらなかった。
必ず守る。
カナの事も、新たな命も。
オレの子を宿してくれてありがとう。
オレを愛してくれてありがとう。
カナの願いは必ずオレが叶えてみせる。
カナがオレの願いを叶えてくれたように。
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