入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第六章 幸せな花嫁

エピローグ

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 真っ青な雲ひとつない空の下、『オラシオン』の花が咲く庭の一角で、幼い男の子と女の子の楽しそうな声が響いている。
 フォーミリオにある領主邸、そこの庭にある温室のすぐ側で、カナが手がけたお気に入りの花壇の一つだ。甘い蜜の匂いに誘われてやってくる虫や鳥を観察しながらキャッキャと声を上げている。
 元気よく走り回る活発な男の子と、その後をよたよたとついて回る女の子、そんな二人の顔は幼い頃のアズベルトとカナリアそのものだった。

 傍らにはすっかり母の顔になったカナがガーデニングチェアに腰掛け、二人を見守りながら微笑んでいる。
 ゆったりとしたドレスに身を包んだカナは、その手を無意識にお腹へと当てた。目立って大きくは無かったが、そこには今三人目の新たな命が宿っている。

「カナ、膝掛けを」

 そう声を掛け、彼女に膝掛けを纏わせたのはナタリーだ。あれから少し髪を伸ばし、大人っぽさに磨きが掛かった彼女は、仕草や表情に艶が増している。

「ありがとう、ナタリー。久しぶりに子供たちと外に出られて嬉しいわ」

 ナタリーが蒸らしてあったポットからティーコゼーを外すと、カップにお茶を注いでいく。いつも飲んでいるものとは少し違い、湯気と共に香ばしい香りが立ち上っている。
 カナの身体に配慮された今日のお茶も、とても美味しい。
 お茶請けとして用意したのはスコーンだ。バターが効いたサクサクの生地に、甘酸っぱい果物のジャムと生クリームをつけて食べるのだ。もちろん濃厚な生クリームもスコーンに使われたバターもミルクもオラシオン産である。
 安定期に入ったカナは悪阻も収まり、体調が回復して来た事もあってようやく子供たちと外へ出られるようになったのだ。
 いつもはメイドや執事と外に出る子供たちも、今日はカナが一緒とあっていつもよりも気分が高揚しているようだ。花を摘んでは持ってきたり、生き物を見つけては報告に来たりと、大忙しだ。

 アズベルトは昨日からクーラを含む数人の執事を伴ってオラシオンへ行っている。
 市場『エスポワール』への定期視察である。
 いつもは朝出掛けて夕方には帰ってくるのだが、今回は他の領地から使者が来るようで泊まりがけとなった。
 エスポワールは売上のみならず、その施設が領地や国にもたらした影響も大きく、今では他国からも使者が訪れるまでになっている。それに加えてオラシオンとフォーミリオで試験的に整備された魔道具やさまざまな設備も順調に機能しているようで、それらが国内全土へと広がりつつあった。
 お陰でアズベルトは頻繁に出張しなければならなくなり、それだけが不満だとたまに漏らしている。


 子供たちからプレゼントされた草花がテーブルに山を作った頃、オラシオンへの視察を終えた夫たちが帰宅した。
 子供たちは父の姿を見るや否や、そちらへと駆け出して行く。それをさも嬉しそうに抱き止めると、両腕で二人を抱き上げた。
 さすが元騎士団長、腕っ節の強さは健在だ。

「おかえりなさい」

 カナがゆっくり近付くと、子供たちにそれぞれキスをしたアズベルトが二人を降ろし、カナの腰をそっと抱き寄せてくる。

「ただいま」

 そのまま触れるだけのキスが落ちてきた。

「身体の調子はどう?」

 アズベルトの大きな手がカナの下腹部へと触れてくる。そこにいるであろう我が子を想い撫でるその表情は、酷く穏やかで嬉しそうだ。

「今日は朝から調子が良いの。だから久しぶりに外に出てみたのだけれど、風がとっても——!!」
「ん? どうした?」
「今動いたわ」
「え!?」

 お腹に触れるアズベルトの手に、カナは自分の手を重ねた。僅かだったが、お腹の中で寝返りでもうったのか、小さな命の胎動を感じたのだ。
 残念ながらアズベルトには伝わらなかったようだが、「元気に育っているようで安心した」と、それはそれで嬉しそうに目尻を下げている。

「とぉさま?」

 ふと足元へ視線を向けると、不思議そうな表情の娘、フィオーレルが首を傾げて二人を見上げている。可愛らしい姿に頬を緩めたアズベルトが、近くの執事から袋を受け取り口を開いた。

「フィオとリュフにお土産があるんだった」

 膝を折り子供たちの目線に合わせたアズベルトが袋の中から取り出したのは、エスポワールで販売しているクッキーだ。まだ幼い子供たちの手のひらよりも大きなお菓子に、フィオーレルとリュフールは瞳を輝かせて受け取った。

「きゃー」
「やったぁ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現していたフィオーレルが、不意に何かに気が付いたように動きを止めた。
 椅子に戻ってその様子を見ていたカナの元へ、大事そうにクッキーを抱えて駆けて来る。

「かぁさま、ぴくっくでしてもい?」
「ピクニックだろ?」
 
 まだ上手く話せないフィオーレルの代わりに、少しお兄ちゃんのリュフールが説明してくれる。

「フィオは、この前やったピクニックごっこがしたいって」

 少し前の天気が良かった日に、散歩も兼ねて庭に敷物を敷き、そこでお菓子や軽食を食べた事があった。それ以来その遊びが気に入ったらしく、アズベルトのお土産もそこで食べたいと言うことらしい。

「もちろん良いわよ。リュフが敷物を敷いてくれる?」
「うん!! わかった!!」

 元気に返事をするとメイドから敷物を受け取ったリュフールが、四苦八苦しながら自分よりも大きな敷物を一生懸命広げている。手伝おうと兄の元へ駆けていったフィオーレルと共に、アズベルトもその輪に加わった。
 フィオーレルはちゃっかりアズベルトの膝の上に座り、その隣に座ったリュフールと共に大きなクッキーに齧りついている。


 その光景を微笑ましく見守っているクーラへ、ナタリーがゆっくり近付いた。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 ナタリーを視界に入れた途端わかりやすく表情を崩すクーラに、ナタリーの頬がうっすらと染まる。

「あの、ね……貴方に、聞いて欲しい事があるんだけど……」

 心なしか緊張しているようにも見えた彼女の態度に、クーラが違和感を覚えた。

「どうした? 何かあったのか?」
「ええ……少し体調が悪くて……」
「え!?」
「カナに付き添ってもらって、さっきお医者様に——」

 医者と聞いた途端にクーラが両肩を抱いてくる。その表情があまりにも不安気で、ナタリーは思わず目を見張る。

「そんなに!? 今は? 無理しないで休んだ方が」
「大丈夫だから心配しないで。……それで、ね、その……できた、みたいで……」
「ん? 出来た、って……え?」

 頬を染めて僅かに俯くナタリーの姿にクーラの瞳が開かれていく。

「え? え? ……まさか——」

 ナタリーは自分のお腹に両手を当てがうと、僅かに、でも確かに頷いた。

「うそ、ホントに!? ナタリー、ホントに!?」
「うん……赤ちゃん……出来たって……」
「……っ……」

 信じられないと言った様子で固まったかと思えば、今度はゆるゆるの頬でナタリーをぎゅっと抱き締めた。仕事中ではあったが、カナからきっとそうなるからと指摘されていたナタリーは、本当に言う通りの展開になった事に驚き、彼が喜んでくれた事に嬉しさを滲ませた。

「やったぁ!! ナタリーありがとう!!」

 喜んでくれるだろうと思ってはいたものの、やはり少しの不安もあったナタリーは、彼の喜びように半分呆れながらも嬉しそうに頬を染めている。
 側で子供たちと聞いていたアズベルトも、驚いた顔でカナへと視線を向けた。
 カナは医者に罹ったナタリーに付き添っていて、二人で散々喜んだ後だった為に今は落ち着いている。そのお陰で、「ミルク買いに行かなくちゃ!」「揺かごは? 赤ちゃん用の服も用意しないと」と、いつも冷静な彼からは想像もつかない程浮かれているクーラを、ナタリーと一緒に宥める事が出来たのだ。
 興奮が冷め止まぬクーラに訳が分からないながらも、嬉しい事があったのだと理解した子供たちが一緒になってはしゃいでいる。
 しまいには、「たかいたかいしてー」「だっこしてー」と、どさくさに紛れて要求される始末だ。いつもはアズベルトの仕事なのだが、今日は予行練習だとばかりにクーラも加わった。
 そのせいでそれからしばらくの間、子供たちから標的にされた事は言うまでもない。
 ナタリーの両親だけでなく、クーラ以上に浮かれてしまった二人の兄から、怒涛のプレゼント攻撃に合う事になるのだが……それはもう少し先のお話。

 今日もお屋敷からは元気で明るく、幸せそうな声が響いている。



 ———    終わり ———
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